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第二話「ゼロタイム」①

 12月4日……午前零時。

 姉の予知では、この瞬間にわたしは異世界召喚されるはずだった。

 

 23時50分……その時まで、あと10分を切った。

 

 特にそれと言った前兆は感じない。

 

 でも、傍らには姉がいる。

 手を握ってくれてるから、その手の感触もちゃんとある。

 

 色々厳選したアイテムを詰め込んだリュックを背負って、服も丈夫な繋ぎの作業服。

 上着として、少しくらい寒くても平気な登山用の薄手のダウンを買って、羽織ってる。

 

 髪型も姉を真似してずっと伸ばしてたんだけど、肩の辺りで切りそろえたショートボブにした。

 

 学校では、失恋? とか聞かれたけど。

 残念ながら、生まれてこの方、延々ずっと恋に恋する乙女状態……男の子にはとんと縁がなかった。

 

 彼氏とかいたら、絶対異世界なんて行きたくないって、なってただろうから、この際非モテバンザイってところ。


 異世界でいい出会いがあるといいなぁ……とか、思ってるのは内緒。

 だって、乙女系異世界モノで、カッコいい騎士様に保護してもらうとか、最強なイケメン王子様とかって、テンプレじゃない。

 

 もっとも、その辺……姉の反応見る限りだと、結構駄目っぽい。

「いい男いた?」って質問に、遠い目で苦笑いとかしてる時点で、ロクな出会いがなかったらしいって察した。

 

 強いて言えば、お父さん達が気がかりだけど。

 

 可能な限り、事情を書いた日記帳を机の上に置いておいた。

 それに、戻ることも不可能じゃないって話だから、生き残れたら希望はある。

 

「もうすぐだね……」


 23時57分……あと三分。

 

 異世界転移とか面白そうって思ってたけど、実際にそのカウントダウンが始まると、複雑だった。

 今も不安でいっぱいだけど、心の何処かでワクワクしてたりもする。

 

 でも、わたしのアドバンテージは充分ある。

 準備期間があったことで、色々準備や知識を貯め込むことは、出来た。

 

 気持ち程度だけど、この三週間、毎日ランニングしたり、筋トレとかやって少しは身体を鍛えたし、お姉ちゃんの竹刀で素振りとかやってみたりした。


 必殺技とか教えてほしかったけど。

 剣術の基本は、とにかく素振りと打ち込み……とか言って、それしかやらせてもらえなかった。

 

 でもまぁ、いろんな知識は付け焼き刃ながら、人生稀に見る勢いで色々覚えた。

 

 こう見えても、頭は良い方だし、記憶力は抜群。

 見た光景や読んだ本の内容を写真で撮るみたいに事細かに記憶出来る。

 瞬間記憶ってヤツ……言ってみれば、わたしのチートだ。

 

 おかげで、頭を使うことなら、お姉ちゃんにだって負けてない。

 

 それに、なんと言ってもお姉ちゃんが一緒ってのは、ホントに心強い。

 

 姉は幽霊状態だから、物理的な干渉は出来ないんだけど、予知能力なんてチート持ち。

 おまけに、10mくらいなら離れられるから、ちょっとした偵察役とか見張り役も頼める。


 幽霊だから、寝なくてもいいし、誰にも気づかれない……闇討ちとかされても、お姉ちゃんは、事前に察して起こしてくれるだろうから、夜だって安心して寝れる。

 

 幽霊がどうやって起こすのかって? 頭の中で起きろーとか絶叫されてみ? 普通に飛び起きる。

 おかげさまで、目覚まし要らなくなりました。

 

 それになんと言っても、異世界冒険の経験者で、ラスボス戦まで行ったような猛者。

 

 ゲームで言えば、攻略本や攻略Wikiが使えるようなもの。

 めちゃくちゃ頼もしい助っ人なのは間違いない。

 

「……ごめんね。もうちょっと時間があれば良かったんだけど……向こうも切羽詰まってるんだろうね。こんなに早くなんて、ハッキリ言って、相当な無茶……。けど、わたし達が全滅しちゃった上に、そうせざるを得ない何かが起きちゃったんだろうね……」


「それはもういいよ。これもあがらえない運命ってやつ? でも、まだ良かったよ。わたしはちゃんと予告があったし、お姉ちゃんって、攻略アドバイザー付きだしね。お姉ちゃん、一人で色々、大変だったでしょ?」


「……私の時は、いきなりだったから大変だったよ。王国の人達もいまいち非協力的であんまり頼りにならないから、何もかも手探り状態。勇者の武器の力も全然解らないから、皆で試行錯誤状態だったし、モンスターなんかも初見殺しだったりしたし、ホント大変だったのよ」


「でも、他にも巻き込まれる人達っているんだよね。そう言う人達にも警告したり、予め連絡取れてたら良かったのに……」


「確かに私が見た未来視だと、他にも何人も巻き込まれる人達が居たけどね。でも、顔は解っても、誰が誰やら……ただ、シズルが巻き込まれるのは、確実だったから、せめてシズルには、この事を知らせたいって思ってたんだよ。まさかこんな形で最期の願いが叶うとは……これでも結構、頑張ったから、神様がご褒美に粋な計らいってのを、やってくれたのかもね」

 

 姉のその言葉を聞いて、思わず黒い感情が頭をもたげる。

 

 ……もしも、神様なんてのがいるのなら。

 普通に……姉を帰してほしかった。

 

 なんで、姉だったのだろう?

 家族を失う側の気持ちとか、呼び出した側はきっとお構いなしだったんだろう。

 

 人から大事な存在を奪っておいて……絶対に許せない。

 

 それでも、このまま行方不明扱いのまま、月日が流れて、ゆっくりと忘れていくよりも、こうして再び言葉を交わせたのは、ありがたい話なんだけど……。

 

 こんな悲しい奇跡なんて……欲しくなかった。

 

「……ユズルお姉ちゃん」


「なぁに、妹よ……改まって」


「また会えて、嬉しい。ありがとう。今のうちに言っとく」


「やだね、この子は……ほら、始まったわよ」


 姉の言葉に合わせるように、複雑な幾何学模様がわたしの周りを取り囲み始める。

 いわゆる魔法陣ってヤツに似てる。

 

 気がつくと、もう身体も動かなくなっていた。

 口も動かせなくって、言葉すらも出ない。

 

(お姉ちゃん……!)


「大丈夫……リラックス、リラックス。怖くないから、お姉ちゃんが付いてるから」

 

 うん、何の備えも予備知識もなく、こんなのに巻き込まれたら、どうしょうもなかった。

 人づてにでも、何がどうなるのかが解ってるから、思った以上に落ち着いている。

 

 異世界に行っても、姉はこのまま一緒だってことも解ってる。

 姉の予知は、姉の視点で垣間見えるという事で、要するに、姉が見た未来には、姉がいる事は確定している。

 

 なんでも、今の姉は、わたしが潜在的に持つ魔力を依代にしている使い魔のような存在で、幽霊と言うより、わたしの身体の一部みたいなものらしい。

 

 なので、姉が離れようにも離れられない……。

 異世界だろうが、宇宙の果てだろうが、お姉ちゃんは何処までだって一緒。

 

 でも、それはむしろ嬉しい。

 お姉ちゃんは、わたしの半身みたいなものだから……。

 

 そして……わたしは世界を超えた。

 

 一瞬の酩酊感のあと、ふわっと浮き上がったような感触と共に、座っていたベッドが無くなって、思わず尻もちを着く。


 さっきまで真っ暗な部屋に居たからか、照明が酷く眩しく感じる。

 

 傍らには、姉の姿がちゃんとあって、目が合うと、ニッコリと微笑んでくれる……ひとりじゃない。

 ……この安心感は異常。

 

 やがて、周囲からは雑踏の中にいるような、大勢の人の声が聞こえてくる。

 

 見渡すと、老若男女……思い思いの服装の人達がいる。

 言葉は日本語……どうやら、皆日本人らしい。

 

 もっとも、午前零時なんて言ったら、普通はもう寝てるか、部屋で寛いでるような時間。

 最近は、深夜に働いてる人も減ってきてるらしいので、多くの人は部屋着やパジャマ姿。

 

 でも、中にはスーツ姿のOLやサラリーマンなんかもいるし、看護師さんなんかもいる。

 

 わたしは……と言うとでっかいリュックを背負って、野暮ったい作業服姿。

 おまけに、背丈は小学生並みのチビ助。

 

 すぐ側に居た人の良さそうな背の高い小太りおじさんが、驚いたようにわたしのことを見つめてた。

 

「あ、亜美香?」

 

 ……全然、知らない名前が出て来て、キョトンとしていると、向こうも人違いに気づいたらしい。

 

「ご、ごめん……。その……し、知り合いに似てて……いきなりで驚かせちゃったよね?」

 

 なんと言うか、熊さんを彷彿させる人……なんとなく、お父さんっぽい雰囲気で、思わずガードが緩くなる。


 実は、わたし……おっきい男の人って、嫌いじゃない。

 か細いイケメンよりも、こう言うがっしりしてる人とか、筋肉な感じの男の人って、いいなぁって思う。

 

 ちなみに、この辺の男性の好みは、姉と一緒。

 多分、お父さんがこんな感じのデッカイ人だからって気がする。

 

「いいんですよ。別に気にしないのですよ。でも、そんなにその知り合いさんと似てるんですか?」

 

「そうだね……一瞬、あの娘が帰ってきたのかと……。でも、それはないからね……。とにかく、人違いなんだよね……ははっ」

 

 クマのオジサンも、乾いた笑いを浮かべて「ゴメン」とだけ呟いて背中を向けられる。


「あれ? わたし、なんか悪いことしたかなぁ……。もうちょっとお話してみようかな」


「シズル、空気読もうよ。誰だって触れられたくない事の一つや二つ、あるんだからね」


 お姉ちゃんにそう言われて、思いとどまる。


 ……「帰ってきた」


 この言葉から察するに、死んじゃったか、会えなくなった身内に似てたとか、そんなかも。


 もしそうなら、全然他人事じゃない。

 これは、さすがに重すぎて、軽々しく触れられない。


 何のことはない、ついこないだまでのわたしと一緒……。

 大事な人が居なくなる……その気持は痛いほど解る。


 異世界で、最初にお話出来たお仲間って、感じだったけど。

 ちょっと気まずいな……これ。


「って言うか、何だろね。この人数……やたら多いんだけど……」

 

 お姉ちゃんが呆然と呟く。

 確かに、見渡した感じ思った以上に人数が多い。


 姉の話だと、召喚される人数は武器の数と同じく16人のはずだって聞いてるのに……。

 

 どう見ても4-50人位はいる? なにこれ。

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