第十六話「水晶玉の勇者」③
「シ、シズルさんでしたよね? 一体何があったんですか、以前のあなたと明らかに別人なんですけど……。もちろん、ちゃんと話とかした訳じゃないんですけど……。もっと温厚……というかおとなしそうな人でしたよね? その……剣鬼招来とか言う術の影響……なんですか? もしかして、過去の剣豪の魂を憑依させるとか……そんな感じで、今話してるのは別の誰か……なんですかね。むしろ、それ興味湧くんですけど……シャーマンキングダムみたいな?」
……そりゃあ、別人ですからね。
と言うか、お姉ちゃんもそんな圧倒的強者演出とか、いいかげん止めて欲しい。
お姉ちゃんに任せるとは言ったものの……お姉ちゃんって、案外、後先考えないんだよね。
……ちなみに、ユキちゃんが出してきたのは、死者の霊を宿らせた剣を片手に、悪霊と戦う少年漫画のタイトルだ。
わたしも、知ってるし割と好き。
稀に見るレベルの酷い打ち切りエンドだったけど、総評としては悪くない。
確かに、このお姉ちゃんモードは、あれの憑依合体に通じるものがあるので、間違っちゃいないね。
でも、ここは……とにかく、お姉ちゃんに任せよう。
何故なら、お姉ちゃんは常に正しいから。
「すまないね。私も君らのことは記憶にない。そうだ……現実世界へ戻る方法、知りたくないかい? 君達程度ではこの先、全員生き残るのは厳しいかも知れないから、揃って早めに退場するのも一つの手だと思うんだ。言ってみれば、老婆心ってやつだ……君ら姉妹、全員まとめて異世界転移してしまったのなら、きっと親御さんも悲しんでる……違うかい?」
……お姉ちゃん。
上から目線にも程がある……と言いたいけど。
お姉ちゃんから見たら、この娘達はその気になれば、秒殺できる程度の未熟者。
使命感とか、気概だけ先走ってて、最強の勇者とか煽てられて、その気になってたみたいだけど。
お姉ちゃんにとっては、ビギナー勇者扱い……まぁ、そのビギナー勇者に歯が立たなかったわたしも、ビギナーなんだけど……わたしは、元々戦闘力皆無の支援系勇者なんだいっ!
でももし、お姉ちゃんがその気だったら、今の戦いは、この三姉妹は、全員死亡でゲームオーバー……ぶっちゃけ今の時点で、さっさとリタイアしてもらうってのは、悪くない選択ではあるし、正直この娘達……とても嫌いになれそうない。
出来ることなら、現実世界に戻って、元の平和な暮らしを送って欲しい……そして、いつの日か、わたしもあの世界に戻った時に再会して……なんてのも、悪くないよね?
けど、お姉ちゃんの言葉に、二人はお互い見つめ合って、なんとも悲しそうな自嘲するような笑みを浮かべる。
「お気遣い……ありがたいけど、現実世界に戻っても、別に誰も待ってなんかいやしないからね。こっちでも向こうでも私達は、お互いしか信じて頼れる人なんて居やしないのよ……。聞きたければ、詳しい話でもしましょうか? 親に揃って先立たれた、可哀想な孤児姉妹の聞くも涙の身の上話になるけどね」
マキさんが不貞腐れたようにそんな事を口にする。
「なにせ、こっちに来てからの方が全然マシな暮らしが出来てますからね。私達、王都に戻ればお屋敷持ちの貴族待遇の生活させてもらってるんですけど。現実世界の生活なんて、寒い寒い北国の2DKのボロアパートで生活保護貰って、姉さん達も必死で毎日バイトして、それでもカツカツの貧乏暮らしの日々……。どっちがいいかなんて、そんなの言うまでもないですね」
……これ、聞いちゃいけない話だった。
クマさんもそうだったけど、勇者の武器に選ばれるのは、現実世界に未練のない人や、しがらみの薄い人達……。
この姉妹も、そこら辺は同じって事だった。
ましてや、姉妹全員一緒ともなれば、帰れと言う方が酷なのかも知れなかった。
……これまで現実世界への帰還を望んだ人がいないって話聞いてたけど、その理由も解ってしまった。
オタク三人組だって、言ってたじゃないの……「待望の」って……。
それに、暗い目をした疲れた顔の人に浮かんでた、希望の笑み……。
この異世界転移を希望と捉える人達は、少なからずいた……そう言う人達に、帰れと言うのは、死ねと言うのに等しいのかも知れない。
けど、そうなると……お姉ちゃんは……?
お姉ちゃんは、帰り方も知ってたのに……最後までこの世界に留まってた。
わたしは、あんなにお姉ちゃんの帰りを待ち続けてたのに……。
「そうか……これは、悪いことを聞いてしまったな。そうなると、君らは現実世界に未練はなく、この世界に骨を埋める覚悟だということかな? そう言う事なら、理解は出来る……これまで多くの勇者がそうだったからね」
「そ、そうよ! 私達はこの世界を救うために召喚された勇者……そして、この世界の人々は、今も救いを求めてる! 私達は、そんな力なき人々の希望を託された存在なのよ……。確かに私達はあなたに比べたら弱いかも知れないけど、私達は、力無き人々を守るために戦う……その思いまでは、否定されたくありません! 挙げ句に元の世界に帰れだなんて、馬鹿にするにも程があるっ!」
「そ、そうです……。マキ姉の言う通りです。シズルさん……あなたが王国に敵対する理由は解りました。お姉さんが受けたと言う仕打ちも私も少し調べたから解ります……。けど、理解はしますが、同調はしかねます。この戦いの敗北は受け入れますが、我々の心までは屈服していませ……」
いい加減、上から目線に我慢の限界だったのかも知れない……ユキちゃんが唐突に、そんな負け惜しみみたいな言葉を口にするのだけど、その言葉は最後まで続かなかった。
なぜなら、お姉ちゃんが手にしてた長剣の刃を瞬時にユキちゃんの首筋に当てていたから。
その冷たい感触とお姉ちゃんの刺すような視線に、ユキちゃんはヒィッと情けない悲鳴をあげる。
マキさんも立ち上がろうとするのだけど、ユキちゃんが動くなと言いたげに、視線を送って、両手を上げると、マキさんも無言で座り込む。
「どちらも賢明な判断だ。けど……これが現実だよ……君が今、感じている恐怖こそが、死の恐怖だ。解るかな?」
ユキちゃんが、緊張した面持ちでコクコクと頷きながらも、今にも掴みかからんばかりにお姉ちゃんを睨みつけているマキさんを止めている。
生身である以上、致命傷を負ったら死ぬ。
ここでどちらかが少しでも動いたら、ユキちゃんは即死……これはそう言う状況だった。
そんな状況で、ユキちゃんが如何に冷静でも、何も出来ないことに変わりは無かった。
出来たことは……マキさんが無謀な事をするのを止めること。
瞬時にそんな判断が出来るなんて、ユキちゃんって割とすごい子なのかも。
「……目の前にある死の恐怖を克服するには、勇気以外の何かが必要だ。君達はその何かを持ち合わせているようだ……。うん、悪くない……見込みはありそうだな。合格かな……これは」
姉ちゃんもそれだけ言うと、剣を再び下ろす。
……わたしとしては、多分脅しだって確信はあったけど……やっぱ、ヒヤヒヤ物。
ユキちゃんがゼイゼイと荒く息をついて、地面に手をつくと慌ててマキさんがその肩を抱きかかえる。
「……なんてことすんのよ! 無抵抗の人間にこんな真似……アンタ、何考えてんのよっ!」
「君こそ、何を言ってるんだい? 負けた以上、敗者の生殺与奪は勝者に全て委ねられる。降伏すると言う言葉は、そう言う意味の言葉なんだよ……。いいかい? 今のは私の気まぐれで殺さなかっただけの話だよ。別に、この場で全員皆殺しにしたって、こっちは構わないんだよ。君達は私に刃を向けた……である以上は、この場で皆殺しにされても文句は言えない……」
お姉ちゃんが冷たく言い放つと、マキさんもユキちゃんも露骨に鼻白んだようだった。
確かに問答無用で、刃を向けたのは、彼女達なのだ。
お姉ちゃんは、刃を向けた以上殺されても文句言うなと言っているのだ。
それは、至極単純ながら、十分過ぎる理由だった。
「少しは理解出来たかい? ……降伏した以上は殺されることもない、それが当然だなんて、思っていたようだけど、長生きをしたければ、そんな甘い考えは捨てるんだね……。戦場で敵に刃を向ける以上は、自分も殺される覚悟の上で刃を向けるのが当然だ。良く言うだろ? 人を殺していいヤツは、殺される覚悟のあるヤツだけだってね! 君達にはその覚悟があったのかい?」
さすがに、この言葉は強烈だったみたいで、ユキさんは過呼吸気味な感じで、パクパクと口を開けたり閉めたりして、蒼白な顔になってる……。
そして、こっちもやっぱりお尻の下に水たまりが……さすがに、これは見てらんない。
さすがに、そろそろ、止めよう……お姉ちゃんの言ってることは、多分正しいんだろうけど。
いい加減、見てるほうが辛くなってきた。
お姉ちゃんシビア過ぎるんだよ……もうちょっと優しくしてあげてっ!
「お姉ちゃん、さすがにやりすぎっ! ユキちゃん、女子的に……その……大惨事になってるし……。これじゃ、わたしが悪者みたい……。なんかもう、見てる方がしんどい……。あんまり酷いこと言わないっ! もう……駄目でしょ……」
戻っても、親が居ない……なんて話を聞かされて、流石にわたしだって、同情くらいする。
それに、私の心情的には、むしろ仲良くしたいってのが本音……。
今の今まで殺し合ってた相手に、甘いのかも知れないけど、そう言う甘さは捨てていいもんじゃないと思う。
「相手の心を徹底的にへし折って、二度と敵対する気にならないくらいに恐怖を刻み込む。これ、ちゃんとやっとかないと後々復讐戦とか挑まれて、面倒くさいことになるよ? 一応、シズルの気持ちを汲んで、殺したり、痛めつけたりしないで、心に恐怖刻み込むと言う選択をしてるつもりなんだけどね」
あー、まぁ……定番だよね。
腕を落とすとか、腱を切るとか、二度と武器を持てないようにして、釈放とか。
ハンムラビ法典だっけ? わたし、イスラームにはあんまり詳しくない。
「その辺は、解るんだけどね。出来れば、同じ勇者とはなるべく仲良くやっていきたいじゃない……。それに恐怖は存分に刻まれたんじゃないかなぁ……。もう、こんなもんで良くない?」
言いながら、二人のお尻の下の水たまりにチラッと目線を送る。
……揃いも揃って、大惨事だった。
ユキちゃんも、マキちゃんの惨状には何となく気づいてたみたいなんだけど、自分も同じ有様になって、余程恥ずかしいらしく、真っ赤になって俯いてる。
一番気丈そう、かつ余裕ありそうな感じだったのに、この惨状……もう、穴掘って、埋まりたいくらいだと思う。
お姉ちゃんもその光景を見て、何が起こったのか理解したらしく、なんとも気まずそうにしている。
「……それもそうか。ゴメン……ついつい、昔のテンションになっちゃってたよ。じゃあ、選手交代しよう。シズルのほうが、こう言う場は上手く収められそうだ。お姉ちゃんは、再び背後霊に戻って……妹の行く末を見守るとしよう! じゃ、あとは頑張れ!」
お姉ちゃんが私の手をとったと思ったら、視界が変わる。
お姉ちゃんが背後に立ってて、わたしはユキさんを見下ろす感じになってる……選手交代だった。
って言うか、この惨状から選手交代って……もう、どうしろと?
と言うか、収拾つけれらないと悟って、逃げたっぽいんだけど、どうなの? お姉ちゃん。
ああ、もうっ! とにかく、フレンドリーあるのみ! いきなり豹変で向こうも訳解んないだろうけどさ! 私は私なりにいくんだよっ!
「……えっと、ごめんね。ちょっと言いすぎちゃった……テヘペロっ! あ、まどかさん、もう出てきていいから、この子……ユキさんの治療をお願いね! この子、ケガ残ってるし、あと、あっちで転がってるサキさん目を覚まさないんだけど、大丈夫なのかな?」
そう声をかけると、近くの壁の後ろから、そろそろとまどかさんが顔を出して、ニコッと笑顔を見せて、オーバーアクションな感じで手を振る。
まぁ、いたのは、知ってたんだけどね。
まどかさん的には、敵だろうが関係無しで、まず治療を……とか考えてたみたいで、さっきから待機してたんだけど。
お姉ちゃんの剣幕に、空気を読んだらしく、じっと終わるのを待ってたみたいだった。
この辺は、さすが大人って感じ?




