プロローグ
千年の時を越えて猫は少年と出会った。
千年の時を越えて少年と ―魔女と呼ばれていた― 少女は出会った。
かつて猫の街と呼ばれたこの場所で千年の時を越えて
一匹の猫とひとりの少女が、少年と出会った。
今からざっと千年程前、ひとりの魔女が街から遠く離れた城の中で、九百九十九匹の猫たちと暮らしていた。魔女は九百九十九匹の猫を使って、街の人々を支配していた。
一匹の身ごもった猫が、魔女の住む城の近くで一匹の子猫を産みおとした。
そしてそのまま母猫は命をおとした。城の中から出てきた魔女は、千匹目となる母猫の魂と九百九十九匹の猫達の命を使って、産まれたばかりの子猫に『魔法』をかけた。
「猫よ。お前に新しい命を授けよう。その命はお前の中で、千年の長きに渡って輝き続けることだろう」
そう言って、魔女は『新しい命』を授かった魔法の猫に手を伸ばして、その体に触れた。
その瞬間、子猫の体はまばゆい光に包まれた。子猫は見えない目で魔女の顔を見上げて、短い鳴き声を上げた。
魔女が子猫の体に魔法の粉をばらまくと、子猫は悲鳴にも似た声を上げて、その場にじっとうずくまった。魔女がもう一度魔法の粉をばらまくと、塞がっていた子猫の目が開き、耳が聞こえるようになった。
三度、魔法の粉がばらまかれると、小さかった子猫の体がどんどん大きくなっていった。大きくなった猫は、大きな目を見開き、両の耳をピンと立てると、顔を上げて魔女の姿を見た。
魔女と猫は、しばらくの間見つめ合っていた。
「さあ、こっちへおいで。私の可愛い魔法猫よ」
魔女が両手を差しのべると、うずくまっていた猫は四本の足ですくっと立ち上がり、しっぽを逆立て、叫び声を上げた。
魔女は猫の叫び声をものともせずに、近づいてきた。魔女の手が、触れようとした瞬間、猫は魔女の前を走り抜けていった。
「ちっ、恩知らずな猫め。誰がお前の目を見えるようにしてやった。誰がお前の体を大きくしてやった」
魔女は猫の隠れていそうな場所へ顔を近づけると、甘ったるい声を出して猫を誘った。
猫は魔女の声に身震いすると、再び魔女の前を走り抜けて、少しだけ開いていた扉の隙間から、外へと飛び出した。
魔女は閉め忘れた扉を足でけとばすと、悪態をつきながら城の中へ戻っていった。
魔女は呪いの水晶の前で手をかざすと、逃げ出した猫の姿を捜した。すると、庭の隅でぶるぶる震えている猫の姿が映った。
「おやおや可哀想に。震えているじゃないか」
魔女は震えている猫の姿を見て笑った。
魔女は再び水晶に近づくと、目を凝らしてじっと中をのぞきこんだ。
すると猫の姿が目の前から突然消えて、また現れた。魔女は目を見開いた。
「これは驚いた......。姿まで消せるとは思わなかった」
魔女は満足気な笑みを浮かべると『魔法猫』を捜しに庭へ出て行った。
その頃猫は、広い庭の中を狂ったように走り回っていた。庭の木々に頭をぶつけ、尖った草木に足をとられて、バラの棘で身体中を傷つけられながら、四本の足を必死で動かしていた。そこへ魔女の足音が近づいてきた。
魔女の足音は、バラの繁みを踏みつけながら、猫のいる場所へどんどん近づいてきた。猫は両の耳をピンと立てながら、魔女の足音を聞いていた。
猫がどっちへ逃げようかと考えている所へ魔女が姿を現した。
驚いて飛び上がった猫の背中に、突然、羽がはえてきた。
猫は大きな翼を二、三度羽ばたかせると、上へ下へと揺れながら、なんとか空へと、舞い上がり、魔女の城から逃げ出した。
猫が城のはずれにある木の上にとまって、下を見下ろすと、魔女の姿はもうどこにもなく、魔女の甲高い叫び声だけが遠くから聞こえてきた。
猫は木の上から下へ舞い降りると、翼をたたみ、街の中へと姿を消した。