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第3話 「キャラメイク」

 気が付いたときには、仮想の足が異世界に着いていた。

 といっても、ここまでまだアカウント情報の登録ステージだろう。OLOをやる前にもVRゲームをいくつかやっているだけに最初の流れというのは理解できる。

 頭上にオンリーライフ・オンラインというロゴが出現したかと思うと、目の前に半透明のキーボードが出現する。

 最初に求められたのは新規IDとパスワードの入力。

 これは今まで使ってきたものを流用できるのですぐに終わる。

 次の工程はプレイヤーネームの入力だった。VRMMOを行うのは初めてではないし、ゲームごとに名前を変えるタイプでもない俺はこれまでと同様に《Tsurugi》と入力。性別は言うまでもなく男性……。


「……待てよ」


 先に進もうとした時、俺の脳裏にあることが過ぎる。

 一般的にIWOに関する出来事を知っているのは生還者と事情聴取を行った政府の人間だけだ。俺があの世界でツルギと名乗っていたことを知っているのは少数だろう。


「いや……」


 当時の俺の姿は5年も前のものだ。それに俺は現実に戻ってきた後、政府の用意した学校には通わなかったので、あの世界で繋がりがあった人間の現状はほとんど知らない。言い換えれば、あちらも俺のことをよく知らないと言える。

 俺は中学に入ってから一気に身長が伸びたのだが、そのあとも止まることはなく徐々にだが伸びた。5年前と比べると5、6センチは違っている。

 あの事件はすでに世間では忘れ去られようとしている。使っているプレイヤーネームも珍しいものではないのだから、変に緊張や不安を抱える必要もないだろう。それに


「せっかくあいつがタダでくれたんだ。楽しまないと悪いよな」


 気持ちを切り替えた俺はキャラメイクを進める。

 名前の次に決めるのは種族。

 俺がプレイしているものは通常版であるため、人間、エルフ、獣人、ドワーフ、魚人の5種族から選ぶことになる。もしも仮にプレミア限定版だった場合、一般プレイヤーからすればレアな3種族を選べるだけに俺ももっとキャラメイクに時間を掛けることになったに違いない。

 待ち合わせをしてしまっただけに通常版で良かったと心から思う。このような考えはあいつに悪いような気がしてしまうので、今はキャラメイクを進めることにしよう。


「……ここは人間かな」


 筋力や敏捷といった隠れステータスの基準は分からないが、ゲームには昔ながらの流れのようなものがある。エルフならば魔法に関する能力が高いだろうし、獣人ならば筋力または敏捷が他よりも高いことだろう。具体的に予想できないのは、獣人は犬科や猫科の他にも無数に存在しているからだ。

 話を戻すが、人間ならばステータス的バランスも最も良いだろう。器用貧乏になってしまってはあれだが、装備の制限も最も少ないはずだ。

 雪那のレポートには、魚人は見た目や専用スキルからネタとして扱われることもあるが、足手まといになるかはプレイヤーの腕次第。と書いてあったので、おそらくどの種族でも戦えるのだろう。


「……まあ」


 単純に自分の耳が尖がっていたり、獣耳が生えている姿に抵抗を覚えているのも理由だが。

 3年もの間、自分自身の姿で仮想世界で過ごしたせいか、自分にそれらがあるとなると違和感を感じてしまう。他人ならばそこまでないだろうし、慣れれば問題ないだろうが……やはり今すぐは無理だ。

 それに何より、俺にはあの世界に置いてきてしまったものがある。

 別の世界であるここで取り戻せるものなのかどうかは分からない。だが、やってみなければ分からないのも確かだ。あの世界に居た頃の自分に近づけたアバターでプレイするほうが可能性としては高くなるだろう。


「次は……容姿の調整か」


 当然といえば当然だと言える。種族の選択によって自身の耳が尖ったり、獣っぽくなったりするし、体型にも補正が入るのだから。


「時間を掛けて違う自分を作る奴もいるんだろうが……」


 先ほどのとおり、俺は可能な限りあの頃の自分に近い状態で行いたい。

 俺は少し童顔気味というか中性的な顔立ちをしているらしく、体の線も細い。そのせいで小さい頃は周囲に女の子扱いされたこともある。

 が、変声期を向かえ身長も伸びてからはそういうのはなくなった。もしも高校や政府の用意した学校に通っていたのなら、文化祭の類で女装させられた可能性は高いが。

 コンプレックスと思うほどではないし、仮想世界の中には美男美女からネタに走った者まで幅広く存在しているはずだ。容姿をそれほど気にすることはあるまい。


「まあ遊びで髪とか瞳の色くらい弄ってもいいんだろうけど……」


 変に髪型を弄ると雪那に何か言われそうであるし、これまでに髪を染めた経験がないので黒髪以外の自分は考えただけで落ち着かない。

 おそらくこのへんはあとでも専用のアイテムなどで弄れそうな気もするので、今後本当にやってみたいと思ったときにやることにしよう。


「次にスキルの選択か」


 目の前に表示されるスキルの数は膨大な量だ。優柔不断な人間ならば、アバターを作るだけで1日が終わるのではないかとさえ思う。

 このゲームはレベル制のないスキル制。

 にも関わらず、選択できるスロットの数は7つと限られている。プレイヤー達はこの制限内で己自身を作り上げるしかないのだ。

 とはいえ、スキルの変更はいつでも可能であり上げた熟練度も下がることもないらしい。果てしない時間を掛ければ全てのスキルを完全習得することも可能なのだ。大事なことなのでもう一度言っておくが、果てしない時間を掛ければ。

 まあスキルの他にも、《種族熟練度》というものも存在しているのだが。

 これはレベルの代わりのようなもので戦闘やクエストをこなすことで少しずつ上昇し、HPやMPの上限を上げたり、属性・状態異常の耐性を上げてくれるスキルなどを習得する。

 言う必要はないだろうが、選択した種族によって上昇率やスキルに違いは出てくるし、ここで得られるスキルはスロットにセットしなくても発揮される。


「迷うのも楽しい時間ではあるけど、スキルの選び直しはいつでもできる。それにあまり時間を掛けるのはあれだし……」


 事前にスキルの情報も仕入れていたこともあって、俺は素早くスキルスロットを埋めていく。

 あの世界でも使っていた武器スキル|《片手直剣》を筆頭に、敏捷性に補正を掛ける《疾走》と、跳躍といった一際強く地面を蹴る際に加速を掛けてくれる《瞬歩》。敏捷重視なので盾を装備するつもりはないが、一応軽減手段はほしいので《武器防御》も選択する。

 加えて、敵が攻撃中に攻撃をヒットさせることでダメージ補正の掛かる《反撃》に、判定部位の狭めまた回避した際の無敵時間を延長してくれる《見切り》、そして最後に刀剣での攻撃の際に色々と補正を掛けてくれる《剣技の心得》でスロットを埋めた。

 俺の構成を一言で表せば、敏捷性重視の剣士になるだろう。

 魔法?

 まあ魅力的にも思うが、俺はあの世界を剣一本で戦ってきたわけだし、愛着があるプレイスタイルだけに大きく変えるのは抵抗があるのだ。


「……んで次は」


 どうやら初期の衣服を決めるようだ。

 見た限りデザイン自体は多くないが、色違いは複数存在していることもあって選択肢はそれなりにある。ここも迷う人間は迷うところだろう。

 とはいえ、装備は時間と共に変わるものだ。

 ここに時間を掛ける意味もないと思った俺は、インナーは鈍い赤色を選択し、シンプルなデザインの黒いジャケットとパンツを選択して先に進んだ。

 すると、ようやく全ての工程が終わったようで今までに決めてきた情報が一覧表で表示された。

 やっぱりこうしようかな……、という思いのなかった俺はOKボタンを押す。確認のメッセージが表示されたので、再度OKボタンを押した。

 全ての初期設定の終了、幸運を祈りますというアナウンスが流れたかと思うと、俺の体を光が包み込む。この光が収束したときには、俺はALOの世界に降り立っていることだろう。




 光の収束と同時に、目の前には青い空と西洋風の街並みが広がっていた。

 先ほどまで居た空間が暗かっただけに、急に晴れ空の下に立つと何とも言いがたい感覚に襲われる。

 だがそれ以上に、2年ぶりにダイブした仮想世界のグラフィックはあの天才が作り出したものと同等に思える。

 2年も経過しているのに進歩がないのか、と思う人間もいるかもしれないが、そもそもあの世界のグラフィックが進みすぎていたのだ。あれ以前のゲームを考えれば充分に進歩している。

 それに水中戦に適した種族が存在しているのならば、きっとこの世界に存在している液体もより現実に近いものになっているはずだ。

 そう考えるとなかなかに強い興奮を覚える。

 この世界を見て回りたいような気持ちも芽生える。だがこの広場に居るように言われている身であるため、勝手に行動できないことはないが後で面倒なことになるため実行はしたくない。


「さて……」


 まずは確認からすべきだろう。 

 視線を自分自身に向けてみると、服装は先ほど指定したものをちゃんと身に着けている。背中には標準サイズの剣が一振りある。

 久しぶりの仮想世界なので何度か手を握り締めたり、軽く跳んでみたりして感触を確かめる。セットしているスキルで補正はすでに掛かっているのだろうが、熟練度が低いだけに補正も微々たるものだろう。かつての自分には到底及ばない。

 ――あっちにはレベルが存在してたんだから比較は良くないな。

 何よりかつての自分にあったものを取り戻そうという気持ちはあれど、この世界はデスゲームではない。あの頃の自分に完全に戻るのは不可能だろうし、戻るのも良くはないだろう。最善なのは欠けたものを取り戻し、先に進むことなのだから。


「……にしても」


 正式サービスが始まってそう時間が経っていないだけに、まだまだ初心者も多いようで広場は多種多様なプレイヤーで賑わっている。あまりの数に軽く酔いそうだ。

 金髪に銀髪……赤に青…………尖った耳に獣耳。それに尻尾……角に羽。

 周囲には、実に様々なプレイヤー達が確認できる。現実に等しい俺に比べれば、実に作るのに時間を掛けたのだろう。中には種族的補正以外はデフォルトの美男美女もいるかもしれないし、性別を偽っている者もいるかもしれない。

 だがゲームの楽しみ方は人それぞれだ。本人が良いのならば、他人がどうこう文句をつけるのは間違いだろう。

 これだけ周囲に人がいるとなると、単純な待ち合わせだけでどれだけ時間を有するか分かったものではない。雪那が例のものを教えてくれたのも頷ける。

 俺はフレンドリストを開いて登録画面に移り、アバターID検索を行う。アバターIDは身分証明に等しいものだけに検索で出てきたのは無論ひとりのみ。

 プレイヤーネームは《ユキカゼ》。

 どことなく忍者のような名前ではあるが、本名をそのまま使うよりはマシだろう。それに彼女の見た目は大和撫子と呼べそうなものだ。和風の名前を使っても違和感はない……外見を弄っていなければの話だが。

 追跡機能と呼べそうなシステムを使用すると、街のマップが表示され点滅するマーカーが出現する。今まさに広場に足を踏み入れようとしている状況だ。こちらから近づく方が効率が良いだろう。

 人ごみを通りながらマーカーに向かって近づいていく。プレイして間もない人物が多いだけに、耳にはいくつものパーティーへ誘う声が届く。


「あ、そこのカッコいい剣士さん。よかったらパーティー組まない?」

「ん? あぁいや、悪いけど待ち合わせしてるから」

「そっか、なら仕方がない。引き止めてごめんね」


 笑顔を浮かべて小柄なプレイヤーは去っていく。

 バイト先で一応接客も行ってはいるが、理由もなく知らない相手に自分から話すのは苦手だ。仮想世界とはいえ、活発に他人を誘えるプレイヤーには軽く尊敬の念を覚える。

 気を取り直してマーカーに向かって進んでいくと、周囲を見渡しながら歩いている女性プレイヤーが見えた。

 長い黒髪がわずかばかり紫がかっているせいで疑問も抱いたが、あの顔立ちと豊満な胸を始めとしたスタイルの良い体は現実の彼女に相違ない。和風テイストの衣服と弓が実に似合っている。種族は耳の特徴からしてエルフだろう。

 余談だが、弓という武器はあまり使われていないらしい。理由としては矢は消費アイテムなのが挙げられる。序盤では懐も寂しいだけに、矢代だけでもかなりの痛手に感じてしまうだろう。

 だが矢には通常よりも値が張るが属性付与されたものや回復効果のあるものも売られているため、メリットがないわけではない。またレベルが存在しないため、多くのプレイヤーはパーティーを組むだろう。仲間内で助け合えば不遇扱いされることはあるまい。


「おい、こっちだ」


 俺が話しかけると、ユキカゼの意識がこちらに向いた。彼女の表情から察するに、俺をきちんと剣崎恭也だと理解したようだ。現実の俺と相違ないので疑われても困るのだが。


「あ、そっちから来てくれたんだ……えーと」

「名前はツルギにしたよ」

「了解。私の名前は分かってるよね?」

「ユキカゼだろ?」

「うん。でもユキだけでいいよ」


 あちらから提案してくれたわけだが、「ユキ」という呼び方には抵抗を感じてしまう。

 今では親しい関係にあるが、俺と彼女は学校の成績で言えば凡人と秀才と評価されていた。世間で正論と言われることを度々言われたため、それに苛立ちを覚え、思春期という不安定な時期を迎えた頃に俺達の関係は一度悪化している。

 全く会話がない状態になったりはしなかったが、距離感が離れたのは事実だった。俺は「ユキ」という呼び方から「雪那」に変わったし、あちらも「キョーくん」から「恭也くん」に変わったのだから。

 そのあと3年ほど俺があの事件に巻き込まれたこともあって、表面的には親しく見えるだろうが、深層的な部分は離れてしまったままだろう。

 まあ互いに大人になった結果だと考えることもできるわけだが……今回の彼女の行動は彼女なりに踏み込んできてくれたのだとも考えられる。ならば俺も少しは努力するべきなのだろう。


「それでユ、ユキ……これからどうするんだ?」

「それは……も、もう、恥ずかしそうに言わないでよ。こっちまで恥ずかしくなってきちゃったじゃない」

「仕方ないだろ……嫌ならユキカゼで我慢しろ」

「もう……できるだけ早く慣れてよね」


 声色から判断して、ユキには過去のことに関する引きずりはないように思えた。けれど仕方がないことなのかもしれない。

 俺が現実に戻ってきてリハビリを始める前から、彼女は毎日のように見舞いに来てくれていたと聞いている。話しかけても、触れても返事をしない俺と接していた時の彼女の気持ちは、正直俺ではきちんと理解してやれない。

 だが今を大切にしようとしているのは分かる。ユキにとって大切なのはあの頃ではなく、きっとこれから先なのだろう。

 思い出が薄れてしまったような気分にもなるが、あれこれと口に出すべきことでもない。多分彼女の傷口をえぐってしまうから。


「はいはい、善処するよ」

「はいは1回」

「……はぁ」

「何でそこでため息を吐くかな。私、間違ったことは言ってないよ」

「そうだな……まあ気にするな」



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