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第二十話「だって、けだものだもの」②

「……仮にも獣王を名乗るんだから、そう言う情けない泣き言を言うな。少なくとも先代は、そんな惰弱な事は言わなかったよ……少しは見習い給えよ! ガダルくん……!」


「うるせぇっ! ど、どう言うことだ……姿も違うし、匂いだって別人……だが、この気配、忘れられるものかよ! なんでてめぇがここにいやがるっ!」


「……そう言えば、満更知らぬ仲ではないからな。だからこそ、手加減くらいはしてやってるんだ。君達は力あるものこそ正義、強き者に従うのが美徳ではないのかな? 獣王の名に恥じぬように、ここは君の限界を超えるべく、死力を尽くすべきじゃないかな? 何より、私達に喧嘩を売ったのは君だよ? あれは私でもカチンと来た……死なない程度に叩きのめす」


「んなっ! せ、先代ですら、結局、てめぇには為す術無くボッコボコにされたんだから、この俺がてめぇに勝てるわけねぇだろ! ふっざけんな! なんで、てめぇみてぇな化物が出てきやがるんだよ! 騙しやがったなっ! ちっくしょーっ!」


「だから、泣き言はいい。先代はアレでなかなか、見どころはあった……立ったまま、気絶するとか、まさに堂々たる負けっぷりだった……。君も見習って、立ち往生でもしてみればいいじゃないか!」


「わ、悪かった! 俺が軽率だった! だから、勘弁してくれっ! おい、ヨウジッ! 見てねぇで、助けろ……このままだと、俺は殺される……相手が悪すぎる! 俺は勇者でも何でもねぇんだ……本物の勇者……それもバケモノ中のバケモノ……剣王なんぞの相手が出来るかっての! た、助けてくれ! 頼むっ! ぎゃわーっ!」


 そう言ってる矢先から、背中から派手にザックリ。

 普通は死んじゃうような傷なんだけど、これでもあんまり堪えてないみたい。


 獣人ってのも相当しぶといんだなぁ……。


「お、おう……つか、シズルちゃん……こんな強かったのかよ。あのちいせぇ身体で、獣化したガダルがパワー負けしてる上に、太刀筋が全然見えねぇ……。ガダルのダンナが文字通り手も足も出ねぇとか、どんだけなんだか……。それにこの気迫……やべぇ、鳥肌が立ちっぱなしだ……。今まで会ったどんな奴より、つぇえかもしれねぇな……」


「ヨウジさん……せっかくだから、剣鬼様にご指導でもしてもらえば? ちなみに、私達は三人がかりで剣鬼様に一蹴されたからね……もう格が違うのよ。格がっ! ……けど、それだって、新たなるステージの入り口とも言えるからね……私達はもっと強くなれる! アンタもいつも男らしくとか、言ってるんだからさ。どーんと当たって砕けてみればいいじゃん!」


 ドヤ顔のマキさん。

 相変わらず、小物感がスゴい……一戦交えた敵が仲間になるって、よくあるけど。

 

 マキさんの手のひら返しっぷりはスゴイと思います。


「ヒィーッ! も、もう許してください……俺が悪かったです! 命ばかりはお助けをー!」


 もう剣を投げ捨てて、必死の懇願を続けるガダル。

 なんか、かわいそうになってきたよ……。


「おいおい、何だその有様は……獣王の名が泣くぞ? だらしがないっ! 根性も気合も何もかもが足りないーっ!」


「あぎゃああああっ!」


 ……こんな調子で、一方的な蹂躙を終えると、お姉ちゃんもやたら、爽やかな感じで額の汗を拭うような仕草をしながら、もはや背中を丸めて、亀になってたガダルのケツにケリを一発ぶちかます!


「ウボゥアーっ!」


 ガダルも叫びと共に一瞬、ビクンと身体を震わせると、それっきり白目を剝いてぐったりする。

 

「……まったく、弱すぎて話にならないな。所詮はガダル……こんな奴が獣王になれるようでは、獣王国も先が知れるな……まったく。しかし、さすがに無抵抗の相手をいたぶるような趣味は、私にはないからな……この辺にしておいてやるさ。だが、これでは全く物足りないな」


 そう言って、お姉ちゃんがゆっくりと振り返ると、ヨウジさんをじっと見つめる。


「ねぇ、そこのヨウジくんだったな? どうだい……君も腕に覚えがあるなら、ひとつお相手してくれないかい? 見たところ、君はなかなか筋が良さそうだ。勇者を超えた超級勇者の世界を垣間見たいのであれば、少し揉んであげよう。それとも、この場は尻尾を巻いて逃げ出すかい? それも悪くはないけどね」


 あう、お姉ちゃん……ヨウジさんに目をつけたっぽい。

 本気で、全方向に喧嘩売ってくスタイルらしい……。


「……ちっ、言ってくれるな。悪りぃが俺は売られた喧嘩で、相手に背中は向けねぇ主義なんだ。シズルちゃん相手に本気だすのはちょっと気が引けるが……こちとら、浮世の義理や人情ってもんがあるからな。ガダルの旦那にゃ、借りもあるから……いいだろう! この勝負……俺が預かった!」


 ……マジですか、ヨウジさん……。

 義理を果たすために、不利を承知で助太刀とか……なんと言うか、相変わらず男気あふれるかっこいい人だね。

 

 うん、出来ればヨウジさんと戦うとか、遠慮したかったけど。

 お姉ちゃんを止めるなんて、無謀な真似……わたしには出来ない。


 ノックアウトしちゃって、それを膝枕で介抱して、大丈夫? とか……ちょっと憧れるから、そう言う感じで?

 とにかく、お姉ちゃんは正しいのだっ!

 

「うん、君、実に良いね……気に入ったよ! やっぱり、男ってのはそうでなくちゃいけない。では、この決闘……君が勝負を引き継ぐってことでいいね? 悪くないよ……では、かかってくるといい! ガダル……そう言うことだ。負け犬は、さっさと引っ込めば、いいよ」


 もう背中を丸めて、イジメないでモードだったガダル……そう言われて、慌てて顔を上げる。


「お、おうっ! ヨウジ……ここは任せた! 存分にやっちまえっ! つか、そいつ……相当やばいぞ! 手加減なんてして、勝てる相手じゃねぇ……初っ端から全力で殺す気で行け! なぁに、別に殺しちまったって、構わねぇ……ってな訳で後は任せた……恩に着るぜっ!」


 腰が抜けたような感じでハイハイするような感じで逃げていく獣王様。

 こいつもなんと言うか……台詞の端々で小物臭が凄いねぇ……。

 

「ったく、アンタ、仮にも総大将なんだから、もうちょっとカッコくらいつけろよ……。まぁ、いいさ……後は任せとけっ! 行くぜっ! わりぃが手加減なんて出来る相手じゃねぇみてぇだからな……初っ端、本気で行くぜ! ウラァッ! まずはグランドクラッシャー! 一之太刀……受けてみやがれっ!」


 頭上で斧を軽々と回転させて、一気に踏み込んで地面に叩きつける。

 地面が割れて、土塊やら岩やらが爆風のように散らばる……なんて、パワーっ!

 

 けど、土埃が晴れると、お姉ちゃんも軽くバックステップで避けてたみたいで、かすっても居ない。

 

「ふむ、なかなかのパワーだね。さすがは斧の勇者と言ったところかな」


「まだまだっ! オラァっ! 二之太刀っ! 三之太刀っ!」

 

 ……でも、ヨウジさん! そこから、更に踏み込んで切り返しからの切り下ろしを仕掛ける!

 

 お姉ちゃんもさすがに、これを受太刀するほど無茶はせず、ギリギリで見切って、仰け反りながら回避して、そのまま後ろに倒れ込むように地面に片手をつくと、軽々とバク転をキメる!


 タンタンタンッと、軽やかな動きで見る間に、ヨウジさんとの間合いを空けていく。

 

 おーっ! そんな軽業、やったこともないんだけどさっ!

 でも、今、腰巻きひとつで、下ノーパン状態なんだから、少しは気にしてくれっ! 姉よーっ!


 さ、さすがにあそこ……男の人に見られるとか、大ダメージすぎるよぉっ!

 

「うーん。少しばかり、大ぶりが過ぎるね……。斧なら、もう少しコンパクトに振らないと、ちょっと当たらないんじゃないかな?」


 お姉ちゃん、超余裕って感じ……一発当たれば、ヤバいってのに……ヨウジさんも普通にマジで打ち込んできてるし!


 けれど、ヨウジさんも、それだけで終わりじゃなかった……!

 

「確かに……な! だが、俺だって力任せだけじゃねぇんだ! 行くぜっ!」 


 お姉ちゃんが距離を離したのを確認した上で、大きく高く飛び上がると、空中で見えない足場を踏むように、もう一度大きく飛び上がる!


 そして、そのまま連続バク転を終えて、着地したばかりのお姉ちゃんに追いすがると、渾身の振り下ろしを炸裂させる!


「さすがに、コイツは避けれねぇだろ! ブーステッドダッシュからの、四之太刀っ! 斧術……「なだれ」っ!」


 ちょっ! ちょっとは、てかげーんっ! 

 でも、スゴイ……回避行動を読んだ上での最後の最後にジャンプアタックで追いすがるとか!

 

 地面がまるで爆発したように弾けて、もうもうたる土埃に包まれる……。

 

「ほぅ、途中までスキル任せで、最後の一撃だけマニュアルで本命を叩き込む……悪くない工夫だ。……素晴らしい一撃だった! それに……防御を捨てた思い切った一撃……斧の勇者としては、まさに正しい戦い方だ! これは賞賛に値するね」


 けど、お姉ちゃんのほうが一枚上手だった。

 斧の柄をがっつりと踏みつけて、完全に反撃を封じた状態で、余裕と言った調子で立っている。


「……冗談だろ? 今のタイミングで外しただと? おまけに無傷だと……ありえねぇだろっ!」


「悪くはなかったけど、さすがに、そんな大ぶり……いきなり、当たる訳がないよ……。けど、センスはあるみたいだから、もうちょっと短く持って、蹴り技とかも織り交ぜた、独自の近接格闘術辺りに進化させれば、割といい線いけるんじゃないかな? さぁ、次はこっちの反撃だ……単なる三連突きの10セットだけど、凌ぎきれるかな?」


 ……例のフェンシングの構えからの突きの乱打。

 サキさんの放ってた「五月雨突き」顔負けの猛スピードでの連続突き……!

 

 たちまちヨウジさんも斧を盾代わりにしての防戦一方になる……なんとか、カウンターで逆襲を狙ってるみたいなんだけど。

 

 お姉ちゃんもそれに乗るほど、甘くない……。


 けど、一瞬の隙……身体が伸び切ったところを見切って、ヨウジさんも一歩下がると、大ぶりを決めようと大きく振りかぶって、振り下ろしかけてピタッと止めて、すかさず切り返し!

 

 なんて速さの切り返し!

 ……それまでの最速の一撃と言える速度の一撃っ! まだこんな技を隠してたなんて!

 

 けど、その瞬間に、お姉ちゃんが更に一歩踏み込むっ!

 

「まずは、一本かな?」


 斧を振り上げて、無防備になったヨウジさんの喉元に、剣が突きつけられてる……。

 

「参ったな……。この間合い、そっちが踏み込んで、身体が伸び切ったタイミングに合わせて、一歩下がってビクトリースマッシュを叩き込んだのに……。避けるどころか、更に一歩踏み込んでくるとは……半端じゃねぇな……やっぱ。おい、ガダル……こりゃ、無理だぜ……」


 それだけ言うと、ヨウジさんは斧を手放してしまう。


「なんだ、もう終わりなのかい?」


「ああ、今の……お前さんが本気だったら、俺は即死だった。一度死んで、命拾いしたからにゃ、潔く負けを認めるのがあったりまえだろ。こうなったら、煮るなり焼くなり好きにしてくれっ!」


 そう言って、ヨウジさんもどっかりとあぐらを組んで座り込むと瞑目する。

 

「……そうか。君ほどの勇者相手に手加減なんて、ちょっと悪い事をしたね。もう少し楽しみたかったんだけど、そう言う事なら、この勝負……決まりって事でいいね? ガダル……お前もそんなところで、震えてないで、隣に並んで、正座……ああ、ヨウジくんはそのまま楽にしてていいよ」


 ヨウジさんの隣にガダルがショボーンって感じで、うなだれながらやってくると、ちょこんと正座する。

 

「敗者に情けは無用だぜ? ガダルの旦那もすまねぇな……。俺なりに頑張ってみたが、やっぱ勝負にならんかったぜ! なぁ、お前なんか知ってんだろ……剣王ってのは、なんだ? シズルちゃんに何が起きた? これ……どう見ても、別人だろ」


「お、俺の口からは、恐れ多くて、とてもとても。い、いやぁ、ご無沙汰しております……剣王様、事情はよく解りませんが……その神速の太刀筋、そのお言葉から滲み出る気迫……何もかもがあの日、先代を打ち倒された時に見せていただいた、あの神々しいとも言えるお姿のまま……。このガダル、決して間違いようがありませぬ」


「ガダル……今の私は、名もなき剣の鬼、剣鬼だ……。そう言うことにしておいてくれると助かる」


「……ははっ! 御意にございまするっ!」


 躊躇いゼロの土下座をキメる獣王ガダルくん。

 なんかもう、こいつ……くん付けでいいよね? どう見ても、この人、獣王様って感じじゃないよ。 

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