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ツノの双子

 獣道を進み続けると、巨大な枯れ木のある場所に出てくる。枯れ木は中が空洞になっており、そこが双子の棲み処だ。幹にある大きな亀裂が入り口となっている。

 ロゼはあたりを見渡した。ハクシーは青いキノコの、最後のひとくちを頬張る。


「ナルとヘト、いないのかな。挨拶しようかと思ってたんだけど」

「ロゼ、おつかい、ツノの双子だった?」

「ううん。おつかいはキノコなんだけど……」


 その時、二人の背後でさくりと落ち葉を踏む音がした。ロゼが振り返ると、音の主はその眠そうな目を更に細めた。


「見て、ヘト。珍しい」

「ほんと、ナル。珍しいわ」

「人間とミイラが二人で歩いてるなんて、とても愛おしい」

「人間とミイラが二人で歩いてるなんて、とてもおかしい」


「ね」と二人は顔を見合わせくすくすと笑う。二人とも身長は一メートル程度しかなく、白い肌に金色の髪、端正な顔立ちまでそっくりだ。白のワンピースもまったく同じデザインである。

 しかし、二人にはそれぞれ形の違うツノが生えていた。一人は、上向きにねじれながら伸びたツノ。もう一人は、羊のように渦巻き型のツノだ。ロゼはほうっと溜息を吐いて、二人に近づいた。


「こんにちは、ナル、ヘト。今日も仲がいいのね」

「こんにちは、人間。私とヘトはいつだって仲がいいわ」

「そう。だけど私はいつだってナルを嫌っているの」

『ね』


 二人はいつも交互に話すが、「ね」と言って顔を見合わせるタイミングだけは同時だ。ロゼは戸惑いながらも双子を見る。


「仲がいいのに嫌ってるの?」


 ロゼの質問を聞いた双子は、互いの手をきゅっと握った。


「私は自分が大好き、ヘトも大好き」

「私は自分が大嫌い、ナルも大嫌い」

「仲は良いの」

「そう、とても」

「ヘトは私を嫌っていて」

「ナルはそんな私が好きなの」

「私を嫌っているのはきっとヘトだけ」

「私を好いているのはきっとナルだけ」

「私たちは表裏一体」

「互いに惹かれて離れられない」


 ね、と二人は笑う。繋いでいた手を離し、けれども何かを約束するように小指を絡めた。うーん、と唸っているロゼに、二人は眠たげな目をよこす。


「人間、あなたにも分かるんじゃないかしら」

「そう、少しくらいは分かるんじゃないの?」

「あなたは自分のことが好き?」

「あなたは自分のことが嫌い?」

「自分だけを好いていると、誰かに疎まれ殺される」

「自分だけを嫌っていると、誰かに憧れ自害する」

「世界のすべてを愛していると、誰かに騙され殺される」

「世界のすべてを憎んでいると、誰とも暮らせず自害する」

「好きも」

「嫌いも」

『どちらが欠けても、この世界では生きられない』


 ロゼは黙り込んだ。ハクシーは包帯に何かを書き残そうとしていたが、双子の話が早すぎてメモが追い付かず、聞いたことを既に忘れ始めているらしい。「ナル、ヘト、どっちがどっち?」と困惑している。

 ナルとヘトは納得したように二人きりで笑い、「この話はおしまい」「ところで」と話を変えた。


「人間が」

「ミイラが」

『どうしてここに?』


 ロゼは「えっとね」とメモ用紙を取り出した。


「ステラさんに頼まれてキノコを採りにきたの。ハクシーさんは物知りだから、ついてきてもらったんだ。必要なのは、このキノコなんだけど」


 ステラのメモ用紙を覗き込んだ二人は、同時に「あら」と言った。


「知ってるキノコばかり」

「美味しいキノコばかり」

「確かにここら辺に生えてるわ」

「頑張って探してね」


 そこまで言いきり、二人は同時に「あら」と笑った。


「ヘト、手伝ってあげる気はないの?」

「ナル、案内してあげる気はないの?」

「だって私たちは忙しいじゃない」

「そうね、とっても忙しいわ」


 その会話を聞いたロゼは、「そうなの?」と二人を見た。この二人は基本、毎日何をするでもなく森をさまよっている。気が向いた時には歌っているのだが、普段やっていることといえばその程度だ。忙しい、と二人が言うのを、ロゼは初めて聞いた。

「そうなの」「その通りなの」と二人は頷いた。


「私たちも頼まれているの」

「そう、頼まれているの」

「何を頼まれてるの? キノコなら、私も自分のと一緒に探すよ」


 悪意のないロゼの言葉に、二人は「どうしようか」と呟いた。互いに顔を近づけ、囁く。


「教える?」

「どうする?」

「人間は不安がるかもしれない」

「知らない方がいいかもしれない」

「私たちだけで探した方がいいかもね」

「そうね、私たち宛ての手紙だったもの」


 二人は顔を離し、ロゼへと向き直った。


「結構よ」

「二人で事足りるわ」

「そう? 手伝えることがあったら言ってね」


 ナルとヘトは頷き、互いに指を絡めると、鼻歌を歌いながら西へと行ってしまった。


「……村長もなんだけど、あの二人も話が難しいなあ」


 ロゼは二人が消えた方向を見ながら呟き、振り返る。ハクシーはいまだにメモを取ろうと四苦八苦していた。何をメモするつもりなのか、ロゼには分からない。ロゼの視線に気づいたハクシーは首を振った。


「メモ、めんどくさい、おつかい続ける」


 ハクシーは書きかけのメモを左太腿に巻き付け、それから斜め上を見て、


「おつかい、なんだっけ、忘れた……」


 申し訳なさそうに、そう言った。



 ロゼとハクシーは、双子の家近辺を探索した。金色のかんむりが特徴的なオウカンシイタケはすぐに見つかった。冠はカビの一種で食べられないが、キノコ自体は焦げても美味しい優れものである。

 オウカンシイタケのとなりには偶然にもコラゲンシメジが群生していた。かさは茶色、柄は白色と一見ごく普通のキノコだが、煮込むと透明になりぷるぷるとした食感が楽しめる。美容に良いとされていて、そのせいかデライラが好んで食べていた。

 クツシタマツタケは針葉樹の根元に生息している。針広混交林であるここにも当然針葉樹はあるが、クツシタマツタケの育つ針葉樹は数少ない。ロゼとハクシーは懸命に、針葉樹の根元を捜索した。途中、ロゼの見つけた甘ったるい香りのするキノコは、毒キノコだった。


「青色のは食べられたのに、赤色はだめなんだ」

「いちごのにおい、そっくり、でも罠」

「そっか……。ハクシーさんは本当に博識ね」


 その言葉に、ハクシーは再び視線をさまよわせた。

 結局、クツシタマツタケよりも先にアジヘンゲキノコが見つかった。アジヘンゲキノコは一度土から離れると、一時間おきににおいと味が変わる性質を持っている。においは全部で十二種類。引き抜かれて十二時間経てば無味無臭になる。


「匂いや味の変化を止めるには、煮るか焼くかすればいいんだよね?」

「そう、調理するタイミング、重要」

「どういう順番で、どういう味になるの?」


 ロゼの質問に、ハクシーは包帯を確認した。


「最初から言う……生魚、チョコ、古本、履き古した靴、鶏ガラ、カビ、コーヒー、インク、猫の肉球、焼いたコーン、鉄、ラベンダー」


 履き古した靴やカビというラインナップに、ロゼは絶句した。構わずハクシーが質問をする。


「ステラ、欲しい、何味?」

「えっと……鶏ガラって、メモに」

「引き抜いたら、五時間後、調理。一時間、遅くなる、カビ」


 そう。ロゼがキノコを引き抜いてから五時間後に調理をすれば、キノコは鶏ガラの味となる。ところが少し遅れると、カビの味になる可能性があるのだ。

 ハクシーは何かを思い出したかのように身震いした。


「アジヘンゲキノコ、カビ、くさい」

「ブルーチーズみたいに、食べられるカビの味じゃないのね?」

「無理、やだ、くさい」

「じゃ、このキノコを採るのは、クツシタマツタケを探し終わってからにしよう。もしもカビの味になっちゃったら大変だもん」


 ハクシーが頷き、二人は再びクツシタマツタケを探し始めた。途中、花の蜜を吸って休憩したり、ハクシーの見つけた生食可能のキノコをかじったりした。

 しかし最後まで、クツシタマツタケは見つからなかった。日は傾き、森は徐々に影の色を濃くし始めている。ロゼが空を見ながら溜息をついた。


「見つからないね……。今日はもう帰った方がいいかな」


 ロゼの言葉にハクシーが頷く。夜の森は足を取られやすく、不慣れな二人ではまともに歩けなくなるだろう。森に入ったなら日が暮れてしまう前に帰るべきだ、と村人は常に口をそろえて言っている。

 戻ろう、とハクシーが言った。幾重にも巻かれた包帯のせいで蒸し暑いのか、息が上がっている。


「クツシタマツタケ、ない、仕方ない」

「うん……。ここら辺にありそうなのになあ」


 ロゼが茂みをかきわけようとすると、ハクシーが「あっ」と声をあげた。


「ロゼ、そこ、危ない」

「え? ――いたっ」


 ロゼが反射的に手を引くと、反動で揺れた草がしゃらしゃらと鳴った。薄い鉄同士がぶつかるような音だ。ロゼは自分の手を確認する。手の甲に、鋭利な刃物で切られたような傷が出来ていた。流れ出た血が地面に落下する。


「わ、わわ、あわわ」


 ハクシーが慌てて走ってきた。しゃらしゃらと音を立てる草を確認する。


「ナイフの替わり、使える、葉っぱ。危ない言う、遅れた、ごめん」

「ううん。私の不注意だから」

「血、痛い、どうしよう」

「大丈夫だよ、このくらい」


 ハクシーはわたわたと、止血と消毒に使えそうな植物を探す。しかし、ゴム長靴が森を歩くのに不向きだったこともあり、派手に転んでしまった。慌てて起き上がるハクシーの包帯には、落ち葉が何枚もくっついている。怪我をしたロゼよりもハクシーの方が泣き出しそうだ。


「ハクシーさん、大丈夫だよ。これくらい放っといても治るよ」

「だめ、化膿、大変。血、止まらない、大変」

「大丈夫だよ、すぐ止まるって」


 その時、ロゼの背後で、「あら?」という声がした。

 鈴のような声は二人分で、けれども綺麗に重なっていた。



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