中ノ巻
ある事件をきっかけに人生が変わり始めた「僕」。
新たな生活が始まった。
母の荷物含め、荷物まとめは僕一人で終わった。
まとめている間、母はどこかに消えていたから誰にも邪魔されることなく、誰も手を差し伸べてくれることもなく、孤独な作業だった。
荷物運びは父が手伝ってくれたので、あっさり終わった。一体父は何を感じて母と僕の荷物を運んだのだろうか。どれだけ考えても、父ではない僕には理解できない。
母は与えられた新たな家に寝ていた。どういう経緯でここまでたどり着いたのかは知らない。父がどうにかしてくれたんだと思うことにした。
全ての荷物を運び終え、僕と父は向かい合う。
「じゃあ、またな。」
父の満面の笑みが憎い。僕は怒りに飲み込まれないように微笑んで、別れの言葉を絞り出した。
「うん。また。」
父の姿が見えなくなってから僕が感じていたのは、もちろん新しい生活への期待などではなく、父への怒りでもなく、息子の名前さえ覚えていない母との二人暮らしへの不安と絶望だった。
心の奥底から後悔の念が込み上げてくる。
まだ間に合うかもれない。
僕は走り出していた。走りながら考えていた。
やはり父と暮らす方が良かったのではないか。考えて考えて、考えれば考えるほど自分は間違えていたと思ってしまう。
なのに、僕は立ち止まって、振り返る。
僕は考える事をやめた。
引っ越してからしばらくは新たな家に帰っていた。
しかし、僕のことを忘れ、変わってしまった母と生活するのは予想以上に厳しかった。自分自身は別に母がいなくとも生活できてしまうので、僕はだんだん家に帰ることなく、学校の近くにある勉強小屋に帰るようになった。
多いと週に一回くらいは旧家にも行く。大人二人は歓迎はしないものの拒みもしない。少なくとも、子供二人は喜んでくれる。
それが本心からかは知らないし、知りたくもない。考えたくもない。
子供二人とは遊んで過ごす。トランプゲームやオセロ、将棋、チェスなどなどテーブルゲームが主で、テレビゲームは絶対にやらない。良い教育だと思う。
テーブルゲームは時代が変われど、人間関係で重要になる。しかし、テレビゲームは一時の流行以外の何物でもない。
別にテレビゲームの全てがマイナスというつもりはないが、テレビゲームに時間を割くならテーブルゲームをやったほうが良い。将来の為になる。
しかし、そんな日々はすぐに終わりを告げた。そう、母が原因だ。
毎晩、旧家を探すようにウロウロするようになった。
しかし、だいたい向かう先は真逆。訳の分からないところへと向かっていく。
側から見れば徘徊人だ。
ある日、勉強小屋にいた僕の携帯電話が鳴り響いた。
表示を見ても誰からか分からなかった。出てみると、相手は警察だった。
どうやら道端で怪しい行動をしていた母を保護したそうだ。母の持っていた携帯電話の履歴の一番上の番号にかけたら僕にかかったそうで。
父にかからなくて良かった。面倒な事になっていたかもしれない。
母の訳の分からない行動に対して呆れる前に、面倒な事にならなかった事への安心が先に浮かぶ時点で、僕の感覚は既に麻痺していた。
電話の用件は、迎えに来て欲しいとの事だった。ここで初めて迷惑な。っと思った。しかし、そんな事も言ってられない。
仕方なく迎えに行った。僕が到着すると、母は警察官三人に囲まれ、何やら譫言を繰り返していた。
「くらーい、くらーい。もう帰らないと。帰らないと。」
母を迎えに来た僕の姿に警察官一同、驚きを隠し切れていなかった。電話口では大人だと思われていたようだ。声変わり後の男児なら別に有り得る。
「君・・・。大丈夫かい?」
母を引き取り、帰ろうとした際に声をかけられたが、その質問の意味はよく分からないまま、作り笑顔で返事をして僕は去った。
帰り道では父の名前を突然唱え出したり、僕にひたすら謝ったり。とにかく挙動不審だった。
しかし、そこに僕の名前が出てくることはなかった。
僕の心の後悔は日に日に大きくなっていく一方だったと思う。父達の暮らす旧家は常に笑顔が溢れている。
僕はいつの日か笑えなくなった。笑いたくても笑えない。かつて笑っていたらしいから笑顔を知っているし、笑顔だけなら出来る。
それでも周りの人々に冷めてる、反応が薄い、クールと言われることが増えた。
母が警察に保護された日から毎日まっすぐ家に帰るようになった。それでもたまに間に合わない日がある。
夜、家に帰ると母がいない。そんな日は町中走り回って探す。携帯電話を持っていると分かっていたらで電話をしながら走り回る。
大体一時間以内には見つかる。精神的、肉体的疲労は溜まっていく。
いつの間にか母と父の離婚は成立していて、両親とも他界してしまった母の親族は僕のみ。もう父に母を助ける義務は一切ない。
もうこんな生活耐えられる気がしない。
次回完結の方向で頑張ります。