第十二話「憑依合体」②
「お姉ちゃん、その……下とか気をつけてね……」
自分自身の身体を客観的に見せられるってのは、なんと言うか……。
見慣れてるし、自分の身体だって解ってるんだけど、色々見えそうになってハラハラしちゃう。
「おおぅ、コレ相当違和感あるわ……シズルはどう? 幽体って超軽いでしょ? でも、軽すぎるし、油断してると昇天しちゃうから、気を抜けないのよね……」
「いやぁ……なんて言うんだろ。疲れた時にお風呂に入った時とかみたいな感じで、スッゴい安らぐって言うか……。今も上から引っ張られてるような感じがする」
「うん、幽体になると、その安らぎと共に、天へと引き上げられる衝動に常に晒され続ける事になるのよ。私の場合、シズルの側に居たいって、その思いが私を現世に、繋ぎ止めてるみたいなんだけど。シズル自身の願いも私を繋ぎ止める一因になってるのは、確かだね……。シズルの身体の制御に意識取られてて、シズルのこと手放し状態になってたら、一瞬であんなになってた……いやはや、ライブラには感謝しないとだね」
……そんなだったんだ。
改めて、思う。
幽霊のまま、現世に留まるのって、多分並大抵の精神力じゃ出来ない事なんだと思う。
文字通り天へと昇る感覚。
多分、あのまま消えてしまうと解っていても、あの安らぎに身を委ねたいと思ってしまった。
ライブラさんが引きずり下ろしてくれたから良かったけど。
わたし一人じゃ、あがらえなかった。
巫女さんとかシャーマンの人も、依代になってる間、幽体状態で現世に留まるだけの精神力を身につけるために、血の滲むような修行を経る……本来、そう言うものなんだろう。
それをぶっつけでやらすとか、ライブラさんも相当無茶だった。
「あ、危なっかしいなぁ……これ、あんまりやらない方が良いんじゃ……」
「そうだねぇ……シズルはもっと生きる事に貪欲になるべきかな。身体のクビキが外れただけで、あっさり逝っちゃいそうになるとか、あまりいい傾向じゃない。……いい? 死なないために必要なことって……生への執念を持つことなのよ?」
生きることへの執念……、生死の境を分けるのは、そう言う思いなんだって話は聞いたことある。
その辺は、まどかさんも言ってた。
生きるか死ぬかの瀬戸際で、絶望して何もかも諦めたようになってる人って、高確率で助からないのに、死んでたまるか! とか、腹減ったー! なんて、騒いでるような人は、死線すらも平然と乗り越えてくる。
事故なんかに巻き込まれた時でも、生きることに貪欲な人に限って、超人的な神回避とかやらかして、生還してきたりもするんだけど……駄目な人は、ああ、これは無理だとか達観しちゃって、あっさり死んじゃったりする。
わたしは……自分自身の生き死にに、そこまで執着してないって、改めて思う。
死んで幽霊になって、今みたいに空の彼方に昇っていって、安らぎの中で霧散する。
それが死だって事なら、そんな怖いとも思えない……。
わたしって、基本的に物事への執着が薄いのかも知れない。
これまでも、お姉ちゃんに依存して、何となくぼんやり生きて来た。
お姉ちゃんが居なくなっての三年間、中学入って……何して来たんだろう。
なんか、全然印象に残ってない……クラスメイトも先生の顔も……ぼんやりしてて、よく覚えてない。
この世界に来てからも、何となく目の前のことに夢中になって、何となく過ごしてきた。
これじゃ駄目だって、解ってはいるけど、わたしは昔からこんなんだ。
そこら辺がお姉ちゃんとの差……なのかなぁって思ったりもする。
お姉ちゃんは……なんと言うか、色々欲張り。
あれだけ、何でも出来て、恵まれてたのに、何かどこか満ち足りてない。
そんな感じがいつもしてた。
だから、居なくなった時も……心の何処かで、どこか遠い世界にでも行ったしまったんじゃないかって。
そんな風にも思ってた。
「おお、上手く行ったようですね……。さすが姉妹だけに拒絶反応とかも無かったようで……。ちなみに、肉体ってのは意外といい加減なもので、別の霊体に身体を乗っ取られると、その容姿なども魂側にひっぱられて、微妙に変わるんですよね。そんな風に、目つきが変わるとか、髪が伸びるとかよくあることですよ」
何も解ってないライブラさんが、気楽な感じで説明してくれる。
なるほど、お姉ちゃんイン状態のわたしの容姿に違和感感じるのは、そう言うことか。
「そうね……。身体があるって、むしろすっごい違和感……。何て言うんだろ……すっごい重たい上になんか窮屈。と言うか、シズル……この胸、めっちゃ重たいっ! アンタ、こんなのぶら下げてて、良く平気でいられるわね……。なんか、前に羨ましいとか言ったけど、撤回する……こんなん要らない!」
こんなん言うな……姉よ。
好きでこんなんになった訳じゃないやい。
確かに、身軽っていう意味では、この幽霊状態……究極レベルに身軽な感じがする。
けど、考えようによっては、このドハマリ状態から脱出する見込みが出てきたってことでもある。
お姉ちゃん、確か転移魔法使えるとか言ってなかったっけ?
「ねぇ、魔術とかはどうなの? もしかして、使えたりする? それに勇者の武器も」
……勇者の大剣。
あの時見た限りでは、同じ武器のダブリは三個あるはずなのに、二個しか無かった。
もしかして……お姉ちゃんの分が現存してて、カウントされてるから、大剣だけは二つしか無かったとか。
そんな風に思ってたんだけど、どうなんだろう。
「私の剣は、ライブラの言う通りなら、私の本体と一緒に次元の狭間にあるんじゃないかな。魔術は……自前で覚えたやつなら……おおっ! 普通に使えるね!」
お姉ちゃんが呪文を詠唱しつつ軽く手を振ると、風の刃が生成されて、ジャングルの木々がスパッと切り裂かれる。
なるほど、勇者システムに頼らないで、普通の人達と同じ様に魔術を使う感じにすれば、近接系勇者でも魔術が使えるんだね。
お姉ちゃんは、こう見えて努力家だから、そこら辺抜かりなかったと。
さっすが……!
「……わたしも支援系魔法しかしか使えないって思ってたけど、魔術とか剣術を普通に覚えれば、それなりに戦えるって事なんだね……」
「まぁ、そう言うことだよ。と言うか、この身体、魔力の通りがなかなか悪くない。魔力の回線数が一般人どころか、わたしの元の身体より、太くて数が多い……要は、魔術向きの身体って事だよ……やっぱりね……シズルはやれば出来るんだよ!」
……意外な事実発覚。
私って、そんなだったんだ……。
ただ、自前での魔術は入口くらい……蝋燭の炎みたいな感じの「仄かな灯火」ってのなら使えるようになったけど。
一ヶ月やそこらじゃそんなもんだ……だって、教えてくれる人も居ないんだもん。
まどかさんの治癒魔術を使う感覚を教えてもらって、二人して自前魔術を試行錯誤してる段階。
当然ながら、効率とかはめちゃくちゃ悪いはず。
「……と言うか、もういっそこのまま、お姉ちゃんがわたしの身体使って、問題解決して回れば早いんじゃないの? わたしは、お気楽背後霊状態で、がんばれ~お姉ちゃんって応援する係」
……支援系勇者のわたしが戦えるようになるには、自前の能力を強化する……確かに、その方法なら勇者の武器の制限も無視できるし、様々な可能性が開けて来る……のだけど。
軽く年単位の時間が必要なのは明らかだった。
お姉ちゃんが普通にわたしの身体で動けるなら、それが一番って気もする。
お姉ちゃんは勇者の武器なんか無くても、少なくともわたしより遥かに強い。
「あ、それは止めといたほうが……。なんと言っても、お姉ちゃんとっても危なっかしい暴走系破壊魔だし、何よりシズルちゃん、今、私が手放したら、そのまんま……昇天しちゃいますよ?」
……それは駄目だ。
なるほど、この憑依され状態のわたしが、戦力化するには、まずわたし自身が油断するとそっこー昇天しかねない状態をクリア出来なきゃ、駄目って事だった。
難しいねぇ……この幽霊状態、むしろ気楽でいいやとか思ったりもするんだけど……。
「ライブラさん……霊体状態で、地上に留まるいい方法って知りません? わたし、多分手を離されたら、風船みたいに飛んでっちゃいますっ! 幽霊やって長いんだから、ソレ位知ってますよね?」
「うーん、霊体ってイメージ次第ですからね。私くらいになると、何も意識しないでいても、普通に活動できるんですけど、こればっかりは、慣れが必要なんじゃないですかね。あの……そろそろ、戻ったほうがいいんじゃないかと、私もいつまでも、こうやって抑えてるわけにもいかないですし、そろそろ、時間停止の効力が切れちゃいそうなんですけど……」
……ライブラさんが文字通り命綱……。
物凄く危うい状態なのは、確かだった。
「そ、そうだね……ところで、あれ……なんなんだろう?」
ふと空を見上げると、空の彼方に3つの流れ星みたいなのが、飛んでるのが見えた。
「……あれは、転移魔法の一つ……「流星」の輝きだね。空間をつなげる転移ゲートと違って、身体を光体化……光と同化させて遠くまで瞬時にすっ飛ばすって魔術。王様がシズル達に使ったやつと同じの……。あの方角から来たとなると、王国側……さっき言ってたJK勇者ちゃん達のお出ましって訳か……」
……ウソッ! そんな秒読み段階とか聞きてないしっ!
「シズル、どうする……あんた次第。ここは試しに、私に任せるって手もあるけど、私はこの体に不慣れだし、勇者の大剣もないから、私の地力で挑むしか無い……。現役勇者相手に、どこまで戦えるかなんて、未知数……それでも、お姉ちゃんを信じてみる?」
なんて、タイミングなんだか……勇者相手の戦い、待ったなし!
なんと言うか……ライブラさん、割とギリギリのタイミングで来たらしかった。
はた迷惑な奴なんだけど、このタイミングでわたし達の前に現れてくれたのは、間違いなく僥倖だった。
状況的に、もう戦いは避けられない
。
けど、わたし自身は事実上戦力にならないし、ユウキくんとクマさんも居ない。
この場で、戦えるとしたら、まどかさんだけだけど……わたしとまどかさんなんて組み合わせで、二対三……結果なんて見えてる。
ならば、ここはお姉ちゃんに賭けるってのは、そこまで分が悪い賭けじゃないとは思うんだけど。
お姉ちゃんに任せると、問答無用でぶん殴って……とか、そんな感じになるのは、目に見えてる。
相手も同じ勇者……それも女子高生って事なら、話し合いだって出来るんじゃないかって思う。
「戦うんじゃなくて……一度、話し合ってみたい……駄目かな? 向こうもいきなり、喧嘩売ってくるとは思えないし……。けど、戦いになったら、その時はよろしくって事でいいかな?」
わたしがそう答えると、お姉ちゃんはニヤッと笑う。
「そうだね……それも一つの選択かな。シズルなりのやり方でやってみるといい。私はあくまで、アンタの成長を見守る守護霊みたいなもんだからね。イザって時は私に任せてくれれば、何とでもしてあげるよ。うんうん、その気になれば手出し出来るって解ったら、私も実に気楽になったよ。これからは、むしろイケイケでやっちまおうぜぃ!」
うん……イザって時にお任せできるなら、わたしとしても、かなり気楽。
お姉ちゃんもこれまでは、割と慎重論ばっかりだったんだけど、要は危なくなっても見てることしか出来なかったから、出来るだけ危険から遠ざけようとしてくれてた……そう言う事みたい。
なんと言っても、この冒険……あくまでわたしが、主人公なのだ。
人任せとかありえないし、お姉ちゃんもわたしがわたしなりに頑張って、成長するのを楽しみにしてるって感じだからね。
ここは、期待に答えて、ちょっとがんばっちゃおうかなーと思ったりもするのですよ!




