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跋ノ文

長らくお待たせ致しました!

ようやく完結です。

前三話では「僕」が主人公でしたが、今回は目線を変えて……。

NEKOらしさある作品となりました。

どうぞお楽しみ下さい!

文学的な人生なんて歩まないに越した事がない。

例え、ヒーローになれるとしても、平凡な生活を選択するべきだ。

日常で血の池を目にする事はまず無い。

人の血で真っ赤に染まった万能包丁を目にする事はもっと無い。

そして、その万能包丁で手首を切り落とされる事は絶対に無い……だろう。

これは日常で全てに遭遇した子供の後日譚。


本当の父親など知らない。

普段良く見ていた大人は恐ろしく容姿端麗な女性一人と救いようもないほど醜男一人だった。

当時はそんなこと思っていなかったが、亡くなってからその姿の美しさと醜さに驚いたものだ。

私に彼女の血は流れていても、醜男の血は流れていないと知った時、大いに喜んだものだ。

それは同時に、未成年殺人として前代未聞、空前絶後の大事件の犯人である者の血が流れていない事と同義だったからである。

犯人の少年は異母兄弟。

つまり、醜男の息子という事だ。

初めて出会ったのは醜男の家。生まれたときから住んでいた家からの引越し先であった。

目の前で起こっている出来事の理解が出来るような年齢じゃなかったが、あの日の緊迫感は覚えている。

醜男が愛人とその子と暮らす為に自分の妻と息子を追い出そうとするやり取りだ。

幼いながらも尋常じゃない雰囲気を感じ取っていた。

結局、その日は何の争いもなく円満に解決したように見え、当初は何の被害も無かったわけだ。

その後、醜男の妻は目にした事ないが、息子はたまに家に遊びに来た。

仲良くボードゲームで遊んでもらっていた。

その当時は本当の兄の様に慕っていた。

醜男の息子のくせにルックスは平均以上。

好みならイケメンと称されても不思議ではなかった。

見た事がないから分からないが、母親に似たのだろう。

どうしてあんな醜男が母含め、美人美女とお付き合い、結婚出来たのか。

相続した遺産の額を聞くまで全く分からなかった。

広々とした新居で”きょうだい”と過ごした日々は楽しかった。

事件が起こるまでは。


あの日は平日だったが、母と醜男は家にいた。

昼間、小学校から帰ると、大人の寝室から木が軋む様な音が聞こえた。

入ってはいけないと教育されていたので気にする事なく自室に向かった。

寝室の隣にある子供部屋。

壁の向こうから奇妙な声も聞こえるが気にならない。

というより、その日は気にしている場合じゃなかった。

扉を開けた刹那、目に飛び込んで来たのは血の海。

その海で溺れる”きょうだい”。

そして。

海を見下ろす、手も服も顔も真っ赤に染まった兄。

その手には真っ赤に染まった万能包丁。

「おかえり」

何が何だか分からぬままに。

返事をしようかするまいか。

我に返らせたのは左手に走る痛み。

あまりの激痛に倒れる。叫ぶ。

が、首を絞められ、声が出ない。

息が出来ない。

左手を足で踏まれて痛い。

それでも声は出せない。起き上がれない。

兄は左手首に何度も何度も万能包丁を振り下ろす。

何度も何度も何度も。

痛い痛い痛い。息が出来ない。

刃こぼれしてまともに切やしない。

今度はノコギリを扱うが如く、挽く挽く挽く。

聞いたこともない、硬いものが削れる音がする。

嫌な音が消えたある時、一切の痛みが消えた。

息も出来る。

荒い呼吸と朦朧とする意識の中、視界には赤い塊を口にする兄を見た。

「あははははははははははははははははははハハハハハハハハハハハハハ……」


暗転。


そこは白い部屋だった。

機械音がいくつも聞こえる。

辺りには白に映える黒色を纏った大人と白に同化する大人たちが何人もいた。

「ーーーちゃん!ーーーちゃん!」

私は左手首を代償に、一生残る数々の切傷きず心傷しんしょうせいを得たのだ。


事件の概要を知ったのは退院直前だった。といっても、その概要は警察や報道などといった「当事者ではない全くの第三者が主観を織り交ぜたにも関わらず客観を名乗るもの」であり、とても事件の真実なんかではなかっただろう。

警察、報道が世間様に知らせた内容である。

犯人は未成年。事件被害者は五名。

一人の少年によって殺害された人数は三名。

遺体は身元が判別出来ないどころか、性別すら分からないほどバラバラな状態に切り刻まれていた。

現場に残されていた遺体からは確かに犯人の父、母、そして父の愛人の三人分のDNAが検出されたが、明らかに三人分の量では無かった。不足分がどこへ隠されたのか捜査中。

他二名は意識不明の重体。

一名は拷問されたかの様に身体の一部が完全に切り刻まれていた。

が、明らかに現場に残っていたものは損傷部位より少なかった。

不足分がどこへ隠されたのかこちらも捜査中。

(先日意識を取り戻したが、世間には公表せず。)

一名は急所から外れた場所を綺麗に一刺しされており、発見当初、血の海に溺れていた。

事件から数日経った後も未だ生死を彷徨っている。正直なところ意識が戻る可能性は低く、例え意識を取り戻したとしても、障害が残る可能性が高い。

事件発覚は犯人自らの通報だったが、具体的なものではなく、ただただ笑い声が五分間に及んで続いていた。発信源を割り出し、念の為、付近を巡回中の警察が駆けつけてみると大惨事どころではなかったという訳だ。


結局、私の左手首の大半や遺体の大半は見つからなかったが、犯人の物的証拠、状況証拠、動機等々が明確で、捜査継続の必要なしとされて事件は終わった。

前代未聞や空前絶後と騒がれて、テレビやネットの餌食になったが、幸い優秀な警察の情報統制のおかげで大きな被害に遭うことはなく、次第に世間から忘れ去られていった。

両親を失った私は母方の祖母に預けられた。

父方の親戚は少し前の内乱事件でみんな亡くなっており、話にも挙がらなかったが、仮に生きていたとて自分の左手首を切り落とした親族に育てられたいとは思わない。

白い三角巾と仲良く過ごした小中高生時代は、事情を聞かれたら嘘をつかないで、且つ本当の事を言わずに答え、たまに噂になったが、特に大きな影響はなかった。

左手首のない影響を強いて挙げるなら体育の成績がオールCのギリギリ及第だったぐらいか。

幼い頃の生活環境によりテレビゲームを知らずに育ち、知ってる遊びであるテーブルゲームは流行らない。

外で駆ける事が出来なかった私は読書と勉強に陶酔した。

ただでさえ五体不満足なのだから頭は鍛えておかないと。

どちらかというと子供に好まれない読書。大半の子供が嫌う勉強。

何故、陶酔出来たのか。

逆を考えてみると分かりやすいかも知れない。

何故、子供が好むものに陶酔出来なかったのか。

それは普通の子供が体験出来ない、所謂、非日常が日常にあったからだ。

生か死か。

そんな地獄から生還した私にとってこの世の全てが楽しかった。

と、同時に作られた被造物にのめり込む必要が無かった。左京に通い始めてすぐ。育ての親である祖母が亡くなって独り身になった。

学費は免除になっている。生活費は日々のアルバイトで賄える。

一番巨額である”きょうだい”の医療費も遺産なんかでどうにでもなる。

どうせ目覚める兆しもない。現状維持以外する気はない。

だから幸い、金には困っていない。

いつ一人になっても困る事が無いように育てられてきた。

祖母を亡くしても、変わる事なく生きていくだけだ。

ただ、独り身になって思った事がある。

まだ何も終わっちゃいない。むしろ始まったばかりかも知れない。

私はあの人にもう一度会わなければならないと思った。

会って話をしなければ。

”兄”に。


白い部屋。

柵に囲まれた個室に一人の男性が座っている。そこに一人の容姿端麗な青年が現れた。

「やあ、久しいね。」

男性の呼びかけに、青年は一切答えようとしない。青年はどう答えれば良いのか分からなかった。

首から下げた三角巾。

目の前の者がこの左手首を切り落とした。

目の前の者が母を殺した。

なのに不思議と恨みは無かった。

本当に、どう接したら良いか分からなかった。

青年の沈黙が当たり前かのように男性は続けた。

「ねぇ。教えてよ。『幸福』とは何だと思う?……答えてくれないのか。君なら教えてくれると思ったのに。信じていたのに。」

青年は黙ったまま男性を見つめた。突然の質問に驚きながらも頭を回転させた。

「幸福」とは。

目の前の者に、”兄”に両親を、左手首を奪われなかった人生は果たして「幸福」だったのだろうか。

目の前の者に、”兄”に両親を、左手首を奪われた私の人生は「幸福」では無かったのだろうか。

考える青年のその瞳にはなんの感情も宿っていないように見えた。

「僕は思うんだ。」

男性は青年を指差す。

「『幸福は脆くて儚い砂の城』だと……。貴様は僕の家に引っ越してきた当時から知っていたはずだ。分かっていたはずだ。そう、貴様はあの頃から頭が良かった。」

指を指されたまま青年は黙っていたので、男性はさらに言葉を重ねる。

「貴様の母に歩み寄る父と貴様の母を結んだのは貴様だったのだろ。父に戸建てへの引越しをせがんだのも貴様だった。確かにあの頃、母は壊れた。だがそれは父が母を捨てた理由では無い。父は確かに母を愛していた。壊れただけで捨てるような奴ではない。貴様が……貴様が……。だから僕は貴様から奪う事にしたんだ。まずは壊れた母を楽にしてあげて、自らの中に取り込んだ後、貴様の両親を殺し、喰う事で取り込み、魂は貴様に残さない。本当は”きょうだい”も奪うつもりだったが、少し誤算だった。絶対では無かったから、絶対であった事を優先して、貴様の『己』を表す左手を切り落とし、奪い、取り込んでやった。全ては、全ては貴様のせいだ!」

男性と青年が睨み合う。

「僕の『幸福』という名の『砂の城』を攫っていった波は貴様だ。」

沈黙。

男性と青年が睨み合う。

そして、ようやく青年が口を開いた。

白い部屋に入ってきて初めて発する言葉。

「私は母を愛していた。子供ながらに愛していた。だから近づいてくる醜男から、兄さんの父から母を守りたかった。本当の父親など知らないが、私と母と”きょうだい”に父はいらなかった。私に力が無いのなら自滅してもらおう。社会的に殺してやろうと思った。兄さんの母親に殺してもらおうと。なのに……なのに!兄さんの母親は壊れていた。結局、母は醜男のものになった。私は母を守れなかった。そして最後は兄さんに、醜男の息子に!私は母を奪われた。与えられたものは身体中に一生残る数々の傷跡と母のいない人生だった。」

一拍。

「左手なんてどうでも良い。”きょうだい”なんてもっとどうでも良い。ただ、私は母を……母を守りたかっただけだった。」

大きく息を吸う。

冷たい空気が動くのが分かる。

「『幸福は脆くて儚い砂の城』ね……。私の『幸福』という名の『砂の城』を攫っていった波は……波は兄さんだ。」


私の言葉を最後まで聞き届けた兄は片口角を上げて微笑むと、大きく口を開けた。

「や……やめろ!」

私と同じ部屋にいた職員の制止虚しく。

兄は自らの手を呑み込むように咥えた。

刹那、喀血した兄を私はガラス越しに見下していた。

慌ただしく人々が動き回る音は、まるで浜辺に繰り返される波音のようであった。

解説という形で残そうか。

それとも、感想という形で残そうか。

まぁ、混同という事で。

完結話「跋ノ文」ですが、この話の主人公は前作の事件で幸か不幸か生き残った被害者の一人です。

その人物から見た「僕」や事件までの色々、そして事件後。

前話まででは描かれていなかった事件の概要や、詳細な様子が描かれており、救いようも無い駄文であれ、滾ったものです。

最後は二人の主人公が「幸福」に関する問答を行う。

二人のすれ違いがなかなかでしたね。

結末としてはNEKOらしさの塊でしたね。

私は彼の描く世界、好きですよ。

最後になりましたが、ここまで本文、そしてあとがきを読んでいただきありがとうございました!

(御宝候 ねむ )

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