第7話 はじめてのお医者さん
まさかこんな事になるとは-------。
二ブラは馬車の中で眉間にしわを寄せてため息をついた。
馬車の向かい席にはグラインダーがラチェットを横抱きにして座っている。
ラチェットは真っ赤な顔をして苦しそうな荒い息をしている。
グラインダーは心配そうにラチェットを見つめている。
あの時、止めていれば------。
二ブラは事の発端を思い出していた。
朝、宿屋を出て馬に乗ろうとした時------。
ラチェット
「あ、あの、私、一人で馬に乗ってもいいですか?
二ブラ
「いけません、まだ練習していないでしょう?
ラチェット
「--------、はい。
ラチェットはしょんぼりした。
トルク
「いいじゃないか、二ブラ。
あんた固すぎるよ。
ラチェットは王になる男だぞ。
馬くらい乗れなくてどうするんだ。
ラチェットが目をキラキラさせて喜んでいる。
二ブラ
「むむ-------。
フレア王子
「練習しながら少しずつ進めばいいのではないか?
二ブラ
「グラインダーが今支度している、ちょっと待って-----
ブロワー王子
「大丈夫だって、ほらおいでラチェット。
ふわふわのドレスを着ているラチェットをブロワーは抱え上げて、馬に乗せた。
ブロワー王子
「手綱を持って、足で馬の腹を蹴ってごらん。
ラチェット
「えい!
その時、異様な音が聞こえた。
木の枝を折ったような何かが折れた音だ。
ラチェット
「ひいいいいいいい
二ブラ
「ラチェット様!
見ると、ラチェットの右足が折れ曲がっている。
王子達も叫んだ。
その声に驚いた馬はラチェットを乗せたまま走り出した。
ラチェットはきをうしなって、手綱に絡まった状態でぶら下がっている。
「ラチェットーーーーーー!
みなも馬で追いかける。必死だ。
5キロほど走ったところで大きな川に出て、馬は勢いよく止まった。
そのはずみで手綱から落ちたラチェットは轟々と流れる川に落ち、飲み込まれて行った。
昨晩の嵐で増水した川は濁流だ。
皆は叫びながら川に沿って、川下に馬を走らせる。
いつの間にか二ブラの後ろに乗っていたウェルズ爺が、川に飛び込んだ。
小さい滝をいくつかおり、川幅が大きくなったところで、
人間二人ぶんくらいの長さがある大蛇がラチェットを加えて川岸にたどり着いた。
フレア王子
「あの大蛇まさか
大蛇はみるみるうちにウェルズ爺の姿になった。
トルク
「大蛇は後だ、ラチェットを
ウェルズ
「これ、ラチェットしっかりせい。
顔を叩いても動かない。
ウェルズ
「大変じゃ、息をしておらんぞ。
フレア王子
「どけ!
フレアがラチェットの口に息を吹き込んで胸を手で押す。
するとラチェットは水をはいて息を吹き返した。
足を骨折した上に、発熱までしてもはやラチェットは馬にも乗れなくなり、
馬車を買わざるをえなかった。
グラインダー
「馬に乗ろうとして、死にかけるなんて------まったく
グラインダーはラチェットの前髪をかきあげた。
グラインダー
「評判の医者の家はまだか?
二ブラ
「ああ、あれだ見えてきた。
エルヴィアの国境近くにある村の外れ、小さな家の前で一行は止まった。
すると扉が開き、若い細身の男が出てきた。
麻でできたローブを着ている。
「ようこそ、私はダニエルと申します。おまちしてましたよ。
さあ、病人をなかへ運んでくださいな。
二ブラ
「待っていた?
グラインダーと二ブラは顔を見合わせた。
さっそく、ダニエルはラチェットを着替えさせ手際よく足の添え木を付け直し、
熱冷ましの薬を飲ませた。
ラチェットの症状は落ち着き、呼吸も穏やかになった。
ダニエルの家は割と広く、
王子達もそれぞれ椅子に座ってくつろいでいる。
みな、安心したせいか、どっと疲れが出てきたようだ。
二ブラ
「感謝する、ダニエル。
ダニエル
「明日には熱も下がり、げんきになるでしょう。
ですが、足はひと月は使わないようにしないといけませんよ。
二ブラ
「承知した。
ダニエル
「あと、この方はどうやら美姫の薬を飲まされているようですね。
グラインダー
「美姫の薬?なんだそれは
ダニエル
「よく娼館で使われる薬で、幼い子供の頃から飲み続けると、
華奢で肌は雪にように白く、赤子のように柔らかくなるのですが、
その反面、体はもろく、寿命も短くなる恐ろしい薬です。
ブロワー王子
「ああ、それなら知っている。
高級な薬だから珍しいがな。
ダニエル
「この方は、骨が折れやすく、ちょっとしたことで病になってしまうので、
気をつけて差し上げてください。
みんなため息をついた。
グラインダー
「くそ-----あの娼館のおやじ-----
残酷すぎるだろ。
フレア王子
「寿命が短いのか…娼館にとってはその方がつごうがいいのだろうが。
トルク王子
「ラチェット-----
レシプロス
「ダニエルとやら、直せないのか?
ダニエル
「はい、もうこの歳になると薬をやめても戻りませんから。
ブロワー王子
「あと何年くらい生きられるの?
ダニエル
「10年くらいでしょうか。
またみんながため息をついた。
グラインダー
「ラチェットが何をしたっていうんだ。神様よう---
グラインダーはうなだれている。
ダニエル
「大丈夫、君たちがついているでしょう?
それに、命の長さで幸せが決まるわけではありません。
君たちがこの子に幸せを与えてあげたらいいんですよ。
50年分くらいのね。
ダニエルはグラインダーの肩をポンと叩いた。
二ブラ
「ダニエル、あなたはいったい?
ダニエル
「さて、3日経ったら熱も下がっているでしょうし、骨折が早く治る所にお連れしましょう。
二人と4人の王子はラチェットのベッドの周りに集まり、
それぞれラチェットの体にふれ、やさしく見つめた。
そして、この不憫な王様が幸せであるようにと心から願った。
翌日、ラチェットは目を覚ました。
二ブラの説教が始まりそうなので、その他全員で阻止した。
ラチェットが泣くからだ。
熱は下がって、食欲も湧いてきたようだ。
ダニエルは畑で作った、完熟イチゴを小さく切ってくれた。
誰がラチェットに食べさせるかでもめたが、じゃんけんで決着がついた。
その権利を受け取ったフレアはラチェットを慎重にベッドから起こして座らせた。
ラチェット
「この赤いものはなんというのですか?
フレア王子
「イチゴを食べた事がないのかい?
ラチェット
「はい、毎日同じ食事でしたから。
フレア王子
「じゃあ、初めてだな、フルーツは。
これはイチゴと言うんだ。
ラチェット
「イチゴ----ドキドキします。
フレアはイチゴのかけらをスプーンに乗せた。
フレア王子
「ラチェット、あーん。ほら口を開けて。
ラチェットは可愛く口を開けて待っている。
フレアは思った。
キスしたい!
フレアはその衝動を押さえつけて
口にイチゴをそっと入れた。
ラチェット
「んーーーーーーーー!
ラチェットの瞳がキラキラ輝いた。
ラチェット
「あっまーーい!
なんて美味しいんでしょう!
フレア様お食べになりました?
今度は私が。
ラチェットはフレアからスプーンを奪い取ると、
王子の真似をした。
ラチェット
「フレア様、あーん。
フレアは思った。
イチゴごと食べてしまいたい!
ラチェットはイチゴをフレアの口に入れた。
甘酸っぱい香りと味が広がる。
ラチェット
「美味しいでしょう?
ラチェットは嬉しそうに微笑んだが昨晩の熱で少しやつれているため
一層美しく儚げに見えた。
フレアは抱きしめたい衝動を必死に抑えた。
ラチェットは本当に美味しかったんだろう、
ペロリと完食。
ラチェット
「ごちそうさまでした。
フレア様、ありがとうございます。
フレア
「君が喜んで本当に良かった。
フレアはラチェットを見つめると乱れた髪を整えてやった。
ラチェット
「フレア様、フレア様のお国はどんな所なんですか?
フレア王子
「僕の国は-----海に面していて、城も海のそばにある。
城からの眺めはなかなかのものだぞ。
ラチェット
「海!あの、ずっとずっと塩水が続いているという----
船は、船はあるんですか?
フレア王子
「もちろんだ。
我が国は食べ物も船でとり、戦も船で出陣する。
船は足みたいなものだ。
ラチェット
「ああ-----船に乗れたら、どんなに素敵でしょうか。
フレア様のお国はとても素晴らしい所なのですね。
行ってみたいなあ〜
ラチェットは瞳を輝かせた。
フレア王子
「そんなに素晴らしいところではないんだよ。
僕にとってはね。
僕の母は僕が幼い頃に他の妃に毒殺されてしまってね。
僕も随分狙われたよ。
それ以来僕はずっと誰も信じずに生きてきたんだ。
ラチェット
「そんな------
ラチェットは涙ぐんでいる。
急にラチェットはフレア王子の頭を胸に抱え込んだ。
ラチェット
「お母様がいなくなられて、お寂しかったですね。
ラチェットはフレアの頭を優しく撫でた。
フレア王子
「お、おい------
フレアは赤面した。
ラチェット
「フレア様のお母様は空の上からいつだって見守っていますよ。
大丈夫です。
フレア王子
「ら、ラチェット---
ラチェットはぎゅっとフレア王子の頭を抱きしめる。
フレアはラチェットの細い腰に両腕を巻きつけた。
こんなに華奢な体をストリッパーだと言うだけで、
欲望のまま抱いてしまうなんて----
フレアは後悔した。
フレア王子
「ラチェット、僕がね、この世で信じられるのはたった1人、
君だけなんだ。
フレアは顔を上げてラチェットを見つめた。
フレア王子
「ラチェット、愛している。
愛しているんだ、君を。
そして大事そうにラチェットの頬を撫でた。
ラチェット
「あい--------愛ですって?
え、そんな----。
私のようなものを----
愛しているですって?
フレア様、な、なにをおっしゃるんですか。
ラチェットはびっくりしてフレアを見つめた。
フレア王子
「君以外の人間なんてただのゴミだ。
君がいなくてはもう僕は、息をすることさえ辛い。
ラチェット、どうか僕の愛を受け入れて欲しい。
僕を愛してくれ-----
ラチェット
「フレア様----私は----あ------
フレアはとうとう抑えきれなくなって、
ラチェットを腕で支えるとくちづけようと顔を近づけた。
その時-------
ブロワー王子
「はい。フレア、終了!
過度な密着は違反だぞ。
フレア王子
「き、きさま----
ブロワー王子
「次は俺が薬を飲ませる番だからね、ほらどいたどいた。
フレア
「ぐ----ぐわああああ
フレアは叫びながら勢いよく部屋を飛び出して行った。
つづく