ある犯罪の為の前奏曲
―――なんてことをしてしまったのかしら。
後悔しても遅かった。満月に照らされているが、周囲は暗闇である。
お気に入りのドレス、お気に入りの傘、お気に入りの香水、お気に入りの靴。
そして素敵な舞踏会。
最高の気分だったのに、連れ立って出かけた婚約者と喧嘩をしてしまった。
あの時はレディーらしくもなく、頭に血が上ってしまって、そのまま馬車を降りてしまった。
冷静になって気が付けば、このような真夜中に一人で出歩くのは非常に危険だ。
―――どうか何事もありませんよう。
人間恐怖を感じると、不思議と速足になる。
ハイヒールが派手な音を響かせる。
あと少しで自分の屋敷に着く。そうしたらお父様に話をして婚約者を叱ってもらおう。
そう思った、その時だった。
自分以外の、靴音に気が付いたのは。
足音が、ついてきている。低く響く靴の音。
婚約者だろうか?いや、婚約者であれば、彼女に声をかけるはずだ。
近所に住む者だろうか?いや、この付近の住人は真夜中に出歩く人間などいない。
彼女は走った。
この角を曲がれば屋敷へつける。
屋敷へたどり着けば、足音の主もあきらめるはず。
そうして、角を曲がった。
――瞬間。
彼女の腕が強い力でつかまれた。
その時、彼女が見たものは。
どこまでも黒い-――。