第四話「落日の王国」④
「馬鹿な……なぜ、お前がここにいるのだ……。これは……どう言うことなのだ? お前は選ばれない……そのはずではなかったのか……」
そんな風に呟くのが聞こえた……知り合いなのだろうか。
騎士長アレキサは、振り返って、大臣に視線を送る。
その視線に弾かれたように、大臣もまた意を決したような様子で、王様に向き合う。
「こ、国王陛下……よろしいですかな?」
「どうした……オデット。私は下がれと言った。貴様らが色々と勝手働きをして居たのは知っている。どうせ、一度死んだような身だ……。かくなる上は、後腐れないように、お前達のような国の暗部を、大掃除すると言うのも悪くあるまい……」
「なんですと! ……お、王よ……。貴方は、貴方は……一体っ! 話が違うではないですか……。貴方が倒れた後のことは、我々に一任すると……」
「確かにかつて、そう言ったが、状況が変わったのだ。選択の余地があるのであれば、貴様のような外道に、後など託すわけがなかろう……。色々好き放題やってくれたようだったが、何か釈明でもあるなら、聞かなくもないぞ」
「あの……その……。この私にも、すでにこの数年この国を動かしてきた実績もあります……。いくら王と言えど、そのような身勝手許されるはずが……」
「黙れっ! オデット……お前は、この場で宰相の職を解くっ! それに神官長……貴様も王宮から追放とする。かの勇者の治癒術……長年患っていた病すらも打ち消してくれたようだからな。……正真正銘、奇跡の力。かくなる上は、生かされたと思って、せめて、この国を正す礎となろうではないか。……もはや、貴様らの好きにはさせん。兵よ、この者達を拘束せよっ!」
王様がそう命じると、手近にいた兵士が恐る恐ると言った様子で、大臣の肩に手をかける。
……良かった。
この様子だと、ダメなパターンの異世界転移って感じには、ならなさそうだった。
そう思ったんだけど……。
大臣は顔中に汗をかきながら、兵隊の手を振り払う……。
「ふ、ふざけるなっ! 王よ! ここに来て、そんな綺麗事など! これまで、散々汚れ仕事を我々に押し付けておきながら、今更……聖人面など……王よ、あなたは、ここで死すべき定めなのですよっ! アレキサよ……構わん、今やれ! やってしまえっ! ワシが許す……見たのであろう? それは、そう言うことだ。さぁ……妹の仇を取るのだ!」
大臣が叫ぶようにそう言うと、若い女性の死体を見つめていた騎士長がゆっくりと振り返る。
頬を伝う涙……魂の抜けたような無表情。
「……ひぃっ」
思わず絶句する。
……なにか大切なものを失った。
そんな様子に見える……けど、何よりその目に映る……狂気の光。
思わず、気圧されてしまう。
「ユリシスよ……。なぜ、お前がここにいる……? なぜ、お前が死なねば、ならなかったのか」
誰に言うでもなく、その女性の死体を抱き上げ呟く。
「……アレキサよ。彼女はお前が望んでいた通り、殉死者から除外されるはずだったのだ……。だが、彼女はその事を知り、自分から王へ直訴し、殉じる道を選んだのだ……。つまり、お前の妹を死へと追いやったのは、王なのだっ!」
大臣がそう告げると、それまで無表情だったのに、瞬時に鬼のような形相になった騎士長が振り返る。
次の瞬間、一瞬で疾風のように、王様の前に駆け寄っていた。
「我が王よ……申し訳ありません。我がたった一度の不義を……お許しください!」
それだけ言い放つと、何の躊躇いもなく、騎士長アレキサは、手にした剣で王様を刺し貫いた――!
「……ば、馬鹿な。アレキサよ……何故、お前がこのようなことを……」
苦しそうに血を吐く王様。
まるで、時が止まってしまったように……わたしは、その光景をぼんやりと見つめていた。
……なんて事をっ! せっかくいい方向になりかけてたのに……。
まどかさんが、必死で助けようとしたのに……。
それを……っ! それをっ! なんで、こんな事をーっ!
「今の話を聞いていたのでしょう? 我が妹は此度の勇者召喚の儀に殉じました。しかしながら、私は奴隷を代役に立ててアレを救おうとしていた……。だが、王はアレに直訴されて、望むとおりにし、結果的に死へと追いやった……そう言うことですね? そのまま、共に殉じるのであれば、まだ許せたかもしれない……だが、そんな貴方が一人だけのうのうと生き延びる。それではもう、殺すしか無いではないですかっ!」
「おのれ……貴様というやつは……! この私を……裏切ると言うのか! 騎士長たる貴様がっ!」
「……申し訳ありません。何より、私は主君に生き恥をさらすような真似はさせたくはありません。貴方は、ここで無辜の民と共に殉じる……そうでなくては、皆へ示しが付きません。貴方はこの場で死して英雄となるべきなのですよ……後のことは全て、お任せください。この勇者共……せいぜい有効活用させていただきますよ」
その場の誰もが動けなくなっていた。
このアレキサの言ってることは、無茶苦茶だった……理不尽以外の何物でもない。
けど、その凶行を目にして、誰も何も出来ないでいた。
……通り魔事件とか起こって、周りに何人もいたにも関わらず、誰も何も出来なかったりするけど、その理由が解った。
目の前で人が殺される……平然と人を殺せる奴が目の前にいるって時点で、もう無理だ。
何より、あのアレキサと言う騎士は、わたし達の誰よりも強い。
……誰もこの人を止められないし、今のわたし達ではどうしょうもない。
お姉ちゃんによると、騎士長アレキサは、レベル100超え……この国最強の武人。
レベル1のわたし達では、多分相手にすらならない。
わたし達は……無力だった。
何より、わたしには、このアレキサと言う人の気持ちが解ってしまった。
身内が死んでいなくなる……。
子供の頃から、ずっと一緒だった人が居なくなることがどれだけ辛いか。
例え、逆恨みだろうが、その仇がいるならば……わたしだって、ああしていたかもしれない。
「……そうか、そう言うことか……アレキサ。だが、許しは請わない。私とて、勇者達をこの地に招いた責任がある! 何より、勇者ユズルはこの世界を救ってくれた英雄だ……その身内には、返しようのない借りがある。彼女は、私を許し、生きて償えと言ってくれたのだ! その気高き思い……決して汚させはしないっ!」
王様が剣に身体を刺し貫かれたまま、指先で印を刻むと、床に刻まれた魔法陣が再起動する。
「馬鹿な! 致命傷のはず! 何故、動ける……一体何をするつもりだ! この死にぞこないめが!」
アレキサが突き刺した剣を動かそうとしてるのだけど、王様もその腕をがっつり掴んで、動かせないでいるようだった。
「アレキサよ……私は、まだ死ねぬのだ! シズルとやら……すまないが、君の言う責任を、もはや私は果たせそうもない。だが、この馬鹿共の思い通りにはさせん! 君達をこの場から逃げ延びさせる。君ならば、この世界に真の平和を取り戻すことも出来るやも知れん……この世界の命運を……君に託してもよいかな?」
……世界の命運とか。
そんなの無茶振りも、いいところだった……けど、姉が目指したのはそれだった。
だったら、わたしもその思いを受け継ぐしか無い。
何より、それは誰か他の人に、託していいようなものじゃない。
王様の目をじっと見つめながら、ゆっくりと決意を込めて頷くと、王様も優しい目で見つめ返してくれる。
「シズル……この光景、良く目に焼き付けておくのよ……。これは、きっと忘れちゃいけない。それとゴメン……多分、これは、私の不始末が生んだ悲劇……」
「ねぇ、お姉ちゃん。わたし、どうすればよかったんだろう……。結局、まどかさんもわたしも、あの人を救えなかった……」
「……いえ、それは違うわ。シズルはよくやったと思う……。でも、こんな無茶をやらかした以上、この国は多分、おしまいだろうけどね……」
結局、わたしは何も出来なかった。
けど、あの王様の満足そうな顔を見ていると……何も言えない。
これがあの人の救いだったとすれば……あまりに悲しい結末だった。
……あんまりでしょ……こんなの。
知らず知らずに、涙が溢れる……。
王様は、じっとわたしの事を見つめると、ふっと優しい笑顔を見せる。
馬鹿っ! そんな満足そうな顔するなっ! 生きて、償うんじゃなかったのかっ!




