第二十二話「その始まり。集いし者たち」②
「あの……シズルさん、私はあくまで反対ですからね。あのキヌエって女、何を考えているやら。ああ言うのをコウモリっていうんですよ。一番信用しちゃいけない類の人間です……」
ユキちゃんが隣に来ると、心配そうな様子でそんな事を言ってくる。
まぁ……ごもっとも!
「うふふ、そう言うユキちゃんは王国の勇者姉妹って事で、近隣諸国でも名前だけは、有名じゃないですか。それが、なんで、そんな当たり前のように、王国最大の敵……シズルちゃんの隣りにいるの? 立場的には、本来敵なんですよね?」
「シ、シズルさんは私達にとっても重要人物なんですから! これも深慮遠謀に基づいた、計算づくの……」
「ユキちゃん、そうだったの? 計算づくの打算に基づいてとか、そんな感じ……?」
「い、いえ、違いますよ。私も……私だって、友達の力になりたいですから! 立場上、王国は裏切れないですけど、逆を言えば、私はあなた方と王国を繋ぐ架け橋として、動こうと思ってます!」
「そっか、そうだね……。ねぇ、ユキちゃん……出来ればなんだけどさ……。どうせなら、皆、幸せになって、笑顔で迎えるハッピーエンドになるといいなって、わたしはそう思うんだ。ユキちゃんはどう? それにキヌエさんも」
綺麗事なのは、承知の上なんだけどさ。
わたしは、二人にはそう言っておきたかった。
「私は……そうですね。姉二人には幸せになって欲しいですけど。それだけじゃ、駄目なんだなって思い始めてますよ。他の勇者達だって、人生があって、幸せになる権利がある……。なんとか、誰も不幸にならない最高のエンディングに……辿り着きたいものですね。キヌエさん……貴女はどう思いますか?」
「わ、わたし……ですかぁ? そ、そうですねぇ……揃いも揃って、綺麗事言っちゃってって笑うのは、簡単だけど。そう言うノリは……シズルちゃんから嫌われちゃうんですよね……」
「そうだね。わたしも綺麗事って思うけど。汚いことや悪いことって、やるのは簡単だし、その気になればあっさり出来ちゃう。だからこそ、なるべくクリーンに、綺麗事を言って、出来るだけ、そっちに行けるようにする……そう言うもんじゃないかなって気はするよ」
まぁ、実際問題……ガダルとか、コイツ殺そうって思ったけど。
わたしは、わたしなりに納得して、殺さないって選択をすることにした。
ダーティな事や闇落ち選択をするのだって、時にはありだと思うけど。
出来る限り、それは否定したい……まさに、綺麗事なんだけど……。
「そうですか……そう言うものかも知れないですね。そう言う事なら、わたしも少しは、綺麗事で生きてみようかなぁ……」
「そんなもんじゃ無いかなぁ……。暗黒面に捕らわれてばかりじゃ、いけないのですよ……。だからこそ、綺麗事を言って綺麗に生きてみる……意外と悪くないと思いますよ」
「暗黒面か……あはは、さっきまどかさんに、医は仁術なりって怒られて、結構刺さったんですよね……。そっか、そう言う考え方もあるのか……望んで、日の当たるところを歩く……確かにそれは、悪くないですねぇ」
……うん、このキヌエさん……皆が、ボロクソに言うほど悪人じゃないと思うな。
まずは、信じることから始めてみても、良いかも知れないな。
ユキちゃんも、キヌエさんを見て、少しは思うところがあったらしく、フッと笑うと、わたしに向き直る。
「まったく、シズルさん……貴女って人は……なんだかんだで、甘いですね。そこが良いところなんですが。とにかく、話はまとまったようですね……。では、サキ姉、マキ姉……二人は一旦王国に帰還して下さい。私は、捕虜としてこの場に残りますので……。なぁに、定期的に王国には、様子見と二人への指示出しに戻りますから」
「あれ? ユキちゃん、捕虜とか別にいいのに……。三人で帰ってもらって一向にかまわないよ?」
「そうだそうだ! なんで、テメェが居座るんだよ! とっとと帰れっつーの! 大体、てめぇ捕虜のくせに堂々としすぎだろ! 帰りたくねぇとかフザけた事ヌかすなら、俺らんとこ連れ帰って、マワすぞ! ゴルァッ!」
ガダルくん、なんで、ここでしゃしゃり出てくるかなぁ……。
ややこしくなるから、黙ってて欲しかった。
「ガダルくーん、ユキちゃんが好きにしてるのは、わたしがこの子を信頼したからなのよ。この領域は、あくまでわたしの領域……わたしの国みたいなもんなのよ。アンタの意見とか命令なんて聞く義理はないし、そんな権利ないわよ……ん? そうそう、キヌエさんって、色々薬とか農薬、肥料なんかをガダルの所に提供してるんだよね。それを止めろってわたしが言ったら、止めてくれる?」
「そうですね……なんだかんだで、ガダルさんにお世話になって、獣王国に拠点を構える家賃代わりと、実験も兼ねてって感じでしたからね。こっちに寄生させてもらう以上、宿主の意向が優先……あったりまえですよね! いいですよ、止めろって言われたら、即座に止めます。正直、最近大量生産するの、面倒くさくなってきてたんで、むしろ歓迎です!」
キヌエさん、悪どい。
ここで、キヌエさんが獣王国から手を引いたら、獣王国はあっさり詰む。
「えっと……キヌエ先生、ソレだけはご勘弁を……。シ、シズル様もお願いします……。そんな事になったら、皆、死んでしまいますし、俺も獣王失格って事で吊るされる未来しか見えないんでやんす……」
そんなチート薬物で国力上乗せとか、思いっきり弱みを握られるようなものじゃないの……。
やっぱ、このガダルくんってお馬鹿なんだね。
と言うか、キヌエさんもそこら辺、計算づくでチート薬物の大量供給とかやってたのかも。
やっぱ、この人……おっかないなぁ。
果たして、わたしにこんなのを従えられるのだろうか……。
「いや、キヌエさんのチート薬物に、おんぶにだっこって……そんな状態、激しくマズイって解らない? 普通……調達リスク分散って、基本だと思うんだけどなぁ……」
「ぐぬぬ……。か、返す言葉もないっすなー! まぁ、ええでしょう! ええでしょうっ! 相わかった! あっしらは、アンタがたに見捨てられたら、死にますからな! ご要望はいくらでも聞きましょう! 人も送るし、モノだっていくらでも貢ぎますぜー!」
「そ、そんな……大げさな」
「大げさでも何でもねぇっす! こうなったら、我ら正当なる獣王国の支配者一族、黒狼族と獣王国の西半分は、シズルさんの支配下って事でかまわねぇっす! へへへ……そりゃもう、末永く仲良くさせていただきましょう! よろしく頼んますっ! うんうん、長いものには巻かれろ……いい言葉っすなぁ!」
はい? なにそれ……自分の国を迷わず、たたき売りって、コイツ正気なの?
「でっしょー? 要するに、これまで通り……お互い持ちつ持たれつって感じで! ああ兵隊貸してくれる時は覆面かぶらせて、いかにも謎の兵隊って感じにしましょうね。んじゃま、シズルちゃん! まずは東の白狼王をぶっ潰しません? でもって、あっちの勇者三人組をこっちに取り込んじゃえば、わたし達この世界最強の勢力って感じになりますよね? いやぁ、これはなかなか面白くなってきたですねぇ……」
チョット待って、なんで、そんな話に……?
あれ、あれ? わたし、また騙された?
なんか、わたし置いてけぼりで、妙な話が進んでるような……。
「ちょっと! キヌエさん! 何、勝手なことばっかり言ってるんですか! いいですか? 今の情勢は微妙なバランスで薄氷の平和みたいな状況にあるんですからね?」
「そうなのよねぇ。だからこそ、ユキちゃんには巧妙に立ち回って欲しいのですよ。とりあえず、こっちはこれで総勢7名……攻めるには足りない。けれど、王国の全力攻撃であっても、この城塞がある限り、守るには十分……となれば、均衡は保てますよね? いいですか、これはもう情報戦の領域です……このシズル城が如何に固い守りか……きっちり、王国側に認識させる必要がある……それこそ、まさにユキちゃんさんの頑張りどころじゃないでしょうか?」
「そ、そうですね……た、確かに……。キヌエさん、貴女意外とやり手なんですね……」
「伊達に医大と薬科大と大学二周してないですよー。そんな訳で、ユキさん……ここはひとつ悪巧みタイーム! ユキちゃんの事もなんとなく解ってきたんで、二人で最善の道を探るべく、意見調整とかどうです?」
「そ、そうですね……。お互い、忌憚ない意見を出し合って、最良の道を探る……そう言う事ですね?」
「その通り……わたしも、こう見えて結構広い範囲を単身偵察して回ってるんですからね。シズルちゃんの希望も聞けたから、ここは切れ者同士……知恵を出し合ってみましょう!」
ユキちゃんと、キヌエさん、二人して暗がりに連れ立って駆け込むと、何やら小声で相談し始めてる。
……なんだこれ?
「……お、お姉ちゃん……コレでよかったのかなぁ?」
「どうなんだろうね……。でも、なんだかんだで、これでシズルの傘下の勇者は7人……ユキちゃん達も入れたら、総勢10人……。でも、獣王国の実情をこれまで隠し通していたってのもだけど、ユキちゃん達を相手取って、負けはしないところまで、持ち込むとは、大したものだね……このキヌエって人、絶対油断しちゃ駄目だよ」
「……キヌエさん、ヤバイね。しかも、なんかユキちゃんに色々入れ知恵してるみたいだし……。何始めるつもりなんだろう……」
「さぁね。もっとも、獣王国を後方支援の策源地とするとなると、完全に平定すべく、白狼王の討伐が優先なのは確かだ。けど、こうなってくると広い目で見た戦略ってものを、よく考える必要があるね。とりあえず、あのキヌエさんって人も、アレはなかなか知恵が回るみたいだ。ユキちゃんも相当な切れ者だ……あの二人を軍師として、意見を聞いて、その上で自分で考えて、ここは覇道進撃って感じで行ってみるのが良いんじゃないかな?」
「……お姉ちゃんは、助けてくれないの? 一緒に考えてよ……」
「私は、駄目だね……。彼女達を見ていると、自分が如何に戦略的見地に欠けていたかってのを痛感するよ。もちろん、手助けはするよ。けど、本当の意味でシズルの力になってくれるのは、他の勇者達であり、最後に頼れるのは、私ではなくシズル自身の力になる。課題はもう言うまでもないだろ?」
「はいはい、体鍛えますよーだ! それに家主としては、ここを鉄壁の難攻不落の城とする……まずはそれからだね!」
「はははっ、シズルも解ってきたね! じゃあ、頑張ろうか! この世界を救って、皆が笑顔になるエンディング目指して!」
「うん、お姉ちゃん! 言っとくけど、その中にはお姉ちゃんも含まれる……だよ?」
「そうか、そうだね……そうなると……良いね」
……こうして、わたし達は異世界で、これまでの秩序を破壊して、この世界の戦乱を平定すべく動き始めるのだった。
辺境の……誰も顧みなかった森の奥で、それは静かに始まろうとしていたのだけど……。
きっとたぶん、これが……終わりの始まりだったのかもしれなかった……。
とりあえず、ストーリー的に区切りが良いので、ここで一旦、一部完です。
ストックも完全に枯渇してるんで、おやすみさせてもらいます。
続き書き溜めストックが十分になったら、再開の予定ですが、具体的にいつかは明言できません。
これまでのパターンでは、最短で翌日とかもありましたが……。
なんとも言えません……マジで、ストックがゼロなんで……。
それでは、また第二部でお会いしましょう!




