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その姿を見てか、アルバートは神妙な顔付になる。
「メアリーが何者かに恨まれているとは考えられないのかい?」
「まさか!」
アレンはアルバートを睨む。
「メアリーはとても心の清らかな淑女だった。ついこの間だって孤児院を訪れたりしていたんだ」
「奉仕精神の豊富な淑女だったのだね」
「ああ、そうさ」
吸血鬼の奴等め、そう言ったアレンを見て祐介は違和感を覚える。
〔何故この人は吸血鬼に対してこんなに恨みを持っているんだろう?〕
吸血鬼に婚約者を殺された、と思い込んでいるだけなのだろうか。
それにしても、異常なまでの剣幕に祐介は驚いてしまった。
「貴重な話をありがとう、アレン。参考にするよ」
「ああ、憎き吸血鬼を捕まえてくれ」
アルバートとアレンは固く握手をしていた。
「アリバイ、聞かなくて良かったのですか?」
「マホニーのかい?」
「ええ」
アレンが警察に任意同行を命じられて、連れて行かれた後、祐介はアルバートに聞いた。
アルバートはそんな祐介を横目で見て、何か思う事があるのか意味深に微笑む。
「聞いても意味がない気がしたからね」
「意味がない、ですか?」
「僕に心当たりがある」
アルバートは、にやりと笑いながら、帽子を深くかぶり直す。
彼が面白い事を見つけると、必ず行う癖のようなものだ。
ふと、鐘の響く音が聞こえ、祐介は辺りを見回す。
少し遠い場所にある時計塔から、夕暮れを伝える鐘が鳴る音だった。
アルバートも随分現場にいた事に気が付いたらしい。祐介に笑いかけてきた。
「さて、僕は今日夜会があるから家に帰って紅茶でも飲むとしよう」
〔……やっと離れられる!〕
これは好機だ。
祐介はやっとアルバートから離れ、自宅のベッドに身を預けられる喜びを思った。
「じゃあ、今日はここでお別れ―――ぐえ」
「何を言っているんだい」
後ずさりして徐々にアルバートから離れようとした祐介だったが、アルバートに服の襟首を捕まれてしまって、身動きが取れなくなってしまった。
「勿論、アフタヌーン・ティーにも付き合ってもらうよ。なんせ僕は暇なのだから」
〔他に友達はいないのか!〕
偶然通りかかった辻馬車に詰め込まれながら、祐介は自宅のベッドが遠くなっていくことに絶望を覚えたのだった。