第十話「勇者&魔王システムはお手軽簡単」③
「判決っ! 有罪……」
そうぶった切ると、ライブラちゃんは両手を頬に添えて、ヒョエーって感じになってる。
もっとも、ライブラちゃんを断罪したところで、何も始まらないってのは、解ってるんだけどね。
お姉ちゃんにこいつ、ぶん殴ってもらって、こいつのやらかしがなかった事になるってのなら、いくらでも殴ってもらうんだけど……。
そうはならないんだから、無駄なことはしない。
反省もしないんだろうな……多分。
こう言うのって、自分は常に悪くないって思ってるから、反省も後悔もない……。
こんな感じの頭の緩い女子って、クラスに一人や二人大抵居るから、何となく解る。
お姉ちゃんがパキパキと拳を鳴らす仕草をしつつ、ライブラさんにゆっくりと近づく。
「やめてーっ! お姉ちゃんさんのパンチ一発で、私なんて、消滅の危機っ! 妹ちゃん、情けというものがあるのなら、止めてくださいなーっ!」
干渉できない幽霊的存在……それ故の驕りってのがコイツにもあったんだろうね。
けど、それは過去形……今、私の隣には、幽霊をぶん殴れる幽霊がいる。
多分、逃げてもお姉ちゃんなら、どこまでだって追跡できるような気がする……。
……脅しとしちゃ十分かな。
とりあえず、お姉ちゃんに手を向けて、止めるように伝えると、お姉ちゃんもすんなり止める。
「もう、いいよ。お姉ちゃん……コイツ、殴っても状況は改善しない。だから、無駄なことはしない。けど、ライブラさんもコレまでの相手みたいに、攻撃したり、拘束も出来ないなんて思わないでね。お姉ちゃんは、普通に君を殴れるし、逃げても追いかけていくことは可能。言いたいことは解るよね?」
私の意図はちゃんと伝わってるみたいで、お姉ちゃんも悪そうな笑みを浮かべると、両手を広げて無害アピール。
さすが、姉妹……何も言わずとも、お互いの考えが解る。
以心伝心だ。
「な、なんですとーっ! ああっ……で、でも、そうですよね! 私、干渉出来ない代わりに、誰からも干渉されないのが売りだったのに……お姉ちゃんさんなら、殺れる? もしかしてっ!」
「むしろ、余裕? なんなら、試してみる……まずは手足とか無くなっても支障がないとこを狙って一発試してみない? 私も幽霊と戦うなんて始めてだし、今後のことも考えると試し斬りってのも悪くない」
「や、やめてくだーいっ! なくなっていいところなんて、ひとつもありませんから!」
……土下座で這いつくばるライブラさん。
さらに、床にデコをごっつんごっつんブツケながら。全身全霊で土下座してる……。
威厳も尊厳もかなぐり捨てたこの媚びっぷり……さすがに引く。
お姉ちゃんもまるで、ゴミを見るような目でため息を吐く。
「シズルも何となく解ったでしょ? これがこの調停者ライブラの正体なのよ……。誰からも干渉できないのを良いことに、無責任に煽ったり、情報を盗み出してバラ撒いたり……物凄くタチが悪い!」
「むしろ、ここで殺っといたほうが世のため人のため?」
チラッとライブラさんの様子を見ると、涙ぐんでる。
まぁ、ポーズとは言え、少しは可哀想になってくる。
「こいつの名前が出て来ると、大抵ロクでもない事になるってのは、この世界の歴史が証明してんのよ……。介入するのはいいけど、後先考えなさすぎるポンコツ野郎ってのが、歴史家達の評価って感じ……別名が「混沌を呼び込む魔王」って時点でお察しよね」
この世界の歴史……さすが、お姉ちゃん。
その辺も色々調べたってことなんだ。
「な、なんですか……それっ! ぽんこつってどんな評価なんですか!」
「実際、アンタが言うように、助言とか忠告受けたって言う将軍とか、執政者がいたみたいなんだけど……。その言葉を真に受けた将軍が大敗して、一国滅んだなんてコトもあったし……。助言どおりにした政策が結果的に大失敗だったとか……。そんな話ばっかりらしいじゃない。両方の陣営に双方の情報を正確に伝えたばっかりに、相互不信になって、泥沼化とか……。なんか、反論あるなら聞くけど、実際、歴史書に記されたアンタの悪事の数々……アレ、どう思ってるの?」
まぁ、そんなもんだろうね。
あっちを立てれば、こっちが立たず……。
対立構図の中で、中立の立場で立ち回って……とか、そんな調子の良いこと出来るはずもない。
一人や二人を言葉で動かしたからって、それが良い結果になるとは限らないし……。
観測者ってのは、もう最低限しか動かないとか、そんなんでいいような気がする。
それか、中途半端な立ち位置じゃなく、誰かコイツって感じの人に徹底的に肩入れするか。
あっちへフラフラ、こっちへフラフラって、どっち付かずの訳の判らん助言者とか、最悪な存在だと思う。
お姉ちゃんのツッコミに、ライブラさんはつついっと視線を逸らす。
当然ながら、干渉したその結果をこの人は見てきたのだろうから、自分の失敗の歴史ってのも、言われるまでもなく自覚してるのだろう。
と言うか、この子……どうみてもアホの子だ。
アホの子が自分で入手した情報を元に、アホの子なりに色々考えて、大失敗。
きっと、そんなんばっかりだったんだろう。
そりゃ、むしろ言う事聞いちゃいけない貧乏神みたいな扱いも納得。
でも、このライブラさんって、付き合い方次第って気もする。
主観の入ってないシンプルな情報だけ、提供してもらって、その情報分析と実際の施策は、自分達でやれば、それなりに有用な気がする。
なにせ、情報収集能力だけはピカイチだ。
ライブラさんが、こうすればー? とか言ってても無視して、自分達の判断を第一にする。
要するに、当人の判断力や思慮とか、初めから当てにしなければいいのだ。
「た、確かに……私の言うことを素直に聞いてくれて、酷いことになったってケースもありましたけどね……。ソレって私が悪いって事になるんですか?」
まぁ……それは、短絡的かな。
結局、ライブラさんの助言を真に受けて、実行して失敗したのは時の権力者達。
これは、人を殺して、道具が悪いって責めるようなもん。
「ライブラさんは、別に悪くないと思う。情報を上手く使えなかった側に問題があると思うよ。要はライブラさんの情報をちゃんと使いこなせなかった……そう言う事でしょ?」
まぁ、持ち上げてあげてもいいかな。
褒めてるのかどうかは、さておき。
「そ、そうですよっ! 失敗した人達は、柔軟かつ臨機応変な対応が出来なかった! うんっ! 私、悪くありません!」
その言葉を自分が地獄へ導いた人達の前で言ってみろってのは、さすがに意地悪かなぁ。
罪悪感のひとつくらい、感じてもいいんだけど、そんな様子は微塵にもない様子。
面の皮が厚いって言うんだっけ……と言うか、そもそも、そう言う罪悪感を感じられるように出来てないのかも。
作られた存在……いわゆる人工知能とか、そんなのに近いとすれば……?
要するに、偵察衛星が自分勝手な判断で提供してきた情報を疑いもせずに、活用しようとするようなもん。
情報提供される側のベスト対応は、シンプルにありったけの情報よこせ……コレで十分だと思う。
「……そう言うことでいいけどさ。要するに、現状をまとめると、王国と獣王国……二つの勢力がわたし達の身柄を確保すべく、この森に戦力展開しつつあると? 無茶するねぇ……」
まぁ、とにかくライブラさんの希望とか要望は、基本的にガン無視するってのでいいと思う。
これまでに提供された情報で、重視すべく情報は、シンプルに、わたし達の身柄確保を目的とした軍勢が森に入ってるってこの事だけ。
動機は……建前上だろうけど、親切心からってのがまた、タチが悪い。
現状、千人単位の軍勢が森に……となると、まともに動けるのかって所からだよね。
こんなジャングル……軍隊が進軍なんてやっても、バラバラになって戦力半減ってのが、落ちって気もする。
もう始まる前から、無茶しやがってって台詞を用意しとくレベル。
それくらいには、この森は深くて、厄介……ちなみに、クマさんの推測だと、この森から脱出するには、軽く一ヶ月はかかるだろうと見積もられてる。
一ヶ月もの間、森を歩く……クマさん達の実例だと、この森で道なき道を歩くと、一日10km進めるかどうかも怪しい。
仮にも勇者でサバイバル知識があって、山歩きとか慣れてる人ですらそれ。
私なんかだと……数キロくらいで音を上げるかも知れない。
森の広さを3-400kmと仮定したら、まぁ、一ヶ月ってのは大げさでも何でもない。
でも、そうなるとなんか計算おかしくない?
「わたし達がここに居座って、一ヶ月……おまけに、森を出るだけで、それくらいかかりそうなんだけど。そんな森の最深部なのに、すでに三日の位置まで軍勢が来てるとか、早すぎない? どんだけ早く行動してんのって感じ」
いくらなんでも早すぎる。
しかも、3000とか相当な数の軍勢だし……。
「そりゃ、向こうは転移ゲートを使って、ショートカットしてますからね」
ライブラさんが、当たり前みたいに一言。
……マジですか。
そんな便利なものがあるのか……。
「なにそれ、それってどんなの? お姉ちゃん知ってる?」
「町と町の間とか、拠点間を一瞬で繋げられるワープ装置みたいなもんね。ワイバーン騎兵とか、飛空魔術師が高速で先行して、転移ゲートを設置。戦場から、近すぎると逆に利用されかねないから、わざと遠くに設置するってのがセオリー。……歩きで三日の距離ってのは、随分念の入った話だけど。たぶん、そんな感じ……そうなると、先遣隊がもう近くまで来てるって思って良いね。こう言う陸の孤島みたいなとこに、ある程度の戦力を展開するとなると、それくらいはやるのが普通だと思う」
行軍の工程をショートカットする転移ゲートによる長距離侵攻。
さすが異世界、そんな戦術が常套手段化してるってことか。
「なんとも手慣れてる感じね……。けど、こんな深い森……軍勢でってなると、かなり手間取るんじゃないかな。3000人もいるんじゃ、相応に苦労するんじゃないの?」
「いや、そこら辺は、問題にならないと思っていい。あの国は平地とかまともな土地の方が少ないし、獣人や亜人が集まって作った国だから、人間よりも、こう言うところでの行動には長けてる。森の中の獣人の戦士とかかなり厄介な相手だ」
「……なるほど、そんなもんか。だとすれば、面倒なことになったね……。そうなると、軍勢の大半は包囲網作ってるだろうから、逃げようっても逃げ切れない……。一戦交えるのも辞さないって感じかな」
戦いが避けられそうにない。
ソレくらいのこと、わたしにだって想像付く。
向こうは、こっちと戦う理由は充分ある。
勝てる程度に弱いなら、利用価値もない……。
軍勢を蹴散らせる程の相手なら、もう全力で恩を売るに値する。
それはそれで、平身低頭で連れて行ってくれるだろう。
向こうとしては、わたし達に出来るだけ貸しを作るのが目的である以上、確実に喧嘩売ってくる……そう考えていい。
なにせ、喧嘩売ってデメリットもんは、全く無いし、戦闘力がステイタスって事なら、お手合わせ願おうとかやられたら、断れない。
「そうね……連中にとっての交渉って、お互い死なない程度にぶん殴りあって、そこから話し合いの始まりって調子だからね。逃げたら臆病者呼ばわりされて、ますます話し合いどころじゃなくなるの。だから、最初はどうしてもやり合うハメになるけど、勇者としての武勇を示せたら、少なくとも現場の連中は好意的になるはず。まぁ、死なない程度に手加減しながら、一戦交える……こんな感じでいいんじゃないかな?」
野蛮過ぎる……いわゆる脳筋種族。
「あ、あの……。もしかして、全方位に喧嘩売ってくスタンスなので? 獣王国の皆さんに、助けてもらうんじゃ……それにお姉ちゃんさんの舎弟? なんですよね? なら、普通にお姉ちゃんさんの妹ですって言えば、話も早いんじゃないですか?」
ライブラさんが口を挟んでくる。
獣王国軍の救助隊と称した軍勢に、喧嘩売る……救助とか素直に求めたら、多分負け。
向こうも、腕試しとか言って喧嘩売ってきそうだし、もう、そう言う前提でいいじゃんって思う……。
ああ、王国軍の追手もいるんだよね……そうなると、どっちが早いか。
「それはどうかな? アイツにしては妙に短絡的だから、この調子だと多分、代替わりでもしたんだろうな。そうなると、勇者を囲い込んで、自分達の都合よく使いたいってそんな感じじゃないかな。そう言うことなら、尚更一度きっちりブチのめして、こっちが偉いって叩き込んでやらないと……だねぇ」
お姉ちゃんの蛮族思考が怖い。
でも、その考えは一理ある……力関係をはっきりさせた上で、双方の妥協点を探る。
平和裏にとか、面倒くさいこと言ってないで、そんなもんでいいのかも知れないね。
ほら、やっぱり、お姉ちゃんは正しい。




