第十一話「混沌の魔王ライブラ」④
お姉ちゃんが生き返るとか、そんな破格の条件。
わたしの命をかけたって、割に合う。
でも、問題はライブラにそんな真似できるのかって事……。
「即答って……お姉ちゃんさん、愛されてますねー」
「……私は、反対よ。シズルにはなるべく長生きして欲しいからね。なんか色々無茶な事やらせようって、考えてるんだろうけど、やらせない。何より、私にとって、これは延長戦みたいなもん。生き返りとか……そんなの初めから期待してない。シズルを現実世界に戻す方法があるってのなら、それを教えなさい!」
お姉ちゃん、潔すぎっ!
そんな幽霊になって、出てくるくらいなら、自分の命にもっと執着しろと言いたい。
「勇者の立場からの解放と、現実世界への帰還はそんなに難しくないんですけど……。問題は、シズルちゃんがそれを望んでるかどうか……なんですよね。どうなんです、お姉ちゃんさんはこう言ってますけど」
ライブラの言葉に、お姉ちゃんが口を開こうとするのだけど。
わたしも手をあげて、お姉ちゃんを押し止める。
「ごめん、お姉ちゃんは黙ってて……。わたしは、無力で何も出来ない妹じゃない。お姉ちゃんの為なら、命だって賭けられる! お姉ちゃんを助けられるなら、わたしはなんだってする……!」
……なんて言うか。
やっと目的が出来たって感じ。
この世界に来てから、ホント嫌な面しか見えなくて、こんな世界いっそ滅びろとか内心思ってて、お姉ちゃんと一緒にいられる時間を少しでも長く……そんな風に思ってた。
けど、ライブラさんの言葉で、わたしの目的意識が定まった。
お姉ちゃんと一緒に、現実世界に帰還する……それはわたしが、夢にまで見た光景。
……ごく当たり前でずっと続くと思ってた、三年前に停まってしまった日常。
姉がいたあの日常を取り戻す為なら、わたしは命すらも惜しくない。
「なんと言うか……麗しき姉妹愛って感じで、素敵ですよね……。では、お引き受けいただけるということで?」
「何度も言わせないで……具体的に、わたしは何をすればいい?」
「はい、現状……この世界の各地で起きている争乱は、野放し状態の勇者システムと、管理者不在で暴走中の魔王システムが原因だと言うことは、想像に難くないと思います。なので、その諸悪の根源達をこの世界から駆逐し、争乱を止める事……それをシズルちゃんにお願いしたいんですよ」
「……止めるって……どうすんのよ。勇者もプチ魔王も全員皆殺しにでもしろとでも? そもそも、勇者が諸悪の根源ってなると、わたしだってそれに含まれちゃうじゃないの」
全員ってなると、当然クマさんやまどかさんなんかも含まれる。
あの三人は、この一ヶ月でなんかもう家族みたいな感じで、とても裏切れそうもない……。
他の勇者達……ヲタク三人組とか、ヨウジさんとか。
わたしを信用してくれた人達……お姉ちゃんを救うためだからと言って、彼らに手をかけるとか……あまり考えたくなかった。
「少なくとも顔、知ってる人達を殺せとか……そんな話、アンタ……鬼、正真正銘の外道ね」
「外道って……そ、そんな酷いこと頼みませんよ。勇者システムの勇者達……あなた達をこの世界に引き止めているのは、その勇者の武器なんですよ。つまり、勇者の武器を破壊することで、あなた方は自動的に現実世界に戻れるんですよ。お姉ちゃんさん、そこら辺は教えてなかったんですか?」
「……勇者の武器は不滅、不壊のはずでしょ。実際、私らの時の勇者の最後って、皆……勇者の武器の力を使い果たして、素の生身の状態で死んでってパターンだったからね……」
「勇者の武器は不滅、不壊じゃないんですよ。同じ勇者の武器ならば、破壊も可能だし、持ち主が勇者の武器を放棄すれば、自壊するようになってるんですよ。実際、持ち主の死と共に武器も自壊したはずですよ? 要するに、今まで誰もそれを試そうとしなかっただけの話でして……なので、シズルちゃんを現実世界に戻すってだけなら、今すぐにでも出来るはずですよ」
ライブラさんの言葉に、お姉ちゃんがわたしをじっと見つめる。
何も言わないけど、言いたいことは解る。
お姉ちゃんの望みは、わたしが無事に現実世界に帰還すること。
わたしも出来ることなら、現実世界に帰りたい。
お父さんやお母さん……娘二人が揃っていなくなっちゃって……その嘆きは想像に難くない。
でも、今はできない。
お姉ちゃんと一緒に帰れるって希望が出てきたから。
である以上、お姉ちゃんと一緒でないと、わたしは絶対に帰らない。
これは、わたしの絶対条件……そう決めたんだから、何があっても絶対譲らない。
何より、今帰っても、何の解決にもならない。
わたし一人で、逃げ出すようなもの……無責任も甚だしい。
しばし、お互い無言で見つめ合う。
お姉ちゃんは、今すぐ帰れと、そう言いたいんだろう。
けど、お姉ちゃんの命令でもこれだけは絶対に譲れない。
わたしは、まだ何も成していないし、絶対に譲れない目的が出来た。
「お姉ちゃん、一応言っとくけど、今すぐ帰るってのはないからね。確かにそれが一番楽って解ってるけど、それはイヤ……解るでしょ?」
わたしがそう言うと、お姉ちゃんもしばし無言で、空を仰ぎ見るとふっとため息をひとつ。
「解る……私がシズルの立場……逆の立場だったら、ここで一人逃げるとかありえない。でも、本音を言うと、いつでも戻れるって事なら、今すぐランタンを放棄して、元の世界に帰って欲しいんだけどね。シズルが無事に帰れたなら、私も何も思い残すことはないよ……」
「ダメダメ、だって、お姉ちゃんと一緒に帰れるって、希望が出て来たんだから。それが唯一無二のハッピーエンド。悪いけど、それまで付き合ってよ」
「まぁ、そうなるか……。となると、なかなかキツい条件だねぇ……。シズル一人じゃ、絶対無理だね……」
「全員一丸となって、魔王システムと戦って、最後に皆で武器を放棄して、帰還……そうなれば、最高なんだけどね……前途多難だけど、不可能じゃない」
「実際、難しいと思うけどね……。勇者の武器って、勇者の力の源だし、勇者システムってのは、良くも悪くもゲームライクに作られてるから、勇者は怪我しても、痛みだって感じない。変身中は、HPがある限り、事実上の不死身状態……その辺は、もう他の勇者達も痛感してるだろうからね。人間、一度強大な力を手にして、それを手放せって言われても、ハイそうですかって簡単には納得しないよ……」
「まぁ、そんなもんだよね……」
「何より、現実世界に戻りたくないって人もいるだろうからねぇ……。クマさん達だって、それぞれに現実世界より、こっちでのサバイバル生活の方が楽しいって言ってたでしょ? 勇者の武器もどうも現実世界に執着を持ってない人ってのを選ぶ傾向があるみたいなのよね……」
あの三人に、現実世界に戻りたいかって聞いたんだけど。
クマさんは、あっちにはもう何も残って無いって答え……事情は少し聞いてるけど、こっちが泣きそうになった。
ユウキくんは、家でも学校でも居場所がなくて、いつも一人だった……そんな事を言ってた。
まどかさんは、仕事がブラックすぎて、過労死するんじゃないかって、レベルだったとかで、異世界暮らしの開放感が堪らない! とかなんとか……。
どのくらいブラックかと言うと……20時間勤務やら、10連勤とか……なんと言うか、看護師ってのは、壮絶な仕事なんだなぁと。
とにかく……それぞれに、この異世界転移を受け入れるだけの理由があった。
わたしの場合は……お姉ちゃんが居ない世界なんて、要らない。
そう思ってたから、かな?
「現実世界に執着がない……か。解るような気がするね……」
お姉ちゃんが誰に言うにでも無く呟く。
お姉ちゃんの場合は……? 帰りたいって思わなかったのかな?
ううん……これは聞かないし、これ以上考えたくない。
薄々解ってるんだけど、それを知ったら、わたしの中の大事な何かが壊れちゃうから。
「わたしも……かな。戻って一人になんてなったら、多分抜け殻になっちゃうと思う」
思わず返した言葉を聞いてお姉ちゃんが寂しそうに笑う。
「そうか……そうだね。私達の前の代の勇者とかも誰一人、現実世界に戻る選択をした人は居なかったって話だしね。だからこそ、手放すように説得してってのは、難しいと思う……」
まぁ、所詮は……理想って事なんだよね。
そうなると、やっぱり力づくで……とかなるのかな。
けど、勇者システムの勇者は……お姉ちゃんの例を出すまでもなく、割と際限なく強くなる。
本来は上限設定とかあったらしいんだけど、神様が消されちゃって、リミッターも機能しなくなった。
お姉ちゃんが割とデタラメだったのは、その辺もあるんだとか。
けれど、強大過ぎる武力は、世界のバランスを破壊する……ライブラさんが危惧するのも、もっともな話だった。
……勇者システムと魔王システムを止めること。
それがお姉ちゃん復活の条件って事なら……もう、やるしかないでしょ。
「全員一致で団結してってのも、難しそうな感じだしね……。そうなると、最終的に現実世界へ戻るってのを納得した人達を味方にして、反対する連中や敵対した連中はもうまとめて敵って事で、とにかく武器も壊しまくって、勇者の数を減らす……そんな感じかな。魔王システム側は、目についたのをぶっ飛ばす感じでよさげ?」
なんとも世知辛い話だけど。
47人もいる勇者を全員一致でってのは、どうしても無理がある。
すでに、第三勢力に取り込まれてる勇者もいるだろうし……王国側に引き込まれてる勇者もいるだろう。
言ってみれば、バトルロイヤルみたいなもんだ。
それに殺す必要もないってのも、考えようによっては気楽な話。
打ち負かして、武器を破壊して強制帰還させるか、同志となるかを迫れば済む。
話して解らないようなワカランちんは、文句あるなら、戻ってから聞くねーって言って、バイバイしちゃえば済む話。
けど、そうなってくるとわたしが、他力本願なランタンの勇者ってのがネックになってくる。
せめて、わたしに戦闘系の勇者相手でも、一騎打ちで打ち負かせられる程の力があれば……。
「ううっ、シズルちゃんって優しい子だと思ったのに、案外容赦ないクーリストなんですね……」
なんだ、そのクーリストって……?
それに容赦ないって、誰のせいで、こんな事に悩む羽目になってるのか分かってるの?
「うるさいね……そもそも、こんなシビアな条件出したのは、アンタでしょ?」
「ま、まぁ、そうなんですけどね……。ごめんね……もっと楽な道を提示出来れば良かったんだけど。結局、勇者システムの勇者の力が強大過ぎるんですよ……最終的に神性存在も食いかねないって、なにそれヤバイ! それが47人もいるとか、もう悪夢です……」
「それはいいよ。お姉ちゃんが復活できるって、わたしにとっては、全てを引き換えにしたって割に合うんだからさ。死人を出さなくてもなんとかなるってのは、良心的っちゃ良心的よね。それと、魔王システムの方はどんななの? 魔王システムのことなんて、わたしら、全然解らんのだけど……」
「とりあえず、魔王システムの方は、シンプルにプチ魔王達を全て倒して、現存する魔王システムのアクセス端末を破壊し尽くせば済む話なんで、なんとでもなると思います。超魔王様も勇者システムの勇者が居なくなれば、カウンターパートの魔王システムは全廃して、新たなシステムを模索するって言ってますからね。魔王を統べるものって言ってるけど、あの方……実は、わたしと同じバランサーシステムの一部なんですよ」
ああ、要するにライブラと超魔王はグルって事か。
お姉ちゃんは、ある意味人質のようなものだけど、合理的ではある。
「……軽く言ってるけど、なかなかハードなクリア条件だよね。まず、プチ魔王? コイツら駆逐し尽くすのは、勇者の力が必須だよね……。けど、勇者は最終的に居なくならないといけない……わたしも含めて……そう言うことなんでしょ?」
「……ううっ、無理言ってるのは解ってるんですけどね。シズルちゃんくらいなんですよね……。この状況を解決してくれるだけの、動機と実力がありそうな人って……。他の勇者は目先の利益とか、小さな目的に執着したり、人に言われるがままって感じで、世界を救うなんて、全然考えてくれそうもないんですよ……」
買いかぶりって気もするんだけど。
そんなもんなのかも知れない……いきなり、異世界に放り出されて、目的も提示されず、まずは生き残るのが先決。
なんて状況となれば、近場の町の人達とか、保護してくれた人達の為に……とか、そんな調子になるだろう。
世界の命運とか、そんなのに目を向ける余裕があるとは、思いにくかった。
それでも、これだけは言える。
勇者の力なくして、このハードな状況をクリアなんて出来るわけがない……。
出来る限り、多くの勇者達と協力してってのが、理想……なんだけど。
でも、わたしの目的……お姉ちゃんを復活させて、現実世界へ帰還する……。
そのためには、最終的に勇者全員から武器を放棄させて、強制送還させる必要がある。
けど、それをやると勇者側の戦力は確実に減っていくし、そんな武器を放棄して強制送還に納得するのが、どれだけいるのやら。
この様子だと、勇者達もバラバラであちこちで様々な勢力の思惑のもと、活動してると思っていい。
全員一致で団結して……最終的に全員帰還ってのが理想のエンディングだけど。
すでに勇者同士が相争うなんて、状況になりつつあるし、プチ魔王共も似たようなもんだろう。
ホ、ホントにカオスだなぁ……。
敵だ、味方と、もうごちゃごちゃになる未来しか見えない……叶うことなら、誰かどうにかして。




