第二十二話「その始まり。集いし者たち」①
「ねぇ、シズル……このキヌエって人、多分、ヤバイ系の人よ……。しかも、現代医療と薬物の知識なんて、薬師のスキルと、相性良すぎ……。敵に回したら、死ぬほど厄介、味方でも全然油断できないとか、割と最悪の手合かも」
……お姉ちゃんも同じような印象を受けたらしかった。
むしろ、この場で始末した方が余程マシとか、そう言う手合なんじゃって、そんな気もする。
でも、もしかしたら、それすらも想定してるかも……わたしがお姉ちゃんと言う奥の手を持ってるように、この人も何か切り札を隠し持ってるのかも。
戦闘力は、本人も言うように皆無なんだろうけど、そう言うのを飛び越えた所に、多分この人はいる。
「シズルさん、その女……キヌエさんは、大変危険な人物です。戦闘力は皆無のようですが、最近の獣王国の軍事力、食糧生産力の爆発的な増加……。それに王国の将軍や重臣の不審死、中には村一つが謎の疫病で壊滅したような事があったんですが、いずれもその女によく似た人物の目撃事例があるのですよ」
「えー、なにそれぇ……。わたし、しらなーい! 濡れ衣よぉ……いくら、温厚なわたしでも、怒りますよぉ! ぷんすかーっ!」
温厚かどうかはよくわからないけど、ほっぺをプクプクにして、ヘン顔でユキちゃんを睨んでる。
どう見ても笑かしに来てるっぽいけど、ここで笑ったら駄目だっ!
「どうだか……薬師の勇者と、その高度な隠蔽能力ならば、どれも納得の所業です……。それに工房をこの土地に移す? 耳を貸さないほうがいいですよ……確かにこの地には、何か強力なアーティファクトが眠っていそうですが、それを奪われたら、手に負えない事になるかも……」
「さっきから聞いてると、ホント人聞きが悪いですねぇ……。わたし、そんな人を簡単に裏切ったりしないしー。わざわざ、こっちの手の内だって晒してるんだから、少しくらいは信用してくれたって良いじゃないですか……いけずー」
「目を見れば解りますよ。貴女のその濁った目……性根の腐った詐欺師の目です! いったい何を企んでるんです?」
「ひっどーいてすっ! ねぇ、シズルちゃん、あんまりな言い草だと思いません? わたし、そんな悪人に見えます?」
うぉ、こっちに振られても……とにかく、この人を敵に回すのはマズい。
質の悪い詐欺師みたいな人だって、味方にして、裏切らない根拠さえあれば……。
「解ったよ。悪人かとか善人かとか、そこはどうでもいいよ……。キヌエさんが獣王国の自分の拠点を捨ててもここに来たいってなると、相応のメリットがあるからなんだよね? そうなるとわたしが家主でその気になれば追い出しも可能……だよね」
「その認識であってますよ。と言うか、生産系勇者の工房ってのは、人数集めて、いい土地を皆でシェアした方が有利なんですよ。具体的には、土地の魔力生産量や拡張性やコスパ、パラメーター補正とか……一人で工房を維持するよりも、二人、三人の方が効率的だし、色々美味しいんですよ? 実際、鍛冶師の勇者……タカダ社長とわたしで、合同工房みたいなのを作ってるんですけどね。工房向けの土地と言うよリ、街の片隅にこそっと作ったのだから、せっかく工房化しても、イマイチ微妙だったんですよ。あ、それとユキちゃんは色々言ってますけど、概ね事実ですよ。実験とわたしの能力テストを敵にやったって話ですねー」
……キヌエさん、ぶっちゃけた!
確かに隙を見て毒殺する気だったとか、思ってても口にしちゃいけないことナンバーワン……だよね。
敵国たる王国で、単身実戦テストに及ぶとか……何やってんのこの人。
むしろ、生産系でまだ良かった……この人、誰かが手綱握ってないと危険!
けど、こういう事を正直に口にするってのは、ある意味とっても正直者とも言える……わたしに信頼されたい一心でかもだけど。
とにかく、この人は自分の利益になってる限りは、早々他人を見限ったりもしない。
冷徹なる打算に基づいて、長いものに全力で巻かれる……なんか、それ最低だなぁ……。
けど……要は、美味しい話と言う保険さえあれば、少なくとも裏切らないって保証は出来る。
ここで、この領域の共有を許せば、当然ながら、キヌエさんにも多大なメリットが生じてくる。
どうも、例のタカダの社長さんとも一緒にやってるみたいだし、三人の生産系勇者で生産工房を運営する……悪くないね。
なにより、そうすることで、今後、キヌエさんとわたしは、利益を共有する言わば、運命共同体となる。
これなら、さすがに簡単に裏切られたりもしない。
わたしを切ったら、この人にとっても損ともなれば、この人……自分で言うようにむしろ、全力で巻かれに来るだろう。
どのみち、わたし自身はあまり、この土地から動く気もないし、ここで断ったら、今度はあの手この手でこの土地を手に入れようとコソコソ画策したりとか、やりかねない。
こりゃもう、妥協するしか無いね……。
とりあえず、プルプル震える手を差し出す。
「……ん、条件……呑む。そのかわり、裏切りとかはなしだからね。そうなる以上は、わたしとキヌエさんはもう運命共同体だからね……言ってる意味解るよね?」
もう、待ってましたって! って感じで、手を握られる。
「おおっ! 快諾いただけるってところですね! 良かったぁ……まさに、無血開城! 運命共同体とか、そこら辺、よーく解ってますよ。そう言うことであれば、これはもうタカダ社長にも来てもらって、ここを我々生産系勇者の一大拠点としちゃいましょう! ここに工房を構えられるなら、あんなクズ土地、もう必要ないですからね。しかも、ここは中立緩衝地帯……獣王国とも関係ありませんって言い張っちゃえば、王国もむやみにちょっかい出せない……そう言うことで、良いんですよね? ユキちゃんさん!」
「た、確かにそうなんですが……。キヌエさん、つまりあなた方は、獣王国から独立して、シズルさんの傘下に降ると?」
「うふふ……わたしぃ、より長いものには、全力で巻かれる主義なので、シズルちゃん、今の所、長さに関してはトップクラス、実に美味しい話だと思うんですよね……。しかも、こんな物分りが良いとなると、組むには最高の相手ですね」
「ちょ、チョット待ってくだせぇ! キヌエ先生っ! ギオルの町の拠点を引き払って、こちらに移すと? こんな死の森の最深部なんかに、拠点作られても、我々も困りますですし……。我々もあなた方と言う勇者を引き入れた事で、東の白狼王とも互角に張り合えてるんですぜ? そんな簡単に見捨てられるとか、そりゃいくらなんでもあんまりじゃないですか……ヨ、ヨウジっ! てめぇもなんとか言えよ」
「すまねぇな! 俺は戦いに敗れた敗者の身の上だ。もはや、この場で、うだうだ言う資格はねぇんだ……。俺のことは死んだと思って、スパッと諦めてくれ」
「てめぇ! 何上手いこと言って、日和ってんだよ! 死人に口なしとか、かっこいいつもりかよ!」
「うるせぇっ! 男にゃ二言はねぇ! まぁ、シズルちゃん……そう言うことだ。キヌエさんも、そこら辺は理解して欲しい!」
「解りましたぁ……ヨウジくんのそう言うところ、わたしは好きですよ。そもそも、ガダルさん……わたしが作った転移門があるから、流通や人の往来に関しては、問題ないんじゃないですかね。そもそも、わたし達を体よく、砂漠のモンスター退治に動員したり、東の部族との抗争や王国との戦争にヨウジくん使って、勇者達と戦わせたり……。ガダルさん、なんか違わないって、わたし常々思ってたんですよ……」
「まぁ、そうだな……実質、俺一人と兵隊共だけで、そっちのサキとかだけでなく、白狼王の勇者達ともって、相当キツかったからな。タカダの旦那の武具やら、キヌエさんのヤクでかろうじて、互角にやり合えてたけど、オメェの配下の四天王もすでに二人が討ち死に……。むしろ、ジリ貧なのはこっちなんだぜ?」
ん? もしかして……獣王国の勇者って、ヨウジさん達と別のグループが一緒にいるんじゃなくて、むしろ対立してるってそんな状況だったのかな?
王国側には、こっちには全部で6人いるぞって喧伝してたとか、そんなところだったりするのだろうか。
ユキちゃんをチラッと見ると、引きつった顔をしてる。
多分、今の今までハッタリに騙されてたとかそんな感じだったのかも……。
「あのさ……獣王国って、もしかして内乱の真っ最中だとか、そんな感じ?」
「あ、はい……た、確かに、そうなんすけどね……。あ、あのシズル様、出来ればですね……。我々と、お付き合いの上で、ちょいっと浮世の義理って事で、助太刀とか願えませんかね? インフラって言うんでしたっけ? そこら辺も整えて、ここをあっしらの領域と自由に行き来できるようにしますから、我々のお願いとかですね……聞いていただくってのは、駄目ですかね?」
揉み手揉み手、ヘコヘコ頭を下げるガダルくん。
……なんと言うか、憎めないやつだった。
「まぁ、それは元々、そのつもりじゃあったからね。文明圏との接続ルートを作ってくれるなら、物のやり取りだってしたいし、なんか困ってることがあるなら、お願いくらいなら聞くよ……クマさんやユウキくんはどう?」
「ああ、僕はそれでいいと思うよ。なんだかんだで、四人もいて全部、自給自足なんて、シズルちゃんの錬成術があっても、どうしても無理があるからね。しかし、そうなるとキヌエさんも……僕らと合流するって感じなのかな?」
「わたしは、それでいいですよ。ガダルさん、どっちみちわたしもジュウゾウ社長も戦力外なんですから。むしろまともに戦力になるのが、ヨウジくんだけって、なんとも頼りない状況だったんだから、丁度いいじゃないですか?」
「頼りなくて悪かったな……。ああ、シズルちゃん……俺は、君の子分でも一向に構わんぜ。負けた以上は、潔く勝者に従う……でねぇと、カッコがつかねぇぜ!」
「まったく、君も随分男らしくなったね……。自分より小さな女の子に食って掛かってた頃に比べたら、全然マシだよ。ユウキくんはどうだい?」
「……僕は、シズル姉さんを守ると誓いましたからね。シズル姉さんが僕を助けあげて、鍛えてくれたからこそ、僕はここにいられるんです……。僕にもシズル姉さん何を目指してるのか、なんとなく解ってますからね……。当然、お手伝いしますよ」
「へっ、坊主もナヨナヨした小僧だと思ってたけど、なかなか男ってもんを解ってんじゃねぇか! 褒めてやるぜ!」
そう言って、立ち上がるとヨウジさん……ユウキくんをヘッドロックすると、乱暴に頭をかき回し始める。
「ちょっ! 何してくれてるんですか! って言うか、そんな気安くさわらないでくださいよ!」
「なんだよ……。つか、最初に会った時、お嬢ちゃん呼ばわりして、すまなかったな! まったく、男ならもっとシャンとしやがれっての! うらぁっ!」
「うわぁっ! お、お尻なんて叩かないでくださいよー!」
男性陣三人は、なんか妙に仲良さそうだった。
男の子ってのは、割と単純だからねぇ……良い光景ですこと……ふふふっ。
まもなく、第一部完の予定。




