第五話「飛翔の時」②
けれど、光が消えるとクマさん……なんともない状態で呆然と立ってる。
見た感じ30cmくらいのゴン太ビームだったんだけど……。
そのかわりに、レーザーを撃ったはずのローブ軍団が、バタバタと倒れていった。
全員、身体に大きな穴が空いてる……。
どうも自分が撃った魔法がそのまま跳ね返されて、自滅したようだった。
それは、後ろに居た者も容赦なく穿ち、その背後の壁にも大穴を開けていた……おいおい、洒落にならんよ。
どんだけ強力だったんだよっ! 殺る気に満ち溢れすぎっ!
……けど、それを跳ね返したのは、間違いなくわたしの力だった。
「い、今のは……君がやったのかい?!」
クマさんに頷き返す……やった! 上手く行った!
んっと、光系魔法を問答無用で、打ち返す鏡の守りだっけ?
明らかに、ニッチ対応の応用力を試されるって感じの防御魔法だけど……。
大して、MPも使ってないのに、あんな、壁に大穴を開けるようなチート魔術をあっさり、無力化してしまった。
相手のローブの人達は、更にクマさんにレーザーを放っては、逆に自分が撃たれて、呆気なく打ち倒されていく。
あっという間に、死屍累々って感じ……当然ながら、倒れたのはもうピクリとも動かない……。
多分、即死……うわわわわっ!
で、でも……こんな自滅なんて、わたしのせいじゃないしっ! なんで、こんなになってるのに、撃ち続けるの!
「お願いっ! アンタ達、も、もう撃たないでっ! こっちは鏡の守りを使ってるんだから、そのレーザーみたいなの撃ったら、そっちが死ぬだけ! だから、もうやめなさいっての!」
さすがに、これは見てられない……。
勝手に撃って、勝手に死ぬのは、いい……殺す気でやってるんだから、それくらい覚悟しろって話。
けど、即死しきれない致命傷を負ってのたうち回ってたり、手足を吹き飛ばされて、悶絶してたりするのは、流石にちょっとキツい……。
「なっ! 待てっ! か、鏡の守りだと! なぜ、そんな高度な魔術を……い、いかん! 奴に向かって裁きの光を撃ってはならん、自滅するぞっ! 盾の勇者は後回しでいい! あのランタンの勇者……小娘を狙えっ! やはり、ヤツか……ヤツがそうなのか!」
骸骨司祭が呻く……別にこっちは、向こうの兵隊を殺したりとか、そんなのが目的じゃない。
転移が始まるまでの間、誰かが捕縛されたりしなければ、こっちの勝ち……。
極端な話、余計な手出しなんかしないで、黙って見送って欲しい。
でも、さすが、お姉ちゃん……わたしや熊さんの出来ることを把握した上で、あの一瞬で最適な対抗策を考えてくれた。
でも、向こうも諦めてないし、ターゲットを切り替えたような……。
……皆、めっちゃこっち見てる!
こ、こうなったら……クマさん助けてーっ! この場は、他力本願上等っ!
それに出来れば、まどかさんもっ! このまんま、放ったらかしとかありえないしっ!
「クマさん、まどかさんを! あと、背中に乗らせてっ!」
返事を聞く前に、クマさんの背中に飛び乗る。
多分、もう時間がない。
魔法陣から溢れる魔力を見るだけで、その事が解る。
他の魔法職っぽい人も同じみたいで、その人達が声掛けして、どんどん小パーティが作られていっているようだった。
誰かがあと一分くらいしか時間がない……とか言って、カウントダウンを始める……杖を持ったちょっと年行ったオジサン、本職魔法職……良い判断だね。
目が合うと、親指立てて、ウインクされる。
こっちは任せろとでも言いたげな感じ……ありがたいっ!
敵の目は完全にこっちに向いてるから、向こうはひとまず安全が確保されてるような感じだし……ここは囮って事でクマさんに頑張ってもらおう!
それにしても、クマさんの背中。
邪魔になりそうもなくて、狙われそうもない場所ってことで、とっさに思いついたんだけど、すっごい広い。
その背中だけで、わたしの体が全部隠れてる……これって、超安全地帯っ!
クマさんも、すかさず寝っ転がってたまどかさんを抱きかかえて、片膝立ちになって、盾を構える。
更なる追い打ちレーザー……って言うか、これ。
威力もあって、外れないって事から、なんかやたらと使ってくる……でも、結果は一緒。
私も撃つなって言ってるし、骸骨司教も使うなって言ってるのに、聞いちゃいない。
結果として、ローブ軍団は勝手に数を減らして、鎧の兵士達も、むしろ転移に巻き込まれないように逃げに走ってる。
今の所、わたしもだけど、クマさんもまるっきり無傷。
まさに鉄壁の守りって感じ!
それにわたし一人背負って、小脇にまどかさん抱えてるのに、さっきから軽々って感じで動いてる。
弓矢とか投槍も飛んできてるんだけど、全く通じずに、それらを大盾で受け止めてくれる。
大柄なのに、動きに無駄がない……この人、普通に強いっ!
ああ、このワイドな背中……頼もしすぎるよっ!
おまけに、わたし達が相手の攻撃を一手に引き受けてるから、他の人は全然相手にされてない。
さっきの回避不可のレーザー魔法も迂闊に撃つと、反射されて死ぬって解ってきたらしく、もう撃ってこなくなった。
時折、炎とか氷の矢みたいなのが、飛んでくるんだけど、それは私が対応する。
「……対魔術支配ッ!」
錬金術師の特徴のひとつ、割とMPは潤沢。
……攻撃魔術への対抗方法は、一応お姉ちゃんから聞かせてもらってる。
その手順はかなりシンプルで、その魔術の対抗属性の防壁を使うか、用いられたのより、より強大な魔力を乗せてぶつけると、それだけで操作権限を奪えてしまう……要するに乗っ取り。
乱暴かつ、雑な対抗手段だけど……そう言う方法が使える。
乗っ取ってしまえば、後は簡単、飛んでくるタイプならコースを変えてしまえば、呆気なく無害化する。
ちなみに、MP消費に関して言えば、対抗属性の防壁使うほうが断然燃費はいい。
簡単に言うと、炎の攻撃に対して、水の壁を用意するとかそんな感じ。
乗っ取る方は、燃費がとっても悪い。
もっとも属性見切って、対抗属性の防壁作るより、手っ取り早いから、非魔法職が緊急回避に使うのがオススメなんだとか……。
まぁ、それはともかく、ぶっつけ本番だけど、上手く行ったらしい。
とりあえず、微妙にコースを動かした程度だけど、そんなでも十分……スピードも早くないから、見てから対応出来るってのも大きい。
出がかりに魔力をぶつけると、相手の目の前で自壊したりもするって言うから、早速やってみたら、敵のど真ん中で火の玉が暴発……向こうは大混乱!
幸いお試しモードで変身中だから、MPは潤沢にある……一回で100MPとか使ってるけど、普通は二桁くらいしか使わないらしいので、余裕で乗っ取れてる。
レーザー魔法は、見切るも何もなく、撃たれたら最後、一瞬で当たる……から、対抗も何もない。
どうもそれもあって、強技扱いされてて、多用してる様子ではあるんだけど……。
クマさんに光属性反射の防御魔法を付与してる以上、撃ったほうが死ぬから、もう脅威じゃない。
知ってれば、真っ先にやる対応って感じなんだけど、向こうはこっちがそんなベスト対応いきなり出してくるなんて、想定してないから、ガッツリハマってる!
さすが、お姉ちゃんだ! こんな突発的な危機的状況下でも、全然危なげない。
……お姉ちゃん、伊達に剣王とか呼ばれてない……多分、その戦闘力は、この的確な判断力にも裏打ちされてたんだろう。
やっぱり、お姉ちゃんは最高のお姉ちゃんだっ!
……とりあえず、転移は時間の問題……今の所、タンクとヒーラーは確保。
あとは、せめてアタッカーがひとり! この際だから、誰でもいいっ!
と思って周囲を見ると、さっきのヲタク三人は揃って腰が抜けたようになって、お互い手を握り合ってるし、社長さんは慌ててハンマーでもぶん回してギクッたらしく、腰を折ったまま、床に突っ伏してる。
何してんのよーっ! ここでそんなポカやらかしてーっ!
でも、幸い社長さんは、近くに居たメガネの天秤持った人……薬師さんが、介抱しようとしてる。
けど、チャンスとでも見たのか、鎧の兵隊が薬師さんに掴みかかろうとしてる! と言うか、社長さんむしろ、兵隊に囲まれたか何かして、頑張っちゃったのかも……。
でも、さっきのヨウジさんが、こっち見て頷くと、二人に駆け寄って行ってる!
「……チビ助! この二人は俺に任せとけ! うらぁっ! テメェら、どきやがれっ!」
ヨウジさんが突っ込んでくるのを見て、鎧の兵隊が慌てたように薬師さんを解放して、逃げていく。
ヨウジさんナイスフォロー!
最初ヤなヤツって思ってたけど、さっきのタンカと言い、この状況にも全く怯まず、十分イイところを見せてくれた。
この調子だと、しばらくお別れっぽいけど、また会えるといいなぁ……。
なんて思う……と言うか、別にわたし、チョロくないしっ!
社長さんのところには、もう間に合いそうもないけど、名も知らぬ薬師さんとヨウジさんがいれば、なんとかなりそう。
多分、社長さんは皆をまとめる要役になってくれそうだし、割と重要人物なのは間違いない。
ザッと見た感じ三、四人くらいでいくつかのグループが出来てる。
魔法職だらけだったり、バランスもなにもって感じのパーティもあるけど、一人じゃないなら、訳の解らない所に飛ばされても、なんとかなると思う。
お姉ちゃんも言ってた……勇者は互いに協力することで、その真価を発揮できるんだって!
もうカウントダウンの声は、十秒を切っている……。
クマさんの背中によじ登って、周りを見るとすぐ近くで丸まって、頭を抱えながら震えてる小柄のコがいるのに気づいた。
小学生かなんかかな? こんな子を一人になんて、絶対させられない!
「クマさん! あのコをっ! お願いっ!」
右手に大盾、左手にまどかさん……一瞬、どうしようって迷ったみたいだったけど、まどかさんを肩に担ぎ直すと、左手でその子の身体を引っ掴んでくれる。
一応、わたしも手を伸ばして、頑張ってまどかさんを支えながら、クマさんの肩にしがみ付く……。
凄いっ! クマさん……一人で三人も抱えてるっ!
小さめのわたしとちびっ子はともかく、まどかさんは女性にしては、大柄でガッシリしてるのに軽々と肩に抱えてる……すごいね。
でもさすがに、コレ以上は無理……他の人達もグループ作ることには成功してる。
一人でオロオロしてた人も、近くの人が手を差し伸べて、引き込んでくれてるみたいだった。
こう言うのって、ハブられる人も出そうなもんだけど、そこら辺は皆、危機感を共有してくれてるみたいで、何も言わずとも上手くやってくれてるようだった。
次の瞬間、魔法陣の光が広がり、辺りがまばゆい閃光に包まれるっ!
すべてが白い世界……続いて、真っ暗になって、音が消失する。
浮遊感と加速感が一体になった感じ……空でも飛んでるんだろうか。
背後にお姉ちゃんの気配、クマさんの広い背中の感触もちゃんとある。
まどかさんの手もちゃんと掴んでる。
しばらく、そんな状態が続いて、次に、ヒュンと言うような落下感。
でも、すぐに地面に着いたらしく、クマさんが膝を曲げて衝撃を受け止めて、続いて背中から倒れ込むのが解る。
とっさに、わたしも飛び降りる。
地面の感触が予想以上に柔らかくて、思わずペタンと尻もちをつくけど、クマさんの下敷きになるのは避けられた。
ムワッとした熱気……真っ暗だった視界ももとに戻ってくる。
見上げると星空……夜だったんだ。
やたらと大きくて、見慣れない複雑な模様の月と薄っすらとたなびく雲が見えた。
異世界の夜……外の空気。
温く湿っぽい夜風に乗って、苔むした匂いがして……。
ああ、遠くまで来てしまったと、否応なく実感した。




