幻影
私が収監されている牢は、縦横高さ全て2メートル。
自殺防止の為だと思うが、壁、床、天井、監視窓を除いた全てが柔らかい素材でできていて、机も椅子もベッドも何も置かれておらず無論毛布も無い。
トイレは壁の一部が開いた奥にある奥行き1メートル程の小部屋の床に開いた穴。
小部屋はシャワー室も兼ねている。
所定の位置に立つと、一定時間天井からぬるま湯が落ちてくるだけだが。
食事は壁から突き出るチューブから。
チューブを咥えると無味無臭の泥状の物が口に押し込まれ、一定の量を押し込み終わると自動的にチューブは壁の中に引き戻される。
この一定量の泥状の物の中に、次の食事までに必要とする栄養と水分が含まれていた。
牢に入れられてから人の姿を見る事も声を聞く事も無い。
そんな牢獄の中にも希望はある。
直径10センチ程の監視窓から辛うじて見える、通路にある窓から見える空。
射し込む日の光のせいで昼は何も見えないが、夜、監視窓に顔を押し付けて辛うじて見える夜空に瞬く星。
何時か、何時の日か、この狭い牢獄から逃げ出して自由の身となり、広い草原に身を横たえて満天の星空を眺めるのだ。
人種差別の観点から大量虐殺を企てた男がただ1人収監されている全自動の刑務所、全てがコンピューターで制御されている。
男に生きる希望を与えている夜空に瞬く星も、コンピューターが作り出した幻影であった。