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第五話 楽園を持つもの。楽園を望むもの 前編

2015/07/23 改稿しました

2015/07/25 改稿しました。後半の脱出後のやり取りを大幅変更



 白尽くめの男ホワイトは、緊縛したままの圭介をどうやってか持ち上げる。



「く、クソ……! 爺ちゃん、一体何なんだ……。何が起こったんだ。答えてくれ……」



 心が折れたのか、圭介が弱々しく声を上げる。彼を緊縛する細い筋のような煙は、がっしりと圭介を縛り上げ、まったく余裕が無い。

 宗次郎は俯いたまま答えない。



「答えたくない。いや、答えられないってさ。あんたのお爺ちゃんって、薄情よね~」



 圭介を竜巻で吹き飛ばした女が嘲る。薄い生地で作られた露出の多いドレスに包まれており非常に艶かしい。整った顔をしているが目元に険があり、いわゆる悪女のような印象を持ってしまう。

 その女は見た目通りの悪い表情で、ホホホと笑った。



「ねえ、お爺ちゃん。教えて上げなさいな。この子何が起きたかまったく理解してないみたいよ。それとも、私の方から何から何までバラしたほうが良いのかしら?」


「まあ、我らも詳しいことは存じないのじゃがな。ホワイトが主導して追ったがゆえに」


「黙らっしゃい! このロートルが。邪魔しないで」



 圭介を叩き落とした老爺が口を挟んだ。恐らく宗次郎とさほど年は変わらないだろう。老紳士然としており鼻眼鏡を身につけ、手には杖を付いている。圭介を攻撃した機敏な動きをした人間とは到底思えない。

 女の特殊な楽しみを、早々に潰したことで文句を言われているが、馬耳東風。聞こえないふりをして無視している。



「ちょっと姐さん。今はそれどころじゃないでしょ」


「そうだよ。空気を読もうよ。気持ちはわかるけどさ」



 最初に現れた五人の内、攻撃に参加しなかった二人の男が女をなだめた。

 二人は全く同じ顔をしており、着ている服も同系統のカジュアルなものだ。能面のような顔をしており、スッと糸のような細い目が不気味さに拍車をかけている。

 捉えられ、ぶら下げられている圭介は、そのやりとりに呆気にとられた。だが、圭介は逆に恐怖した。この『お巫山戯』の延長線で家を襲撃して、これ程までの騒動と破壊をもたらしたかと思うとゾッとする。



「お前ら、本当に誰だ。人間、なのか……?」



 その一言はホワイト含めて、襲撃者全員を笑わせた。



「これはなかなかの冗句だな、堂島圭介。我々を人間かなどと聞くとは。見ての通り『人間』だよ。当然だろう?」



 ホワイトがぶら下げている圭介に顔を近づけて言った。笑いがこらえきれずに漏れだしている。



「逆に聞くがな。お前は人間なのか? 『アンドロイド』」



 最初に圭介を樹木で縛り付けた迷彩服の男だ。さっきと変わらず、憎しみを隠そうともしない。



「俺達と、お前を見比べた時。人間と言われるのはどちらか。そんな事もわからんのか、全く笑えんぞ」


「切られたら血が出るし、爆発させられれば死ぬよねー。ほんと、どっちが人間なのかわからないなんてね」



 女が迷彩服の男にしなだれかかる。そして、右手の人差指を、左手の手のひらに沿わせるとツーっと赤い血が流れてきた。



「で? あんたを切り刻んだら何が飛び出してくるの? 人間じゃない坊や」



 身体がギシギシと鳴る。締め付けられているからではない、抜けだそうと縛めを広げようとしているからだ。

 こいつらの一言一言が圭介の神経を逆なでする。一度は折れた怒りの感情が思考力を奪い、その感情のままに身体を動かしていく。



「き・さ・ま・ら~~……!」


「アハハハハ。怒ったぁ? ごめーん。あなたにも感情はあるのね。知らなかったの。許して?」


「まあ、そういうことじゃから。ホワイト、そろそろ行かねば公僕どもが押し寄せてくるぞ。双子の結界も長くは持たん」


「わかった。宗次郎博士、我々と来てもらう。よろしいな」



 返事を待たずに、迷彩服の男が宗次郎の腕を取り引っ張っていく。意気消沈した老人は、それに抗う気力も意思もない。空虚であった。



「空気が抜けた風船みたいだな。もちっとシャキッとしろよ。過程はどうあれ、家族が全員揃う日が来るかもしれないんだ。ちょっとは希望でももったらどうだ?」



 『希望』――。

 迷彩服の言葉に宗次郎が反応する。



「そうか。最後の頼みは結局のところ『望む』ことなんじゃな……」


「そうさ博士。俺達はその望みがあるからこそ、こうして身を粉にして働ているんだ」


「いや、残念ながらお前たちの『望む』通りにはならん。ホワイト!」



 出口に向かおうとしているホワイトが、呼び止められて振り向いた。圭介は既に手から離れているのに、そのまま宙に浮いていた。



「ワシを知っていると言ったな。知っているからこそ今この時攻勢を掛けたのじゃな」


「その通りだ。私と貴方の仲じゃないか」


「お前は何かを分かっていた気になっていただけじゃ。このシナリオは予想しておらんかったじゃろ」



 素早く懐をあさる。取り出したのは手のひらサイズのリモコンに、ボタンが一つだけ付いているものだ。誤動作を防ぐカバーを外すと、一瞬の逡巡の後にボタンを押した。

 カチ――

 とても小さい音なのに、なぜか全員の耳にハッキリと聞こえた。

 宗次郎の手元を見てホワイトの表情に焦りが生じる。



「博士……そのリモコンは、まさか」


「ワシがお前よりも恐れたものを。そして、この世でただ一人信頼することのできる『敵』へのコールじゃ!」


「備えろ! 奴らが、いや『奴』がくる!」



 それは突然発生した。空間が蜃気楼のように揺らめき出口を覆う。無音の振動が空気を揺さぶり、散乱している瓦礫を鳴らした。

 空間の揺らめきが激しくなる。波紋は更なる波紋を呼び、空間のひずみが出来上がる。そして、それが最高潮に達した時、唐突にそれは収まった。

 瞬間。空間がまるでクレバスのように縦に裂ける。その中から人間が散歩でもしているかの調子で歩いてきた。



「博士。まさか呼び出されるとは思っていませんでした。貴方は私を嫌っていましたから」



 出てきたのは壮年の男だ。黒髪を短く刈り揃え、黒々とした瞳が周囲を薙ぐ。鍛えられた肉体を持ち、立ち姿に迷いはない。絶対の自信を持っているのだ。

 プレッシャーを与えるようにゆっくりとこちらに近づいてくる。手をポケットに無造作に突っ込んだままだというのに。



「ホワイト。この日をどれだけ待ったか分かるか? この俺の手で叩きのめす時をずっと」


「アル、ソル! 結界を解いて防御しろ! 撤退する!」



 ホワイトが叫ぶか早いか、双子はそれぞれ椿と宗次郎を抱えてホワイト達の後ろに、つまりは研究所の中に後退する。

 迷彩服はそれから全神経を集中させ、研究所の周りに無差別で大樹を次々と発生させていく。巨大な幹らが壁のように飛び出していき、研究所をドーム状に覆った。

 携帯端末を操作して、どこかへ連絡を取る。



「私だ。ポータルを起動させろ今すぐに!」



 ――お前たちとやりあうのに、俺がなんの準備もしないで来たとでも思っていたのか。お前はいつまでたっても詰めが甘いな……



 大樹の向こう側からくぐもった声が聞こえてくる。

 そして、



「てめぇか佐々木ィッ!」



 女がそう叫んで、真上に極大の竜巻を放った。全ての物を薙ぎ払って、天井を突き破る。地下通路で出会った和服の男だ。

 竜巻の影でチラリと見えた和服の男は、竜巻が到達する直前で消えた。次の瞬間には女の真横を走り抜けていた。そしてすれ違いざまに、



「少し気配を出せば、そうやって激昂すると思っておりましたよ。若作りの君」



 煽ることも忘れなかった。



「佐々木! ワシと椿はいい。圭介を、圭介を頼む!」


「……御意。ご老体、いつかかならずや」



 電光石火。和服姿の男が現れたと思ったら、瞬時にして圭介に取り付き、そしてそのまま消え去った。

 あとに残ったのは、肥満気味の男の嫌味な笑顔だけ。目の中に残像となって残る。




「ホワイト。どうやら我らの負けのようじゃな。まさか宗次郎が自分の意思を曲げるとは思わなんだ」


「……そうだな、オールドマン」



 宗次郎が意思を曲げたことも、片平が単なる囮でしか無かったことも、事前に工作員がいた事も。それら全てが彼らの思惑を打ち砕くために用意された布石だった。今日この時の。

 しかし――



「しかし、私達は負けたわけじゃない。時間はかかるが、計画に支障はない。負けではない!」



 憤怒の叫びを後に、彼らはその場から完全に消滅した。宗次郎も椿もそこに残ってはいなかった。






 遠方からサイレンが聞こえてくる。突如として地盤を貫いて現れた樹木に、住民の誰かが通報したのだろう。

 遠くのサイレンを聞きながら。

 圭介は気づいた時には近くの公園に座らされていた。突き出した木によって電線が切れたのか、公園の明かりはついていない。辺りは真っ暗闇だ。

 


「なぜ爺ちゃんを助けなかった……」



 彼の心には助かったという思いよりも、宗次郎と椿を助けられなかったという思いのほうが勝っていた。目の前にいながらも、どうしようも出来なかった憤り。そして家族を殺したという張本人がいるのに、なにも出来なかった自分。

 怒りは八つ当たりとなって、圭介を助けた二人に向かう。

 二人の男は答えない。



「なぜ、俺だけを連れ出した! あいつは、あいつは俺の家族を殺したんだぞ!」


「命の恩人にそれですか。堂島ともあろうものが、子供の教育を間違えたんじゃないか?」


「なんだと……!」


「あのままでいたら、あなたは何も出来ないまま奴らの根城に連れて行かれ、そして死んでいた。少しは感謝して欲しいですねぇ」



 和服姿の男は扇子で口元を隠しながら、ネタリとして言い方で圭介を嘲る。



「正隆、あまり彼を刺激するな」


「わかってますよ」



 和服の男とは別の人物、宗次郎が何ら可能方法で呼び出した人間。和服の男よりは誠実そうな、壮年の男だった。

 壮年の男は木を背もたれにして、リラックスした体勢をとる。



「あまり落ち着いてもいられないが……私の名前は片平。君の祖父である、宗次郎博士に縁あるものだ。こちらは佐々木」



 和服の男――佐々木はニヤリとしながら一応程度に頭を下げた。



「まず我々は敵じゃない。逆に君たちを助けに来たんだ」


「頼んだ覚えはない」


「博士に頼まれたんだ。なにかあった時は、という話で。詳しいことはもっと安全な場所に行ってからしたいが……」


「信用出来ない。なによりそっちの佐々木ってやつは、研究室の地下通路でやりあってる。あんたたちがあいつらの仲間じゃないという証拠はない」


「ふっ」



 腕を組んで立っていた佐々木が鼻で笑った。圭介は湯沸し器のように頭に血が上り、食って掛かる。

 佐々木の右えりを絞り上げて、力任せに宙に釣り上げる。



「なんで笑ってられんだ……お前、お前が爺ちゃんたちを見殺しにしたんだぞ!」


「少しは頭を冷やしたまえよ。これじゃあ話もできない。ケダモノと同じだ」



 佐々木が自分を吊り下げている右腕を掴むと、どうやったのか、一瞬にして圭介は頭から地面に叩きつけられていた。ダメージはないが、何が起こったのか理解できず、地面に潰れたまま動かない。



「頭が冷えたか?」


「正隆、やり過ぎだぞ」


「時間がないのは知ってるだろ片平先生。ちょっと躾けただけだよ」



 佐々木がひっくり返ったままの圭介を、軽く足で蹴ると、今度は地べたに座る格好に戻っていた。



「一つ弁解させてもらうが、博士は助けなかったんじゃない。助けられなかったんだ。その上で博士は君を助けるように私に頼んだ。これがどういう意味かわかるか?」



 圭介は座ったままボウッとして答えない。ただ、さっきとは変わって話を聞く体勢にはなっているようだ。

 佐々木の後を継いで、片平が続ける。



「学園、というところから私たちは派遣された。そこは君を守るに足る『力』がある。もし君が望むなら、我々は奴らに対向するための力を、博士を取り戻すための力を与えてあげる事ができる」



 遠くのサイレンが、徐々にこちらに近づいてくる。

 生暖かい風が吹いて木々を揺らした。



「博士は学園で君を守ることを約束させた。どうか、博士の意図を汲んで欲しい。我々を信頼しろとは言わない。せめて、博士が信じたものは信じて欲しい」


「…………」



 迷っているのか、圭介はすぐには答えを出せなかった。その間にもサイレンは公園に近づいてきており、その時間的猶予がないことを告げられた。

 圭介はあらゆることを飲み込んだ。今夜の出来事、祖父と助手のこと、家族のこと、不可解な力のこと、自分のこと。それらをグッと飲み込んで、



「――分かった。爺ちゃんを、信じるよ」



 決断を下した。

 それを受けて即座に佐々木が片平と圭介の肩を掴む。



「よし。ジッとしててくれよ。すぐ済むからな」


「な、なんだっ――」



 回数にして三回。圭介の全てのセンサーが悲鳴を上げたのは。

 センサーの混乱は圭介の混乱に繋がり、それは久しく感じていなかった酔いとなって彼を襲った。

 だが次の瞬間には固い地面に下ろされており、その混乱はすぐに収まったが。たまらず片膝をついて、ふらつきを抑える。



「ハハハ。鍛え方が足りんのよ」


「わざと荒くしたな」


「バレたか」



 当の二人は慣れているのか華麗に着地して冗談を言い合うほどの余裕を見せる。

 その背後には大きな門と、向こうに広がる広い敷地、そして学校程の大きさを誇る館が鎮座していた。

 門の脇には『対特殊犯罪特別対策室本部』と、達筆で掘られたプレートが置かれている。



「対特殊犯罪特別対策室本部。が、今は誰もそうは呼ばない。今はただ『学園』と呼ばれている。学園へようこそ。一時的とはいえ、我々は君を歓迎するよ」



 門は大きな音をたてて開かれ、堂島圭介を迎え入れた。



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