鳥籠の中の金魚。
宵闇のように妖しい黒髪に昼間に覗いた月のように白い肌・・・。
猫のように大きなその瞳は愛らしくも強者を思わせるような強い光を放っていて長く豊かな睫毛は瞬きをするごとに風が起こりそうなほど見事で血色のいいふっくらとした唇は思わず触れてしまいたくなるような艶を放っていた。
鳥籠の中の鳥・・・。
いや・・・。
その人は鳥籠の中の姫と言うに相応しい人だった。
「こんばんは」
その人はニコリとしてそう言うと鮮血を思わせる赤地の豪華な着物の襟元をちょいちょいと正し、クスリと笑った。
その美しく妖しい笑みは猛毒そのものだった・・・。
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「そう・・・。お父様の借金で・・・」
その人は私の話を最後まで聞いてくれるとそう言って私の頬に優しく触れてくれた。
私の頬に触れたその人の手は本当に綺麗で優しくて温かかった・・・。
「今・・・貴女は辛い?」
その人の言葉に私は黙ったまま小さく頷いた。
『はい』と口に出して言えば涙声になってしまいそうで怖かったし、涙を堪えることさえもできなくなってしまいそうで怖かった。
「・・・貴女・・・まだ男を知らない身体なのかしら?」
その人の質問に私はまた黙ったまま頷いた。
それなのに・・・どうして?
そんな思いが沸々と沸き上がった。
初めては好きな人とがよかった・・・。
なのに・・・。
「貴女、名前は?」
「・・・お鈴です」
私がそう答えるとその人はゆるゆると首を横に振った。
それに私は小首を傾げることしかできなかった。
「貴女の本当の名前を教えてちょうだい?」
本当の・・・名前・・・。
お鈴・・・。
それは此処・・・鳥籠と言う名の監獄に来てから与えられた源氏名だった。
なので私の本当の名前はお鈴なんかじゃない。
私の本当の名前は・・・。
「春・・・です」
私は何年かぶりに自分の名前を口にしたようなそんな錯覚に襲われていた。
此処に来てからはまだ半月・・・一週間と経っていないのに・・・。
なのにもう何十年と私は此処に・・・鳥籠の中に囚われているかのような気持ちでいる。
此処は・・・鳥籠の中は狭くて居心地が悪い・・・。
「春・・・。いい名前ね」
その人はそう言うと花のような笑みを浮かべて私をそっと抱きしめてくれた。
私はその人にされるがままになっていた。
「春。貴女がいいなら私の付き人にならない? そうすれば知らない男に貴女の綺麗な身体を渡す必要なんてなくなる」
その人のその言葉に私は『え?』と声を漏らして固まった。
本当にそんなことができるのだろうか?
「私は自分の意思で此処に居る。そして、此処の主人は私ともう一人の女郎には甘い。ちょっと頼めば貴女の付き人の件も難しいことじゃないわ。・・・どう?」
その人はそう言うとゆっくりと私を離し、私の答えを静かに待ってくれていた。
そんなその人に私は手を突いて頭を垂れ、額を畳に擦り付けるほど深く下げていた。
「お側に・・・貴女のお側にどうか私を置いてください・・・。何でも言うことを聞きますから・・・」
そう自然と口が動き、声が出た。
この人になら何をされても構わない。
出会ったばかりなのにそんなことを心の内から思ってしまう私はどうかしている。
けれど、私をそうさせているのは目の前に居る鳥籠の中の紅い姫君に違いなかった。
「軽々しく『何でも』なんて口にするもんじゃないわ」
その人は・・・鳥籠の中の紅い姫君は冷たくそう言うと頭を垂れたままの私の顎の下に指を軽く這わせ、ゆっくりとそのまま私の顎を持ち上げた。
目が合った。
それは真っ直ぐで強い光を放つ妖しい目だった。
あ・・・。
そう思う間もなく柔らかなものが私の唇にそっと触れた。
「・・・少し口を開きなさい?」
姫君のその命令に私は何の躊躇もなく口を開いていた。
少し開かれた私の口の中に入り込んできたそのヌルリとしたものに私は甘い声を微かに漏らしていた。
恥ずかしいはずなのに私は『もっと』とそれを望んでいた。
もっともっと・・・この人に・・・鳥籠の中の紅い姫君に滅茶苦茶にされたい・・・。
そんなことを思うと同時にお互いの口の中で絡み合っていたものはあっさりと引き抜かれてしまった。
私は蕩けかけたぼんやりとした頭でいろいろなことを思い、考えながら目の前に居る鳥籠の中の紅い姫君へと目を向けた。
「春。貴女は『鳥籠の中の金魚』のように無力で愛らしい」
鳥籠の中の・・・金魚?
水槽の中の金魚ではなく?
なぜ?
・・・ああ。
そうか・・・。
そう言うことか・・・。
「貴女は・・・私の苦しむ姿が見たいんですね」
私のその言葉に鳥籠の中の紅い姫君はニコリと綻んだ。
美しく冷たく愛らしく儚くおぞましく・・・。
『鳥籠の中の紅い姫君は死を呼ぶ』。
そうだ・・・。
そう巷で聞いたことがある。
その『死を呼ぶ』恐ろしい妖が今、まさに私の目の前に居る・・・。
金魚は水がなければ生きられない。
故に水を湛えることのできない鳥籠の中では到底、生きられない。
僅かな時を鳥籠の中で無様に跳ね回り死んでしまう。
それがオチだ。
ああ・・・無力だ。
その無意味に足掻き苦しむ姿をこの人は・・・鳥籠の中の紅い姫君は『愛らしい』と言って見たがっている・・・。
私に『鳥籠の中の金魚』になれと・・・。
「貴女がそれを望むのなら私は喜んでそう致しましょう」
そう答えた私の唇にまた触れるものがあった。
それは獰猛で荒々しく乱暴だった・・・。
鳥籠の中の紅い姫君は花のように儚く、見たものの心を捕らえて離さない美しい残忍な死神姫だと私は思った。




