第五話「飛翔の時」①
やがて、魔法陣が作動したようで、その紋様が白い光を放ちだす。
「……シズル……これ、転移魔法が作動してる。行き先は完全にランダム……王様は、多分皆をバラバラに転移させることで、出来るだけ多く、遠くへ逃げ伸びさせようとしてる。ここまで大規模な転移魔法を使えたなんて……腐っても王ってことね」
「……バラバラになっちゃ、駄目なんじゃ……そもそも、どこへ飛ばされるっての?」
「解んない……でも、とりあえず転送魔法系なら、身体が触れ合ってる限りは、一緒の所に飛ばされるはず。なるべく、近くの人と出来るだけ大勢で、手でも繋ぐように言って!」
さすが、お姉ちゃん。
なんか、無力感いっぱいで、心折れかけてたけど……。
お姉ちゃんの指示があるなら、疑う余地も迷いもないっ!
どちらかと言うと内気な私だけど、ここは頑張るっ! だって、わたしは剣王ユズルの妹なんだからっ!
「皆、聞いて! 王様がこれから皆を転移魔法で、ここから逃してくれる! 近くの人と手を繋いで固まって! そうすれば、ばらばらにならずに済む! 迷ってる時間なんてないっ! 急いでーっ!」
目一杯大声で叫んだせいか、皆反応して、手近な人と固まりだす。
再び、王様と目が合う……。
自らの血に塗れ、もはや、虫の息の様子ながらも、ニコリと笑って頷かれる。
まるで……憑き物が取れたような晴れ晴れとした表情だった。
ああ、なんとなく解ってしまった。
この人は、滅びゆく国を背負って立つ重みと、人々を守れず、多くの犠牲を出した事で、罪悪感で押しつぶされそうになっていたのかも知れない。
であるからこそ、死を賭した召喚術の贄となることを良しとした。
……無責任な話だと思うけど。
けれど、勇者の一人まどかさんに救われて、世界の為に殉じた勇者ユズルの妹であるわたしの許すという言葉は……それだけで、十分この人の救いになったのかもしれなかった。
「……お姉ちゃん、わたしのやった事は無意味だった?」
もう一度、お姉ちゃんに問いかけてみる。
そう、結局……王様は死んでしまい、この国の先行きは暗いまま。
少なからぬ希望だったはずのわたし達は、このまま四散……いいとこなしのように見える。
「……無意味な訳がない。シズルがまどかさんを動かしてくれたからこそ、全員ここから脱出できるって、未来に繋がった。そりゃ、全員気持ちよく送り出してくれるってのが、理想だったけど……。こんだけの人数召喚したこともだけど、もう初めっから、あのクソ大臣共の仕込みって感じがしてならないのよね……。少なくとも、よくやったと思うよ。相手の思い通りにやらせない……それが戦略ってもんだからね」
……うん。
お姉ちゃんが認めてくれたなら、それで十分だ。
少なくとも、最悪の未来ってのは、回避できた。
どこにすっ飛ばされるかは、わからないけど、異世界サバイバルって事なら、奴隷生活なんてのよりは、まだマシだろう。
「……おのれ、もはや、転移は止められんか……。だが、あの治癒術士……アヤツが要らぬことをやったばかりに、こんな事に……よくも、やってくれおったな!」
デブ大臣が叫ぶ声が聞こえたと思ったら、後ろのローブ軍団が一斉にこっち見た。
正確には、横たわってるまどかさん!
「うわっ……あの……その……。やめなさーいっ!」
とりあえず、まどかさんをかばうように両手を広げて、その前に立ちはだかる。
気絶して、為す術ない人をどうこうするとか、ありえないっ!
けれど、大臣だけじゃなく、骸骨みたいな人も怨嗟の籠もった視線でわたしを睨みつけてる。
……背筋がゾワッとする。
幾人もの視線で、息苦しくなるほどのプレッシャーに晒される。
「治癒術士の方は虚脱状態……。このまま、放置しておけば、何処か知れぬ場所に飛ばされて、野垂れ死ぬのが関の山だ……もはや、捨て置けばいい。むしろ、そこの小娘……貴様だ! 貴様の側に何やら、影が付き添っているのが解るぞ……。我が神も言っておる……貴様は、定まりし運命を捻じ曲げる危険な存在だと! 者共構わん……あの小娘だけでも殺せっ! よいか? おそらく、アレが予言にあった導き手……紛れもなく我らの脅威……敵だっ!」
骸骨司教がこっちを指差すと、ローブ軍団の指先に光が集まっていく。
「……裁きの光? まずい、シズル、すぐに伏せてっ! 今すぐっ!」
お姉ちゃんの言葉に、後先考えずに身体を前に投げ出して、床に伏せる。
ビタンと受け身もなにもない倒れ方をしたんだけど、空中に浮いてたとんがり帽子に光があたって、チュンって音と共にコゲ穴が空いて、一瞬遅れて落ちてくる。
……まさか、レーザーってやつ?
マジですか……こっわーっ! こんなもん、避けられるわけがない!
てか、迷わずわたし一人を殺しに来るなんて!
身動きできないまどかさんが狙われるよりは、マシだけど……思いっきり、脅威指定されてるとか! なんでっ!
それだけでなく、鎧の兵隊も何人もまとめてこっちに向かって来る!
でも、そっちはヨウジさんが突っ込んでいって、斧を振り回して、追い払ってくれる。
斧を振り下ろしただけで、床が割れて砕けてるのを見て、兵隊たちは腰が抜けたようになって、逃げていく。
ヨウジさんも、こっちを振り返って、親指立てて、ニヤッと笑う。
……うわっ! なにそれ、超カッコいいっ!
第一印象は最悪だったけど、顔もよく見ると割とイケメンさんだし……ヤンキー系ってそんなもんだよなぁ。
更に三人……ローブの人達が、指先をこっちに向けてる。
こっちは、未だに地面に転がってる……そもそも、あんなの避けれるようなものじゃない。
さっきのだって、お姉ちゃんの言葉に反射的に従って狙いを逸したってだけだ。
ヤバイッ! と思ったら、今度は目の前に壁が出来る。
「大丈夫! 僕が……守るから! 今度こそっ!」
レーザーが放たれたようだけど、クマさんは平然と立ってる。
クマさん……さすが大盾の勇者……レーザー魔法を盾で軽く受け止めてくれた。
「た、助かったのですよぉ……だ、大丈夫ぅ?」
なんかもう、泣きそうっ! って言うか、もう泣いてるっぽい。
主人公にとっさにかばってもらったヒロインがあっさり、チョロイン状態になる気持ちが解った!
「こ、この盾凄い! 今のレーザーみたいなのを受け止めれたみたいだ。でも、やっぱり怖い……殺意を向けられてるのが解る……ははっ! あの時と一緒だ……。けど、逃げちゃ駄目だ! 逃げちゃ駄目なんだ! 亜美香の時みたいには……させないぞっ!」
……クマさん、傍から見ても可哀想になるくらいに、顔面蒼白で汗もダラダラ。
膝もガクブル状態で、泣きそうな顔してる。
なんだか良く解らないけど、トラウマと戦ってるような感じ。
でも……そう言うのって、自力で克服しなきゃ意味がない。
クマさんも露骨に殺意を向けられて、それでも逃げ出そうとだけはしてない。
「クマさん……頑張って!」
ああもうっ! 応援するだけとか、我ながら使えないよーっ!
せめて……涙は拭おう……ピーピー泣いて、前も見てないとか、雑魚すぎる!
「おのれっ! 貴様は大盾の勇者か……。勇者最強の防御力を持つだけに、さすがに一筋縄ではいかんか! ならば、それをも穿つ上位魔法を使うまでよ……! 黒き神よ……我が配下共に更なる力を! 勇者をも葬る力を与え給え! 業魔降臨! 破ーッ!」
骸骨司教が呪文を唱えると、ローブ軍団の周囲に黒いオーラみたいなのが纏わり付いて、指先に灯った光があからさまに強力になる。
おまけに、全員目が爛々として、見るからに正気じゃない様子に……。
まさか……強化魔法?! なんかズルいっ!
「……シズル! アレはヤバイっ! こっちもクマの人の武具強化で対抗っ! エンチャント魔法、光耐性強化の上で、反射属性を追加!」
もう四の五の言ってる暇なんてない。
頭の中は真っ白だけど、お姉ちゃんの指示には迷わず従う……これはもう条件反射みたいなもの。
当たり前だけど、魔法とか使ったことなんて無い。
でも、ステータス画面から、エンチャント魔術、細々とあるけど耐性強化光、反射属性付与って項目を叩く。
うん、まどかさんがやってるのを横目で見てたから、やり方は解るし、ゲームみたいな感じで凄くわかりやすい。
効果とか色々書いてあるけど、ゆっくり見てる余裕なんてない。
タップ式のスイッチみたいな感じ、どこをどうすればいいかも、お姉ちゃんが指し示してくれる。
最後に発動しますかって確認が出て、Yesを押すと、身体が勝手に動き出す。
呪文もまるで、他人が喋ってるような感じで、自動的に口をついて出てる……。
自分でも何言ってるのか、全然解らないし、単語の意味もさっぱり意味不明。
でも、法則性とかありそうな感じ……本来は、こう言うのも自分で暗記して、唱えるんだろうな。
複雑な印を勝手に指が切って、クマさんを指差す。
「……我が力よ、彼の者の守りとなれ! 鋼の防壁……鏡の守り! 二重重ね!」
クマさんの身体が、ポウッと光りだして、盾と鎧が鏡張りのキラキラした感じになる。
「な、なにこれっ! って、うわぁああああっ!」
三条のゴン太レーザーが熊さんに向かって、一斉に放たれる。
クマさんもとっさに頭を、盾の影にしまい込む……けど、それがやっと!
猛烈な光を一身に浴びて、クマさんの姿が見えなくなる――!




