第5話 「クエストの誘い」
夕方まではバイト、帰ってから2時間ほどOLOに潜る。そのような日々が5日ほど続き、ようやく俺は休みを迎えた。
グレイセスでバイトすることになった雪那の友人であるレオナとは、初日以外大して接していない。彼女も大学生であるため、夕方からの方が都合が良いからだ。
初日に付きっ切りだったこともあって分かったことだが、レオナは物覚えが良いほうだ。それに明るくさっぱりとした性格なので客受けも悪くないと思う。来月くらいには充分な戦力になってくれているのではないだろうか。
「……まあそれは今は置いといて」
せっかくの休日なのだから目一杯羽を伸ばすことにしよう。やるのはもちろんOLOだ。
日に日に童心に返っているのか、失っていた熱を取り戻しつつある今日この頃。ふと気が付けば、仕事中でもOLOのことを考えてしまっている時がある。それくらい俺はOLOにハマりつつある。
とはいえ、起きてすぐに活動できるタイプでもない俺は、しっかりと頭が冴えるまでアイスコーヒーを飲みながらOLOの公式サイトやWikiを見ながら情報を確認することにした。
「……やっぱり攻略は進んでるみたいだな」
OLOは超巨大な大陸で成り立っており、大陸の端の方にある《始まりの街》から攻略していくことになる。俺は未だに《始まりの街》を拠点にしているのだが、最前線は次の次の街くらいまで到達しているらしい。
過去に最前線で戦い続けた経験があるせいか、少し落ち着かない気分になる。
しかし、今はあのときと違って安全にゲームを楽しむことが出来るのだ。大規模なイベントがあるならば別だが、今は自分のペースで進めていけばいいだろう。
「ん?」
不意に聞こえてきたかすかな振動音。その位置に意識を向けてみると、幼馴染の名前が表示されている携帯電話があった。
もしや……誰かが休んだから出てきてくれとか。
そんな不安を抱きつつ電話に出ると、申し訳なさのようなものは全く感じられない普段どおりの雪那の声が聞こえてくる。
『あっ恭也くん、今時間大丈夫?』
「ああ……休みでも出たのか?」
『え? あぁ……出てきてって話じゃないから大丈夫だよ』
雪那の言葉にそっと胸を撫で下ろす。
バイトの話でないとなると、残る選択肢は2つほどしかない。ひとつは買い物に行くから荷物持ちをしてほしいといったもの。もうひとつはOLOで一緒に遊ぼうというお誘いだろう。
『あのね、実は今日レオナとOLOで遊ぶ約束してるんだけど……恭也くんも一緒にどうかな?』
俺にバイト以外でこれといって外に出る予定がないのを知っているはずなのに、今のような聞き方をしてくれるなんて本当に優しい奴だ。時々その優しさが辛く思ったりもするが……まあ「絶対一緒にやりなさいよね!」のような言い方をされるよりはマシなのだが。
雪那とは一緒にやったことがあるが、レオナとはまだないんだよな。けどあいつは性格的に接しやすい奴だから一緒でも問題はないか。
「俺は別にいいけど……レオナに確認は取ってるのか?」
『それは大丈夫。恭也くんを誘おうって言ったのレオナだから』
「あっそう……」
血が為せる業なのか何とも積極的なことで……強いプレイヤーと戦いたいとか言っていた気がするし、まさか今日決闘を申し込まれたりしないよな。
OLOにはレベルが存在していないのでプレイヤースキル依存な部分が多いわけだが、好戦的ということはそれなりにプレイヤースキルがあるはず。またスキル熟練度も早く始めているあちらのほうが高いはずだ。2年以上離れていたブランクもあるだけに今の俺で勝てるかどうか……。
このように思うのは負けず嫌いだからというわけではない。単純にやるからには勝ちたいと思うだけだ。
「それで、何をするのか決めてるのか?」
『一応レオナがやりたいクエストがあるらしくて、それをしようと思ってるんだけど……どうかな?』
「いいんじゃないか。今のところ俺にはやりたいものもないし」
装備をより良いものに変更したいとは思うが、今居る場所で買える装備は初期装備と大差があるわけではないし、敏捷系重視の俺は金属系の防具を着けたくない。武器に関しても攻撃力は上がるが耐久度が下がるというデメリットがある。
また確かOLOの近接攻撃ダメージの算出式は武器自体の攻撃力、ヒット位置、攻撃スピード、相手側の装甲が基本となっていたはずだ。武器の攻撃力よりは命中精度や攻撃を行う速度を高めたほうが現状では効率が良いだろう。
『そっか、じゃあ決まりだね。私とレオナだけだとクリアできるか不安だったけど、恭也くんがいればきっと大丈夫だね』
「おいおい、熟練度で言えば俺が1番低いんだぞ。あまり過度な期待するなよ」
『何言ってるの? あんなに速く動ける人に期待するなってのは無理な話だよ』
このような反論はまあ予想していた。
俺は敏捷性に補正を掛けるスキルを取っているわけだが、OLOにおいてキャラクターの運動速度を決めるのは隠れステータスだけではない。フルダイブシステムの電気信号に対する脳の反応速度も関わっているのだ。
これについては生まれ持っての反射神経になってしまうわけだが、一般的に長時間の経験によって速度は向上することがある。と前に何かで見たか読んだ気がする……愛読しているラノベだっただろうか。
いや、たとえラノベに書いてあったことだったとしてもあながち間違ってはいないだろう。
レベルが存在していない世界で始めたばかりの俺が雪那を驚かせるような動きが出来たのは、3年にも及ぶ経験によって一般の人間よりもフルダイブシステムに適した脳になっているからだ。長時間ダイブしてもVR酔いと呼ばれる症状が出ないことや雪那を驚かせる運動速度がそれを証明していると言える。
『頼りにしてるからね』
「ま、善処はするよ」
『うん。えっと、待ち合わせなんだけど……』
前回のように中央広場で待ち合わせるかとも思ったが、どうやらクエストを受けれる場所が街から出て北東に向かったところにある洞窟の近くらしい。なので街の北門で待ち合わせをすることになった。
『場所に関してはそれでいいかな?』
「ああ。時間はどうするんだ? 俺は別に今からでも大丈夫だが」
『レオナは準備万端のはずだし、私もログインするのは大丈夫……だけど、アイテムの買出しをしときたいから今から30分後までに集合でどうかな?』
特に問題がなかったので肯定の返事を行って少しやりとりをした後、俺は通話を終えた。
ポーションの類は手元にまだあったが、買出しをしておいてもいい。だが北門に向かうまでに店はあるはずなので焦る必要はない。
だがしかし、待ち合わせに遅れたりするつもりはないが……最後に行くのもどうかと思う。俺は相手を待たせるよりは待った方が気持ちとして楽に思うタイプなのだ。
なので俺は、すぐさま自分の部屋に向かってOLOにログインすることにした。意識が現実から切り離されたかと思えば、アバターとして仮想世界に降り立っていた。
「……よし」
何度か手を握り締めたりして感触を確かめた俺は、待ち合わせ場所である北門へ向けて歩き始める。
始まりの街を拠点にしているプレイヤーの多くはまだ固定のパーティーを組めていないため、今日も周囲からは可愛らしい声から野太い声まで様々な声が響いている。
自分から教えるかウィンドウを可視化して見せない限りはスキル構成を他人が知ることはできない。だが装備を見れば方向性くらいは分かるものだ。それだけに俺も何度か声を掛けられる。その度に丁重に断ったのは言うまでもない。
「…………っと」
人にぶつからないように気を付けていたのだが、すれ違った際に腕が当たってしまった。
痛覚に関しては現実と違ってほとんど感じないように設定されている。そのため手を押さえるような痛みは俺もあちらも感じていないはずだ。しかし、ぶつかった以上は一言謝るのは筋というものだろう。相手が気にせず去って行っていたならば、そのときはこちらも気にせずに進めばいい。
足を止めて振り返ると、壮年の男性が俺を真っ直ぐに見据えていた。全身を甲冑で覆い、大型の剣と盾を背中に装備している。左目には古傷があり、それがまた貫禄を感じさせる。実にいぶし銀と呼べそうなプレイヤーだ。
「これは失礼。お怪我はありませんかな?」
「はい、こちらこそすみませんでした」
「いえいえ、これだけ人が居れば仕方がないこと……ん?」
渋い男性プレイヤーが俺の顔を覗き込んでくる。
俺の記憶が正しければ、このプレイヤーと出会ったのは今日が初めてのはずだ。OLOで知り合いなのはユキと、これから会うことになっているレオナのアバターだけ。また周囲には俺よりもイケメンや特徴的な外見をしているプレイヤーは居る。顔を覗き込まれる理由はないと思うが……。
「何か?」
「おっとこれまた失礼。少々昔の知人に似ていたもので……どこかに向かわれているご様子でしたな。お止めして申し訳ありませんでした」
「あぁいえ、お気になさらず」
それを最後に壮年のプレイヤーは軽く頭を下げると去って行った。彼の後姿を見て俺は、実に自分の思い通りにアバターを動かせていると感じた。
勘が良いのか、はたまた長時間潜っているのか……まあ気にすることもないか。
いつまでも立っていても邪魔になるので、俺は北門に向けて歩き始めた。より一層ぶつからないように気を付けたこともあり、何事もなく目的地に到着する。
ユキはまだ来ていないようなので、アイテムやスキル熟練度を確認して時間を潰すことにした。一通り確認してふと空を見上げると、聞き覚えのある声が耳に届く。
「ツルギく~ん」
走ってこちらに向かってくるプレイヤーは、待ち合わせをしていたユキで間違いない。
しかし、俺は思わず視線を背けそうになる。何故ならば、ある一部がとても揺れているからだ。
この言い方から想像している人もいるかもしれないが、結果的に言って俺は視線を逸らさなかった。俺だって年頃の男なのだ。幼馴染とはいえ見てしまうのは仕方があるまい。
「ごめん、待たせちゃって」
かなりの距離を走ってきたのか、頬が若干赤みを帯びている。もしもここが現実世界だったならば、きっと汗ばんでいたはずなので今以上に色気があったはずだ。魅力的な幼馴染を持つとある意味大変である。
「いや俺も今来たところだから……あいつは?」
「えっと、もうすぐ来ると思うけど……あっ、来たみたい」
ユキの視線を追ってみると、猫科と思われる獣の耳と尻尾を生やしたレオナがこちらに歩いてきているのが見えた。あの分かりやすい特徴からして種族は獣人、背中にある巨大な斧から予想するに一撃の重さを重視した物理タイプと思われる。
「Hello」
「発音良いな」
「それは当然でしょ。日本に住んでてもアメリカ人なんだから……えっと」
「こっちではツルギだ」
「OK、ツルギね。あたしはレオーネだから」
会ったのは最近のはずなのに何とも親しげというか軽い挨拶である。あまり人と親しくなるのは得意ではないのだが、短時間でここまでの距離感になったのはレオーネの力が大きいだろう。
……にしても、こっちはこっちで目のやり場に困るな。
ユキは巫女装束のようなデザインで落ち着いた色の衣服を着ているのだが、レオーネは彼女と比べると実に開放的な格好をしている。腹部や太ももが丸見えで、胸の谷間も……これ以上注意深く見るのは危険なのでやめておこう。
「ツルギ、どうかした? ……はは~ん、そういうこと。別にいいんだよ、見るならじっくり見てもらっても」
人のことをからかって楽しむ癖でもあるのか、レオーネは挑発じみた顔で笑みを浮かべつつセクシーなポーズを取る――
「レオーネ、あなたはいったい何をやってるのかな?」
――が、一瞬でイイ笑顔を浮かべたユキに詰め寄られてしまい、今にも泣きそうな顔で俺に助けを求めてくる。
レオーネ、ユキも年頃だから色々と興味は持っているだろう。けどな、修学旅行の夜だとか女子だけのお泊り会でならまだしも、こんな場所であっち方面に関わりそうなことをすればこうなって当然だ。それなりに付き合いがあるなら分かっているだろうに。
少し痛い目に遭ったほうがレオーネのためかもしれないとも思うのだが、クエストを受ける場所を考えるとこの場でやるよりは移動しながらやってもらったほうが時間を無駄にしないで済む。なのでユキにそのように言うと、実に明るい笑顔と声で肯定的な返事をしてくれた。
「じゃあ、出発するか」
「ちょっ、あたし達仲間だよね。普通仲間が困ってたら助けるんじゃないの!?」
「いや、まだパーティーも組んでなければフレンド登録もしてないし。というか、いつものことだから止める必要もないだろ?」
「ツルギの薄情者!」
「ツルギくんのこと悪く言っちゃダメだよ。悪いのはレオーネなんだから」