鳥籠と言う名の監獄。
女は道具。
男は獣。
けれど、女は道具である前にバケモノだ。
ただの獣はバケモノには敵わない・・・。
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父が死んだ。
それは雪のちらつく、寒い寒い如月の夜もまだ明けきらぬうちの出来事だった。
『ごめんよ・・・』
それが父の最期の言葉だった。
なぜ、父は私に謝ったのだろうか?
唯一の肉親である私を想い、口にしてくれた有り難い言葉だと思っていた。
そう。
男たちが家に来るまでは・・・。
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「お鈴! 何をボーッとしているんだいっ! 早く支度をおしっ!」
「は、はいっ! 申し訳ございませんっ!」
突如、耳を突いたその怒声のような叱責に私はビクリと身体を強張らせ、クスクスと笑う辺りの声を聞きながら鏡へと向き直り、そこに映り込んだ不安そうな顔の私をじっと見つめ見た。
『ごめんよ・・・』
不意に父の最期の言葉がぼんやりと甦った。
その言葉は私を想っての言葉などではなかった。
その言葉はそのままの懺悔の言葉だった・・・。
父は私の知らぬうちに多額の借金を拵え、抱えていた・・・。
私はその多額の借金を返すために此処・・・遊郭に売り飛ばされた・・・。
産まれて此の方、男を知らない私だ。
それどころか恋などと言うものさえも知らない私だ。
そんな私がどうして・・・。
この頃の私は死んだ父を悼むよりも憎んでしまっている。
唯一の肉親と言えども所詮は自分以外の人間は他人と言うことだ。
「ちょいと! お鈴! アンタはなんでそんなに段取りが悪いんだい!?」
また耳を突いたその叱責の声は先程よりも感情的だった。
私はまた『申し訳ございません!』と言葉を発してできるだけ早く、手を動かした。
そんな私をクスクスと笑う声は途切れない・・・はずだった・・・。
先程までクスクスと笑っていた多くの笑い声が水を打ったかのように静まり返ったのを私は不思議に思いつつ、おずおずと後ろを振り返り、息を呑み込んだ。
「また見るからに使えなさそうな『コマ』が入ってきたじゃないかい」
コマ・・・。
その言葉が一体、誰のことを指しているのかはすぐにその鋭い視線の先からわかった。
コマ・・・つまりそれは私のことだ・・・。
私のことを『コマ』と言ったその人の唇には真っ赤な紅がこれでもかと引かれていてその真っ赤な唇は艶かしく歪んでいた。
「黒姫姉さん。おはようございます」
誰かがその人をそう呼んだ。
そう呼ばれたその人・・・黒姫さんはクスリと笑って私の前に立ちはだかり、虫けらでも見るかのような目付きで私を見下した。
「アンタ、名前はなんて言うんだい?」
黒姫さんのその言葉に私は悩み、戸惑った。
この人は・・・黒姫さんは私のどちらの名前を訊ねているのだろうか?
「・・・アンタ・・・まさか私の質問に答えないつもりかい?」
「い、いえ! ち、違います! そうではなくて!」
怒りを含んだ黒姫さんのその声は低くて怖く、私は慌てた。
答えないつもりではない。
ただ、どちらの名前を答えていいのか悩んだだけだ・・・。
それなのに・・・。
「もういいわ。アンタのこと、嫌い」
黒姫さんはそう言うとふんと鼻を鳴らして店の奥へとその美しい姿を消して行ってしまった。
黒姫さんの姿が見えなくなるとクスクスと笑う声は聞こえないもののそこかしこからヒソヒソと何事かを囁き合う嫌な声が聞こえてきた。