表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/76

プロローグ「帰ってきたお姉ちゃん」①

「何処か遠い遠い……誰も知らないところに行きたいな」


 それがわたしのお姉ちゃんの口癖だった。


 お姉ちゃんは、なんでも出来るし、何をやらせても、わたしなんか遠く及ばない……。

 わたしにとっての憧れであり、未来永劫超えられそうもない目標だった。

 

 そんなお姉ちゃんがどうして、遠くに行きたいなんて言うんだろう?

 子供の頃のわたしは、いつもそう思っては、お姉ちゃんに「どうして?」って問いかけたのだけど。

 

 お姉ちゃんは、決まって曖昧な笑みを浮かべては、わたしのことを抱きしめてくれた。

 

 あの頃のお姉ちゃんの……姉の思いは、未だに解らない。 

 けれど、どこか遠くに行きたいと言う願いなら、叶ったんじゃないかって気もする。

 

 ――だって、姉は……遠い異世界にいってしまったのだから。

 

 

 

 わたしには姉がいた。

 姉……山神結弦ヤマガミユズルは、ある日突然居なくなってしまった。

 

 何の前触れも、何の痕跡もなく……。

 そんな者など、始めから居なかったように……忽然と姿を消してしまった。

 

 最後の便りは、メールでの何気ない一言。

 

「今駅だよ。これから帰るね」

 

 それっきりだった。


 姉がどうなったのかは、未だに家族であるわたし達ですら、知れない。

 

 わたし達、家族は……とても深い悲しみに包まれる事となった。

 

 そりゃ、そうだよ……。

 家族なんていて当たり前、それがある日突然、何の前触れもなく居なくなってしまったのだから。

 

 文字通り、家の中にとても大きな穴が空いてしまったような。

 そんな途方もない喪失感と、もう一度会いたい……そんな思いと共に、残された者はいつまでも待ち続ける事になる。

 

 ……姉は公式には、行方不明者扱いとなった。

 警察も必死で探してくれたのだけど、かなり早い段階で、捜査も手詰まりになってしまった。

 

 事故死とか病死なら、まだ遺体くらいは残るし、ケジメだって付けられるけど。

 ある日プッツリと何の痕跡もなく、居なくなってしまうと言うのは、思いの外辛い。


 唐突に、何事もなかったかのように、家に帰ってくるんじゃないか。

 朝寝坊してたら、普通に起こしに来るんじゃないかって。

 そして、早く起きろって、げんこつの一つでも食らって……。

 

 そんな風に期待しながら、眠りにつき、一人目を覚まして、空っぽの二段ベッドの姉の布団を見ては、ため息をつく。

 これはもう毎朝の習慣になってる。

 

 時折、姉が何処か知らない所でひどい目にあって、助けを求めてるんじゃないかって。

 そんな事も考えて、居ても立ってもいられなくなったりもする。

 

 警察も大勢の捜査員を動員し、公開捜査に踏み切ってまで探してくれたのだけど、姉の行方はまったく解らず終い。


 防犯カメラの映像や聞き込み調査でも、ほんの50m程度のカメラの死角、時間にして1-2分程度の間に、消えてしまったとしか思えない……そんな結論を伝えられた。

 

 探偵だの霊能力者を雇って調べてもらっても、結果は同じで、学校帰りの最寄り駅から自宅までの1kmにも満たない道のりで、唐突に消えてしまったとしか思えない……警察と変わりない、結果報告が返ってきただけだった。

 

 ……やがて、時が経ち。

 姉が居なくなって、3年目の冬がやってきた。

 

 当時、小学生だったわたしも中学に上がり、13歳の誕生日を迎えて、あと2年もすれば姉の年に追いついてしまうようになった。

 

 わたしも含めて、家族皆が少しづつ、姉の事を忘れて行こうとしていた。

 思い出の中の人……お婆ちゃんがそうだったように、姉もそんな感じで……わたしの記憶の一部になる。

 

 ……そんな風に思い始めていたある日のこと。

 

 深夜遅くにお風呂に入って、姉の好きだった歌を口ずさんでいたら、唐突に輪唱が始まった。 

 何事と思う間もなく、お風呂場の壁からファンタジーっぽいコスプレをした姉がニューっと現れた。


「やほー、シズルちゃん元気だったかな? お久しぶりっ!」


 第一声は、いつもどおりの軽い調子で、聞き慣れた声で……。

 挑戦的な太ツリ眉、長い黒髪を三つ編みに結って、前に持って来る……いつもどおりな髪型。

 

 何もかもが、わたしの記憶の中のお姉ちゃんそのままで……。

 

「お、お姉ちゃん?! な、なんでっ! そのカッコは……な、なに?」


 ……3年間。

 ずっと会いたかったのに……。

 

 第一声は、意外と気の利かないセリフが口を突いて出た。

 

「ああ、このカッコ? カッコよくない? これは剣の勇者の最終形態コスチュームなのよ……素敵でしょ」


 最終形態って……確かに、凄くキラキラした胸甲に、ゴッツイ大剣、ミニスカ風の何で出来てるか良く解らない、腰回りを覆った鎧。


 ファンタジー剣士でSSRとか付いてそうな感じではある。


 ……いや、そうじゃなくて、そうじゃなくてさ! 

 

 お姉ちゃんが……帰ってきた?

 ああ、もう嬉しいんだか、泣きたいんだか、良く解らないっ!


 色んな思いがごっちゃになって、もう訳が解らなくなる。 


 と言うか、そこでハタと気づいた。

 

 お姉ちゃん……壁にお尻が半分めり込んでるっ!!

 しかも、どう見ても壁を通り抜けてきたように見えた……。

 

 ……前々から、化物じみた所があったけど、これじゃ本物の化物……いや、お化けだっ!

 

 お化けなんだけど、お姉ちゃんっ!


 ……怖いんだか怖くないんだか! ああん、もうっ! 何が何だか解んないよぉっ!

 

「うわうわうわ、あうあうあう……お姉ちゃん! ユズルお姉ちゃん! 背中! お姉ちゃんの背中とお尻がぁっ!」


 わたしがそう言うと、振り返っててへぺろみたいな感じで舌を出すと、一歩前に出る。

 あ、ちゃんと全身出て来てるね……よかったぁ……。


「あちゃー、失敗したなぁ……。いきなり、ネタバレってしまったよ。感動の再会を台無しにしてしまって、スマヌ妹よ。まずは落ち着け、こう言うときは素数でも数えるといいと思うよ」


 とりあえず、深呼吸して素数を数える。


「1、2、3、5、7、11、13、15は違う……17っ!」


 現実逃避とも言う。

 指折り数えて、一生懸命計算する。

 

 その次は、19、23、29、31……ああ、素数ってなんか気持ちいいよね。


「うんうん、相変わらず、お姉ちゃんの言うことはちゃんと聞いてくれて……偉いね! シズルちゃん!」


「そ、そう? だって……お姉ちゃんの言うことは、いつも正しいからっ!」


 褒められて、思わずにへらーと頬が緩くなる。

 ああ、なんだか良く解らないけど、これは間違いなく姉だ。

 

 こんなやり取りで、確信できてしまう程度には、わたしは姉の妹なのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ