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乙女を極めし男

 弁当屋に戻ると、広葉で作った器に料理を盛りつけていたステラが視線をあげた。


「ちょうどよかった。『洞穴ほらあな』へ行く前に、デライラのところに寄ってきてくれるかい。あんたに渡したいものがあるってさ」

「デライラさんのところ?」


 カウンターにバスケットをのせながら、ロゼが訊ねる。ステラは頷いた。


「服のことか服のことか服のことだろう。あいつは服のことしか考えちゃいないよ」

「デライラさんはお化粧も好きだよ」

「……そうだね、言いなおそう。装飾のことか装飾のことか装飾のことだろう。あいつは装飾のことしか考えちゃいないよ」


 んまままま、とステラは笑う。ファッションにはあまり興味のなさそうなステラだが、デライラとは仲がよさそうだった。もとより、この村には険悪な空気が流れない。「誰かを嫌うってのはくだらない話さ」とステラが言っていたのをロゼは思い出した。ただ、それがどういう意味なのかまでは理解できていない。

 これはキバの分、とステラはカウンターにバスケットをひとつのせた。


「デライラさんのは?」

「今日は頼まれてないし、欲しけりゃここまで来るだろう」


 弁当の用意を終えたステラはエプロンをはずす。そうしてロゼが持ち帰ったバスケットを手に取り、「なんだか重いね」と首を傾げた。ロゼはボゴから桃を貰ったこと、ボゴが今日の料理も美味しそうに食べていたことを伝えた。

 ステラは満足げに頷き、バスケットの蓋を持ち上げ、


「んま、バイカーピーチじゃないか。道理で重いわけだ」

「え?」


 ロゼが覗き込むと、よっつの桃がそこにあった。


「あれ? 貰ったのはふたつだよ」

「んまま。この桃はねえ、暗くて狭い場所に置いておくと、時間経過とともに増えるのさ。増やしたくなければ明るい場所に出すか、外に置いておくこと。……もう少し増やして、デザートでも作ろうかね」


 ステラはみっつの桃をバスケットから取り出し、蓋をしめた。取り出した桃は柳のかごに並べ、ロゼに差し出す。


「外に出るついでに、これを家の裏に置いといてくれ。川に注意するんだよ」

「うん、じゃあ行ってくる」


 ロゼは弁当の入ったバスケットと桃の並んだかごを持ち、再び外に出た。家の裏手に回り、適当なところにかごを置く。さらさらとした水の音は柔らかい。

 弁当屋から始まる、村の『メインストリート』は川に沿った形で作られている。メインといっても百メートル程度しかなく、最南には弁当屋、最北にはデライラの店があった。あとは、雑貨屋やアクセサリーショップがちらほらとある程度。メインストリートから更に北に進めば住宅地があり、三十ほどの幽霊や生物が暮らしている。通称ゴーストタウン。弁当屋の客は大抵、そこからやってくるもの達だった。


 弁当屋から少し歩くと、左手に葉のない巨木が見えてくる。村を守っているのだというその木の向かいに、デライラの店は建っていた。円柱をふたつ並べたような奇妙な形だが、扉はひとつしかない。屋根瓦は一枚一枚色が違っており、向かって左の建物には暖色が、右の建物は寒色が使用されていた。

 扉の上にある看板には小さな文字で『洋裁・ファッション・小物・レディース・メンズ・カジュアル・フォーマル・たまに靴』とある。本人いわく「つまりは服屋よ」ということらしい。

 ロゼは窓からそっと中を覗いた。デライラの姿はない。


「デライラさーん、来たよー」


 ロゼは躊躇せずに扉を開け、室内に足を踏み入れた。

 次の瞬間。

 ぴん、という小さな音と、ブーツに何か引っかかる感覚があった。


「――っ!」


 張られた糸に足をひっかけたとロゼが認識するのと、顔面めがけてテディベアが飛んでくるのはほぼ同時だった。とっさに上半身を右に捻り、テディベアを回避する。

 が、ロゼの右側に黒い人影があった。

 ――手に何か持っている。

 攻撃される、そう判断したロゼは持っていたバスケットを相手の顔に思いきり投げつけた。しかし相手もそれを予期していたらしく、攻撃はすんなりとかわされる。バスケットが床に落ち、ロゼは溜息をついた。


「これじゃ不合格?」

「いんえ、ステキな動きだったわ」


 落胆した様子のロゼに、人影――デライラは首を振った。その動きに合わせて揺れた髪は、屋根瓦同様、一本一本色が違う。カラフルな頭にちょこんと乗せられたミニハットは黒色で、何本もの針が突き刺さっていた。


「三か月前のアナタなら、テディちゃんも避けられなかったはずよ。ちょーっとみくびってたわね、次はもうちょっと避けにくいものにしようかしら」


 長身かつ細身のデライラはかつかつとヒールを鳴らし、クマのぬいぐるみを持ち上げた。よく見ると、デライラと同じデザインのドレスを着せられている。クマもその小さなドレスも、彼女の手作りらしい。


「避けるだけじゃなくて、反撃してきたのもステキ。例えばあれがバスケットじゃなくて土だったなら、いーい目つぶしになってたわよ。ただそうねえ、その後すぐに諦めちゃったのは勿体なかったわ」

「どうすればよかったの?」

「あの体勢ならまだ動けたはずだから、相手の動きを予見して、次の攻撃を仕掛けるのがベストね。敵が武器を持ってたら、あのタイミングで蹴り落してやんなさい。ただし『相手をよく見て』よ。場合によっては反撃をやめて距離を置いた方がいいわ」

「どういう場合は反撃して、どういう場合は逃げるの? 武器を蹴るのはどうやるの?」

「やあねえ、男も女もせっかちはいけないわ」


 デライラは腰をくねくねと動かしながら、ロゼに近づいた。


「アタシが何か持っていたのは分かった?」

「うん」

「それが何かは見えた?」

「……ううん」


 んふふ、とデライラは笑う。


「じゃ、まずはそこからね。焦っちゃダメよ」


 デライラは右手にあったものをロゼに見せる。それはただの口紅だった。

「はいこれ」と、ロゼが投げつけたバスケットをデライラが拾い上げる。それを見たロゼは顔を曇らせた。


「キバに渡すお弁当が入ってたの。どうしよう」

「んふふ。ホントに食べ物が入ってたのかしらん?」


 デライラがバスケットの中身を取り出す。ゴム製のナイフと、乾いた土の入った袋。弁当らしきものはない。


「あっ」

「自分の手持ちを確認するのは大切よ? 事前に『コレ』が分かっていたなら、テディちゃんを避けた直後に土をアタシに投げつけ、ナイフで反撃するのも可能だったわね。んふふ」


 楽しそうなデライラとは対照的に、ロゼは口を尖らせた。


「ステラさんとふたりで、私をだましたの?」

「あんら、アタシは基本的に嘘が嫌いよ? でもそうねえ。多少の嘘を飾りにしないと、女は美しくなれないの。――本物のお弁当はこっち」


 デライラはカウンターの端に置かれたバスケットを指さした。ロゼがほっと溜息をつく。


「でも、さっきも言ったけど随分動きがよくなったわ。この調子なら、一年足らずでアタシも追い抜かれちゃうんじゃないかしら」

「まさか。デライラさん、すごく強いでしょ」

「んふふ。アタシが『男の中の乙女』だから強そうに見えるのかしら? こう見えてと言うか、見た目通りか弱いのよ? 腕力だけならロゼにも負けちゃうわ」


 骨っぽい手をロゼに見せるようにしながら、デライラは微笑んだ。『女として』見るのであればデライラは背が高く、百五十センチ程度しかないロゼはいつも彼女を見上げる形になる。彼女が高いヒールを履けば、尚更その差は際立った。身長の高さに比例して腕力も強くなるのかとロゼは考えていたが、そういうことではないらしい。

 デライラは胸を揺らさないよう注意深く、けれども相変わらず腰を揺らしながら店の奥へと歩いていく。その後を追いながら、ロゼは言った。


「用事ってこれだけ?」

「いんえ。今のはただの抜き打ちテストよ。教え子がこの三か月で、どのくらい強くなったか見たかっただけ。大切な用事はコレ」


 デライラは新品のワイシャツを数枚、ロゼに見せた。並べられた長袖のワイシャツは、少しずつサイズが違う。


「お弁当と一緒に、これをキバに届けてほしいの。最近空気が冷えてきたし、そろそろ新しい服が要る頃だと思うから」

「分かった。……受け取ってくれるかなあ」

「あんら。むしろロゼからじゃないと受け取らないんじゃないかしらん?」


 目を細めるデライラの背後に、黒色の洋服が見えた。レースのついたジャンパースカートに、二重衿のピンタックブラウス。ロゼの視線に気づいたデライラが、自慢げに微笑む。


「あれはロゼのよ。もうすぐ完成するわ」

「今回のもすごく凝ってるね」

「当然よ。乙女のドレスは気品高く派手にするって決めてるの」


 デライラはそう言うと、「ところで」とロゼのスカートを指さした。


「さっきから気になってたんだけど、スカートがちょっと裂けちゃってるわ」

「え? ……ほんとだ。木の枝でひっかけたのかな」

「こっちにいらっしゃい。縫ったげる」


 ロゼを椅子に座らせ、デライラはそうねえとスカートの生地を見た。


「単なる黒じゃなくて、少し緑の混ざった黒で縫った方がいいかしら。その色なら確かこの辺に……」


 デライラが、自身の髪をいじる。ピンク、白、黄土おうど、緑、赤紫。一本ずつ色の違う髪は規則性もなく生えており、まるで統一感がなくごちゃごちゃとしていた。

 それでも難なく『緑色の混ざった黒色』を選び出したデライラは、その髪をつまみ、軽く引っ張った。抵抗もなくするすると髪が伸びていく。


「このくらいでいいかしら」


 適当な長さまで伸ばした髪を、親指の爪でぷちりと切る。ミニハットに刺さっている針を一本抜いて髪を通すと、慣れた手つきでロゼのスカートを縫い始めた。


「やっぱり便利だね、その髪」


 ロゼが感嘆の声を漏らすと、デライラは「んふふ」と笑う。


「生まれながらにして美意識が高かったなんて、さすがアタシだわ。……ロゼにもそのうち、お裁縫を教えてあげる。習い事が『戦闘技術』ばかりだと息が詰まっちゃうでしょ」

「うん。さっき飛んできた、テディベアの作り方も教えて」

「あんら、良い所に目を付けたわね。生まれながらの乙女はやっぱりステキだわ」


 はいできた、とデライラは糸を切る。スカートは、どこが破れたのかも分からないくらいに綺麗に修繕されていた。


「ありがとう、デライラさん」

「どういたしまして。それじゃ、キバのお洋服もよろしくね」


 そこまで言ってから、ああそうだったわとデライラは付け足した。


「明日と明後日のお稽古はお休みにしましょうね」

「え、なんで?」


 デライラが肩をすくめる。


「明後日、お祭りがあるのを忘れたの? 明日はきっと、ステラが普段の五倍くらいのおつかいを頼んでくるはずよ。忙しくなるわ」

「あ、そっか」


 ロゼは納得したように頷いた。この村ではしょっちゅう祭りが開かれる。ロゼが村に来てからの三か月で、既に三回もの祭りがあった。そのうちの一回はロゼの歓迎会だったが、あとの二回は何の祭りなのかも分からず、食材調達のためにあわただしく動いた覚えしかない。明日もまた、森か川に行くことになるだろう。


「ロゼ」


 店を出ようとしていたロゼを、デライラが引き留めた。ロゼは振りかえる。


「ダメだと判断した時は?」


 質問はそれだけだった。しかし、ロゼは瞬時に答える。


「左脚」

「――よくできました。この店の外では、お化粧道具を忘れちゃダメよ」


 ロゼは頷き、店を出る。

 午前中にも関わらず、数匹のコウモリが空を飛んでいた。




「……落ち着いてるように見えるけどねえ」


 カウンターに頬杖をついたデライラが、ぽつりと呟く。


「だから気になるのさ。あれからまだ、三か月しか経ってないのに」

「あんら。三か月って、一年の四分の一もあるのよ? 人間にとっては長くなぁい?」

「……あんた、それでも乙女なのかい」


 天井から響く声に、デライラは「ひどいわ」と頬を膨らませた。


「アタシは男の中の乙女、乙女を極めし男よ? 美意識の高さなら誰にも負けないわ」

「んまま、美意識と気遣いはまったくの別もんだよ。……見た目が元気だからって、中身も元気になったとは限らないだろう。ったく、『綺麗でか弱い』だけが乙女じゃないよ」

「んもう。そんなに気になるのなら、アンタがちゃんと話せばいいじゃないの。せっかく一緒に住んでるんだから」

「あたしのガラじゃないだろ、そんなの」


 デライラは溜息をつき、天井を見上げた。


「ガラとか知らないわ。アンタだって乙女でしょ」

「うるさい奴だね。もういい帰る」

「あ、待って」


 天井から床に着地した人影に、デライラは何かを差し出した。――先ほどロゼに突進させたテディベアだ。デライラとおそろいのドレスが、光を反射しててらてらと輝く。


「……なんだい」

「あげるわ。いつもアタシと一緒にいる気分になれてステキでしょ?」


 その言葉を聞いた黒い影は、口を三角にした。


「……あのねえ、あんた本当に」

「受け取るの? 受け取らないの?」


 影はしばし悩み、けれどもそっと手を伸ばした。柔らかなぬいぐるみを両手で抱き寄せる。デライラはそれを見て、愉快そうに微笑んだ。


「ホントはそういうの、好きなくせに」

「うるさい。――あとで弁当を取りに来な」

「え? 持ってきてくれたんじゃなかったの?」


 黒い影は返事をせず、音もなくその場から消えた。

 デライラは目をぱちくりさせ、それでもテディベアは持って帰っていることを確認し、


「……お弁当、持ってきてくれればよかったのに」


 女心を全く分かっていない言葉を呟いた。


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