第二話「ゼロタイム」②
「お姉ちゃん……いくらなんでも人多すぎない?」
「そ、そうね……50人くらい? 私達の時よりも随分多い……これ、どう言う事?」
初っ端から、姉も知らない想定外。
よく見ると、わたし達を囲んで大きな魔法陣があるんだけど……。
その外周に大勢のローブの人達がいた。
ぐるりと囲むように、人垣みたいなのを作ってるし、人数もざっとだけどやっぱり50人くらいいる。
つまり、この大きな部屋の中に今、100人近い人数がいる計算になる。
けれども、唐突に異変が起きる。
ローブの人達が、突然バタバタと力尽きたように倒れていく。
気がつくと、魔法陣の外に居た大勢の人々が、大事そうに剣とか槍を抱えたまま、力なく横たわっていた。
何が起きてるのか、誰もがよく解ってない中。
看護師のカッコをした人が慌てて、倒れた人のひとりに駆け寄って、首筋に手を触れて倒れた人の脈を取っていた。
わたしも気になったので、駆け寄ると看護師さんが振り返って、首を横に振る。
……多分、もう死んじゃってるって言いたいんだろう。
倒れてる人は、目を見開いたまま、ぐったりと脱力しきっていて、もう微動だにしていない。
そして、その目はもうどこも見てない感じで……否が応でも、それがもう死者なのだと、克明に告げていた。
姉が言ってた通りだった……命を代償にした召喚魔術……禁忌の法。
つまり、この大勢のローブの人達が召喚術を発動したって事なんだろう。
なんて無茶なことを……いくら召喚の代償と言えども、これは……。
よく見ると……若い子供みたいな人、年老いた人もいれば、壮健なおじさんや、ハンサムな顔立ちのお兄さんや、どこにでもいそうなおばさんとか……多種多様な人々。
例外なく、彼らは事切れていた……。
おそらく、この50人近い召喚者を呼び出す代償として、この人達は命を落とした……そう言うことだった。
そこまでしないといけないのか。
いくらなんでも、あんまりな話だった。
どうすることも出来ないうちに、次々とローブの人達は折り重なるように倒れていき、あっという間に立ってるのはわたし達、日本からの転移者だけになる。
……生きてるかどうかなんて、脈とか測らなくても、もう一目見るだけで解る。
息もしてなければ、グニャグニャに脱力しきってて……ああ、これはもうモノなんだなって、理解できてしまう。
当然ながら皆、パニックになって大騒ぎ……。
殴り合いとかでも始まりそうな不穏な雰囲気で、金切り声や怒鳴り声なんかも聞こえてくる。
「……あなた、名前は? なんだか、他の人と違って落ち着いてるみたいだけど」
看護師さんがローブを着た女の人の目を閉じさせてあげながら、わたしに話しかけてきた。
目の前にいて、どうすることも出来なくて……悔し涙なのか、瞼をこすって涙を拭いながらも、冷静でいようとしているようだった。
でも実際、わたしだって相当テンパってる。
だって、間近で死んでる人なんて見たことない。
祖父母も小学校に上る前に死んじゃったから、その最期もよく覚えてない。
寝てるようにしか見えなくて、触れることも叶わなかった。
けど、血も出なければ、苦しんだりもしないで、訳も分からず目の前で死んでいく人々。
目の前にあるのは、命なき死体……それも何十体も……完全に理解が追いついてない。
看護師さんは……職業柄、死者と向き合うのも割と日常茶飯事なんだろう……この状況でも冷静さを失ってないようだった。
例え、理不尽な死を目の当たりにしても、騒ぎ立てたり、パニックになるよりも、まず目の前の現実に対処する……。
そう言う日常を送ってるからこそ、この異常な状況の中でも、冷静でいられる……強い人だった。
「……シズル。山神静流……です」
「そう、シズルちゃんね。私は冴島円……まどかって呼んで。見ての通り職業看護師。夜勤で仮眠しようと、ウトウトってしてたら、気が付いたらこんな事になってた……。もう何がなんだかって感じだけど、あなた、なんだか準備万端って感じだけど……何か知ってるの?」
うん、なんとなくだけど、この人……多分、ヒーラー系確定。
武器が人を選んで召喚してるって話で、武器のジョブのイメージと転移者のイメージは、大体一致するらしい。
さっきの熊さんみたいな人は、タンク系の盾か、パワー系の斧とかなのかも? なんて、考えてみたりもする。
わたしの場合、支援職は確定してるから、とにかく仲間になってくれる人って重要。
ネトゲでもヒーラーさんは、基本的に大人気。
居ないと詰む……そんなゲームバランスなのがお約束。
タンク……盾役と、パーティの守りの要、ヒーラー。
この二つのジョブを基本にして、あとはアタッカーや支援系を入れるってのが、MMOのパーティとかだと基本。
この人とは、仲良くしといた方がきっと後々お得だと思う。
熊さんも、温厚そうな人だし、凄く頼もしそうに見える……。
少なくとも興味は持たれたみたいだし、あとで、お近づきになっておいて、損はないかも。
「うん……た、多分……他の人よりも多少は……」
「そっか……まず、この人達はなんで死んじゃったの? 外傷は見た所無い。毒ガスとかだったら、私達も危ういけど。その手の毒物の匂いもしないし、薬物中毒とか、病死にしては、こんな一斉にとかちょっと考えにくい。……どっちかと言うと、皆、心臓発作とか突然死に近い感じに見えるのよね……。なんなの……これは? 何が起きてるの……まさかとは思うけど、あなた、何かやったの?」
「違うっ! ……わたしじゃない。これは……」
どうしよう。
うまく説明出来ない……言葉が出てこない。
思わず、振り返ると姉と目が合う。
落ち着けと言わんばかりに、そっと後ろから抱きしめられる。
その腕を握りかえすと……少しだけ、落ち着いてくる。
まどかさんも、鋭い目で見てたんだけど、ふっと微笑むと優しい顔になる。
「ごめん……これをやったのは、少なくともあなたじゃないってのは、解るんだけど……。なにか、知ってる事があるなら、教えて欲しいのよ。私もだけど、多分皆、何がなんだか解らない。もし、知ってる事があるなら、少しでも教えて欲しいの、お願い……」
「う、うん……解った。順番に説明するから、ちょっと待ってね……まずね……」
そこまで言ったところで、わたし達の言葉を近くで聞いてた人が唐突に声を上げた。
「おいっ! そこのガキ……なんか知ってるらしいぞ! 見ろよ……コイツ、俺たち皆、着の身着のままだってのに、こんな大荷物なんか持ってやがる! こうなるのを知ってたとか、そんなじゃねぇのか!」
ジャージ着た金金頭の若い男の人……ちょっと顔が赤い様子からお酒でも飲んでたのかも。
その声を聞いた人達が一斉にこっちを見て、ヅカヅカと押し寄せてくる。
軽く20人位……皆、わたしより大きいし威圧感たっぷり。
「ぴぎゃあああああっ!」
思わず変な悲鳴が出て、なんかもう、泣きそうになる。
まどかさんも不味いことになったって思ったらしく、こっちに背中を向けて庇うようにしてくれる。
「ちょっと! 止めなさいよっ! こんな子供を大勢で囲んで……少しは落ち着きなさいっ! 大の大人がみっともないって思わないの?」
ただの一喝なのに、向かってきてた団体さんが弾かれたように足を止める。
強いなぁ……看護師さんって、とにかくハードな職場で、気の強い人が多いって聞くけど、ホントだった。
しかも、体を横にして、左腕を顔の前に構えて、右拳を腰のあたりで握りしめて……この人、空手か何かやってるような感じだった。
「う、うるせぇっ! 大体、なんなんだこれっ! いきなり金縛りになったと思ったら、こんな訳の判らん所にいて、人がバタバタ倒れて……落ち着いてられる訳ねーだろっ!」
「そうだっ! 大体、何なんだここは! 出口だって見当たらない……俺たち、閉じ込められてるんだぞ! 先に居た奴らだって、バタバタ倒れて……そいつら、死んでるんじゃないのか! アンタ、看護師なんだろ? 俺は見てたぞ! アンタが処置の一つもしようとしないのは、もう手遅れだったから……そうなんだろ!」
「おい、もしかしたら、俺達もやべぇんじゃねぇのか! こんな所で、訳も分からず死ぬとか冗談じゃねぇ!」
「そ、そうだ! なにか知ってるなら、さっさと教えろっ!」
「説明しろよ! 説明っ! ふっざけんな!」
先頭の酔っぱらいジャージが喚くと、後ろに居たその他大勢の人達も騒ぎ立てて、挙句の果てにパニックを助長するような事を言い始める。
「……まぁ、こうなるよね。私のときもそうだったよ……」
お姉ちゃんはなんだかしみじみとしてる。
まぁ、そりゃそうだ……わたしだって、お姉ちゃんの予備知識がなかったら、パニクって泣きじゃくってたと思う。
酔っぱらいジャージとその他大勢の人達も、こっちに近付こうとするんだけど、まどかさんに睨まれて怯んでる。
ナース服姿で、どっちかと言うと白衣の天使とか、可愛らしいはずなんだけど、鋭い目つきと独特の気迫。
よく見ると、腕とかも結構、筋肉付いてて、普通に強そう。
さっきの熊さんみたいな人も、見かねたらしく止めてくれようとしてるっぽいんだけど。
乱暴に振り払われて、引っ込んでろとか、怒鳴られてシュンとしてる。
……ううっ、図体デカいけど、気弱ってパターンなんだね。
ベタだけど、もうちょっと根性見せて欲しかった……。
それ以外の人達は、詰め寄る人達に加わるわけでもなく、さりとて間に割っている勇気もないみたいで、オロオロしてたり、ボンヤリとしてたりして、あまり役には立ちそうもなかった。
こう言う時って、その人の本性ってもんが出るから、それぞれの反応はちゃんと覚えておく。
勇者候補の人数は、ざっと50人ってとこだけど、半数がすでに不合格。
こんな時に、集団ヒステリーに混ざって一緒に騒ぐだけとか、主体性ない証だし、冷静さもない証左。
こんな状況で、頭に血が上った人達を止めようと言う気持ちがあるようなら、結局、何も出来なくても、それはそれでまともな感覚を持ってるって事でもある。
どっちが人として、信用に足るかなんて、言うまでもない。
こう言う状況では、冷静さを保って、じっくり状況判断した上で、行動するってのが正解。
誰かの右へ倣えとか、イエスマンで追従とかやってるようじゃ、話にならない。
まぁ……わたしもお姉ちゃんの言うことを盲信してる時点で、あまり人の事を言えた義理じゃないんだけど。
でも、よく見ると……ものすごく冷静そうな人達もいた。
と言うか、むしろ嬉しそう? ……この状況で、なんなんだろう? この人達……。