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第八話 愛と笑いの無名の拳 後編  ☆

 


 昼食を終えてたっぷり一時間以上の休憩をしてから、アサギを加えた三人は訓練場へやって来た。驚いたことにアサギ自らの希望で見学したい、というのだ。咲良が理由を聞いても答えず、ただジッといつもの分厚い本を抱きしめているだけだ。特に断る理由もなかったのでそのまま訓練場へ来た、というわけだ。

 アサギは二階の観覧席に上がり、真ん中より少し端の席に座って下の二人を見ている。アサギがちゃんと二階に行ったことを確認してから、二人の稽古が始まった。



「これから、あなたに教えるのは一つの武芸よ」


「もしかして咲良が使っている空手見たいなやつか?」


「そう。あまり言いたくないけど、圭介と私はある要素において似ているわ。正確には私の能力なんだけど。なにか分かる?」



 口に出していいのかどうか迷ったが、聞かれているなら問題はないだろうと思い答える。慎重に。



「重さと……強靭さ?」


「認めたくは無いけどね。ちょっとやそっとじゃ傷つかない硬い身体。重くてパワフル。確かにシンプルだけど強いわ。でも、それだけじゃあ一癖も二癖もある超能力者には敵わない。じゃあどうすればいいのか。答えは更にシンプル。敵が動作に移る前に叩けばいい」


「この一週間ずっと思ってたけど、咲良って脳味噌まで筋肉なんだな」


「うっさい! フフフ。今まで圭介は私の攻撃を完全に防げたかしら。答えはそこにあるわ」



 圭介は咲良との立合いを思い浮かべていく。両者互いに構え合ってから始まっているが、いつも咲良の攻撃の方が早かった。先手でも後手でも必ず彼女の拳の方が先に届く。そして一撃目を凌いでも、二撃三撃目で倒されてしまっていた。



「まあ脳筋と言われれば仕方がない部分もあるわ。相手より早く、相手よりも強くっていうのがこの技のキモだから」


「単純だから強い、をマッハでかっ飛んでいってるんだな」


「それで圭介。この技を圭介もできるようになりなさい。あなたは私と同じように自分の身体だけが武器なの。自分の手で家族を助け出したいなら、絶対に覚え無くてはならない」



 二人の家族を助け出す。そう、それこそが圭介の今一番望んでいることだ。自分だけがこの安全な場所でジッとしてなんていられない。そう思ったからこそ、今まで咲良に稽古を頼んできたのだ。実際は遊ばれていただけだが。

 自分の目的を果たす。そのためならどんな困難だって乗り越えられる。



(その覚悟はできている……!)



 心の中で決心を固めると、二人の稽古は始まった。



「訓練自体は単純よ。やることは唯一つ。『己の肉体を意識下に修める』。それだけ」



 あっけらかんと言う咲良に、その言葉の意味が理解できず、思わず眉をひそめてしまう。



「まあそんな事言われたってすぐには理解できないわよね。つまりこれはね、行動の最適化ってことね」


「まだ分からない。もっと詳しく教えてくれ」


「人は誰しも身体を動かすときに、余分な力を使ってしまうわ。無意識にね。極端な例だけど、拳を握るときに腕以外の部分に知らず知らず力が入ってしまったりするの。要はそういう無意識に行われる余分な動作を、自分の意志で最適化して最小限にしましょう、ってことね。それが『己の肉体を意識下に修める』ということよ」


「難しそうだな」


「難しいわ。特にあなたにはね」



 予想外の言葉に戸惑う圭介。自分には更に難しい? どういう意味なのか。



「まあ御託はいいわ。完全に会得できなくても、多少は役に立つはずだから。そこから先はあなた次第だし」


「わかった」



 そこまで話が進んだが、そういえばと、この技の名前を聞いていなかった。彼女の強さの根源がこれにあるというのなら、さぞかし名のある武芸なのだろう。

 気になった圭介は咲良に聞いてみた。



「……ところでこの技の、武芸の名前はなんていうんだ?」



 咲良はすぐには答えなかった。

 そしてもじもじとやや顔を赤らめながら、小さな声で答えた。



「これ、私が……私と先生が創ったものなの……だから名前がないのよ」



 荒々しく、他者を簡単に圧倒する武芸であったが、その出自にそんな可愛らしい話が隠されているとは。

 二階から吹き出す声が聞こえてきたが、きっと気のせいだろう。

 

 ともかくその日から、無名の武芸を圭介は学ぶこととなった。









 『無名の武芸』、『無名の拳』。圭介と咲良はそう呼ぶ。

 この武芸には三つの段階が存在する。一つ目は『己の肉体を意識下に修める』状態になること。二つ目は『その状態で日常生活を送れるようになる』こと。三つ目は『間隙に潜むこと』だ。

 前二つは稽古の延長線上にあるものだが、三つ目は違う。概念、要訣、そういったものだ。この武芸の真価と言ってもいい。咲良はそう説明したが、今は最初の段階が重要だ。圭介にとってはこれこそが一番の難関であると言える。

 皮膚を、筋肉を、神経を、骨を、細胞を、全てを意識し、また制御しなければならない。無意識を意識のもとで支配し、肉体を我がものとする。しかし圭介には生身の肉体がなく、本来感じるはずの感覚がないのだ。これでは第一段階を突破するどころか踏み出すことさえ出来ないだろう。

 そこで圭介は一計を案じた。自身の動作全てを補助している、補助脳とのリンクを解除したのだ。そして、圭介のみで身体を操作することで、生身の肉体に見立てて練習する、という試みで第一段階に挑むことになった。



「一挙手一投足に気を配りなさい。最小限の動作、最適の動きを意識するの!」



 咲良の叱咤激励、いや怒号が飛ぶ。今は彼女の指示の下、歩くことを練習している。専門的な言葉で言えば『歩法』と言うそうだ。この歩き方が武芸の大きな土台となっており、ここからあらゆる動作に派生していくのだという。今の圭介にとっては補助脳を介していないため、普通に歩くだけでも覚束ない。その上特殊な動作など困難を極まっていた。

 それでも圭介は弱音一つ吐かなかった。咲良の激しい指導にも、今にも崩れ落ちそうな感覚にも耐え、瞬く間に半月が過ぎていった。


 訓練場の二階観覧席で、咲良とアサギは二人揃って席に座り、階下では圭介が必死になって歩法を練習しているのを見学していた。大分様になってきたようで、流れるような動作で静かに歩いている。その静かさは確かにそこに居るはずなのに、存在感が希薄というか、気を抜くと見失ってしまうような静かさがあった。

 この頃になると圭介の執念とも呼べる努力によって、ほとんど補助脳を使わずに生活出来ていた。毎日満足に休みを取らず、ただこの『歩く』ことだけに意識を集中してきたのだ。その努力は結果となって現れていた。第一段階の突破である。



「よくやったわ圭介! こんな短期間で第一段階を突破するなんて凄いじゃない!」



 アサギの手を取りながら、ニコニコと笑顔で広場に降りてくる。心なしかアサギの方も嬉しそうだ。



「後は第二段階なんだけど、これはまあこれからの生活でやればいいだけだから、特になにも言うことはないわね。継続は力なり! っていうことだから忘れないようにね」


「分かった。それにそのつもりでいたし」


「よろしい。それでは次に進むわよ。名づけて実戦編ね。圭介が身につけた『己の肉体を意識下に修める』を、戦いにおいて実践出来るかどうかをこれから訓練していくわ」


「その前に一ついいか?」


「なにかしら」


「第三段階の『間隙に潜む』というのについてだけど。これは一体どういう意味なんだ。そろそろ教えて欲しい」


「まあ……いいわよ。丁度これからの訓練にその要訣、理論が必要になってくるし」



 咲良はあっさり承諾すると、第三段階の解説を圭介に行った。

 この『間隙に潜む』と言うのは何の事はない、相手の意識の隙をついて攻撃するという不意打ちのことだ。しかしただの不意打ちではない。『真正面から打ち合った時の不意打ち』だ。

 その解説を聞いて圭介は疑わしい目を咲良に向けた。



「真正面からの不意打ちだって? おかしいな、今まで不意打ちなんてされた試しがないんだが。いつも真正面から力づくでバーンッ! ってさ」

 


 圭介の軽口に軽く睨みつけて黙らした。



「あなたがリーチも、持ち前の力と速度を持ちながら、いつも私の後手に回っている事を疑問に思わなかったの? 漫画じゃないんだから、普通は身体が大きいやつの方が強いに決まっているわ。剣よりも槍、槍よりも弓、弓よりも銃というように、戦いにおいてリーチの差というのは絶対的よ。それなのにあなたは私に負け続けている。答えはそこにあるわ」



 彼女の言うことにハッとする。確かに圭介の腕と咲良の腕は倍以上に長さが違い、攻撃速度だって思っているほど違わない。今まで戦闘経験の差で負け越しているのだと思っていたが、今の彼女の言葉でようやく理解できた。

 圭介の気付きを感じ取って、彼女は満足そうに頷いた。



「全てのことには原因と結果があるの。私がただ闇雲に突貫してぶん殴ってると思った?」



 思ってたとは口が裂けても言えなかった。



「意識というのは完璧な連続じゃないの。必ずどこかに意識の逸れというのが出てくるわ。その隙に付け込むのよ」


「簡単に言うけど、具体的にどうすればいいんだ」


「具体的に……うーん、難しいわね。気配を感じろとしか言い様がないわ」



 あまりに大雑把な説明にがっくりと肩を落とした。これでは習得など無理なのではないだろうか。

 圭介の落ち込みように、咲良は慌ててフォローした。



「ま、まあこれは理論とかより、理想とか理念とかそういう概念的なものだから! 今のままでも使い方戦い方をちゃんとすれば、十分通用するから!」


「そうだといいんだけど……」


「ほ、ほらほら! 落ち込む暇があったら構えて構えて! 行動練習あるのみ、だよ!」



 それからは暇があれば訓練場に篭もり、圭介は練習に励んだ。咲良の絶妙な機微に惑わされながらも、以前よりは長く立っていられるように進歩してきている。武芸として形になるのもそう遠くはないだろう。

 圭介が訓練を始めてから一ヶ月。片平たちはまだ戻ってきていない……。


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