第十六話「水晶玉の勇者」④
「あはは……。物騒なお話は終わったみたいね。と言うか、シズルちゃん……今の豹変っぷりは何? とか色々聞きたいところだけど、とりあえず怪我人が出てるんでしょ? 戦い終わったなら、皆まとめてノーサイドでって事でいいよね? シズルちゃん、容赦なさすぎーとか、もう色々ありまくりなんだけどさ、その辺はまとめて後回し! まずはサキさんだっけ? 頭強く打ってるなら、動かしちゃ駄目……いびきかいてたりはしないから、普通に気絶してるだけだと思うけど……。ユキちゃんもでっかいタンコブ作っちゃって……それ痛くない? 顔とか怪我してない? 女の子なんだし、顔に傷つけちゃ駄目でしょ!」
ゆるゆるまどかさんの登場で、すっかり場がユルくなってしまったのを実感する。
色々、ごめんなさい……容赦なさすぎってのは、同感なんだけどね……。
とりあえず、わたしとしては、なるべく平和的にこの場を解決したいと思ってはいる。
現実的に可能かどうかとか、そう言うのはさておき、これは心構えの問題ってところ。
そう思ってるのと、そうでないのでは、やっぱり結果は違ってくるんじゃないかな。
お姉ちゃんには悪いけど、なんだかんだでお姉ちゃんはガチ過ぎるんだよー。
やっぱりお姉ちゃんは、わたしの最後の切り札って感じで! 基本的に、見守り役、助言役でお願いしたい所存っ!
わたしも、お姉ちゃんに依存しすぎてた! なるべく、自分で判断して、自分で考える。
嫌なものは嫌だって言えば、お姉ちゃんだっていくらでも合わせてくれる。
確かに、実際……こっちの世界でお姉ちゃんがどれほど強かったのか。
今の一連の戦いではっきりと解った……お姉ちゃん、マジ最強!
けど、他力本願なのは、自覚してるんだから、オレツエーとかそんな風にはなれないし、なりたくもないよ。
と言うか……この全身にじわじわと広がりつつある、鈍痛と重たい倦怠感……。
これ、数時間後にはあっちこっち、バッキバキに筋肉痛になる前兆だよ……実際、覚えある。
その昔……5年くらい前、お姉ちゃんとお父さんが二人で日帰りで山登って来るって言ってて、止せばいいのに、無謀にもわたしまでその登山に付いて行ったのさ。
わたしとしては、のんびりハイキングみたいなのを想像してたんだけど。
二人して、わざわざ登山用具店に連れてってくれて、私用に超本格的なゴツい靴やらリュック、雨具とかまで用意してくれた。
この時点で、引き返すって選択もあったんだけど。
カッコいい登山靴とか色々買ってもらったことで、すっかり舞い上がっちゃったんだなぁ。
で、いざ登山が始まると、軽く2000m級の山で、途中で鎖に掴まったり、道なき道のヤブをかき分けながら登るようなベリーハード登山だったと言う。
まぁ、結局日帰り弾丸急行は取りやめにして、山の中の野宿とあいなったんだけど。
……その日の夜、寝袋に包まりながら、味わったのと同じような感じ……。
要するに、肉体が限界を超えた状態で、更に酷使した結果待ってる……あの地獄の入り口だった。
これはまさに……過ぎた力を使った代償って奴だった。
なんか、お腹の奥とか、背骨に沿った辺りとか、普段使わない筋肉が悲鳴をあげてて……ちょっと座り込んだら、あっと言う間に全身が痛くなりつつあった。
これってまさか、全身余すところなく筋肉痛?
……お姉ちゃん、これ察して逃げたんじゃない……まさかとは思うけど。
とにかく、力の代償ってもんがあるんだなぁと、痛感する。
や、やっぱり……そんな何かにつけて、力づくとか良くないと思うなぁっ!
だからこそ、このまどかさんの敵味方関係なしに救うって姿勢は、きっと見習うべき。
一方、なんとも、ゆるゆるなまどかさんの登場に、二人はあっけにとられたような感じになりつつも、まどかさんの回復魔法を大人しく受けてる……。
ユキちゃんも別に回復なら自前で出来るはずなんだけど、ここは大人しくされるがままにすることにしたようだった。
「……な、なんなんですか、この……善意の塊みたいな人は?」
ユキちゃんがまどかさんに、聞こえないようにぼそっと呟く。
「そ、そうね……。この人……サキ姉と拳一つで渡り合ってたけど、こんなだったんだ……。でもまさか、回復させて、ぶん殴って、回復、殴る……とか、エンドレス拷問とかされるんじゃ……」
……どんな拷問だよ、それ……嫌過ぎるよ。
「まぁまぁ、まどかさんってこう言う人なんですよ! とにかく、いい人、優しい人! だから、その……。ユキちゃんもマキさんも! 戦いも終わったんだから、もう色々水に流さない? 色々、言いたいことあるだろうし、虫のいい事言ってるってのも解るんだけど……。まぁ、なんて言うか……今日の喧嘩は、明日に持ち越さないとかそんな感じで、むしろ仲良くしない? だ、駄目……かな?」
なんて言うかさ……勝者には、敗者の運命を決める権利があるとか言うのなら。
わたしは、この三姉妹に仲良くしましょう! って提案したい。
「あ、あの……いったい、なにがどうなったんですか? シズルさん……さっきまでと、思いっきり別人……ですよね? もう、雰囲気や佇まい、それに言動や方針……何もかもが違う……文字通り、憑き物が落ちた……?」
「そ、そうよね……。え? え? 本当に同一人物? 人格変わってない?」
さすがに、マキさんもユキちゃんもわたしの豹変っぷりにもう意味がわからないと言った様子。
そりゃそうだよなぁ。
きっと強者オーラも霧散してるよ……今のわたしは、雑魚っパチ!
ああ、もうこうなったら、適当に誤魔化してやる!
「あのさー! 剣鬼さんも言ってたよね? あっちが剣鬼さんで、こっちが本当の私……一緒じゃないの! わ、わたしさ……ホントは、ユキちゃん、初めて見たときから、お友達になりたいって思ってたんだ!」
とりあえず、笑顔で笑いかけながら、両手を広げて、ギュッと抱きついてみる……って言うか、この子……ほっそっ!
むしろ、ボリュームある方なわたしと違って、何もかもが華奢。
うーん、女の子、女の子してるなぁ……。
いーな、いーな……まさにか弱い守ってあげたくなる系!
ユキちゃんって、わたしと同じ、非戦闘系勇者……それも同年代。
この世界の魔術の知識も豊富みたいだし、支援系勇者としての実力はわたしより上!
ここは、もう全力で仲良くすべきじゃないかな?
なんかもう今更って感じなんだけど、色々ややこしい思いとか、しがらみとか、笑ってごまかす……それでいいよね?
と言うか、わたしの態度の豹変ぶりに、ユキちゃんも困ったように目を白黒させて、じっとわたしの目を見つめると、困ったようにしてる。
「え、えっと……私達って、今の今まで殺し合いやってたんですよね? それがどうして……訳がわからないんですが……た、確かにさっきまでとは、別人……だって事は解るんですけど……」
ユキちゃん、一応なすがままではあるんだけど、微妙にゴソゴソと動いて、逃れようとしてる……と言うか、露骨に嫌がられてる……。
突き放すとかまでしないのは、自分の立場を解ってるからってだけで、抱きつかれてとっても嫌って全身で表現してる。
こ、これ地味にキツい……ここまで露骨に拒絶されると、悲しくなる。
あう、いきなりベッタリ行くとか、失敗だったみたい……確かに、さっきまで剣突きつけて、それが死の恐怖だ……とかやってたのが、いきなり抱きつきっ! なんて、手のひら返しもいいとこだよ。
「あ……レンガブロック、ブチかましたり、剣突きつけておきながら、いきなり仲良くしましょ……とか、さすがに説得力ないか……ごめん」
……これも全部、お姉ちゃんが悪い……あのバイオレンス思考。
どうにかならないのかなぁ……?
「い、いえ……それは、もういいんですけど……。わ、私と友達に……ですか?」
「そう、友達……駄目かな? わたしもこっちで同年代の友達っていないからさ。出来れば、君とは仲良くしたいって思ったんだけど……正直、こんな出会い方したくなかった……普通に知り合ってたら良かったのに……」
……普通、そうだよね……負けて嬉しい訳がない。
お姉ちゃんも、こう……同じ無力化を図るのにも、もう少しスマートに出来なかったのかなぁ。
とりあえず……いきなり、抱きつきとか馴れ馴れしかったかも……反省。
おずおずと手を離して、ユキちゃんを解放する……。
でも、女の子相手とは言え、誰かに抱きついた時の独特の安心感。
こう言うのも随分、ご無沙汰だったなぁ……なんてことを思ったりもする。
考えてみたら、誰かに無防備に抱きつくとか、お姉ちゃんがいた頃以来だったかも……。
夜、眠れない時とか、お姉ちゃんのお布団に入れてもらうと、いつもギュッと抱っこしてくれてたっけ……。
わたしもぎゅっと抱き返して……。
と言うより……わたしって、割と抱きつき癖があったんだっけ。
ずっとお姉ちゃんで、この抱きつき衝動を発散させてたんだけど。
相手が居なくなっちゃったから、ずっと我慢してたんだけど……やっぱ、いいなぁ。
誰かに抱っこするのもされるのも、実はとっても好き……妙に落ち着くんだ。
「い、いえ……そ、それはもう戦いの最中の事ですし……。私達も意地になってて……。いえ、その……とにかく、こ、こちらこそ……殺されても、文句言える立場じゃないのに……その……とにかく、ごめんなさいっ!」
正座して、深々と土下座するユキちゃん。
「わ、わたしこそ……やりすぎちゃった……本当に、ごめんっ!」
つられて、私も深々と土下座。
……って、これってどっちから頭上げれば良いんだろ?
ユキちゃんは動く気配がないし……わたしから頭上げるってのはどうかと思う。
なぜなら、わたしが悪いっ! お姉ちゃんがやり過ぎなのが悪いっ!
「二人共……なぁに、土下座合戦やってるんだかね。もういいじゃない……戦いはもうおしまい。二人共、仲直りって事で! えーい、可愛らしいチビッ子共めっ! おねーさんがまとめてこうしちゃうっ!」
まどかさんがやってきて、わたし達をまとめて立たせると、二人まとめてムギュッと抱きしめてくれる。
必然的に、ユキちゃんとわたしも抱き合うように、密着。
まどかさんのおっぱいが顔の横に来て、ほっぺたに当たってる……。
うん? 男の人なら喜びそうだけど……この感触、お馴染みすぎて別に……嬉しくはないな。
ちなみに、ユキちゃんはわたしの胸の谷間に顔が挟まれたようになってる。
ユキちゃんと目が合うと、真っ赤になってオズオズと背中に手を回してむぎゅっと抱きしめながら、わたしの胸にポフッと顔を埋めるとふっと身体の力を抜く。
ん? ユキちゃん……何やってるの? それ。
べ、別に嫌じゃないんだけど……こう言うのはちょっと斬新……かな?
「ユ、ユキちゃん大丈夫? ま、まどかさん……離してー」
わたしがそう言うとまどかさんはすんなり手を離してくれるんだけど、ユキちゃんはそのまんま。
「あれ? よく解んないけど、これ……どうなってるの? いつのまに、こんな仲良くなったの?」
まどかさん……いや、わたしもよく解んない。
ユキちゃん、目を瞑って私の胸に顔を埋めて、ふかーいため息を吐くと……なんかブツブツ言ってる。
「……お母さん……」
その上で、頬をスリスリと……って言うか、お母さんって何っ!
わたし……ユキちゃんのお母さん違うしーっ!
「ユ、ユキちゃん……どうしちゃったの? わ、わたしのお胸さん、気に入っちゃったとか? ……ちょ、ちょっと年の割に発育良くて……あはは」
……とりあえず、お母さん呼ばわりされた事は聞かなかったことに……。
あれかな? 先生呼ぼうとして、間違えてお母さんって言っちゃうのと同じヤツ?
「え? あ……あの……。この感触……なんか、すごく懐かしい感じがして……そ、その……ご、ごめんなさい。も、もう少しだけこうしてていいですか? お願いしますっ!」
更にぎゅーと抱きつかれてるし……なんか、むしろ、思いっきり頬ずりされてるんですけど。
こ、これ……わたし、されるがままでいいのかな?
ああ、でも……ユキちゃん達……両親がいないとかそんな話してたっけ。
お母さんにこんな風に甘えたくてもずっと出来なかった……。
在りし日のお母さんを思い出して……感極まったのかも……そう思うと、もう何も言えなくなる。
わたしも人のことなんて言えないし……誰かの温もりを感じられるってのは、それだけで妙に満ち足りた気持ちになる。
ユキちゃんも……そうなのかな? 思わず、私も抱き返しちゃう。
あ、やっぱこれ……いいなぁ……。
でも、同年代の女の子に、お母さんの代わりにされて、甘えられるって……どうなの?
あと、頬ずりされる度に微妙な所ツンツンされて、ゾワゾワっと。
「あんっ……」
自分でもびっくりするほど色っぽい声が出て、まどかさんも固まってる。
ユキちゃんも自分が何をしてたのか気付いて、ボッと赤くなるとそそくさと離れる。
……やっちゃったよ。
知らなかったよ……わたしにも、あんなエッチな声出せたんだ……じゃなくてっ!
こ、これは気まずい……どうしよう。
「あ……え、えっと……ご、ごめんなさいっ!」
「あはは……な、なんでもないしーっ! え、えっと、えっと……そ、そうだっ! 実は、わたし……ユキちゃんとは、戦うよりも仲良くしたいなーって、初めて会った時から思ってたの……こっちで同年代の女の子の知り合いって、居ないし……。ユキちゃん、わたしと同じ支援魔術師だし、色々情報交換とかしたいなって……だ、駄目……かな? ほら、強敵と書いて「とも」と呼ぶとか……そんなでもいいしさ!」
わたしがそう告げると、ユキちゃんもしばらく考え込むような仕草を見せると、唐突に真っ赤になって、ぎゅっと手を握り返してくると、わたしの顔と手を交互に見て、困ったようにしてる。
「えっと……えっと……ちょ、ちょっと待ってくださいね。あ、いや……駄目とかそう言うんじゃなくて……ですねっ! 私もちょっと混乱してて……えっと! えっと!」
「……だ、駄目……かな? 確かにお互い戦って、ユキちゃんなんて頭にレンガぶつけられたりしたから、恨まれてても不思議じゃないし……い、痛かったよね? ごめんっ!」
「いえ……あのっ……! それは……もういいんです。私……お友達になりたいとか……そんな事言われたのって、初めてで……。学校でもいつも一人ぼっちで……。だ、だから……むしろ、嬉しいし……。あんな風に誰かに甘えたのだって久しぶりで……じゃなくてっ! えっと、えっと……わ、私なんかでいいんですか?」
な、なんだか好反応?
ここは一気に畳み掛けるしかないっ!
「うんうんっ! 大歓迎だよ……わたしも、学校ではいつもぼっちだったし……」
「シ、シズルさんも? そっか……そうだったんですね……。なんだ、私達って似た者同士だったんですね……」
そう言って、はにかんだように笑みを浮かべるユキちゃん。
なんと言うか……ここに来て、やっと気持ちが通じ合った気がする。
「そうだね……。あ、ユキちゃん……これ、やらない?」
学校でクラスメイトの子達がやってたヤツ、やってみよっ!
両手を広げて、いっくよーって感じでユキちゃんを見つめる。
「あ、はいっ! こうですよね……実は一度やってみたかったんです!」
ユキちゃんもいらっしゃいって感じで両手を広げてくれる。
仲良しの女の子同士がやってたヤツ……。
朝イチで仲良さそうにイチャイチャとやってるのを横目で見ながら、ホントは羨ましいなぁ……とか、思ってた!
ユキちゃんも一緒だったらしい……やっぱり、気が合うじゃない。
「ユキちゃんっ!」
「シズルちゃん……っ」
ユキちゃんに抱きついたら、なんかズリって足が滑って、勢い余って押し倒してしまう……!
なんか妙に地面が濡れてて、それで滑ったみたいなんだけど……。
「……あたた、ユキちゃん大丈夫? ごめん……滑った。って言うか、なに……この水?」
言いながら、手についたこの水みたいなの……妙な匂いがすることに気付いた……。
同時に、それが何なのか思い出す……コ、コレって……。
ユキちゃんも、同様にそれが何なのか気付いたらしく、見る間に泣きそうな顔になる。
……き、気まずいっ!
「あ、あの……私達、二人揃って……その……あの……。と、とりあえずっ! パ、パンツ替えさせてくださーいっ! お尻が濡れてて、実はさっきから、とっても気持ち悪くて……ううっ! シズルさん、それ……私の……私のお……」
ごめん……それ以上は言わなくていいからっ!
マキさんも隣で真っ赤な顔して、俯いてる……ホント、二人共ごめんなさいっ! 重大なことをすっかり忘れてたよ!
これは主に、お姉ちゃんが悪いっ!
……そんな訳で、勇者三姉妹との戦いは、平和的にわたし達の勝利に終わったのだったー!
も、もう、無理やりまとめだよーっ! こんちくしょーっ!
読み直してて、ここだけなんか不自然な流れだったんで、一年ぶりに改稿しました。(笑)




