第十七話「素敵な平和主義」①
「……ただいま、戻りましたー!」
流星の輝きと共に、ユキちゃんが戻って来た。
「おかえり……どうだった? 王国軍はどうなったの……?」
あれから、ひとまず、目先の危機的状況。
王国軍と獣王国軍の激突を回避させるべく、わたし達が取った策は、ユキちゃん一人を返した上で、残り二人が人質に取られてて、解放条件として、王国軍の総撤退を要求されていると言うメッセージを届けてもらう……そんな作戦を実行したのだった。
「そこら辺は、もうバッチリですよ……。やっぱり、私達北見姉妹の敗北と、二人が人質にされてるってのが効果的だったみたいで、アーガイル卿の名に於いて、王国軍の全面撤退が決定されました。こんな時間にもかかわらず、後続の国境警備軍も含めて、全軍野営地を引き払って、直ちに撤収を始めております。この隷属の首輪も本物だけに、効果抜群でしたね……。私としては、バレるんじゃないかって、気が気じゃなかったですけど、うまい具合に言いくるめてきました」
どうやら、上手く行ったらしい。
人質作戦……それも人質と結託してとか、酷い話もあったもんだけど。
この状況で、王国軍がやけっぱちになって、勇者奪回のために殴り込みかけてくる……なんてことになったら、最悪両軍激突になって、こっちは、お姉ちゃんの言うところのプチプチしまくりで、力技で止める……何てことにもなりかねなかった。
王国軍が大人しく引き上げてくれるなら、そもそも両国の争いも起きないし、こっちも無益な殺生もしなく済む……ホントに助かった。
獣王国軍もユキちゃんの話だと、ここらを遠巻きにしつつ包囲してるような感じだけど、さすがに王国軍を追撃するほど、余裕は無いみたいだし……このまま、王国軍が引き上げてくれれば、それが一番問題ない。
一応、交換条件として、撤退確認後、三姉妹を解放するって条件をつけたんだけど、どのみち北見家三姉妹は、無条件で解放するつもりだったから、そこら辺は問題ない。
三人とも、現状わたし達と敵対するつもりは無いみたいだし、ひとまず最初のイベント? 獣王国と王国の勇者争奪戦については、平和的に片付きそうな感じだった。
「うんうん、そうなると100点満点の結果だね。使う気はなかったといえど、隷属の首輪なんて付けた挙げ句に、使いっ走りとか変な役目押し付けちゃって……ゴメンね」
「あはは……ホントはシズルさん達にこれ付けるつもりで、持参してきてたんですけどね。まさか自分が付けられるとは思ってもいませんでしたよ……」
ユキちゃんもぶーたれた感じでそんな事を言ってるけど。
この一連のプランを提案したのは、ユキちゃん本人だったりもする……この子、こう言う悪巧みさせたら、超一流だった。
……ホント、油断も隙もない……あんまり敵に回したくないってのは、間違いなく本音だった。
ただ、この子……多分、もう敵に回りそうもないってのは断言できる。
なぜなら……わたし達はもうお友達なのですよ。
お友達と、ガチバトルなんかしない。
少なくともわたしは、そう思ってるよ?
ユキちゃんも何気に向こうではわたし同様ボッチ属性の子だったんだって。
せめて、こっちで同年代の友達とか、欲しいとか思ってたらしいんだけど、そんな機会は一切なし。
なにせ、王国の最大戦力たる勇者の一人……普通の人は、それだけで距離を開けられる。
街を歩いてても、誰もが避けて通るし、中には、ひれ伏しちゃう人なんかもいて……。
万事、そんな調子なので、もう諦めの境地に入ってたらしいんだけど、そんな折に同年代のわたしと出会い、完敗した挙げ句に、命を助けられて……友達にならないか、なんて言われて……。
おまけに、どうも、わたしの胸の感触が、遠い昔のお母さんの記憶だかなんだかに触れたみたいで……。
……まぁ、要するにとっても懐かれた。
とりあえず、戻ってきてなんかモジモジしてたから、わたしから抱きつきに行くと、ユキちゃんもとっても嬉しそうに抱き返してくる。
そして、どさくさに紛れて、嬉しそうにわたしの胸に頬ずり、頬ずり……。
……なんかとっても、百合百合しい光景なんだけど、ヤメテとは言えない。
でも、胸に頬ずりするのは構わないけど、微妙なところをコスコスするのは、止めてね……なんか、ゾゾゾわっとして、腰砕けになりそうになります。
ちなみに、コレ……来ると解ってれば、なんとか耐えられるけど、不意打ちで食らったら、ちょっと……いや、かなりヤバイ!
「……珍しいね。ユキがこんなに懐くなんて……シズルさんって、ユキと同い年くらいなのよね……」
「そうね……。いつも無表情かつ、無愛想なのに……こんなデレデレに甘えるなんて……ホント、なにこれ? この子、私達相手でも、ここまではならないんだけどねぇ……」
……どうやら、このデレはとってもレアらしい。
ユキちゃんは、お姉さん二人の言葉なんて聞いちゃいないって感じで、全力でわたしの胸の感触を堪能中……まぁ、これで仲良くしてくれるなら、安いもんなのかなぁ……。
うぁ……ユキちゃん、そこは……駄目っ!
また微妙なところへクリーンヒットしたぁ……。
思わず、フルフルしてたら、ユキちゃんに上目遣いでじっと見つめられる。
……うわ、なんか……可愛いっ!
いけないっ! 何か新しい境地に目覚めてしまいそうだよぉ……。
「……ねぇ、マキ……これって、むしろ……アレなんじゃ」
「サキねぇも思った? 女子校じゃよく見る光景って感じなんだけど……」
アレってなに? ちょっと二人共微妙にボカさないでよぉっ!
「まぁまぁ……お二人さん、若い子ってのは、こんなもんよ……。怒鳴りあって取っ組み合いの喧嘩してても、すぐ仲良くなれる。マキさんもサキさんも色々手伝ってくれて、ありがとね! 助かっちゃった! ここって生活に必要なものって大体あるんだけど、基本全部自前だから、なにかと大変なのよ」
「いえいえ、服まで貸していただけた上に、清浄化までしてくれて……。教会のシスターさんとか使ってて、便利なのは知ってましたけど、やっぱりお手軽でいいですね」
「そうよねぇ……。家では洗濯とか、一応当番制だったけど……三人分とかいっつも大変でさー。サキ姉、しょっちゅう汚して帰ってくるし……。と言うか、カレーとか久々すぎて、もう最高でした! レシピとか教えて欲しいんですけど、駄目ですかね?」
お洗濯とか洗い物。
異世界サバイバル生活でも、なかなか面倒くさいんだよね……。
ご飯も色々ジャングルの恵みで美味しいのが手に入ってるけど、やっぱ所詮代用品。
どんぐりパンじゃなくて、普通の焼き立てパン食べたいし、お肉も巨大ネズミとか蛇とかドン引きするのばっかり。
ユキちゃん達は、王都に戻ればお屋敷付きの貴族待遇って言ってたから、少なくとも、食べ物事情はこっちより恵まれてると思うんだけど……。
ただ、やっぱりカレーは無いらしくて、例の失敗カレー粉から作った色々煮込んだ混ぜこぜカレーは、二人には大好評だった。
「実はカレー粉自体、元々錬成術の失敗作なんだけどね。原料の葉っぱとスパイスの実なら解ってるから、案外それを使えば、普通に再現出来るのかもしれないんだけど……」
元になってる葉っぱと木の実。
葉っぱはカレーみたいな匂いがするし、木の実もクルミくらいある特大胡椒って感じなんだけど、これを乾燥させてゴリゴリすり潰せば……って気もするんだよね。
でも、その手のマジ調合なんて知識ないし、錬成術使ったほうが早いんで、そうしてるってだけ。
そもそも、カレーの葉っぱも普通に乾燥させただけだと、カレー風味のにがーいお茶っ葉みたいになったし、ジャンボ胡椒もただ乾燥させて、砕いただけだとやっぱりピリ辛苦……みたいになった。
焙煎とか、何かコツがいるんだろうけど……それがどうも、良く解らない。
その点、失敗の法則で勝手に出来上がる失敗解毒薬は、ちゃんとカレー粉みたいになる。
不思議、不思議……要するに、良く解らん。
「え? そんなだったんですか……。でも、カレー粉って元々そんな感じですからね……それ、少しでいいんで、分けてもらっていいですか? いきなりこんなお願いもどうかと思うんですけど……。私、カレー大好きなんで……」
マキさん……カレー好きなんだ。
まぁ、カレーって日本でも大人気だしね。
カレー味のスナック菓子とか定番だったし、ファミレスだろうが牛丼屋だろうが、どこ行ってもカレーはある。
……カレーは国民食ですから。
わたしも、カレー大好きっ! 家で出ると絶対おかわりしてたしー。
マキさんに、妙なシンパシー湧いちゃった……。
とりあえず、乾燥させた原材料の葉っぱと木の実をマキさんに手渡す。
「……葉っぱと木の実? あ……でも、この葉っぱ、カレーみたいな匂いがする! 木の実は……なに、この特大胡椒の実みたいなのは……」
「組み合わせとしては、その二つなんだよね……。もっとも、王国の方に同じのが生えてるかは解んないけど、マキさんなら、これを手がかりに現地材料でカレー再現とか出来ちゃうかもね……応援してるよ! 頑張って!」
「で、出来るかなぁ……でも、頑張る! ふふっ……シズルちゃんって、思ったよりいい子だったのね……」
……マキさんもすっかり、表情優しくなったなぁ……。
ユキちゃんも、わたしの胸の感触を存分に堪能したらしく、すすっと離れると、マキさんの隣へ座る。
「……ただいま、サキ姉、マキ姉。……二人共、何食べてたんです? もしかして……この匂い……カレー?」
ユキちゃん、今頃気付いたらしい。
「そうよー。こっち来て、カレー食べれるとは思わなかった。割と美味しかったわよ」
「え? なんですか……それ。人が忙しくしてる中、何ちゃっかり、そんな美味しそうなもの、ご馳走になってるんですか……」
「まぁまぁ、ユキちゃんも食べる? 日本のお店のやちゃんとしたルーから作ったのと比べると、微妙かもだけど……」
「……そんなの食べるに決まってるじゃないですか。実はお腹空いてたんです……。ああ、慣れないことして緊張するとお腹空くんですね……」
……なんとなく、解る気はする。
とりあえず、米もどきに温めたカレーもどきをかけて、大皿に乗せるととっても嬉しそう。
「……これ絶対美味しいやつじゃないですか……いただきますっ! 美味しいっ!」
ユキちゃんとっても、美味しそうに食べてくれる。
いやはや、作った側としては、それだけで嬉しいよ。
「……ユキちゃん、ゴメンね……アタシらが不甲斐ないばかりに苦労かけて……。とりあえず、言われた通り、無駄な抵抗もせずに、大人しくしてたよ。いやはや、この子達、普通に良い子達だったわ……。あ、まどかさんに良い子って失礼か、年上……なんですよね?」
「んーん、気にしなくていいのよ。サキちゃんもマキちゃんどっちも良い子だったしね。お姉さん、サキちゃんみたいに真面目な子は嫌いじゃないわよ」
「私も、将来は、まどかさんみたいな大人な女性になりたいですよ……。まどか姉さんって呼んで良いですか?」
「うん、おばさんって言ったら泣かすつもりだったけど、お姉さん呼ばわりなら許す!」
……なんか、サキさんとまどかさんもすっかり仲良し。
スーパー博愛主義者まどかさん、バンザイっ! って感じ?
「はぁ、サキ姉もユキちゃんも、すっかり和んじゃってるし……でも、こうなるとカーライルくん……どうなっちゃうんだろ? 私達が負けた以上、何らかのペナルティとか待ってそうだし……」
マキさん、なんだか複雑な様子だった。
そう言えば、負けられない理由があるとか言ってたし……。
そこら辺ってまだ聞いてなかった。
わたしに出来る範囲なら、手助けのひとつくらいしたいところなんだけどね……心情的に。
「確かに、それが一番気がかりですね。もちろん、私は姉達が人質に取られて、隷属の首輪があるから、従ってるだけで、王国を裏切ったりとかしないとは言いましたけどね。向こうもさすがに王族の一人を軽々しく処刑したりはしないと思いたいですし、王国の勇者は私達を入れても10人も居ない……。一度くらいの失敗で、簡単に切れないとは思うんですが……」
「そうね……。勇者でないと対処出来そうもない案件も溜まってたしねぇ……。マコトと取り巻きだけじゃ、あんなの回る訳ないし……。本来、こんな遠征軍とか出してるような余裕なんて無かったのに……。この作戦自体だって、準備も何もグッダグダで泥縄対応もいいところだったからね。……アーガイル卿も元々気が進まなかったみたいだったから、シズルさんからの撤退勧告とか……渡りに船って感じだったんじゃないかなぁ……あのオッサンらしいけど」
「……あ、あの……カーライルくんって、それとマコトって……だれ?」
マキさんとユキさんの話を聞きながら、ここに来て、唐突に出て来た知らない名前に思わず口を挟む。
多分、三人の話の核心たる重要人物なんだろうけど。
お姉ちゃんも聞いたこと無いらしく首を傾げてる……誰なんだろ?
「カーライルくんは、アタシらの恩人ってところよ。元々王国の地方領主で、あの時飛ばされて、途方に暮れてたアタシらを保護して匿ってくれてたんだけど。王国にアタシらの事がバレて、人質に取られちゃったのよ……アタシらが王国の為に戦ってるのも、その人の為ってのが主な理由かなぁ」
サキさんが応えてくれる。
なるほど、本来のこの三人の拾い主ってところか。
偶然かもしれないけど、手元に転がり込んできて、即座に保護して匿ってくれたとなると、王国の現状もよく解ってて、中央に引き渡したらロクでもない事になると判断したか……。
或いは、懐柔して、王国と対立する心づもりだったか。
なんにせよ、これは多分、重要キーワード。
詳しく聞いといていいと思う。
「……なるほどね。そのカーライルくんとやらの話……詳しく聞いていい?」
「いいよ……この程度の話なら、問題なさそうだし。ちなみに、まだ十代半ばのイケメン少年……若くして、王国南方イステア辺境区の領主を継承したんだけど、善政を敷いて、領民からも愛されてるし、騎士道精神の持ち主で女子供には超優しいし、剣士としても超一流! 国境警備隊を率いて、獣王国の侵略軍を何度も撃退したり、まさに文武両道、才色兼備の理想の男子って感じなのよねー」
むしろ前のめりな感じで、マキさんが嬉々として応えてくれる。
「カーライルくんは確かにいい子ですよね。……ちなみに、姉二人は元々女子校通いで、男に免疫無かったせいで、5秒でデレました……チョロ過ぎて、呆れるほどです」
「……ユキだって、頭撫でられて、真っ赤になって、いわゆる撫でポ状態のチョロ子だったじゃないの」
「そう言えばそうだったねぇ……。まぁ、アタシらが男子に免疫ないのは認めるけどさ。あんな全方位いい人……ほっとける訳がないでしょっ!」
ちなみに、サキさんは高3、マキさん、高2、ユキちゃんは中1で一コ下なんだとか。
女子校がどんなとこなのかは、詳しく知らないけど。
男子の居ない学校生活とか、どうなるんだろ。
女子は女子で、色々ドロドロしてるしねぇ……。
「もうカーライルくんの為だったら、アタシ、マジで死ねる! 私達三姉妹全員嫁に貰ってくれないかなーとか思ってるんだけどね!」
「この世界では貴族、王族なら、一夫多妻制も余裕って話なんで、やっぱ、その路線で行くべき! 目指せ玉の輿! 誰か一人が選ばれるとか、選ばれなかった子が可哀想だしね……」
「……どんなハーレムって感じですけどね……。わ、私はお姉ちゃん達が幸せなら、それでいいです。むしろ、頑張れって応援する立場?」
「とか何とか言って、ユキもまんざらじゃないのよね……。まぁ、気持ちは解るけどね! 素直になりなさいな」
「だーかーらーっ! 私は姉さんたちとは違うんですよ……。確かにカーライルくんは、嫌いじゃないですけど、男の子ってやっぱり、苦手ですし……その……私は……どっちかと言うと……」
なんだか、夢見る乙女って感じで、そのカーライルくんとやらについて、サキさんとマキさんは聞いても居ないのに、彼がどんなにイイ男かだの、将来誰が嫁になるかだの……ピンク色の未来について、語りだす。
ユキちゃんは……何故か、こっちをチラチラと伺って、しきりに姉二人とは違うアピールしてる。
いや、こっち見られても……。
「……え? なぁに……アンタ達って男のために……ってそんなだったの?」
まどかさんが呆れたように口を挟む。
ちなみに、まどかさん彼氏いない歴、10年単位なんだとか……。
別に、見た目も性格も悪くないんだけど、ブラック勤務を長年やってると、色恋沙汰とか、どうでも良くなるらしいし、別に彼氏居なくてもそんな困らない……らしい。
でも、これでも恋に憧れる年頃ではあるので、その意見には同意はしてないし、まどかさん的にも不本意ではあるらしい。
「……ああ、どっかにいい男居ないかなー」
……それが、まどかさんの口癖。
まだ見ぬ未来の旦那様との出会いに、期待しながらウン年間、2X歳、独身……それが、まどかさんだ。
男性経験は……無い。
最後の項目は、最初の頃は「もう男なんてとっかえひっかえよー」とか言ってて、こっちも変な盛り上がり方して、色々ツッコんだこと聞いたら、ドンドン怪しくなって、あっさり白状した……。
まぁ、そこら辺はわたしも一緒ですから、人のことはとやかく言えないんだけど。
いい年して、そう言う妙な見栄張るのは良くないと思うの。
べ、別にいいんじゃないかな……? 案外、すっごい魔法とか使えたりするかも知れないし!
ユニコーンだって、嬉々として乗せてくれるよ! この世界にいるかどうかは知らないけどっ!




