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祭りの夜

 夜の七時。村の人々は村長宅の前にあるスペースに集まっていた。屋台の並んだ空間を、ヒカリキンギョのシャボン玉が照らしている。ロゼはいまだになんのための祭りかも分かっていない状態だったが、それでも村人たちは楽しそうに飲んだり食べたり、あるいは踊ったりしていた。BGMは、住宅地に住むゴーストたちの叫び声である。重なった叫び声は、奇妙なことに音楽として成り立っていた。


「……デライラのやつ、なかなかに可愛い服を作ったね」


 屋台に食べ物を並べながら、ステラがロゼを見る。デライラに貰ったばかりの服をみおろし、ロゼは頷いた。スカートの丈はロング。しかし動きやすいよう配慮された形になっており、一見シンプルな装飾も凝ったデザインになっている。


「スカートにポケットもつけてくれてるの。便利だよね」

「んまま、そうだね。よく似合ってるよ」


 ステラはエプロンを身に付けながら笑った。彼女自身は布きれのようなエプロンと、オレンジ色のバンダナ、それに普段着である黒を基調とした服を着ている。「ダンスでもするならともかく、料理人がフリフリのドレスを着ててもしょうがないだろ」と言っていたのを、ロゼは思い出した。そのくせ、ロゼには可愛い服を着せたいらしい。デライラにロゼの服を仕立てるよう頼んだのは、他でもないステラだったのだから。

 ステラは、タルトを屋台に並べ続けている。ボゴから貰ったバイカーピーチで作った、桃のタルト。今日の祭りでステラが出すものはこのタルトと、野菜たっぷりのスープだった。

 スープにはロゼとハクシーが取りに行ったきのこが入っている。食欲をそそる香りが鍋から漂ってきていた。アジヘンゲキノコも、無事に鶏ガラ味にしあがったらしい。一歩間違えれば履き古した靴、もしくはカビ味だったはずだが。


「……ステラさん」

「なんだい」

「腕、本当に大丈夫?」


 ロゼは、服で隠されたステラの腕を見ながら言った。大けがをしていたステラだが、風呂から出てくるとケロッとした顔で床の掃除を始めた。

 ――もう治ったよ。

 雑巾で床をこすりながら、ステラはそれしか言わなかった。その場に居合わせたデライラも「本人がそう言うなら大丈夫なんじゃないかしら」としか言わず、ロゼはいまだに不安を覚えていた。


「んまま、これが怪我人の動きに見えるかい」


 手早く屋台の準備をするステラが、おかしそうに言った。それでも疑っているロゼに、「見てみな」と短い腕をさらす。そこには、傷痕ひとつ残っていなかった。


「ロゼにゃあ心配かけたね。でも本当にもう大丈夫なんだよ、そういう体質だから」

「……うん」


 複雑な表情のままのロゼを見て、ステラは「そうだ」とわざとらしく声をあげた。


「あんたにこれをやろうと思ったまま忘れてたよ」


 ステラはエプロンのポケットからピンク色の小包を取り出すと、ロゼに向かって振ってみせた。かさりと軽い音が鳴る。ロゼが受け取ると、甘い香りが鼻腔をくすぐった。


「ケーキ屋さんみたいな匂いがする」

「んまままま、中身はクッキーさ。タルト生地で作れる簡単なレシピだ。祭りの準備、いろいろと手伝ってもらったからね。賃金だよ」


 ステラは、料理はもちろん菓子作りもうまい。中でもクッキーは絶品だとロゼはいつも思っていたし、本人にも言っていた。チョコチップやナッツ入りのものはもちろん、プレーンでも充分に美味なのだ。

 ロゼはもらったばかりの小包を、スカートのポケットにいれた。「普段着として着やすいよう、ポケットを付けてみたのよね。便利だし飾りにもなるし」というデライラの声がよみがえる。早速役に立った。

 タルトを屋台に並べ終えたステラは、「よし」と顔を上げた。


「ロゼ。今日はあんたも祭りを楽しみな。店番はあたし一人で問題ないよ」

「え? でも」

「いいから。初めての祭りは緊張してて覚えてないだろうし、二回目以降は店の手伝いに回しちまったからね。今日は屋台を見て回るといい。村の住人も大体集まってるし」

「大体?」


 ステラの言葉を遮り、ロゼはあたりを見回した。


「来てない人もいるの? あ、ナルとヘト?」

「あとはハクシー。今夜は読みたい書物があるってね。ボゴは……出席してるようだね。ああ、あと、キバが来てないか」


 キバの不在。ロゼは、寂しいような安堵したような、複雑な表情をした。


「キバはどうして?」

「祭りのタイミングが悪かったね。今夜は新月だろ」


 ステラが頭上を――夜空を指さした。星はあっても月がない空を。


「今日は、あいつが一番『小さくなる』日だ。キバはこの日を一番嫌っているし、幼い姿を恥じている。新月の夜にあたしらの前に出てくることは、ないよ」


 まったくもって面倒くさい子だねえ、どんな姿でもキバはキバなのに、とステラはどこか悲しげに笑った。うん、とロゼは苦笑する。キバは、青年の姿の時は誇らしげに村へとやってくるが、少年の姿になれば森で過ごすことのほうが多かった。言われてみれば、新月の夜にキバを見たことがない。弁当を配達することもなかった。ステラが気を使っているのか、キバが断っているかのどちらかなのだろう。

 せっかくの祭りなのにな、とロゼは思った。せっかくの祭りで、楽しく話せる機会だったかもしれないのに。けれどもしかすれば、また喧嘩してしまうかもしれない、とも思った。


「――こんばんは。タルトもらえるかな」


 客の声がして、ステラが「はいはい」と準備をする。それから、立ちすくんでいるロゼを見やった。


「いつまでそこに立ってるつもりだい。早く遊びに行ってきな。じゃなきゃ一晩中、店の手伝いさせるよ」

「あ、うん。ごめんなさい。行ってくるね。お祭りが終わる頃には帰ってくるから」


 ロゼは半ば追い出されるようにして、ステラの屋台から離れた。



「――それで、最初にウチに遊びに来てくれたってわけね」


 一部始終を聞いたデライラが、ふんふ、と独特の溜息をついた。デライラの屋台は本店同様、どこか落ち着きのない色調となっている。スパンコールがシャボン玉の光を反射しているせいで、デライラの頬には光るそばかすができていた。


「あの子、いっつもそんなぶっきらぼうな言い方してるの? お弁当をつくるのは器用な癖に、生き方が不器用なのよねえ。あとで注意しとくわ」

「え、ううん。そんなつもりじゃ」

「んふふ。そうね、ロゼはあの子のそういうところも知ってくれてるみたいだし。それに、注意するとすればステラじゃなくてキバかしら」

「え?」


 意外そうな顔をするロゼに、デライラはくすくすと笑った。揺れた胸から、かちゃかちゃと小さな金属音がする。


「あんらあ、キバのことは自覚なし? それじゃ、アタシも黙っておこうかしら。……ま、人に見せたくない姿って誰でもひとつはあるものよね。そこは責められないわ。でも、だから喧嘩腰になるってのはまた違う話よ」


 デライラは刺繍糸かみのけを手櫛ですきながら、黄色の糸を引っ張った。


「んまあ、キバもまだ若いみたいだしねえ。いいわね若いって。ステラならきっとこう言うわよ、『若いってのはいいねえ、面倒くさくて』」

「……それ、村長にこの前言われた」

「あんら。じゃあもうアタシの出番もないわね」


 黄色の刺繍糸をぷちりと切り、布地に刺繍を始める。どうも、客に頼まれたものらしい。すいすいと縫い進めながらも、デライラはお喋りし続ける。ロゼはふと気になって、訊ねた。


「ねえ。デライラさんたちっていくつなの?」

「あんら。乙女に年齢をきいちゃダメよ。同様に、『乙女を極めし男』にも聞いちゃダメ。でもそうねえ、特別に教えたげる。……ロゼの年齢かける十歳よ」


 ひゃくさんじゅう、とロゼは呟いた。


「本当に?」

「んふ、鯖読みすぎたかしら。さすがに若く言いすぎ?」


 ロゼは、デライラの顔をまじまじと見つめた。……三十よりも下にしか見えない。しかし、デライラの言いっぷりからして、百三十歳はゆうに超えているということになる。基本的に、この村の住人たちの年齢は謎だ。デライラで百三十歳を超えているのならば、もとから中年に見えるステラは千歳を超えているのかもしれない。ロゼは唖然とした。


「何やら楽しそうですね。僕も混ぜてください」


 ふっと、ロゼの視界に陰ができた。いらっしゃい、とデライラが声を出す。


「盗み聞きしてたの? やあねえ、乙女の年齢をこそこそ聞くなんて」

「通りかかっただけですよ。話の内容までは聞いていませんでした。……年齢の話でしたか、それは失礼」


 いつの間にかロゼの横に立っているヒルトは、きゅっと目を細めた。琥珀色の瞳は、夜に見るとアルコールのよう見える。怪しげで淫らな、ウイスキー色。

 ヒルトは顎に手を当て、くっくと笑った。


「まあ、年齢なんてものはどうでもいいと思いますけどねえ。女性は一生現役でしょう。年をとったからと言って、魅力がなくなるわけではありません」

「そう言ってくれる男がいるとホントに救われるわ」

「ええ。だから僕は、老婆も熟女も幼女も赤子もウェルカムですよ!」


 両手を広げるヒルトに、ロゼとデライラはしばらくの間押し黙った。


「……ヒルトが人間に捕まるときがきたら、それは「化け物」じゃなくて「別件」のせいになりそうねえ」

「おかしいですね。僕は今、野郎どもの心のうちを代弁しただけなのですが。赤子はさすがに言いすぎましたか」

「ヒルトさん、子供が好きなの?」


 純粋な顔をしたロゼに、デライラはぎょっとし、ヒルトは優しく笑んだ。


「ええ、とても好きです大好きですとも」

「んもう、やめなさい子供の前で」


 短い眉を顰めるデライラに、ヒルトは軽い口調で謝る。


「失礼いたしました。いえね、僕もまだ二十七歳なもので。もう少しすれば色々と落ち着くかと……」

「え、ヒルトさん、二十七歳なの?」


 ロゼは半ば叫んだ。ヒルトは、おや? という面持ちでロゼを見る。


「二十七歳に見えませんか。老けてます?」

「ううん、そうじゃないけど……」


 二十七歳。ヒルトは年相応に見える。しかし、先ほどのデライラとの会話に当てはめて考えるのならば、それプラス百歳はあってもおかしくない。怪訝な顔をするロゼに、デライラはそうねえと肯定した。


「ヒルトはここに来た時、まだ子供だったものね。もう二十七歳なのねえ」

「ええ。なかなかいい男に育ったでしょう?」

「アタシの教育の賜物かしら」


 あはは、と二人は高らかに嘘くさく笑った。ロゼは唖然と二人を見る。

 その視線に気づいたヒルトはふいに笑うのをやめ、白衣のポケットを探り始めた。


「そうそう。ロゼ、あなたに頼まれていた『楽器』が仕上がりましたよ」


 ヒルトはそう言って、白衣から取り出した金属を、ロゼの両手にのせた。



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