下ノ終
完結なのか何なのか。
お楽しみに!
僕は決して聖人ではない。そして絶対的善人でもない。
母を捨てることも考えた。母は朝起きると、僕の用意した朝食を食べ、また寝る。
再び起きるのは夜。基本的に昼間は寝ている。
たまに起きたとしてもろくなことをしていない。もちろん職はない。
母は恐らく旧家の位置を認識していないし、僕の勉強小屋の場所は知らない。
今の母は僕がいないと間違いなく生きていけない。
つまり、僕が帰らなければ・・・・・・・。
悪魔の声を僕は振り払った。
僕は母を捨てる事なんて出来なかった。
今、自分に出来る最善のことは何か。それは母を病院に連れて行くことだ。
しかし、そんな事が出来るほどお金にゆとりはない。
その原因も母である。
生活費は父から家に送られてくる、はずだった。
しかし、一銭も送られてきていない。
旧家に行ってさりげなく確認したが、送ったかのような口ぶりだった。
どこへ行ってしまったのか。
行き先はすぐに分かった。母が全て使ったのだ。
ある日、家に帰ると鼻を刺すような強烈な匂いに襲われた。
急いで匂いの元へと行くと、そこに母がいた。
「あの人は私が美しさを忘れたから……。綺麗になれば。綺麗になれば。」
見るからに高価そうな化粧水やら香水やら。
「母さん……何やってるの?」
すぐには答えなかった。聞こえていなかったんだと思う。
自分が呼ばれた相手の母親である事を否定する為に無視した訳ではない。
「ねえ、母さん!」
叫ぶように呼びかけて、母はようやく振り返った。
「あなたはどなた様?宅配便の方かしら。ダメよ、勝手に人のうちに上がっちゃ。」
僕は家を飛び出した。
向かった先は旧家。父の待つ場所。
生活費の渡し方を変えてもらう為だ。しかし、父は聞く耳を持たなかった。
ならば、と前借りを頼んだ。
「なんだ。お金足りないっていうのか。何に使うんだ。」
「今月の食費と母の病院代です。」
正直に答えたら前借りなんてさせてくれないと思った。それでも、僕は父を少しだけ信じた。
その信用は秒で裏切られる事となる。
「この前渡したばかりだ。どうせあいつが無駄遣いしたんだろうけどさ。お金使いの勉強だ。無駄使いしたら日常の他のところから削り出せ。」
そう言われても、本当に一銭もない。父から十分な生活費の支給があると聞いていたので、引っ越してから今まで僕の貯蓄を割と大胆に切り崩してきた。
明日の食事もない。
「あぁ、それと。あいつの為に金を使うのはやめなさい。お前の為に生きなさい。ほら、早く帰りなさい。」
言動不一致。僕の食事も用意できない状況にあると伝えても、父は助けようとしてくれなかった。
母について出ていった僕がバカだった。
そんな僕を父は見捨てたのだ。彼にとってもう僕は息子ではない。他所の子だ。
何もかもがどうでも良くなった。
母親?知った事じゃない。父親?誰だよ。
僕は一体何者なんだろうか。
”親”のいない僕は、何者でもなくなった。
何者でもない僕は自由だ。
自らの責任の元、僕は僕の為に、僕の幸福のために行動する。
記憶は途切れながら残った。
旧家から家への道。家の台所。寝室。家から旧家への道。旧家の扉。旧家の部屋。僕の部屋。父の部屋。
はっきりとした記憶を取り戻した時には全て終わっていた。
自分の目の前に広がる鮮血の池。
浮かぶ肉塊。
自分も血まみれだった。全て他人の血で。
右手には真っ赤に染まった包丁。
自分のやった事を理解した。なのに全く後悔の念がない。笑みが、笑みが止まらない。
「あはははははははははははははははははははははハハハハハハハハハハハハハハハ」
119と押された真っ赤な携帯を耳元に押し当てながら笑い続けた。
白い部屋。柵に囲まれた個室に一人の男性が座っている。そこに一人の青年が現れた。
事件から数年後。事件被害者は五名。その事件で、一人の少年によって殺害された人数は三名。
身元が見た目では分からないほどバラバラにされていた。
他二名は意識不明の重体で、一名は未だ意識が戻らない。
「やあ、久しいね。」
男性の呼びかけに、青年は一切答えようとしない。それが当たり前かのように男性は続けた。
「ねぇ。教えてよ。『幸福』とは何だと思う?……答えてくれないのか。君なら教えてくれると思ったのに。信じていたのに。」
青年は黙ったまま男性を見つめる。その瞳にはなんの感情も宿っていない。
「僕は思うんだ。」
男性は青年を指差す。
「『幸福は脆くて儚い砂の城』だと……。」




