第一話「異世界召喚」③
……とは言えども。
身体能力はチビの時点でお察しだし、お姉ちゃんには遠く及ばない。
姉妹だけど、そこら辺は昔から勝負にすらならなかった。
……フィジカル面では、姉はわたしから見たら思いっきり化物だ……。
あの底抜けの体力と馬鹿力……細腕にしか見えないのに、大の男を軽く投げ飛ばしたりするんだから、色々おかしかった。
勇気については……TVでホラー映画とか心霊特集なんて見ちゃったら、夜中一人でトイレに行けない程度には、ビビリ。
昔は、トイレにお姉ちゃん付き合わせたりとか、よくやってた。
だからこそ、せめて……知恵のジャンルでがんばらないと。
ここだけは、姉に唯一勝るとも劣らなかった分野。
記憶力は抜群だし、学校の成績だってむしろ上から数えた方が早いくらい。
「なるほどね……そうなると、クラスや勇者の力を頼らない自前の能力や、応用力、知識が重要ってことだね。そうなると、爆薬を向こうの世界で作り出すってのは、かなり有用かもね。確かに、実際にダンジョン攻略するとかって、後先の事とか考えなきゃ、時限爆弾でも仕掛けて、何もかんもふっとばすとか、毒ガスでまとめて全滅させるってのが、早そうだもんね」
ゲームなんかだと、さすがにそんなのやられたらゲームにならないから、出来ないのは解る。
けど、リアルなら、やりたい放題。
非人道的な手段だって、ありっちゃあり。
ダンジョン攻略なんかも、水を引き込むとか、中で盛大に火でも焚くってのでもいい。
「そうだね! 考えてみたら、ダンジョン攻略とかって真面目にやってたけど、そう言う身も蓋もない手も使えたんだ……でも、なんかズルくない? そう言うのって……」
「卑怯でも何でも、生き残るつもりなら、そう言う姑息な手や非道な手でも、使うべきだと思うけどなぁ。実際、ダンジョンみたいな密閉空間で火なんて盛大に燃やしたら、中にいる生き物なんて、一酸化炭素中毒や酸欠であっという間に全滅するでしょ。しかも、酸欠とか……アレって呼吸してる生き物なら100%効くから、多分ドラゴンなんかでも、酸欠になったら死んじゃうと思うな」
実際の所、火事で死ぬ人って、火達磨になって焼け死ぬとか、そう言うのって案外少ない。
大抵、そうなる前に酸欠や一酸化炭素中毒で意識がなくなる。
ちなみに、炎ってのは酸素濃度が17%くらいになると、勝手に消えるんだけど、そんな空気吸ったら、下手すると一発で昏倒する……。
人間に限らず地球上の生き物ってのは、20%の酸素濃度の環境で生活することが前提でその体内システムが設計されてるから、ほんの数%の酸素濃度の低下で、死に至る……。
下水道なんかですら、工事の人は酸素濃度計とか常に持ってるし、それなりに対策してるにも関わらず、事故だって結構起こってるんだから、地下迷宮とかもっと危ういと思う。
まぁ、ファンタジーな世界なら魔法とかである程度はカバー出来るとは思うけどね。
「なるほど……。考えてみれば、私ら結構非効率なことやってたのかも。なんか、ゲームみたいな感じだったから、そこから抜けれなかったのよね。他の普通の冒険者とかもいたけど、基本真正面からの殴り合いとかだったしなぁ……」
「とりあえず、ファンタジー世界の魔法と言っても、物理法則とか科学を超越してるとか、そんなでもないって事なんだよね?」
「そうだねぇ……。重力を無視したりとか、一瞬で水を凍らせたり、物理法則を無視したりする魔法なんかはあったけどね。向こうの魔法ってのは、物理法則を意志の力で都合よく書き換えるとか、そんな感じだったみたい。もっともわたしは近接系だったから、使えて初歩的な攻撃魔法とか、身体強化魔法とか……。それ以外ってなると、マジックアイテムだのみだったのよ。だから、魔法のことはそこまで詳しくないよ。このオバケ状態じゃ、魔法なんて使いようがないから、実演とかは出来ないんだけどね」
「まぁ、そんなもんだよね。マジックアイテムってどんなのがあった?」
「そうだねぇ……。使い捨てカイロみたいなのとか、冷蔵庫とかはあったね。傷を治すポーションや魔力回復。疲れて、ヘロヘロになっててもシャキーンと治る薬もあったね。まぁ、これは決まって後から揺り返しが来て、グデグデになるんだけどね」
「その辺は、栄養ドリンクみたいなもんか。テスト勉強で、一夜漬けやった時、アレ飲んで徹夜したんだけど、後がキツくって、テスト中に眠気との戦いとかなってねぇ……。けど、生産系勇者ってなると、そう言う市販のより強力なのが、作れたりしない?」
「するするっ! 錬金術師さんが作ったポーションとか効き目すごかったよ。骨見えるような大怪我してても直接ぶっかければ、あっという間に治る。回復魔法でも同じようなことが出来るけど、使える回数に限度があるし、私みたいな近接職としては、回復が他力本願ってのはやっぱ不安だったから、好きなタイミングで使えるポーションとかってすっごい重宝してたよ。錬金術師の勇者が、早々に居なくなっちゃったおかげで、回復アイテム作れる薬師さん頼みで負担かけちゃって、申し訳なかったけど……」
何となく見えてきたなぁ。
そんな薬草グツグツ煮込んだ程度で、そんな骨が見えるような重傷が、一瞬で回復する薬とか出来る訳がない。
傷の治りを早くする薬草とかの効果を魔術の領域まで跳ね上げる……それが錬金術だって仮定すれば、希望は見えてくる。
現地にある様々な便利マジックアイテム……それの強化版を作れるってのは、十分強いし、現代知識を応用すれば、向こうの人間では絶対作れないようなマジックアイテムなんかも作れる可能性がある。
と言うか、チートアイテム作れるってなると、生産職の勇者って、後方支援の要だよねぇ……どう考えても。
なんと言うか……異世界勇者っても、お姉ちゃんの話聞く限りだと、そんなチートってほど強くない気がする。
それぞれ、特化してて、一人一人が出来ることがかなり限られてる。
個人レベルでは確かに強力なんだけど……協力して、それぞれが噛み合ってこそ、強くなる。
どうも、そんな感じがする。
けど、錬金術は、かなり広い範囲に応用が効く。
普通の一般人なんかでも、錬金ドーピングで、強力な魔物と渡り合えたり出来るようになれば……異世界の人達を全体的に底上げできる事にもなる。
実際問題、中世とか疫病とかでとんでもない数の人死とか出てるし、食糧難でバタバタ死んだりもしてる。
あの時代の人口が少なかったのは、延々戦乱ばっかり続いてたのもあるけど、単純に食糧生産力に問題があったってのもある。
そう言う、国レベルの問題も、薬とか肥料やらで解決出来るとすれば……。
要するに、個人の力ではなく、国家レベルで魔王軍に対抗出来るように導く。
つまり、戦略レベルでの強化……錬金術師って、地味なようで、すごく強力な気もしてくる。
「そう言う事なら、予め現代化学の知識を仕入れておけば、不遇職の錬金術師ちゃんでもワンチャンある? 爆薬作れれば普通に強いだろうし、銃火器への応用だって不可能じゃない。強酸なんかあれば、硬いの相手でも溶けちゃって防御力ダウンとか……RPGとかでも定番じゃん」
武器になりそうな化学薬品とかって考えてみたら、割といくらでもある。
強酸とか強アルカリ……毒物とか、爆薬……いわゆる劇薬指定されてるような危険物。
水の中とか酸素のない環境でも燃え続けるような化学物質とかだってある。
各種合金で金属の強度を上げたり、防水コートとか、肥料や農薬、多種多様な薬……。
化学の進歩は、確実に世の中を変え、数多くの人々を救ってきた。
……今の世の中って、意外と化学の力で成り立ってる部分が多々ある。
そう考えると、やり方次第で錬金術師って意外と使えるかも知れない。
「さすが、シズル! あったまいい! って言うか、爆薬なんてそんな簡単に作れるもんなの?」
「……織田信長とか、火薬自前で作ってたからねぇ……。そもそも11世紀くらいには、モンゴルなんかで、使われてたらしいから、ファンタジー世界でもあるんじゃないかな。無かったとしても、硫黄と硝石……それと炭。これだけあれば黒色火薬なら作れる。調合式もネットで調べればそれくらい見つかるでしょ」
硫黄とか……火山とか、温泉あるような場所なら、大抵取れるし、硝石……硝酸カリウムって、常在細菌の働きでアンモニアなんかから自然発生したりするので、微量なら割とそこら中にあったりする。
……古いボットントイレの近くとか、犬小屋とか厩舎の地面とか。
そういうとこって、雨に濡れない場所に、白っぽい結晶とかが地面に浮き出てる事があるんだけど、実はあれがそう。
実は、肥料としてそのまんまが売られてたりするので、一般人でも入手できたりもする。
もっとも、だからと言って自宅で火薬生成なんてやったら、軽くタイーホなんだけど。
「おお、そいや漫画でやってたねぇ……トイレ周りや家畜小屋の土を掘って、グツグツ煮たりするんだっけ?」
「よく覚えてたね。あんな感じ……銃とか作れそうなくらいの工業力があるなら、非力なわたしなんかでも、銃無双とかでイケるかも? その辺はどんなもんだった?」
「工業力……。刀鍛冶とかハンマーでトンテンカンやってるレベルで、工業とかそんな御大層なレベルじゃなかったね……。いいとこ、中世とかそんな程度じゃないかなぁ。銃とか爆薬とかは……無かったような。でも、ハンマー……鍛冶師の勇者ってのがいて、鍛冶スキルみたいなの持ってるのよ。図面見せて材料さえあれば、即席で剣とか鎧とか作れて、すっごい便利そうだったわ。おまけに回復まで使えるし、それなりに戦える……なんかズルいよね」
……なに、その万能っぷり。
まさに、ソロ垂涎ジョブ。
と言うか、一人でって条件だと、もうハンマー一択じゃん。
トンカチ片手って女子力の欠片もなさそうだけど……。