上ノ話
なんか川柳じみてるよね、作品タイトル。
語呂が良い。数回なら唱えても飽きないね。
という事で、楽しんで下さい。
(今回のあとがき、何やら気合が入ってるので是非読んでね☆)
僕は君に問うた。
「幸福」とは何か。君は答えてくれなかったね。
君なら教えてくれると思ったのに。信じていたのに・・・。
僕は平凡だ。
母と父、親子三人で特出するようなこともない生活を送っていた。
不自由なことは適当にしかなく、普通だからこそ幸せだったんだと思う。
ならばこれ以上語ることはない。だが、僕は語る。普通じゃなくなったからだ。変わってしまった。
避けられないことだった。それでも避けたかった。起こらないで欲しかった。大きな事件事故は人を変える。あの事故から両親は変わってしまった。
世紀始めの大殺戮。世間から忘れられようとしていた頃から呼ばれるようになった。
被害者二万人弱。死者千人超もの被害があった「首都革命事件」。
首都に本部のある宗教団体「首都革命」が首都ハブ駅で起こした内乱事件だ。
首都革命の教えはたった一言。
「教祖は神の子孫である」だ。
一言故に、この一言は絶大な力を持つ言霊と化す。
教祖の言うことは絶対に従う。何故ならばそれが正解、それが正義、それが神の意思だからだ。
結論から言おう。
物事を最も早く理解してもらう方法は結論から言う事だ。
僕の親族の大半はこの事件の犠牲者となった。
この事件が起こった日、不幸にも親族が現場に集まっていた。
親族で食事会を行う予定だったからだ。
父方、母方双方の親族一同が駅に集合して、電車で会場に向かおうとしていた矢先だったようだ。
僕らは現場にいなかったから詳しい事は分からない。推測で物言うしかない。
一部の人間は予定があって出席しない、または途中参加の予定だった。
僕ら家族三人は後者に当たる。故に親族たちと一緒ではなかった。
正服に着替え、会場に向かっている途中に事件のことを知り、会場への周り道を探っていると、突然両親の携帯に警察から連絡が来た。
そこで親族一同が亡くなった事を知らされた。
身元の確認は取れているが、念のために親族の確認が欲しいとの事だった。
まさか食事会の為の正服が喪服へと姿を変えるなんて思いもしなかった。
親族の安置されている場所までは三人で向かったが、僕は建物の前で警官に止められた。
子供には刺激が強いものなのだろう。両親も見せたくなかっただろうし、ここは素直に従うべきなのが子供。
しかしながら、見下されているようで気に食わなかった僕は同行を申し出た。
いくつかの問答ののち、大人は道を開けた。建物の中を警官に連れられて、ついていく。
引き戸の前をいくつも通り、ようやく辿り着いたその扉の奥からは、嫌な気配が漏れ出ていた。
警官は扉を開ける前に僕と両親を順に見る。
何か声をかけるか迷った様だったが、結局何も言わずに扉を開けた。
中の部屋には真っ白な壁と真っ白な布を掛けられたモノがあった。
警官は一人一人掛けられた布を取って、両親に確認してもらう。途中、母が泣き崩れてしまい見ているのが辛くなった。
初めて見る生の遺体は安らかに寝ているようにしか見えず、僕の心は全く動じなかった。
涙の出てこない僕はやはり状況理解能力の低い子供なんだろう。
それでも何も思わなかった訳じゃない。
必死になって守ってきたはずの命なのに、こんなにも簡単に失われてしまったんだ。
ならば、僕らは何の為に命を守っているのか。生命はその存在意義を考え始めると不必要なものに思えてくる。
遺体の前でそんな事を考える僕は人間失格なのだろうか。
覚束ない足取りで僕らは家に帰った。
泣き疲れたのか、母はすぐに寝てしまった。時刻は午後八時過ぎ。夕食はコンビニ弁当で済ませ、少し早いが父と僕も眠りについた。
こういう時は寝れないものなのだろうか。それともあっさりと寝られるものなのだろうか。
もし前者なら、僕は異常なのだろう。自室の隣に位置する、両親が眠る寝室から聞こえる物音を気にすることなく、僕は深い眠りに落ちた。
翌日。僕と父が起きても母はまだ寝ていた。
起きるまで起こさない方が良い。それが二人で出した結論だ。
平日だったが、僕は学校に連絡して休むことにした。別に行けないこともない。
行きたいくらいだったが、担任に事情を説明したところ、向こう側からゆっくり休むように言ってきた。ならば休ませてもらおう。
父も会社に連絡したところ、僕と似たような事を上司に言われたそうだ。
昨晩から今朝にかけて、現在進行形で報道が事件についての情報を伝えている。
だが、同じ事を言葉を変えて繰り返すだけで、知りたい事は何一つ教えてくれない。
興味のない大事件の報道を連日やっていた時には全く感じなかったが、いざ関係のある大事件の報道をされると、報道の無能さを感じざるを得ない。
もっとも、僕自身は報道に対して何も貢献している覚えはないので、こちらは何もしないがさっさと情報をよこせというのもおかしな話な訳だが。
僕がのんきに無能な報道番組を見ている間、父は色々な所に電話をしていた。相手は恐らく、親睦会に参加していなかった親族だろう。
数はそんなに多くないものの、心配や慰めの言葉をお互い掛け合い、一つ一つの電話が長くなった関係で昼頃まで続いた。
家にあったもので簡単に作った昼食を食べながら、電話のやりとりで決まった今後の事について話をされた。
午前中の電話の相手は生き残った親族だけじゃなく警察も含まれていたらしい。
全ての遺体の司法解剖が終わらない限り火葬が出来ない。それは恐ろしく時間のかかる事だという事は言われずとも分かる。
そこで、親族としての葬式は行わない事にしたらしい。
その代わり、警察側が一週間後に慰霊祭というのか、集団葬儀というのか、犠牲者を追悼する会を行うから、そちらに親族一同出席する事にしたらしい。別にその決定に対して僕が意見するほど僕は親族の皆様思いじゃない。
見送る心があるなら形はどうであれ良い。
この日は勉強する気も昼寝する気も起こらなかったので、無意味極まりない「一日中ボーッとして過ごす」という選択をした。この日、結局母が起きる事はなかった。
翌日。誰かの叫び声で目が覚めた。ここ最近の中で最悪な目覚めだ。
視界は暗い。時刻は二十八時、元い。午前四時。深夜なのか早朝なのか微妙な時間帯。いや、早朝である。
目をこすりながら徐々に正気を取り戻す。この叫び声は一人のものじゃない。
何と言っているかは聞き取りづらかったが、自室の扉を開けたらはっきり聞こえるようになった。
その声は隣の部屋から聞こえてきていたのである。
「みんなの所に逝くの。離して。離して!」
「ダメだ。落ち着け。早まるな。それを離せ!」
「嫌だ。いやだ、イヤだ、嫌だ!死なせて。お願い。死なせてよ!」
「死なせるはずないだろ。だから冷静になれ!」
「殺して。ねぇ、殺してよ。私を殺してよ!」
その声の恐ろしさに、僕はすぐに扉を閉めて、耳を塞いでしゃがみこんだ。
こわい、コワイ、怖い。その感情に合理的な理由なんてものはなかった。
気絶したのか、はたまた眠りに落ちていたのか。
世界は明るくなっていて、いつの間にか僕は床に横たわっていた。
叫び声はもう聞こえない。解決したのだろうか。
再び扉を開けると、居間のほうから料理を作る音が聞こえてきた。母なのか?まさか父が?
僕の父は料理が出来ない。昨日の三食も僕が適当に作った。
こんな時に新たな事を始めようとするのか。いや、するのかもしれない。
恐る恐る居間に足を踏み入れ、隣接する台所を覗くと、そこに立っていたのは二日ぶりに姿を見る母だった。
しかし、明らかに今までの母とは様子が違っていた。
台所のそんじょそこらに食品が散らかり、流しには汚れたフライパンや鍋が積まれている。
そんな中、平然と母は何かを作っていた。
それが元々何だったのか分からないほど真っ黒に焦げた何かを。
母は僕を見た途端、表情が笑顔から困惑を通り越して不審者を見るような表情へと変わった。
僕は母が発するであろう言葉が予想出来た。
しかし、それは最悪の予想であり、絶対に母の口から聞きたくない言葉だ。
直感はよく当たる気がする。もっとやさしい世界に生まれたかった。
「あなた……誰?何で家に入れたの?誰?」
母は自分の子供に対してそう告げた。
何年も育ててきた自分の子供である。知らないはずがない。普通ならば。
しかし、今は普通ではない。
僕の予想は一つの根拠から浮かんだものである。「心的外傷後ストレス障害」という障害がある。
別に詳しいわけじゃない。
この事件のことを聞いて真っ先に僕が考えた事、それがこの事件の生存者のこの先である。
生き残ったのは良いことかもしれないが、今回の事件は間違いなく心の傷として残る。
それが何も影響のないものだとは到底思えない。
だから被害者の中に心的外傷後ストレス障害なるものになる人がいてもおかしくないと僕は考えたのだ。
母がこの障害に当たるのかは分からないが、間違いなく記憶を失っている。
正直ショックだった。
我を失っていないところを見ると、自分の名前や言葉など日常的な記憶は残っている。
つまり、消えた記憶は非日常。
息子である僕の存在は母にとって非日常のものだったのだ。
毎日話していたのに、一緒に生活していたのに、実の子供なのに。
母の中に僕はいない。
父はこの現状を把握しているのか。母に背を向け、父の部屋へと急いだ。
しかし、そこにあるべき姿はない。
あったのは醜く積まれた段ボールの山のみ。全てが一か所にまとめられていた。
昼頃。父は帰ってきた。
それまでの間、僕は母と一緒に居られる自信がなくて、自室に一人静かに籠っていた。
家のドアが開く音が聞こえたので部屋を飛び出したのだ。最初は母が家から出て行ったと思ったからだ。
しかし、母は玄関に立っていた父、そして、見知らぬ一人の女性と二人の子供と向かい合っていた。
僕が何か言う前に、父は口を開いた。
「彼女はな、私の愛人だ。もう婚約済み。母さんとの離婚が済み次第すぐに結婚するだろう。と、いう事で、母さん。早く出て行ってくれ。お前の為の家は用意しておいた。明日までに荷物をまとめてくれ。」
この人は何を言っているんだ。すぐには状況を理解出来なかった。
「お前はどうする?母さんと出て行くか?二人までなら十分暮らせる広さだと思うぞ。それとも私とこの家に残るか?好きな方を選んで良いぞ。……良いよな?」
父は愛人と紹介した女性とその子供と思われる二人を見て確認した。
「えぇ。とても賢い子だそうで。うちの子二人に色々教えてくださると助かるわね。別に強制はしませんけど。」
微笑みながら答えたその女性を美人だと思ってしまった自分が憎い。
父よりも僕との方が歳が近いのではないだろうか。そして何より美人。
モデルとかアイドルと言われても疑わない。
そんな人の子供だ。二人とも美形だ。
正直この家に残りたい。
愛人さんと子供が美人で美形だからではなく、育ってきたこの家に残りたい。
しかし、それは母を一人にする事。事件のせいで心神喪失状態とも言える母を一人にするという事。
二人での生活は今まで以上に辛く、想像以上に大変なものだろう。
残ることを選ぶのが賢明な判断だ。しかし、母を一人には出来ない。
この家での生活は多少の山谷あれど、今後も幸せだろう。
しかし、僕に幸せを取るという選択肢は無いに等しい。
これから僕が背負うものは本来なら父も背負わなければならなかったもの。
その責から逃げ出した父への怒りを押し殺して僕は答えた。
「母と……この家を出て行きます。」
父の表情からは感情が読み取れなかった。
「そうか。……お前は優しいな。よし、お前の部屋の物は残して置いてやる。元々私の部屋だった所にな。置いていって問題ないものはそこに置いておいて良いぞ。たまにこの子達の為に来てくれないか。私も自分の子供の無事はちゃんと確認したいからな。ダメか?」
親族を追い出す事に罪悪感を感じる様な人ではないだろう。
恐らく父は僕の心の揺れを感じたのだ。だから出入りを認めてくれた。
それでも父への怒りが収まるわけではない。
「ありがとう、父さん。」
僕の言葉に父は笑みで返した。これで僕に関する話は解決である。
しかし、根本的問題は解決していない。
「ふ、ふざけないでよ。誰だか知らないけど、みんな私の家に勝手に入り込んできて何?出てけ、みんな出てけ!」
黙っていた母が怒鳴りだす。それを見て、愛人が見下すように微笑んだ。
「うふふ。相当な気狂い者ですね。突然叫ばないでくださいよ。耳に悪いですわ。」
不思議と頭に来なかった。ルックスの問題なのか、声音の問題なのか。
または、僕の中に少なからず「母は狂ってしまった」という意識があるということか。
「まあまあ。こいつとも今日限りだから。おい、必要な物をまとめたらここに持っていってくれ。」
父はそう言うと、住所の書かれたメモ紙を二枚渡してきた。一方はこの家の比較的近く。もう一方は僕の通う学校の近くだった。
「一枚目は二人の家だ。二枚目はお前の勉強小屋だ。遺産で手に入るみたいでな。十畳の一軒家だ。自由に使って良いぞ。」
それだけ言うと、父たちは家の奥へと消えていった。
はい!
実はこの作品、六年近く前書かれたNEKOの処女作『ネコの手帳』の三番目に出てくる超初期作を、三年ほど前に完成した手書き本『NEKOのベル』の中で加筆修正し、その作品を更に加筆してデータ化したものでございます。六年前や三年前の頃は全体で文字数5,000以下でしたが、今回の加筆によって前半部分のみで見事、5,000字の壁を越えることが出来ました。
後半も同じ規模(以上)だと考えられますのでお楽しみに!
NEKOでした。