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2 穴掘り騎士団長と竜殺しの大魔法使い

少し長くなりましたが、このまま投稿します。

「ああ、穴掘り騎士団長」

「違う。穴を掘っているのは、オレではない」


 顔を見るなり不名誉な呼ばれ方をしたアルフレドは顔を顰めた。ロゼリオはきちんと所定の場所に待機させてある。いつもいつも王城の庭を掘り返しているわけではないのだ。


「しかし、庭師殿。ロゼが掘るよりもすごいものが出来てるようだが……」


 庭先にチラリと目線を走らせ、アルフレドは呆れたように肩を竦めた。

 この老いた庭師が心血を注いで保たれるこの庭一面に敷かれた芝生には、雪が薄く積もり、降り注ぐ日の光できらきらと反射していていつも通り美しい。ただ、ど真ん中にぽっかりと……大きな穴が開いている。

 何も知らない者がうっかり落ちたら骨折しそうな大きさだ。


 芝生が少し捲れただけで、いつもなら頭から湯気を出しそうな勢いで怒り狂う庭師の老人は、ニヤリと笑い、ボソボソとした声で話す。

 彼の話し声は急に大きくなったり、小さくなったりと大変聞き取りづらいと城内でも有名だ。しかし、アルフレドにとっては慣れたものだ。


「あれは、大魔法使いが掘ったもんだ」

「ダイキが?」

「王城の一画警備を一夜だけ請け負った日だ」

「ああ、そんなことがあったな」


 アルフレドは顎に手を当てて頷いた。そんなことを言いだす時は、大輝が本来の姿に戻って何かを行う時と相場は決まっているが……。

 当然、彼が竜だということはごく限られた要人しか知らない機密事項だ。この庭師の老人は、純粋に大輝が警備をしていると思っているのだろう。もし大輝が竜だと知っても態度を変えなさそうだが、……いや。彼が心酔している陛下の為に捧げる庭を荒らす輩と判断するかもしれないが。とにもかくにも、大魔法使いが竜であることは秘密のままだ。


 巨大な黒竜が寒い真夜中にせっせと穴を掘っている姿を想像し、アルフレドはあやうく噴き出す所だったがなんとか堪えた。


「それで、そこに木を立てる」

「ああ……クリスマスツリーか」


 あっさりと答えを言ったアルフレドに、庭師の男は不満そうに顔を歪めた。


「団長さんは、あれだね。つまらん」

「……」

「クロード様には、言っちゃならんからな」

「陛下は存じ上げないのか?」


 絶対に知っていると思うが。と、アルフレドは瞬時に思った。

 だってこれだけの大穴で、しかもここは王城なのだ。例え、陛下から絶対的な信頼を寄せられている大魔法使いのやったこととはいえど、報せくらいは行くはずだ。


 しかし、アルフレドはそれを言葉にはしなかった。

 だって、気難し屋で有名な庭師は見たことのないような笑顔を浮かべていたのだから。美雨が見たら、クリスマスシーズンにおもちゃ屋で見かける父親みたいだと思っただろう。


「異界にはすごいものがあるらしいな。……光り輝く木を再現して、木の端々にはたくさんのプレゼントをぶら下げるぞ。もちろん、頂上には女神様の月を付ける。再現はできんでも、それを上回る素晴らしい出来にする」

「……ほう」


 美雨から聞いたクリスマスツリーと、彼の言う物ははなんだか違う。しかし、普段は無口な庭師が瞳を輝かして話しているのを止めるのも無粋なものだ。


「そうか。クリスマスツリーをするのなら妻も手伝いたがっていたから、何かあれば喜んで手伝うと思うが」

「ああ! 団長の嫁さんは魔法使いの姉だったな……」


 嬉しそうに何やら算段を始めた庭師は、ぶつぶつと呟きながら庭の奥……彼の作業小屋がある方へと去って行った。


 残されたアルフレドは、ぽっかり空いた穴を見てしばし思案する。何か祝い事でもあっただろうか。


 今の彼の年齢は出会った頃の美雨よりも少し年上だ。精悍な体躯はそのままに。整ってはいるものの、持って生まれた生真面目な性格が出ていたその顔は……なんだか、少し和らいだ雰囲気になった。


 ふと思い当たり、アルフレドは小さく笑みを浮かべた。


「ああ、もしかして。アレか?」


◇◇◇


「そうそう。丁度いいかなと思ってさ」


 とうとう城内にできてしまった大輝の部屋――前宰相が使用していた執務室だ。

 執務室にしては絢爛豪華だったこの一室は、ひと月前に大輝が使うようになりすっかりと様変わりをした。

 高価なものは全て大輝が処分し、その金は国庫へと納められた。何もなくなった部屋の隅には雑多に資料が積み重ねられ、高価なはずの魔石は壺に無造作に詰めこまれている。それでも入りきれないものはあふれて床に落ちている、ひどい有様だ。


 前に訪れた時よりひどい有様になった室内を見渡し、美雨が見たら片づけなさいと怒りそうだなとアルフレドは思いながら、執務机に埋もれるように座る大輝に頷いた。


「ああ、確かに。オレも少し気にはなっていた。国も安定してきたし、ちょうどいい頃合いだろう」

「クロードの誕生日、ずっと何もしてなかったからな」


 現王、クロードは幼少期に毒を日常的に盛られた上に軟禁状態だった。政権は前宰相が握り、王の存在は無いも同然だった。生まれた時より不幸続きだったため、生誕祭すら行われなかったのだ。


「この国じゃあ、国を継ぐ男子が産まれたら一週間ぶっ続けで祝うんだろ?」

「ああ。ただ、陛下は生誕されてすぐに母上様が倒れられ……そのまま身罷われた。喪中のままに次々に不幸が起きたから、何もしていないな」


 父親となった今、アルフレドにはとても他人事には思えないのだろう。幼かった王を思うと自然と彼の形の良い眉はぎゅっと寄せられる。


「だからさ。丁度いいなって思って。クロードの生誕祭、毎年この時期にしようと思ってさ」


 大輝は立ち上がり、ゆっくりと窓へと近寄って庭を見下ろした。彼の視線の先には自身が掘った大きな穴がある。あとは、手頃な木を立てるのだという。


「この国もだいぶ落ち着いたし。クロードを少年王ではなく、王なんだって知らしめるいい機会だと思うんだよね」


 少年王と、近隣諸国は言う。幼くして、周りの力によって王位についた子どもを揶揄してのことだ。それは事実なのだから仕方ないですと、当の本人は言っている。しかし、彼も六年の時を経て随分と成長をしたのだ。

 大輝がこの世界に来た当時の年齢には満たず、まだまだ少年の域を出ないが……この世界において、クロードはもう“子ども”ではない。


「一週間の間、祭りを続けることができるということで国力の誇示。そして……教団を終わらせたのがオレだってはっきりさせる」

「とうとう、表舞台に出る気になったか?」


 大輝は外を見たまま頷いた。国内ではその人ありと謳われる大魔法使いだが……国外からは正体不明の切れ者と言われる謎の人物のままだ。


 ある日突然やって来て、幼き王を王位に戻した。前宰相並びに腐敗しきった中枢を一掃して制度を改めた立役者であり、近隣諸国を悩ませていたくだんの教団を追っては壊滅させていく……『竜殺し』とまことしやかに囁かれる謎多き魔法使いだ。


「うん。本当はやりたくなかったんだけどねー」


 ふうっと、大輝は長く息を吐きだし、皮肉げに笑った。


「竜殺しの大魔法使いを従える王って箔付けも必要かなってね」

「……そうか」


 竜を狂信的に崇拝し、人間を憎み……自らも竜になることを憧れた人間たち。魔物にもなりきれない哀れな生物を生み出し、世界中にばらまいていた教団を大輝が完全に絶やせたのは……つい半年前だ。彼らが30年近く前に攫うのに失敗した、竜の愛し子に絶やされたという皮肉な最後だった。


 ずっと悩んだ様子で竜王の里へと頻繁に通っているようだと。クロードが心配そうにアルフレドに相談していた当時を思い出す。


 己と己の家族の運命を歪めた元凶であり、これからも家族の未来を脅かすであろう存在を放置してはおけなかったものの、相手だってまた人間なのだ。大輝も色々と思い悩んだのだろう。


 彼の決心のきっかけは分からないが、とにもかくにも成し遂げた後の大輝は「後悔はしてない。全部、責任はとる」と頷いていた。それがこれなのだろう。


 窓に触れていた大輝の手が、ぎゅっと強く握られた。

 外の冷気と、手の熱とでガラスが薄く曇っている。


「もう二度と。この国にクロードのような人間は作らせない」

「そうだな。オレもこの命が続く限り、この国と……ここに住む人を守ろう」


 窓の外にはうっすらと雪が舞っている。

 これから寒さが増して行き、どんどんと雪が積もり……大輝が計画している生誕祭の頃には、アルフレドの暮らす家はいつものように雪に埋もれるのだろう。

アルフレドと美雨の子どもが生まれて、すぐにかの教団の殲滅に乗り出しましたが、六年かかったんだよねっていうお話。


次は子どもたちのターンです。

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