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第二話 かくして目的は達成せり 前編  ☆



 新しい身体になってから。正確には新しい身体になって、意識が回復してからだ。それから夢を見ていない。

 凄まじい事故などを経験した人は、総じて夢で何度もその時のことを見ることがあるのだという。自分はない。記憶を失っているからだろうか。



(そもそも寝るってどうやるんだっけ……)



 半ば自室と化している研究室の窓辺から、圭介は夜空を見上げている。

 この研究室を自室代わりにするなと言われているが、なんとなくここにいてしまう。が、近々自分の部屋に戻るつもりだ。

 既に機械の身体は以前と変わらず自分の意のままに動かせるようになっていた。祖父宗次郎の人体のような機械を作る、というのはほぼ達成されていると胸の内で思う。

 圭介が想像していたような機械的な動作は一切行わず、どこまでも人間らしく、突き詰めれば突き詰めるほど人間臭さを発揮することができる。

 ただ、それを実現するために身体は大型化し、それにともなって体重もバカみたいに増えている。



(まあ、本来なら俺みたいな全身とっかえする人じゃなくて、身体の何処かを痛めている人向けの技術だったんだ。それくらいなんて些細な事さ。ただ)



 自分の腕を見る。まるでプロレスラーの鍛えられた筋肉のように太くなっている。



(あまりに自然に大きすぎて、まだ街中を歩く気には慣れないなぁ。絶対目立つって)



 人工皮膚はほぼ完璧に人体を真似ていた。

 触れば押し返し、近くで見れば毛穴だってうっすら見える。確かな靭性も兼ね備え、内外を保護する役にも立っているのだ。

 しかし玉に瑕と言う言葉がある。そのあまりにもリアルな作りは、圭介の大きな義体において、筋肉モリモリのマッチョマンへと変身させてしまったのだ。ご丁寧に筋肉の盛り上がりすら再現している。

 宗次郎は言った。目立つなと。これで目立つなという方が無理があるというものだ。



「どうしたんですか? 眠れませんか?」



 自分の腕をマジマジと見ているところに、寝間着姿の椿が声をかけてきた。椿も情報の整理や圭介のサポートをすぐにできるように、研究室で一緒に休んでいる。圭介が部屋に戻るまでの間だ。

 最近一段落したことで、身だしなみもキチンと行っているのか、髪の艶が以前とは打って変わって健康的だ。しかし、未だ忙しい時の方が多く、ボサボサのヨレヨレで居ることのほうが多い。



「いえ、ただなんとなく外を見たくなっただけです。懐かしいような気がして」


「無理もありませんよ。この三年、ほとんど余裕なんて無かったんですから」



 そう言って圭介の近くの椅子に腰掛けた。

 三年。事故にあって昏睡して一年。蘇生してリハビリすること二年。椿にとって地獄のように忙しい日々だったことだろう。

 椿は腰掛けたまま、圭介と同じように窓の外を覗く。



「本当のことを言うと、私はもうダメなんじゃないかと思ってました。ずっと」


「……」


「だけど、あなたのお祖父様は絶対に諦めず、折れず、まるで何かに挑戦するようにあなたの生存を信じていました。私は、その姿を見て何度も励まされたのです。生きている。絶対助けられるって、自分に言い聞かせて」



 椿の目は夜空ではなく、側に立つ圭介が映っている。



「だから、あなたが声を発した時、すごく嬉しかった。その、私が言うのも変なんですが、ありがとう。助かってくれて」



 奇妙な感謝の仕方だった。椿もそう思ったのか、それとも照れただけなのか、顔をわずかに赤らめている。

 室内にこもっていることが多いからか、白く透き通る肌。それがほのかに赤らみ、より艶やかさを増している。大人の魅力を感じたがそれだけではない。丁寧に整えられた眉はキリリとしており、意志の強さを感じさせ、照れながらもまっすぐこちらを見る瞳には高潔さが映っていた。

 気高い人だ。圭介はそう感じた。その気高さが、逆に礼を言わせたのだろう。

 その礼に応えるべく、窓から彼女の方へ身体を向きを変えた。



「とんでもない。お礼を言うのはこっちですよ。椿さんは、目が覚めた後のフォローもずっと付きっきりでしてくれました。何度お礼を言っても足りないくらいです。俺が礼を言われるなんて、そんな……」


「いえ、いいんです。結局、私はあなたを助けたかったのか、身につけた技術を活用したかったのかわからないんですから。そんな不順な動機で博士を手伝っていたのに、お礼を言われるなんてとんでもないですよ」



 これは卑下なのか。言葉の裏に潜むのは、多分それだけではない。なぜそう思うのかわからないが、ただ直感がそう告げた。



「そうだ。圭介くんはまだ外に出ていなかったですよね。行きたいところとかあります?」



 椿は話題を変えてきた。自分で出した空気に耐えられなかったのか。

 彼女の言う通り、街どころかまだ外にすら出ていない。何度か外に出てみようとしてみたのだが、その度、自分の姿が気になってしまって断念している。



「行きたいところですか。学校に、高校に行ってみたいです」



 高校。事故のため卒業できずにいて、ずっと心残りだった場所。

 高校に通っていた時間が一番楽しかったと思う。なんのしがらみもなかったし、気が合う友達がいっぱいいた。もう卒業しているだろうが、それでも学校ぐらいは見ておきたい。せめてひと目でも。そう思っていた。結局今まで行けずじまいだったが。



「お世話になった寮監さんにも会いたいな。あ、でもダメですよね。俺、もう死んでいるんですから」


「大丈夫ですよ。辛いでしょうけど、声をかけず、遠くから見る程度なら。じゃあ、今度私と一緒に行きましょう」


「いいんですか? 忙しくないですか」



 彼女の申し出に驚く。驚いたが、これは渡りに船だった。単純に不安だったのもあるし、この体格だ。一人で学校の近くをウロウロしていたら怪しまれてしまう。

 椿は微笑んで、



「ええ! 最近あんまり遠出してなかったし、運動がてら一緒に行きましょうね」



 ついでに圭介の大きさに見合うサイズの服も見ていこうと決めて、小さくあくびをしながら椿は自室へ戻っていった。

 後ろ姿を見送って、そろそろ自分も『休もう』かと思ったその時。



「あ、これって……デート、なのか?」



 ふと気づいてしまった。








 ここ最近で浮かれ気分を味わうことになるとは思っていなかった。もう立つ必要はないはずの鏡の前で、新たな自分の顔を見つめながらそう思った。

 この新しい顔。ハリウッド俳優みたいにしてくれという意見は却下され、実直で優しそうな風貌にされた俺の顔。爺ちゃんが言うには、その大柄が人に与える印象は大きく、せめて顔が真面目で優しそうなものであれば軽減されるじゃろ、とのことだ。



「俺はいっその事めちゃくちゃなイケメンが良かったんだよ」



 文句を言ったって遅い。驚いたのは椿さんもイケメン顔がいいと後押ししてくれたことだ。だいぶ趣味が出ているようであえなく意見は無視されていたけど。

 この顔になる時、爺ちゃんは俺以上に未練があったのか、元の俺の顔をベースに作ったらしくその面影が見て取れた。

 鏡に映る顔を見つめる。

 確かに真面目で優しそうな顔をしている。だがその目は、眼の奥は違う。目は口ほどに物を言うということわざがあるが、俺の目には何もない。空虚だ。もしそれを悟られてしまったら、この顔もきっと不気味なものに見えることだろう。

 社会に溶けこまなければならない俺は、ただの少しも違和感を抱かせてはいけない。気をつけなければ。

 濡れたタオルで顔の汚れを拭き取る。老廃物は出ないが、空気中のホコリやら何やらが付着することがあるので、やっぱり洗顔はしなくちゃいけない。



「よしっ。いくか」



 胸ポケットに入れていた伊達メガネを装着し、玄関へ向かった。

 メガネはただそれだけで人の印象を変えさせる。最初はサングラスを掛ける予定だったのだが、怖いからやめてくださいと、椿さんに言われたからメガネに変えた。

 目元を隠したかったのだが逆効果らしい。まあこれはこれで新鮮だ。

 玄関には既に待っていたのか、私服姿の椿さんが迎えてくれた。普段の白衣と違って、動きやすそうなパンツ姿をしている。



「おはようございます。アハ、メガネ似合ってますよ」


「おはようございます。初めて付けてみたんですけど、結構いいですね。伊達メガネとか掛ける人の気持ちがわかりますよ」


「ファッションとして成り立っていますからね。私も以前はメガネだったんですが、今はコンタクトレンズに変えてるんです。ド近眼で、瓶の底みたいな厚いレンズしかなくて、重くてコンタクトに。まあそれはともかく、さっそく学校に行きましょうか。今日は日曜日ですし、人も少ないはずです」



 二年ぶりの外。帰省した時に見た光景と全く何も変わっていない。当然だ。二年で何かが劇的に変わるなんて早々無い。

 むしろ、



(変わったのは俺の方か)



 日の暖かさも眩しさも、風の心地よさも感じない。ただの情報として処理されていくだけだ。



「それでも、感慨が湧くのはなんでだろう」


「え。なにか言いました?」



 隣を歩く椿さんが、こちらを覗きこむように聞いてきた。

 聞こえないように呟いたのに聞こえていたようで、途端に恥ずかしくなってくる。

 


「いや、なにも、ないです……」



 椿さんは首をかしげたが、それ以上聞いては来なかった。

 学校への道のりは特に問題はなかった。大柄であることに怯えていたが、雑踏に紛れてしまえば目立つ事なんて早々無いことを思い知った。

 自分一人が変わっていったって、この流れは変わらない。例え異質であったとしても、それを飲み込んでまたとうとうと、この雑踏は続いていくんだろう。



(実際自意識過剰だったのかな、俺は。ちょっと人とは違くなっただけさ。ただそれだけなんだ)

 


 電車に揺られ、バスに乗り、出発から一時間ほどで学校に到着する。

 校庭の方で人の声が聞こえてきた。日曜日でも練習しているのは野球部だろう。校庭の使用は土日でサッカー部と交代して使っている。



「中には入れないですけど、近くを散歩するくらい大丈夫ですよきっと。行きましょう」



 椿さんは俺の手を引くと、外周を歩き出した。

 県立森科高等学校。森を背にした学校で、部活動が盛ん。珍しく寮を所持しており、約一〇〇名が寮暮らしをしている。俺もそのうちの一人だ。

 校庭のところまでくると、フェンス越しに野球部が練習しているのが見えた。あんまり強くはないが、みんな熱心に練習に打ち込んでいるのが分かる。



「圭介くんは部活動はなにかしていたんですか?」



 練習を眺めながら何の気なしに椿さんが聞いてきた。



「俺は帰宅部でした。一応必ずなにかのクラブに入っていなければならなかったので、文芸部に入っていたんですが。まあ一度も行ったことはないですね」


「そうだったの。私の時は……」


「当ててみましょうか。ズバリ科学部。あるいはそれに準じたクラブ、でしょう?」


「フッ、お見通しってわけですね」



 何故かニヤリと笑う。昔のことを思い出したのか、なんだか楽しそうだ。



「今の椿さん見てるからわかりますよ。あそこまで頑張れる人が高校時代、別の何かに打ち込んでいた、なんて信じられないですし」


「懐かしいわ。あの時は随分無茶をいっぱいしたわ。顧問に無理言って薬品揃えさせたり、自作の機械をイタズラに使ったり、漫画みたいに爆発しないか実験してみたり。あ、自爆装置にも凝ってたりしたわ……」



 うっとりと思い出にひたる。真面目な印象から遠ざかるような事を、学生時代はよくやっていたようである。昔はやんちゃして、年を経る事に落ち着いていくヤンキーのようなものなのか。

 しばらく野球を見ながら、彼女の武勇伝を聞いていたが、そろそろ寮を見たいということでその場を後にした。

 寮は校舎に劣らず大きい。一〇〇人が生活し、そして活動するための施設だ。近くの学校でも寮があるのはここだけなため、学校側はかなり力を入れて整備している。



「立派な寮ですねぇ。圭介くんの部屋ってどこです? ここから見えます?」



 生け垣を背伸びをして中を覗き込む。



「奥の方の棟なので外からは見えないですよ」


「あ、そうなの」


「この棟はパソコン室とかの教室が集まってるんです。卓球台とかあって、申請すれば遊べたんですよ。まあパソコンとかは各部屋に有線が引かれていたので、私物で持ってきて使用する人のほうが多かったけど」


「ひと部屋何人ぐらいで生活してたんです?」


「二人です。だけど、一人だけの部屋とかもありました。俺は友達と二人部屋でした」



 昨日のことのようでもあり、もっと昔のことでもあるような、この寮を見た時から妙な気分になっていた。自分の中ではまだ高校二年生で、友達とバカなことをやっていた時のような感覚でいる。だけど実際は既に二年もの時間が過ぎ去っている。まるでちょっとした浦島太郎気分だ。時間に、時代に取り残されるというのはこういうことなのだろうか?

 きっと生身の身体であったのならば、涙を流したり、締め付けられるような胸の痛みに苦しんだことだろう。行き場のない悲しみ。どうしようもない無力感。それらが空虚な身体に残響音を残して通り過ぎて行く。



「――椿さん、もう行きましょう。少し、疲れました」


「え、あ、もういいの?」


「はい。もう十分、堪能しましたから」



 ここにいるのは辛いから。とは言えなかった。彼女に余計な心配をさせることはない。

 学校に来たのは郷愁というわけではない。それを感じるほど時間は経っていない。あえて言うなら希望が近いか。この場所に来ればまたあの日に戻れるかもしれないという『希望』。そんなものありはしないのに。

 我ながら女々しいなと思う。だが止められなかった。



(来てみてどうだった。ただ不動の現実を突き付けられただけだ。俺は死に、時間はとっくに流れていっている。俺が使っていた部屋が奥のほうだというのは嘘だ。本当はここから見えていたんだ。その場所は既に誰かの部屋になっていて、俺がいた痕跡が全くなかったから……)



 落ち込んだ気分であっても身体は正常に作動する。埋め込まれた補助脳が転倒しないようにサポートしてくれているのだ。

 途中喫茶店を見つけたので入ろうと思ったが、自分のこの重量を支えられないのではないか、と思いやめておいた。ますます社会から離れていくようだ。

 学校に来るまでは社会に復帰出来たと喜んでいたのだが、今は一転している。舞い上がった気分はどこへ行ったのか。



「お疲れのようですし、少し早いですけど帰りますか? 買い物は後日ということで」



 気を利かせて椿さんが提案してくる。



「すいません。久しぶりの外ではしゃいで疲れたみたいです」


「いいんですよ。さ、駅の方に向かいましょう」



 来た道を戻る。時間は昼前。帰るなら調度良い頃合いだろう。

 バスと電車を乗り継ぎ、家の近くまで来た時、奇妙な出来事に遭遇した。



「あれ誰だ。庭でなにしてるんだろう」


「あら、博士でしょうか。博士が庭に出るなんて珍しいですね」



 通りを挟んだ向こう側。家の庭に人が立っていた。

 距離は約三〇〇メートル。自分の目の倍率を上げて庭にいる人物を注視すると、明らかに年寄りの姿ではない。背丈も格好も、全然似ていない。



「いや、爺ちゃんじゃない。誰だあいつ、ひとん家の庭で何やってんだ!」



 俺は駆けだした。きっと泥棒かなにかだろうと決め付け、今日の失望の八つ当たりをしようと泥棒に向かっていった。

 俺の意思に反応するように、思い通りに身体は動く。望めば望むほどに速さは増していき、際限なく加速する。五感はないが、その代わりとなるものが風を切る感覚を伝えてくる。

 その瞬間、得も言われぬ快感を俺は感じた。



(なんだこれは。身体が思い通りに動く! 周りの風景が溶けていく。自分以外が遅い! ハハハ!)



 走る勢いそのままに、大きく踏み込んで跳躍し、一息で高い塀を飛び越えた。その頃には異変に気づいた侵入者が、驚愕の様相でこちらを見ていることを確認できた。

 驚愕のまま思考停止しているのだろう。その場で硬直している。その様子を見てすぐに捕まえてやると息巻き着地すると、思わぬことで足元を掬われてしまった。

 着地したところは丁度土の地面で、身体の重さと勢いで地面に衝突したことによって、めり込んでしまったのだ。



「わッ!? なんだ!」



 何が起こったのかわからず、半身が埋まったままもがく。その間に面食らった侵入者は、裏口の方向へ走って逃げていってしまった。裏口に車を隠してたのか、あるいは仲間がいたのか。すぐにエンジン音が聞こえてきて、その後徐々に遠ざかっていってしまった。

 後から追いついてきた椿さんが息を切らせて、



「ハァ、ハァ、だ、大丈夫ですか圭介くん。今の人は……?」


「逃げられました。でも顔ははっきり見ました。中年の男性で、目つきが鋭かったです。あとで映像データを出力しますね」



 時間を掛けてなんとか地面から抜け出すと、外出していたらしい爺ちゃんが背後に立っていた。

 泥まみれの自分と、穴の空いた庭、飛び散った土を見て唖然としながら、



「なにをやっとんじゃお前ら」



 その表情は五秒後には赤鬼と化した。



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