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第四話 かくして目的は達成せり 後編  ◎

2015/07/23 改稿しました

 しっとりと時間が進む丑三つ時。草木や虫も眠り、空気ですら日中の埃を地面に溜め込む時間。

 夜の静寂を破るものはいない。夜には夜の、昼には昼の役割があるからだ。しかし――。

 闇に蠢く者にとってはその限りではない。奴らの世界は夜。この空気こそが奴らのことわり

 事態は急速に動き始める。はじめに異変に気づいたのは椿だった。

 


「んん……。あれ、停電?」



 トイレに起きだして、明かりのスイッチを入れるが、何度押しても明かりはつかない。仕方なしに携帯の明かりでトイレを済ませ、それからブレーカーを上げに向かった。

 もう初夏だというのに、夜の廊下は嫌に肌寒い。その上今は携帯の明かりと、外からの街灯しか光源はない。知らないうちに抜き足差し足で歩くのもしかたのない事だ。



(別に怖いわけじゃ……あれ?)



 その場に立ち止まる。追随していた影も同じように止まった。



(あれ~。今私変な事思わなかった。携帯と、街灯?)



 廊下の窓から外を見る。今日は新月だ。月は見えない。ただ、道路を照らす街灯だけが燦然さんぜんと輝きを絶やさない。

 ゾクリとする。いつもなら頼りになる明かりなのだが、今は見てはいけない物を見てしまったかのような恐れが、心の中から湧いてくる。



(私って、なんで今この廊下にいるんだっけ)



 どっと汗が吹き出す。外を見たまま身動きが取れない。

 彼女を明るく照らしだす。それこそがあってはならない事なのだ。



(停電じゃない! この家だけ電気を遮断された!)



 この堂島家には予備電力がある。大電力を必要とする実験において、補助として使われていた。たとえ大規模停電でも、普通の生活程度ならある程度の期間は予備電力によってまかなうことができるのだ。

 だが今はどうだ。堂島家だけが停電し、外は普通に通電している。街灯の明かりが何よりの証拠だ。

 では、どういうことなのか。



(博士を起こさなくては! 何者かがこの家の電力を意図的に遮断したんだ。圭介くんにも知らせなくちゃ!)



 カツン。

 背後に伸びる廊下の奥から、短く乾いた音が響く。その瞬間、金縛りにあったかのように身を強張らせ、身動ぎひとつできなくなってしまった。

 音はなおも聞こえてくる。ゆっくりと音を立てながら。

 歩調から推測して若い男だ。この家では誰も該当しない。圭介は機械の身体だが、足音を立てずに歩くし、宗次郎はスリッパですり足で歩く。自分以外で足音なんて立てる人間はいない。

 ゴクリと生唾をのむ。すでに冷や汗でパジャマがびしょ濡れだ。



(誰。誰誰、誰!?)



 足音が背後数歩前で止まる。静寂の中でわずかに呼吸が聞こえてくる。

 相手は人間だという意識が、一気に椿の身体を開放させた。やにわに勇気が湧いてくる。



(人間!? それなら!)



 恐怖の反動か、相手が人間だと分かった瞬間に。

 椿は身体を反転させて振り返った。勢いに負けた髪が、後を追う形でふわりと舞う。



「だ、誰! あなたは!」



 男だった。確かに若い男だった。白いスーツに身を包み、微笑みを浮かべている。

 次の瞬間、身体が粉々に砕かれたと思うような、凄まじい衝撃が彼女を貫いた。

 身体は吹っ飛び、もみくちゃのまま地面に打ち倒される。そこで意識が暗転した。







 堂島圭介は眠らない。三年前の事故の後、『眠る』ということが出来ずにいた。しかし、脳は休めなければならないので、機能維持としての休息はとっている。それが眠りといえるかは分からないが。

 休眠モードに入っている時は生命維持装置以外のシステムは切られている。代わりに、この堂島家に張り巡らされたネットワークと一体化し、擬似的な睡眠を体験している。

 そしてそれが今から八分前に途切れている。こんな事は初めてだった。

 圭介の全システムが再起動する。



(『眠り』を……邪魔されたのは初めてだ。何が起こってる)



 堂島家を統括するスーパーコンピュータ『オモイカネ』。『オモイカネ』が執り行っている防犯システム。それらが一切感知しないで、ネットワークは断ち切られた。



(つまり、この家は丸裸も同然ってわけだな)



 異変が既に起こっている。悪意ある何者かが堂島家に攻勢を仕掛けてきているのだ。

 圭介は直感的に悟った。あの監視していた奴らがついに動き出したのだと。

 既に心構えはできていた。後は――。



(この家で重要なものはなんだ。オモイカネか。だがあれは持ち出せるようなものじゃない。となるとやっぱり爺ちゃんか!)



 圭介は行動を開始する。

 廊下へ飛び出して、一直線に研究所へ突き進む。宗次郎の部屋は、研究所の中の一角にあるスペースに作られている。まずはそこへ目指す。

 堂島家は私生活を行う本館と、研究所のある別館に分かれている。それらは地下通路で繋がれており、基本的にその通路を通らなければ研究所に行くことが出来ない。例外として大型の物資を搬入する扉があるが、一度も使用されておらず、開かずの扉となっている。正直開け方も分からない。

 圭介の快足ですぐに地下通路へと辿り着く。あと一息だというところで、研究所の外から爆裂音が響いてきた。

 太鼓を思い切り叩いたような音で、衝撃で通路が震える。



「な、なんだぁ!?」


「彼ら流の挨拶だよ。なかなか趣があるとは思いませんかな?」



 不意に掛けられた声に即座に振り返り身構える。

 和服姿の恰幅の良い男だ。扇子を片手に弄び、泰然とした姿でこちらを見ている。



「誰だ……あんた」


「質問をしている余裕があるとでも思っておいでか。事態は動き出したのですぞ。今頃彼らが研究所に入り込んでいることでしょうな。そして」



 男を無視し、圭介は反転して駈け出したが、どうやって回り込んだのか、先ほどの和服男が目の前に立ちふさがった。



「わたしの役目は足止め。一秒でも二秒でも、ね」


「てめぇ、そこをどけ!」


「ハハハ! ガタイの割に理性的なことで。その立派な体躯があれば、わたしもろとも踏み潰して通ればよろしい。そうではないですかな」



 不気味な男だった。言葉の端々に挑発があり、隠そうともしていない。

 足止め。そう和服の男は言っていた。ならばこれも足止めなのだろう。そう断ずると、圭介は迷わず男に向かって突進した。

 全身を大きく躍動させ、地面を踏みしめ、飛ぶ。肩を付きだして、ショルダータックルの形をとった。



「ム。なるほど、これは一筋縄ではいかない……なっ! と」



 男が付きだした扇子に肩が触れる。すると次の瞬間、圭介は壁に激突していた。



「な、あ!?」



 違う。壁ではない。地面にタックルをお見舞いしていたのだ。



「あっははは! お見事! なかなか覚悟の乗った攻撃でしたな。その地面のえぐれ具合から言って、まともにぶつかれば最悪再起不能になっていたかもしれませんなぁ。いや惜しい惜しい」



 何が起こったのか分からなかった。確かに真っ直ぐ走っていったし、男めがけて突っ込んでもいった。つまづくようなものは、この平らな廊下にはありえないし、かと言って身体の操作し間違いというわけでもなかった。

 理解不能の力。それが働いたと言わざるを得ない。



「こうまでわたしのお遊びにはまってくれると、若干申し訳無さがありますな。この家の防犯システムは既に無力化され、後もう少しで最短ルートが開かれる。さあ、あなたはどうします? この状況でどう判断し、どう行動しますか。堂島圭介」



 断続的に破裂音が聞こえてくる。音は徐々に大きくなってきていて、廊下の窓がガタガタと忙しなく震えている。

 愕然としながらも、圭介は立ち上がった。あれほどの衝撃を受けたというのに、身体の全ては正常に作動する。

 そして、もう一度肩を付きだして突撃の態勢をとった。



「何度でも付き合いますぞ。それがわたしの役目ゆえ」


「そうかい……そいつはご苦労さん」



 先ほどと同じように、初速から全力で駆ける。それは既に跳躍と呼んでよかった。踏み込みが地面を穿ち、砕く。

 男が再び扇子を突き出す。瞬間。男はニヤリと笑う。

 ズシッ……

 男の目の前から圭介は消え失せた。後に残ったは三度の破壊音と、後ろから聞こえる足音のみ。



(やられた……っ!)



 今まで余裕の表情をしていた男の顔が、ハッキリと渋面を作り出す。



「なかなかの、判断力。まさか出し抜かれるとは……!」



 圭介は考えた。なぜ床に突撃したのかをではない。奴を倒す方法でもない。どうすれば突破できるかを。

 そして単純な方法に行き着いた。それは三角飛びだ。奴の頭上を飛び越えたのだ。奴の目の前で急制動を行い、その勢いを利用して飛ぶ。そのまま天井を蹴って背後に着地する。

 全ては人の認識を越えた知覚能力と、それを可能にできる自身の義体あっての力技だった。



(カムフラージュでタックルの態勢をとったのが良かったな。あいつ俺を舐め切ってたし、ざまあ見ろだ)


 

 走る勢いそのままに、入り口のドアを蹴り破って進入する。



「爺ちゃん! 無事か!」



 研究所の中は惨憺さんたんたる有り様だった。

 外からの衝撃が中にあるものを尽くぶちまけ、あらゆるものが床に投げ出されていた。

 ドゥン!

 一際大きい音の直後、最後の一撃で搬入扉が破られた。まるで大砲でも受けたかのように突き破られ、空気を震わせる衝撃が圭介を襲う。



「おおおおおお!?」



 その場でたたらを踏み、地面に膝をつく。

 破られた扉の向こうから、ゾロゾロと人が侵入してきた。

 男、女、老人と、年代も性別もバラバラの五人。いないのは老婆と子供だけ。そのどれもが目に怪しい光をたたえている。



「てめえらぁ! ナニモンだ!」



 立ち上がって胸を張り、精一杯の威圧をする。

 誰も答えない。圭介はズイッと一歩踏み出して啖呵を切る。



「応える気はないってか。いい御身分だな、ええおい! 名乗らないならお前ら全員の顔覚えたからな。警察に提出して逮捕してもらうかんなっ!」



 様になってない啖呵だが、圭介は大真面目だった。映像の記録を既にしているし、これ程までに大きな損害が出たのだ。国家権力が動くには十分だ。なによりここは堂島宗次郎の研究所。動かないはずがない。そう判断したのだ。

 沈黙。侵入者たちと、圭介の間で沈黙が訪れる。膠着状態と言うべきか。いや、そう思っているのは圭介だけだ。侵入者は沈黙を守っているが、目が嘲りの色で染まっている。

 それを敏感に感じ取った圭介は激昂する。



「何がおかしい! お前らはそれだけの事をしてんだぞ!」


「そんなものを、我々は恐れないからさ」



 その言葉を皮切りに、事態は動き出す。

 奥の若い女と老爺が信じられない速度で飛び出してくる。女は左から、老爺は頭上から襲い来る。

 そして、少し遅れて迷彩服の年齢不詳の男が、真正面から迫る。



(こ、こいつら……速い!)



 圭介は女の手刀をスレスレで見切り、右腕で老爺の飛び蹴りを受け流す。最後の一撃は足刀で迎撃する。そのつもりだった。

 だがその目論見は最初の一撃で崩れ去った。

 女の手刀は突如極小の竜巻をまとい、圭介の態勢を崩すと同時に、身体中を切り刻む。重量級の圭介の身体が宙に投げ出されたところを、老爺は踏みつけ、爆炎とともに地面に叩き落とした。

 遅れて飛び出した迷彩服の男は手を付きだして、優雅に指を鳴らすと、たちまち圭介が叩き落とされた地面から、噴火のような勢いで大量の樹木が突き出してきた。樹木は複雑に絡みつき、圭介の胸部から上を残し包み込んだ。樹木は勢い止まらず、天井を突き破ってようやく止まった。



「と、このように。恐れる必要がないのだよ」

 


 捕まえられた圭介に見せつけるように肩をすくめた。



「お前ら本当に何者だ。なんだ、その力は。人が持って良い力じゃない!」


「機械の身体というのは便利だな。それほど圧迫されているというのに、声に苦しさが全くない。まあ、俺はそんな歪んだ姿になんかなりたくはないがな」



 迷彩服の男は圭介を嘲る。言い方は優しげだが、言葉の裏に吐き捨てるような憎悪が隠されている。

 捉えられた圭介を見上げて、



「さて、そろそろ本題に入ろう。警察を恐れないとは言ったが、いま事を構えるのは我々としても避けたいのでね。お前、堂島博士はどこだ?」


「やっぱりお前らの目的は爺ちゃんだったか。尚更応えるわけ無いだろ」


「これは面白い。アンドロイド風情が人間気取りか? ますます気に食わん」


「……ここ最近、家の周りをうろついてたの、お前たちか」



 圭介は少しでも時間を稼ぎたかった。これだけの大騒ぎだ。宗次郎も異変を察知しているだろうし、深夜とは言え、近所の人が通報してくれるだろう。そうすれば一五分もしない内に助けがやってくる。その為に、今この状況を利用しようとしている。



「気づいていたのか。気づかせるためにいろいろやったから当然だが。博士はなんと言っていた」


「爺ちゃんには言っていない」


「アンドロイドの貴様が、なぜ主人に報告しない」


「俺は、アンドロイドじゃない!」



激昂して言い返そうとした時、聞き慣れた大音声で自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。



「圭介ェッ!!」



 堂島宗次郎その人である。

 宗次郎は全身に武器を携えている。拳銃、マシンガン、バズーカ。中には日本刀もある。携帯している武器の内、破壊力のあるバズーカを侵入者に向けて構えて。



「下がれ! 下がらんか主らッ!」



 瞳をギラつかせながら怒鳴り散らす。その迫力に押されたのか、一歩二歩と侵入者たちが後退する。

 宗次郎はボロボロの白衣をはためかせて、樹木に捉えられている圭介のそばに近寄った。



「無事か」


「幸運なことにな」



 油断なく睨みつけながら圭介の無事を確認する。ボロボロの見た目の割に平気そうで、ほっと胸をなで下ろす。



「爺ちゃん、あいつらなんなんだ。とても人類とは思えない。竜巻は出すし、爆発させるし、訳の分からんもので動きは封じられるし」


「お前はもう黙っておれ。後のことはわしに任せるのじゃ」


「何言ってんだよ。あいつら爺ちゃんが狙いなんだぞ!」



 宗次郎は、圭介を一瞥しただけで何も言わない。そして、ゆっくりとした足取りで侵入者達に近づいていった。



「『ホワイト』はおらんのか。白無常は」


「ここに居るぞご老体」



 五人の背後から、一人の男が割って出てきた。全身白尽くめスーツの出で立ちで、靴だけが黒い。肩に誰かを担いでいる。

 相葉椿だ。ぐったりとしていて、ピクリとも動かない。



「ま、我々としては、こういう事をせずにスムーズに話し合いを進めたかったのだが。ご老体相手ではそうもいかないだろうと、趣向を凝らさせていただいた」


「貴様……椿を開放しろ。そのムスメは関係ない」


「いいや。関係ある。ご老体の最後の後継者として、この娘には国一つの価値がある」


「まだ諦めきれんのか。貴様のいう夢など、ただの泡沫に過ぎんというのに」


「いいや。ご老体の存在がある限り夢であり続けることはない。ご老体の知識しさえあれば、夢を現実のものとできるのだ」



 二人は一歩も引く様子がない。圭介は彼らの言っていることが何一つ理解できなかった。その上椿を抱えている男に至っては、どうやら宗次郎と知り合いで居るらしい。一体何がどうなっているのだろうか。

 なおも二人のやりとりは続く。



「ところでご老体。あなたは数年前にご子息家族を失っていますね」



 怪しげな含みを持ち、囁くように告げる。

 その言葉に、圭介は弾かれたように意識をホワイトと呼ばれた男へ向ける。

 何かが引っかかる。心の中の突っかかり。せき止められたダムのように、心の奥で何かが蠢いている。

 奴の言葉を聞いてはいけない。しかし、どうしても奴の言葉の先を聞けとも叫ぶ。

 それは渇望であり、忌避でもあった。



「何を言っておるのだ」



 突然の話に宗次郎は動揺する。ホワイトの言い方に、直感的に良くないことだと悟った。



「大変でしたな。森の中で自動車事故とは。なんでも、飛び出してきた『動物』を避けようとして事故にあったとか。お悔やみ申し上げる」


「貴様……このわしをなぶるつもりか……!」


「いや、希望を提示するつもりだ。もしも、ご家族を蘇生できると言ったら。ご老体は信じるか。そして、その技術の一端が、既に実現可能な段階まで進んでいたとしたら」



 バズーカの砲口を無言でホワイトに向ける。

 そして、宗次郎は烈火の如く怒りを露わにした。いや、怒りを通り越して憎しみだ。憎悪の迸りが空気を伝わって圭介に流れ着く。



「お前か。お前かッ! 全てお前が仕組んだのかッ!」


「否定も肯定もせんよ」


「何を……何のことだ! 一体何の話をしている! 爺ちゃん!」



 圭介が思わず叫ぶ。嫌な予感が膨れ上がり、必死になって戒めから逃れようともがいているが、一向に抜け出せる気配はない。



「まだわからないのか? お前の家族を殺したのは誰だ。お前をその姿にしたのは誰だ。お前の母親の命乞いを踏みにじったのは誰だ?」


「ま、まさか……」


 圭介に震えが走る。それは失われた肉体の感覚を呼び覚まし、肉体が最後に覚えている記憶を再生した。

 火で焼かれる激痛。母が自分の身体を包み込む感触。それらはありもしない痛みを引き起こす。



「き……キサマが……貴様がァァァァァッ!!」


 

 激情が圭介の身体を支配する。収まらない痛みは憎しみを増幅し、縛めの中で激しくもがき出す。



「け、圭介……! 貴様達の要求は何だ!」


「分かっているだろう。我々の目的は唯一つ。『無尽発電炉ジンライ』と、それを制御する『量子演算機ヤシロ』。既に出来上がっているのだろう。言え。どこにある。どこに隠している」



 宗次郎は答えない。

 彼の背中が小さく震えているのが分かった。敵愾心に燃えた感覚はしぼみ、途端に歳相応の弱々しさを露呈させる。

 それ程までに衝撃の事だったのか、完全に意気地がくじかれていた。



「いや! いやいやいや。答えなくても分かっている。あなたがどんな人間か私は知っている。その、人を拒絶するような態度の裏に、どうしようもなく愛に満ち溢れた情があることを。だから私は『一人だけ生かしておいた』。そして、私の思惑通りに全ては動いた」



 ホワイトは猛る圭介を見る。その瞬間、圭介の周囲の樹木だけがポッカリと繰り抜かれ、縛めは解かれた。

 落下していく中で、圭介は即座に行動に移った。背後の残った樹木を蹴って前へ飛び出す。圭介の目には、もうホワイト以外は見えていなかった。

 突然の攻撃にホワイト以外の人間が、圭介を迎撃しようと動く。それをホワイトが制した。



「お前たちは動くな。私が受ける。こういうのは最初が肝心なのだよ……」



 地面を一度蹴って再度加速する。世界が横に溶け、流れ行く。

 一瞬の内にホワイトへ肉薄し、溜めていた拳を怒りと憎しみのままに突き出した。



「無駄だよ圭介。お前の牙は私に届かない」



 拳はホワイトへいとも簡単に突き立った。まるで豆腐を斬るかのような容易さで。だが奇妙なことに、血も出ていなければ、悲鳴を上げるわけでもない。さっきまでと同じように、すました顔でただそこに立っているだけだ。

 脳が理解する前に。ホワイトの身体が突然霞のように揺らぎ始め、白い煙へと変化した。白い煙は圭介の突き立てた腕に、蛇のように絡みつく。そしてそのまま全身を縛り上げてしまったのだ。



「――ッ!?」


「相手が私でよかったな。お前の拳は確かに人を容易く殺傷するだけの力が込められていた。感情を制御できなければ、お前はすぐに単なる殺人マシンになるぞ。そうなった方が面白いがね」



 縛り上げられた圭介の背後にホワイトは現れていた。



「まったく。好意から縛めを問いてやったというのに、また自分から縛されるとは。お前の趣向は大分歪んでいるな」


「……グ、グ! ホワイト! ホワイトォォッ!!」


「んん、言い返事だ。そして――」



 嬉しさを隠し切れないというように、嗤う。



「『無尽発電炉』及び『量子演算機』。確かに頂戴した」



 


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