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第二十六話 夢

2016/04/25 誤字脱字の修正と、表現の一部を改変しました


 動かなくなった堂島圭介、その傍らにホワイトは立ち、端末を動かした。

 辺りはナノマシン侵食による汚染と、最後の瞬間に放った高熱のせいで無残な姿になっている。しかし、制御室を破壊するには至っていない。なにより根幹を成している、生体コンピューター「堂島宗次郎」が無事なのだ。所詮重要なのはココだ。それ以外はどれだけ破壊されたとしても、どうにだってなる。

 ホワイトは手元の端末を操作し、メインブロックで指揮をとっている双子へとつなげた。


「わたしだ。堂島圭介は確保した。戦況はどうなっている」

【大きくは変わらないよ。だけど、船の損傷が著しい。このままだとバリアを維持できないかもしれない。それと、例の娘の方はどうする?】

「誰が今動ける」

【幹部で健在なのはオールドマンとソルジャーだよ。ただ、今は森で敵と交戦中みたいだ。引っ切り無しに爆発と雷が発生している。森も蠢いてて、決着はまだつきそうもない】

【ホワイト、目的は完全とはいかなかったけど、八割方は達成したんだ。ここが引き上げ時だと思う。思った以上に敵の反撃が激しいんだ。堂島圭介だけでも手に入ったことを喜んだほうがいい】


 通信に割って入ってきた双子の片割れ。その言葉にホワイトも同意見だった。だが、それでもホワイトは考え迷い、決断をすぐには下せなかった。


(今だ、今が千載一遇の好機なのだ。今後一度引いて再び攻撃したとしても、恐らく今以上の防備と体制で護るだろう。たとえ反撃できなくとも、地下に潜ってしまえば同じこと)

(いや、いや。なにを迷う必要がある、相手は片平だぞ。誓いがあるとはいえ、いざとなればどうなるかわからん。やはりここは撤退か……)


 胸の内でそう決めると、すぐに撤退を双子に指示した。

 端末をしまい込むと、改めて動かなくなった圭介へと向き直る。先ほどの高熱がまだくすぶっていて、周りの空気を歪ませている。


「本当に恐ろしい人だ堂島博士。やはり、あなたもこの世にいてはいけない……超能力者と同じ、異物なのですよ」




◆◆




 さっきから部屋の中を――いや、きっと今日が始まってからずっとだろうか――人々が駆け回り、怒号ともとれる指示を飛ばしていた。


 学園の地下中枢司令室。その部屋の隅に板倉アサギは椅子に座っていた。足元には通称「能力封じ」と呼ばれる頭冠と、関節を外され縛られたヴァイオレットが転がっていた。同じようにその隣には、先ほど佐々木が連れてきた圭介と同じ顔を持つ人間が横たわっている。どちらも意識はないのかぐったりしている。


 周囲の喧騒も、足元の敵も、実のところアサギの目にも耳にも入って来てはいなかった。その意識はどこか遠く、そしていつまでも近いところへ旅立っていたのだから。


 アサギは静かに危機を感じ取っていた。かつて学園の指示の下、能力を使って七支聖奠を探ったことがあった。その全てが何者かの力によって阻まれ失敗に終わったのだ。その力を持つ能力者を片平はアサギに語って聞かせた。それがホワイトだったのである。

 ホワイトは精神という「存在しないもの」を操るのだ。物理的な力であれば今の圭介に適うものはほぼいない。だが、残った脳髄に感応されたら? ホワイトの力はアサギの力を感知し阻むほど。万が一がないとは限らない。

 だから今、精神体を分離させて圭介を守ろうとしているのだった。


 精神には時も場所も意味を成さない。あるのは強い意志を必要とするだけだ。


 

 アサギが圭介を見つけ出した時、驚くべきものを見てしまった。圭介の精神はポッカリと巨大な大穴に飲み込まれ、肉体から完全に分離していたのだから。穴はブラックホールのように精神を捕らえて離さず、近寄ってきたアサギすらも飲み込もうとしたのだ。その穴がホワイトが仕掛けた攻撃ということはすぐに分かった。決断する間もなく事態は危急を告げる。即座にアサギは穴へと飛び込み、圭介の精神を掴み取った。

 彼女にとって精神同士の接触というのは初めてのことであった。精神はそもそも肉体の内から外へ出ることはない。超能力は精神の発露であるが、精神そのものではなく、精神から放たれる力なのだ。精神同士が接触する事によって起こる事象は未知数であり、先生である片平も固く禁じたことであった。


 アサギの手が圭介の精神体に触れた瞬間、それは起こった。


 彼の意志、思い出、心、感情と様々な「たゆたう」ものが、圭介に触れた手を通してアサギへと流れこんでいく。存在の結合、生命の統合。それが起こったのだ。

 肉体という空間的境界がない精神は、そのまま水が交わるように絡み合い、溶け、ひとつのモノとなるべく形を変える。圭介でもない、アサギでもない、しかしそのどちらでもある新しい精神へと。

 それは生命の誕生にも等しい現象だった。

 

 僅かに残ったアサギの意識が、必死になってそれを拒み続け、同時に圭介の意識を護るようにと力を割いた。その時である、それは圭介が見ている夢のひとつか。あるいはホワイトが見せた夢まぼろしなのか。圭介を圭介として成り立たせている核を見つけたのだ。

 圭介の核は、大穴よりも昏い何かに取り憑かれ、今にも消え入りそうな光を放っていた。核はまどろみに堕ち、ゆるやかに死につつあったのだ。

 アサギは自分の精神をすり減らしながらも残った手を伸ばして核に触れ、昏いなにかを遠ざけようと力を篭める。


 夢。

 核に触れたことでよりハッキリと、圭介を捕らえ弱らせている原因が、アサギにも伝わってくる。

 今やアサギは半分圭介と合体し、圭介になりつつある。よって圭介が見ている夢を即座に理解し、そして激しい怒りを露わにした。かつて一度たりともなかったことである。


(ホワイト、あなたはどこまで……どこまで卑劣な男なの!)


 夢の中で圭介は生身の肉体を持ち、死別した家族と楽しく暮らして生きていた。初めて見る圭介の本当の顔と笑顔。

 抜け出せぬ欺瞞ぎまんの中で、ゆっくりといたぶられくびり殺される。本人が本当に望む「夢」を視させて、その嘘偽りの幸せの中で殺す。それは、人の尊厳と誇りを踏みつける行為に等しかった。


 改めて言おう。超能力は精神の発露であると。


 むき出しの精神の状態であるアサギは、純然たる怒りの炎を燃え上がらせた。強烈に、そして激しく。

 通常の人間より進化した人間、それが超能力者だ。しかしまだ未熟であり、進化の途中で現れた中途半端な存在でもある。その中でアカシックレコードユーザーというのは、更にその先にいる、完全に進化した人類。板倉アサギたちとはそういう存在であった。

 人間を超えながら、人間の理で生き、そして増大した精神を扱いきれない肉の枷。そういった者たちなのだ。故に超人でありながら凡人でもある。


 だが、肉の枷から解き放たれた今は違う。一時的とはいえ彼女は無敵無敗の全知全能へと近づいているのだ。たとえ、人間性を犠牲にしていたとしても。

 アサギは精神世界を遍く照らす無窮の光となって、圭介を飲み込もうとする大穴と、圭介の核に取り付く昏いモノを、一片足りとも残さぬように輝きだした。

 光が世界を包み込み、何も見えない真っ白の世界となる。


 精神世界において時間と空間は意味を成さない。どれほどの時間照らし続けたのか、あるいは一瞬の間だったのか。唐突に変化は訪れる。

 それは現れた。真っ白い世界に誰かが現れた。

 

 ――それは……









「はっ!?」


 アサギは飛び起きた。身体から汗が大量に流れ落ち、服をべたりと濡らしている。そして身体がだるい。まるで全身に麻酔をかけられた後のようにうまく動かない。

 強い倦怠感のなか、ここがどこなのか理解できていなかった。しばらくすると、地下司令室であると理解できた。目をキョロキョロさせると、相変わらず紛糾している。足元の二人も変わらない。


(戻って、きたの?)


 心臓が激しく動き、耳の中で血液がめぐる音が聞こえてくる。鼻の中はツンとし、口の中には変な味が広がっている。

 アサギは額に流れる汗を拭った。


「大丈夫? すごい汗だけど」


 いつの間に隣に来ていたのか、ボロボロになった咲良がアサギを心配そうに覗きこんでいた。


「さ、咲良ちゃ、ん。無事だ、ったんだ……」

「ん、まあね。今司令部が大勢を立て直してるとこみたいなの。ハッキリ言って学園は壊滅よ。みんなも散り散りになっちゃって、まともに連絡すら取れない状況なの」

「八木さん、と、ゆすらさん、は、無事なんですか?」

「わからない……けど、多分生きてる。あの二人がやられるところなんて想像できないもの。それに」

「それに?」

「丁度十分前に通信があったわ。「森で巨大な落雷の発生を確認」って。多分、今も戦ってる。だから無事よ」


 そう言って咲良は笑う。この状況において咲良の闘争の火は今だ消えてはいなかった。それはこの場にいる全員がそうだったのだろう。仲間の生還を信じ、自らが生き残ることを信じている。


「佐々木先生と、片平先生、は?」


 アサギが咲良に問う。


「佐々木先生ならあなたとそこの白いやつを置いて、外の戦力の通信役になるって言って、それっきり。「勝機は必ず来る。その時を逃さず、備えてくれ」って言い残してね。片平先生は……行方不明なの、この戦いが始まってからすぐに」


 そこで二人は黙り込んだ。

 もし、この事態を完璧に逆転できる要素があるのならば、それはきっと片平だろう。彼の底は誰も見たことがなく、ただの教師以上の権限と発言力を持っている。彼女たちは、それはこの特殊な教室に与えられた特権か何かかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 ともかく片平がいれば事態は間違いなく好転するはずなのだ。


「今度は私が聞いてもいい?」


 咲良がやや遠慮がちに聞いてきた。前髪が目元にかかり、その目を僅かに覆い隠す。


「な、に?」

「圭介のことなんだけど……あいつは? 今どこにいるの?」


 アサギはチラリと横たわる白い鎧の男を見た。

 堂島圭介と同じ顔、同じ声を持つ人間――クローン――。そして、彼堂島圭介に託されたひとつの役割。

 言うべきか逡巡するが、どうせ黙っていても嘘はすぐにバレてしまう。来るべき時はもう近いのだから。


「佐々木先生の、頼みで、今……」


 つっと天を指さした。釣られて咲良も天を見る。天井は頼りない明かりだけがあり、何もない。咲良は彼女が何を言いたいのか理解できなかった。


「空、の敵と戦ってる。たったひとりで」

「えっ!?」

「空に浮いている船、の、バリアを解除して、それが確認され、次第、佐々木先生が集めた仲間を、敵の本陣、船に送り込む。それが今の、作戦」

「ひ、ひ、ひとりで!? 無茶苦茶、無茶苦茶だわ! なんでそんな無謀な事をさせたのよ! さ、佐々木先生~!」


 怒りに任せて咲良は壁を拳で打った。鈍い音が部屋全体に響き渡り、その一瞬だけ耳目を集め、叫び声も止まった。またすぐにもとに戻ったが。

 恥ずかしくなったのか、今度は小声で咲良が、


「それでようやく納得がいったわ。あの人司令部との連携を完っ全に無視して独断する気ね。だから説明がおざなりだったんだっ」

「でもね、咲良ちゃん。これしか、方法がないの」

「でも、あの新人をひとりで行かせるなんて正気の沙汰じゃない。おまけにあいつらは、圭介を狙っているってのに……これじゃ敵にタダで差し出すようなものよ」

「でも……」


 アサギが何かを言いかけた時、大きな警告音が部屋中に鳴り響いた。

 特別非常通信網「蜘蛛の糸」。学園でも一部の者にしか使うことのできない、最優先通信コード。


「だれだ、発信者はだれだ!」

「コード確認……コード「083371」ササキ マサタカ!」

「なに、佐々木先生が……?」

「なぜ佐々木先生がそのコードを使えるんだ。幹部にしか与えられていないコードのはずだ!」


 ざわざわと動揺が広がっていく。口から飛び出すのは疑問の怒鳴り声だけ。

 ただ、モニターだけがモノを言った。



――全残存戦力ニ告グ――



 暗くなったモニターに、真っ白い文字でゆっくりと表示されていく。そして、



――反撃ノ時ハ来タ――



 それは、ただ無機質に、しかし、圧倒的な熱量を帯び、機械的に告げられた。



――コレヨリ 敵本丸ヲ叩ク――





――作戦名「オペレーション・ヒーロー」ヲ発動スル――






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