ある吸血鬼の為の狂詩曲
「今日は散歩にでも行こう」
翌朝。
祐介は慌ただしく朝食を食べ、家を出ていくウィルヘルムを見送ったと同時に、アルバートに連れ出された。
祐介がインバネスコートを羽織り外へ出ると、どんよりとした雲が空を覆い、祐介の気分まで落ち込んでしまう。
「この国は晴れの日が少ないから仕方ないさ」
祐介の気持ちを知ってか、アルバートは微笑んだ。
「君の国は晴れの日が多いのかい?」
「あまり気にしたことはないですけど、この国よりは晴れてますね」
「精々この国の気候に慣れるといい。曇り空はすべてを隠してくれる」
「隠すって……いったい何をですか?」
「すべてさ」
祐介達の横を馬車が音を立てながら通りすぎる。
祐介の自宅は中心街から少し離れた場所にあるが、活気があり、大通りは行き交う人でいっぱいだった。
中には様々な獣耳を付けた獣人達も行き交い、アルバートを見つけ挨拶をしては通りすぎていく。
(やっぱり有名人なのか。これだけの頻度で見つかってたら、好きなことが出来なさそうで可哀想だ)
アルバートはきっと生まれてからずっとこの生活なのだろう。
どこかに行く度、知り合いに見つかって挨拶される生活等したことない祐介は少なからずアルバートに同情した。
「有名人ですね」
「獣人王の側近をしていれば、このような事になるのは当たり前だろう」
「辛くないですか?」
「特に不満はないよ」
「そういえば疑問に思っていたのですけど、側近の仕事って何があるのですか?」
「仕事かい?説明が難しいな」
アルバートは歩きながら考えこんでいるようだ。
「仕事といっても、雑務が中心だよ。王のスケジュール管理から獣人達の統制から色々だ。統制といっても治安維持業務だと思っておいてくれればいいよ」
「治安維持………ですか」
「僕達だって人間に形が近いといっても、獣の血が混じっているからね。血気盛んな者もいるわけさ」
祐介は隣を歩くアルバートの顔を見上げる。獣人にしては細身な彼が治安維持の為に単身で乗り込んでいく姿が想像できない。
「実際の仲裁に関しては部下に任せている。ウィル達のように多種族で構成されている警察だっているのだから、わざわざ僕が出て行かなくても解決する案件ばかりだよ」
「そうなのですか」
〔半年前の件では出向いてたくせに〕
祐介は、アルバートが出向く時は獣人界で何かしら大事があった時だ、というのは半年前の事件で思い知っていた。
「最近では異種族間での小競り合いも少なくなってきている。警察が上手く機能している証拠だよ」
アルバートは自嘲気味に笑う。
「いずれ僕のような存在はいらなくなるかもしれないね」
「アルバートさん?」
アルバートの表情は相変わらず笑顔だった。
整った顔立ちをしているせいなのか、祐介にはどこか作り物めいた怪しい笑顔に見えた。
祐介は、なんて声をかけて良いか迷ってしまった。アルバートの背中には祐介には想像もできないくらいの何かが伸し掛かっているような気がして、落ち着かない気分にさせられる。
「そうしたら、僕は自由になって、どこまでも飛んでいける。どこまでも、どこまでもね」
アルバートが右手に持ったステッキが地面に当たり、派手な音を立てた。
「少し遠くまで歩こうか」
そう言うと、祐介の腕を掴み、歩く速度を上げるのだった。