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女難

作者: 頭山怛朗

 昨年、定年になったばかりで死んだ親父が何時か、記憶が間違いなければ中学校に入学した春におれに言った。「お前がまだ母さんのお腹にいる頃、街で八卦見に声をかけられた。“お腹の子は男だな?! ひどい女難の相が出ている。中学生になったら気をつけるように言ってやりなさい”と言われた。八卦見を見たのはそれが最初で最後だった」

 おれは、今、二十四歳。今のところ幸いにも女難にあったことがない。と言うか、女と深い付き合いをしたことがない。女に興味が無いわけではないが、どうしても女が欲しいと思ったことがない。女と付き合うのが面倒だった。生理的現象が起きたらAVを見て済ませていた。


 ある金曜の夜、友達のマンションに仲間数人と酒や肴を持ち寄って飲み会をした。テレビにあの女が映っていた。

 おれは言った。「テレビを変えてくれないか。おれはあの女が嫌いだ」

 友人が言った。「いいじゃないか?! なかなか可愛い女だ」

「変えてくれないなら帰る」と、おれは言った。

 決してイケメンでなく身長百九十の大男のおれが、何時になく真剣なので友人はチャンネルを変えた。おれにも一度も会ったこともないその女が、どうして嫌いなのか分からなかった。

 その夜は友人のマンションで雑魚寝をして、翌日、昼前に解散した。その後、おれは高速に乗って目的地も決めずに車を走らせた。こんなこと今までに一度もなかった。どれ位走ったろうか、日付が変わった頃、おれはICを降りた。名も知らないICだった。最初の信号を左折した。直ぐに街並が途絶え山の中の曲がりくねった狭い道になった。街灯はなく真っ暗だった。対向車も滅多になかった。

 突然、対向車のライトの光が目に入った。と、その光の中に、人影が浮かんだ。対向車は人影を避けきれず跳ね飛ばし、それはおれの車の前に落ちた。おれは必死でブレーキを踏んだが間に合わなかった。おれの車はそれを轢いた。

「こんな時間にこんな所で、いきなり飛び出してくるのが悪いのよ! 」と、女が言った。

「そうだな。おれも、そう思う」と、おれは言った。

 被害者は小柄な老婆だった。素人目にも死んでいるのは明らかだった。それに、おれの車は女の足を轢いているだけだった。おれの方が絶対に有利だった。

 おれは言った。「警察に電話しないと……」

「冗談じゃないわ! 悪いにはこの婆よ。私じゃない」と、女が喚いた。

 その女はあのテレビの女だった……。おれは女の勢いおされて、あの女の言う通りにした……。それが、全ての誤りの基だった。数ヶ月後、おれは気が変わってその女を脅迫した。まずは前から欲しかった話題のH社の軽スポーツカー。それから……。少しやりすぎた。何度目かの金の引渡しの現場に警察が現れた。おれはあの女を羽交い絞めにし(頭が丸出しだった)、女の首にナイフを突きつけて喚いた。「警察は離れろ! そもないとこの女を殺すぞ! 」

「止めなさい。まだ、罪は軽いわ」と、女の声がした。おれの正面に立っていた私服の女刑事だった。手には拳銃を持っていた。

「五月蝿い! 」おれは喚いた。おれは完全にパニックだった……。


 あの女は警察の取り調べに言った。ただ、その内容は一部事実とは違っていた。「数ヶ月前にG県のW市の山道で人身事故を起こした。あの男が運転している車が撥ねた老婆を私も足を轢いてしまった。私は警察に届けようと言ったけれど、あの男は“そんなことしたらお前のタレントとしての一生は終わりだ”と言われて、つい……。第一、あの大男が、あの顔が怖かった」

 それは、あの女の生涯最高の名演技だった。世間は女の言葉を信じた。人は、所詮、外見で評価するものだ……。おれがあの女をひどく嫌っていたことを友人達が証言したのも、おれには不利だった。

 おれの遺体をお袋と妹は受け取りを拒否、誰も見守る人がいないまま火葬された。妹は結婚間近だったのだ。

 老婆は何も分からないまま徘徊する人生から開放され、あの女は世間から同情されますます人気を得た。おれを撃ち殺した女刑事は昇進し、社会注目の事件を被疑者死亡で送致した女刑事課長は役目をこなしキャリアアップした。妹は結婚し母親になり、お袋は孫娘を嬉しそうに抱いた。

 一方、“女難”のおれのせめてもの救いは女刑事の撃った弾が頭のど真ん中を通過し、死んだことも分からないまま速攻で即死したことだ。


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