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ニケ ー猫の時代ー  作者: 森島小夜
第一章
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サファイアとイライザとベルナール(3)

 城に入ってすぐの壁面に、イライザの絵が飾られていた。ベルナールは城に足を一歩、踏み入れた途端、感嘆のため息を漏らした。

「素晴らしい眺めだね。ここにある絵は君が全部描いたの?」

「ええ。アンジェリカおばさんが亡くなってから......とても、時間が長く感じられる様になったの。前から少しずつ描いてはいたんだけどそれからは毎日絵を描くことにしたの。絵を描いてる間は幸せな気持ちでいられたし......時間だって、あっという間に過ぎていったわ私の父さんは......絵を描く人だったのよ......」

「そうか......君は絵描きの娘さんなんだね。それで、こんなに絵がうまいんだ......」

ベルナールは魔女アンジェリカの肖像画の前で足をとめた。

「とくに、この肖像画の女性は綺麗に描けてるね」ベルナールがいった。

「......その人がアンジェリカおばさんよ......」

「この肖像画の女性が......君の言ってたアンジェリカおばさん」

「ええ......アンジェリカおばさんは......この城の『魔女』だった......私は魔女に家族を殺されてこの城に連れてこられたの......」

「そうか......そうだったのか......」

「アンジェリカおばさんが亡くなった今、この城の『魔女』は私ひとり......。街の人達は、この城に住む魔女を怖がっているから......私は街では暮らせない......私は......千年の呪いをかけられて、魔女になってしまったから............」

「イライザ......イライザ可哀想に......君はなんて可哀想な人なんだ」ベルナールは泣きながらいった。

「あなたは......これから先もずっと死ぬまで街の人。私はずっと死ぬまで城に住む魔女............」

イライザは消えいる様な小さな声でいった。

「イライザ......君は魔女なんかじゃない......」

君はとても美しい。とベルナールはいった。

「君の空色の瞳はとても美しい。君の肩さきで揺れる金色の髪はとても美しい。君の心は......とても美しい......。もし君が本物の魔女だとしても、ぼくはちっともかまわないけどね」

ベルナールは両の頬にえくぼを作って笑った。

イライザはベルナールの胸に飛びこんだ。

ベルナールはイライザの体を抱きしめて、そしてふたりは、長い長いキスを交わした。


 先に台所へ行っていた黒猫のサファイアが待ちきれないと姿を現した。

「ねぇねぇイライザ。早く台所へおいでよ。ぼくお魚とってきたんだよ。一緒に食べよう」

「......サファイア」

「どうしたのイライザ?泣いてたの?」

サファイアが心配そうに、顔を近づけてきた。

「なんでもないの......心配しないでサファイア。それより初めてのお客様に、おいしいカモミールティーをいれてさし上げなくっちゃ」イライザはそう言うなり庭へ飛び出していった。

「ねぇ?イライザどうかしたの?」

ベルナールは黒猫のサファイアを抱き上げるとふさふさした毛並みに顔をうずめた。

サファイアは、ベルナールの気持ちが落ち着くまでじっとしていた。

「ありがとう......サファイア。君は人の気持ちがわかる猫なんだね」

「ぼくは魔法猫だからね。イライザとなにかあったの?」サファイアが聞いてきた。

「イライザと......お別れしてた所なんだ......」

「ぼくともお別れするの?」

「大丈夫だよサファイア。君は猫なんだから好きな時にぼくの所へ来て、魚の干したのを持って帰るといいよ。イライザにはクッキーを用意しておくから、いつでもおいで。ぼくはずっと待ってるからね」

ベルナールは切なそうな声でいった。

そこへ、イライザがカモミールを手にしてやって来た。

「イライザ。ぼく先に行って、お魚を焼いてるね」サファイアはいった。

イライザとベルナールは無言で台所へと向かった。

なにも話さなくても......ふたりの心がひとつなのがわかった。

ふたりはお互いの顔を見つめ合い......目と目で語りあった。

台所でカモミールティーをいれたイライザはベルナールを応接間に案内した。ふたりの間に、カモミールの香りが漂い......部屋中を埋め尽くしていった。

「君のいれるお茶はおいしいね」

「ありがとう......。また、いつかお茶を飲みにいらしてくださいね」

「ああ......きっと......また、いつの日かこうして君とお茶を飲めたら......ぼくはそれだけで幸せだよ。イライザ............」


城を出て、いよいよ街へ帰るときになりベルナールがいった。

「イライザ。ひとつだけ......ぼくと約束してくれるかい」

「......何を?」

「君は時々でいいから、街へ降りて行くんだ君の描いた絵を一つだけ持ってね」

「............」

「約束してくれるかい」

「......ええ、でも、私の絵をどうするの?」

「それを今から、君に教えるよ。君は絵を一つ持って、街へ降りてきたら、街の入り口のすぐ近くにある店に入って行き、君の描いた絵をそこで売るんだ。いいね、イライザ。店の主人に何を聞かれても、君は何も答えなくていい。微笑んでいればいいから。君は「絵を売りに来ました」と言うだけでいいからね。絵の値段はぼくが、店の主人と交渉しておくから心配しないで」

イライザはベルナールが何を言っているのだろうかと、必死で考えていた。

「君の絵は、とても素敵だ......きっと、いい値段で売れると思うけど、君には必要な物を買うだけの値段(お金)があれば、充分だと思うんだ。それだけあれば、絵を売った後三軒隣の店に入って行き、君によく似合う服を一着買えるだろうし、服を買ったら帽子屋に行き、リボンの付いた可愛い帽子を一つ買って、最後は靴屋に寄って新しい靴を一足手に入れればいい。靴屋の二軒先には、おいしいパンを売ってる店があるから、そこでパンを買って帰るといいよ」

「......」イライザは黙って頷いた。

ベルナールの顔は、とても辛そうに見えた。

「ありがとう優しい方......またいつか、あなたに会える日が来るでしょうか?」

「ああ、きっとまた会えるよ。イライザ......」

「じゃあ......それまで、さようなら」イライザがいった。

「それまでさようなら」ベルナールはいった。

ベルナールは右腕にバスケットをかかえ、左腕にイライザの絵をかかえながら、城の一番はずれにある庭から、街へと歩き始めた。


 ベルナールは一度も後ろを振り向かずに、街へと続く道を歩いていった。

やがて、イライザとサファイアの前からベルナールの姿は消えた。

「イライザはやく城に入ろう。日が暮れてきたよ」

「あなたは......先に帰っていいよサファイア」

「ぼくもここにいいるよ。イライザと一緒に」


 ふたりはあたりがすっかり闇に包まれた頃そっと立ち上がり、城の中へ帰って行った。


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