第四話「落日の王国」②
「まどかさん……無茶しすぎです。でも、王様もこれで持ち直した。スゴい! でも、大丈夫?」
まどかさんの背中を支えながら、とりあえず声でもかけてみる。
この場で気絶とかされたら、介抱の為に最低一人は付きっきりになる……ここで、それはちょっと勘弁して欲しい。
「ありがと……シズルちゃん。ゴメン……職業柄、死にそうな人を見ると、なんとかしてあげたいって思っちゃって……後先考えず、夢中でやっちゃった……。ふふっ、こんなところでも人助けかぁ……悪くないけど、キッツイこれ。うわぁ……目の前、真っ暗になってきた……だ、大丈夫かな? これ……」
「ホントは、こうならないようにセーブするんだけどね。多分、MP使い切ったんだと思う……虚脱って状態。まぁ、死にゃしないから、そこは安心していいと思う……と言うか、今、寝られても困るから、もうちょっとだけ頑張って!」
「……ははっ、無茶の代償ってとこか。後悔はしてないけどね……これ、貧血とかに似てるね……。ごめん、なんか視界がグルグルしてる……ちょっとだけ……休ま……せて……」
そのまま、まどかさんクタッとしてしまう。
こうなると、さすがに放り出す訳にもいかず、そのまま抱きとめておく。
呼吸も安定してるし、体温もわたしと大差ない……良く解らないけど、姉の話だと多分問題ない。
気絶して、いびきとかしてたら、マズイって聞くけど、そこら辺も大丈夫っぽい。
でも、おもたいーっ! 誰かーっ! まどかさん……わたしよりも一回り以上大きい。
それを支えようとした結果、ものの見事にこっちも座り込んで、支えきれずに押しつぶされてかけてるような状態に……。
気絶しちゃった人って、物凄く重くなるって聞いたことあるけど、これは想像以上!
このままでは、伸し掛かられてわたしも共倒れ状態になってしまう……。
お姉ちゃんは……この際、役に立たないので、助けを求めるように見渡すと、大盾持ってゴツい鎧姿になったさっきのでっかい人と目が合う。
一瞬、迷うように目線を宙に泳がせてたんだけど、意を決したように、駆け寄ってくると、軽々とまどかさんを抱き上げてくれる。
わたしは、この隙にすかさず脱出。
さっきの人……やっぱり、気にしてくれてたみたいで、いいタイミングで助けに来てくれた。
羽織ってたマントを畳んで、まどかさんの枕にしてくれた上で、壊れ物を扱うように、そっと横たえてくれる。
それなりに、応急処置の知識もあるのか、熱を計ったり、呼吸の状態を確認すると、大丈夫だよと言いたげに、こっち見て微笑む。
優しげな風貌と相まって、それだけでなんだか安心してしまう。
「ありがと、助かります」
意気地なし……とか思ってごめんなさい。
内心でそう呟く。
「いやいや、どういたしまして! ひとまず、この人……気絶してるだけみたいだね……良かった。しばらく、動かさない方が良いかもだけど。命に別状はないと思うよ。ゴメン、さっきも助け求められてるの解ったんだけど、怖くって、結局何も出来なかった……。意気地なしって自分でも解ってるんだけど……」
「気にしないのですよ。最初見て、なんとなく優しそうだと思ってたのですけど、やっぱりだったのです。あ、お名前いいのです?」
「そ、そうかい? ちょっと照れるなぁ……。ぼ、僕は熊田武夫って言うんだ。名前倒れだよね……」
「クマさんって呼んでいいです?」
なんとなく、わたし的にはぴったりな呼び名だった。
「あはは、その呼ばれ方……実は定番。もう、何が何だかって、感じなんだけど、とりあえず、よろしくね」
照れくさそうに、笑う。
なんと言うか、純朴って言葉を絵に描いたような人だった。
さっきまでは、サラリーマンっぽいスーツにネクタイだったから、どうも会社員か何からしかった。
今は、ゴッツい全身鎧を身にまとって、1mくらいあるような巨大な盾を手にしてる。
武器らしきものは持ってないけど、背丈からして、190cmくらいあって横幅もがっしり、腕も太くてゴツい手甲をしてて、凄く強そうに見える。
これ……大盾の勇者かな? 予想通りのタンク系。
年齢は、30代後半くらい? 若くはないんだけど、年寄りって感じでもない。
「その者……力を使い果たしてしまったのか。申し訳ないことをしたな……気がついたら、ぜひ礼をせねばな」
まどかさん、ファインプレイ。
王様もすっかり持ち直したみたいだった。
おまけに、おっきくて頼もしいクマさんが側に来てくれたから、イザとなったら頼りになりそう。
「……助けたいと思ったから、助けた……だそうです。本人の意志なので、気にしない方が良いと思うのですよ。けどそれだけじゃない。王様……貴方は、わたし達をこの世界に招き寄せた責任を取るべきだと思います。自分は死んじゃうから、あとよろしくって、それはあまりに無責任です。勝手に死なれたら、こっちも困る……そうは思いませんか? 少なくとも王様に死なれたら、わたし達……どんな扱いを受けるか解ったもんじゃないですから」
そう言って、デブ大臣とインチキ神官にチラッと視線を送ると、ビクッとして目線をそらされる。
典型的な後ろめたいことがある人が図星を突かれた時の反応。
姉の言う通り、こいつらはクズらしかった。
「……無責任か。そうかも知れないな……。ところで、君の名は? 初めて会うはずなのだが、どこかで会ったような気もする……」
「勇者の中の勇者、剣王ユズルの妹、シズルと申します……こう言えば、解りますかね?」
……お姉ちゃんの称号は、こう言えばハッタリ効くよって、後ろで囁かれたので、そのまま言ってみた。
けど、効果は絶大だったみたいで、兵隊やローブ軍団がざわざわし始める。
「剣王ユズル……魔王を倒した英雄か。あの者は魔王との戦いで、魔王と相討ったと聞いていたが……。まさか、彼女の身内を呼び出してしまったのか……。それは本当に……すまない事をした……。私は、さぞ恨まれていると思うのだが……どうなのだ?」
「恨んでいましたね……貴方に会ったら殺してやりたいって、思っていたほど。けど、貴方の覚悟を見たことで、そんな気はなくなりました。単純に貴方は、この世界を救いたい……それだけだったのですよね? この死んでいった人々も同じ思いだったんですよね?」
「そうだ……我々に出来る事は、もはやその程度なのだ。魔王は一人ではなかった上に、あまりに強大に過ぎた……奴等の前には、我々はあまりに無力。あれを打ち破る可能性……希望のためなら、我が生命すらも惜しくなかった。そこで眠る大勢の者たちも同じだ……。この者達は強制ではなく、自ら進んで施術者となることを志願した者達ばかりだ。そして、此度の勇者召喚に巻き込んでしまった君達……。私は多くのものに対して、償いようのない罪を犯してしまった。であるからこそ、私はそれらを一身に背負って、罪人として死ぬ……それが私なりのケジメだと思っていたが。君はそうではないと言うのか?」
「はい……少なくとも、姉はこの世界を愛していました。姉は……この世界の為に戦った。そう言う意味では、貴方と志を共にしていたと言えます」
幾度となく……元の世界に、戻る機会はあったのだと姉は言っていた。
けれども、姉は決して、その選択をしようとしなかった。
三年にも渡る長き旅、様々な出会いと別れ。
この世界を巡る長い長い旅路。
……姉は、いつしかこの世界と人々を心底から、愛するようになっていた。
であるからこそ、魔王と相対し、勝てないと悟りながらも、捨て身でこの世界の命運を繋ぐと言う選択をした。
それが姉の……思いだった。
きっと、もうこの世界では、本来誰も知ることのなかったであろう思い。
わたしには、それを告げる義務があった。
「そうか……あの者、我々のことを信用せず、好き勝手振る舞っていたように見えたのだが……そうか、世界のため……か。我々はこの国のことしか考えていなかったのだが……そもそも、器が違った。そう言うことか……。結局、我々は彼女にさしたる手助けも出来なかった。これでは、恨まれても当然だな」
「そうですね……でも、貴方をこの場で殺しても、姉は戻ってこない。だからこそ、勝手に死なれたら、困るのですよ。何より、自分の力を使い果たしてまで、貴方を救ったまどかさんの思い、無駄にする気ですか? せめて、呼び出した側の責任ってものをちゃんと取ってください。貴方は、まだ死んじゃ駄目なんですよ……生きて、わたし達の役に立ってください! それが償いです!」
そう言って、ニッコリと笑顔で締めくくる。
うしろで、お姉ちゃんがナイス! とか言ってる。
……拙いけれど、わたしは姉の残した思いを伝えられただろうか?
わたしの密かな決意……わたしは姉の遺志を継ぎたいと……そう思った。
王様も呆然と言った様子で、わたしをじっと見つめると、ぐっと目を閉じて、うつむき加減で頷く。
伝わったのかな?
……王様も自分が助けられて、その責任というものを自覚したようだった。
言ってることは凄くドライなんだけど……自分は死ぬから許してくれとか、そんな虫のいい話があるかっての!
再び、まっすぐわたしを見つめるその目は、明確な決意の籠もった目……一切の迷いも無いように見えた。
けど、これで状況が改善したかとなると、ちょっと微妙。
なにせ、状況はむしろややこしくなった。
たぶん、王様は本当だったら、ここで、そのまま死んじゃうはずだったんだろう。
それが回避された……となると、困る人が出て来る……そいつらがどう出てくるか。
……むしろ、ここからが正念場だった。




