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「あらあら情けない。簡単に投げ飛ばされるなんて男の風上にも置けないわね」
だからペットって呼ばれるのよ、とコレットが呆れたように祐介を見下ろす。
祐介が見上げると、仁王立ちしたコレットの姿があった。
燃えるような長い赤髪を後頭部の高い位置で1つに縛り、服装はこの国の平民階級の女性の例にもれない簡素な作りのワンピースだ。靴は歩きやすさを重視した編み上げ靴だった。
「ペット呼ばわりしてるのは君だけだよ」
祐介は辛うじて反抗した。何がペットだ。少し遊ばれているだけに過ぎない。
「ウィルはいるかい?お嬢さん」
アルバートは祐介が目の前で倒れているのも気にせず、コレットに問いかける。
「先輩なら遺体の前にいるわよ。勝手に行きなさいよ」
「ま、魔法使い殿!?」
先程アルバートを引き留めた警官が驚きの声を上げる。
コレットが不愉快そうに顔を顰める。
「私、怪我したくないもの。なんなら貴方止めてくださる?」
「………」
「それと、私のことを魔法使いって呼ぶのやめてくださる?」
警官は大人しく引き下がる。どうやら諦めたようだった。
祐介が片手で難無く放り投げられているのを見て、恐れをなしたに違いない。
「アンタもそんな所で寝てないで行くわよ」
「う、うん」
祐介はコレットに手を貸して貰いながら起き上がる。我ながら情けない。
アルバートの弟であるウィルヘルム・カーライルは何やら思案顔で顎に手を当てている。
アルバートと同じ灰色の髪と獣耳、ふさふさとした尻尾が揺れている。
だが、一見すると2人が兄弟だと見分けることが出来る人間は数名しかいないだろう。
それほどまでに印象が180度違う兄弟だった。
アルバートはどちらかというとスラリとして貴族として申し分ない風貌だ。
対して、ウィルヘルムは精悍な顔付をしていたし、態度も若干がさつだ。
服装も拘っていないらしく、普段紳士の身に着けるべき帽子を身に着けていない。
ただシャツを捲り上げ、腕を組んでいる姿は警官という肩書にふさわしかった。
その差の理由としては、幼い頃ウィルヘルムが生家を離れて中流階級の家で育ったからだ。
獣人の貴族はコミュニティ内のパワーバランスを保つために、力の強い一族は子供の人数を制限されることから、ということらしい。
結果、獣人の貴族であるカーライル家は、予定外に生まれたウィルヘルムを遠い親戚の中流家庭で育てることで体裁を保ったということだった。人間だったらまず行わないことだろう。
祐介は、獣人達の顔の造形や体付きは人間と同じなのに、獣耳と尻尾が付くだけでこんなにも違う獣人の社会性に驚かされてばかりだった。
そんなウィルヘルムと祐介と同居し始めて半年になる。
半年前に起こった事件が切っ掛けとなってお互いの利害が一致した祐介達は、特に不満を抱くことなく、それなりな同居生活をしている。
「先輩。お兄様がいらっしゃってます」
「やあ、ウィル。今日も頑張っているね」
「なんでここに来た」
ウィルヘルムがアルバートを見た瞬間、顔を顰める。
祐介同様ウィルヘルムもアルバートが苦手だった。祐介と違い、実の兄の扱い方に困っている、という感じだが。