5 世界を越えたって、一番の理解者で一番の味方
その夜、フリクセル一家は王城の一室へと宿泊し……夜更け過ぎ。すやすやと眠る二人の子どもを確認し、アルフレドと美雨はそっと部屋を抜け出した。
信頼できる使用人たちが出入り口にいるので、何か異変があったらすぐに教えてくれるので安心だ。
抜け出した先は、時空の塔。大輝の本来の居室だ。
「あ、お疲れー。協力してくれてありがと」
「二人とも、ありがとうございました」
先にクロードが抜け出してきていたのに美雨は驚く。アルフレドはある程度予想はしていたのだろう。諦めたよう様子で肩を竦めただけだった。
秘密の抜け道があるのだと説明されてさらに驚く美雨に、大輝は笑う。
「でもさ。あれで、二人とも容易に攫われたりとかはしないと思う」
竜の血を引く幼い兄妹は、恐ろしい程の魔力を秘めているのだ。遅かれ早かれ、目を付けられる前に堂々と出してしまえという大輝の考えだった。
「ふふ、クロードくん。びっくりしたんじゃない?」
「驚きました。木を立てていた所までは知っていたんですが」
まさか、あんな綺麗なものを作っていただなんてと、クロードはなんだか悔しそうだ。
彼が知っていたのは、謎の大穴を開けて木を植えたこと。生誕を祝って毎年この時期に一週間の祭りを行うことと、ランタンを飛ばすことだけだった。
「でも、大輝がランタン飛ばすとか、そんな素敵なこと考え付くなんて思わなかった」
「ははは、みゅーちゃん酷い」
笑う大輝は、ふと真顔になった。
「ね、もしさ。茜ちゃんに会えるとしたら、会いたい?」
「え? ……会えるの?」
意外な流れで出てきた懐かしい名前に美雨は首を傾げる。
「もちろん、姉ちゃんはこの世界からはもう出られない。それは説明したよね?」
「うん」
あちらの世界と美雨を強く繋ぐ物はもうほとんどない。茜くらいなものだろう。それより何より、この世界はもう美雨をどこへもやらないし、美雨もこの世界で一生を終えるつもりだ。
「茜ちゃんと姉ちゃんの間には道があるから、一回くらいなら茜ちゃんをこっちに連れてこれるよ」
「……そ、う」
あまりにも意外な提案に美雨は息を呑み……答えた。
「じゃあ、その一回は取っておくよ。大輝は茜ちゃんと連絡取れるんでしょ?」
「一応ね。連絡先は知ってるから」
「じゃあ、さ。もしも……茜ちゃんが何か辛くてどうしようもない時があって。一人じゃいられなくなる事があったら。その時に連れてきてくれる?」
美雨の言葉に、大輝は目を丸くし……声を上げて笑った。
「もう! 私は真面目に言ってるのに。ちょっとクサかったかもしれないけど!」
「あっははは、いや、ごめんごめん。そういう意味で笑ってるんじゃなくってさ」
大輝は笑い過ぎで目元に溜まった涙を拭いながら言葉を続けた。
「実はさ。ランタンは茜ちゃんのアイディアなんだよね」
「え、そうなの!?」
クリスマスツリーっぽいものを作る為、大輝は頻繁に行き来をしていたのだ。その際、たまたま茜に会ったのだという。
「そんでね。クリスマスプレゼントにってさっきの話を茜ちゃんにもしたんだけどさー」
「うん」
「みゅーちゃんと同じこと言うんだもん」
今度は美雨が目を丸くする番だった。
提案をした大輝に対し、茜は笑って言ったそうだ。『もし、美雨が辛くって。一人じゃどうしようも無くなった時がもし来たら……その時は私を連れてって。もうその頃はヨボヨボかもしれないけどね!』と。
その話を聞いて、ぽろりと零れた涙を慌てて拭った美雨を、アルフレドはそっと抱き寄せた。
「ミュウは、幸せ者だな」
「……ふふ、本当にね」
この世界へやって来て、本当に色々なことがあった。最初は全然書けなかった文字だってもう書くことができる。魔石のキッチンだって使いこなせるし、夫は素敵なお風呂だって作ってくれた。
長い冬がやってくれば、暖炉の前には夫と子どもたち。たまに騒がしい弟が二人訪ねてくる。
孫に会いに、竜王は頻繁に……ちょっと頻繁すぎるくらい訪れる。ほんとに母が見つけられるのかなんて分からないけれど、その日を信じている。
忙しいけれど幸せな毎日。そんな日々の中でふと思い出すのは……少し口の悪い、優しい親友の姿だった。
私たち、親友だよね。なんてことは言い合ったことなんてない。
世界を隔てても同じ気持ちだということがとても、とても嬉しかった。それが何よりの証しだと思う。
「茜ちゃん。ありがとう」
届くはずのない言葉を、美雨はそっと呟いた。届くはずはないのだけれど、なんだか茜になら届く様な気がしたからだ。
◇◇◇
「あ。今日ってクリスマスじゃなかった? ん、イブだっけ?」
「そうっすよ。先輩忘れてたんですか?」
12月25日の0時半。納期が早まった仕事をやっつけるべく、泊まり込みになってしまった茜は溜息を吐いた。
「何が楽しくて、あんたなんかと二人でイブの夜を過ごさなきゃならんのだろう……はあ」
「茜さん、本当酷いっすわー」
「あっはは、ごめんね! 終わったし、コーヒー淹れてこよっと」
立ち上がり、キッチンへと向かう。哀れな後輩の分も作ろうとマグカップを二つ手に取り、電気ポッドのスイッチを入れて、ふと窓の外に目を向けた。
「お誕生日ランタン大作戦、上手くいったかな。昔見た、映画の二番煎じなんだけどね」
そして、大輝の提案を思い出してクスクスと笑いながらコーヒーの粉を振り分ける。後輩の分は忘れずに砂糖も入れてやる。
「できれば、もう二度と会わないことを祈ってるからね、美雨」
それは、分かりにくいけれど彼女の友情の形。幸せな時は愛する人と分かち合えばいい。どうしても辛い時には、たとえ片道切符でも飛んで行くから。
「さーて、コーヒー飲んだら帰るかな」
うーんと体を伸ばし、温かいコーヒーを両手に持った彼女はキッチンを後にした。
世間はクリスマスでも、彼女にとっては何ら変わらない平日だ。
そして、彼女は知らない。
コーヒーを持って戻ったデスクの前に、緊張した面持ちの後輩が5年越しの想いを告げるべく一大決心をしていることを。
彼女の分かりにくいけれど、確かな愛情でした。
そういう所に惹かれた後輩くんの運命や、いかに!
◇◇◇
成長した彼らや、相変わらずの夫婦に、隼人のお話も書けて楽しかったです。彼は後に竜の道を歩まなかったお兄ちゃんになります。
竜王については少しだけでごめんなさい。またどこかで触れれたらいいなと思います。
最後までお付き合い頂きまして、ありがとうございました。
また、どこかでお会いできたら幸いです。