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第二十四話 忘れ得ぬ炎の記憶 ①



 勝った。圭介は瞬間的にそう思った。船の制御は完璧に抑えたし、バリアも解除できた。いずれ佐々木がこちらへ、学園の残存兵力をかき集めて跳んで来るだろう。後はホワイトをブチのめし、宗次郎と椿を助け出すだけだ。圭介の感情は喜びに震えた。

 しかしおかしい。何かが奇妙だ。圭介は誰もいなくなった制御室で、再生したばかりの身体の確認を行っていく。が、どうやら身体には異常はないらしい。

 船は既に動き始めている。圭介の仕業で現在は海に向かっている。海の上であれば自身の力を全開にしても被害は出ないだろうし、この巨大な鉄くずの影響も殆どでないはずだ。そう、全ては順調のはずなのだ。


(なのになんだ。この違和感は……)


 大事なものが欠けているような、そんな気分だ。

 目眩を覚えた圭介はとっさに頭に手を添えた。それでも立っていられなくなり、椅子にゆっくりと腰を下ろす。

 そのままテーブルに突っ伏していると、誰かが声をかけてきた。


「どうしたの? 具合が悪いの?」

「いや、ちょっと目眩が。大丈夫だよ、母さん」

「そう? あ、お茶ここに置くわね」


 目の前に置かれた湯呑みからほのかに湯気がたっている。緑茶の香りが少しばかり頭をしゃっきりさせた。


「父さんたちは?」

「まだ研究所に篭ってるわよ。なんでも、お爺さんの研究が佳境に入ったらしくて、そのお手伝いなんだって」

「兄さんは?」

「さあ? もうすぐ帰ってくるんじゃないかしら」


 母が時計を見るのに釣られ、圭介も同じく時計を見る。午後六時を少し過ぎたところだ。

 二人は研究室、もう一人は大学。いつもなら七時過ぎには全員揃い一斉に夕食なのだが、今日はそうもいかないらしい。圭介は熱いお茶を静かにすすった。


「あっつ!」


 久しく感じていなかった感覚に驚く。舌は熱でヒリヒリと痛み、慌てて水を口に含んだ。水の冷たさで大分良くなったもののまだ痛みがある。

 その様子を見て母はフッと鼻で笑った。


「ぼうっとしてるからよ。火傷しなかった?」

「……痛い」

「そりゃ熱湯だもの。あーあ、今日はアツアツのコロッケだったのに、これじゃあ美味しく食べられないわねー」

「!! な、なんでそれを早く言わないの!」

「朝言ったじゃない。お隣さんからじゃがいも貰ったから、今日の夜はコロッケねって。寝ぼけて聞いてなかったの?」


 そういえばそんな事を聞いたかもしれないと、記憶をさかのぼって見る。


(朝起きて顔を洗って歯を磨いて……そういえば朝ごはんの時何か言ってたような。朝ってあんまり頭がハッキリしないんだよなぁ)

「その顔はやっぱり寝ぼけて忘れてた顔だなぁ?」

「この程度すぐ治るし」

「氷でも舐めてたら? 少しは良くなるかもよ」


 言われて、圭介は冷蔵庫から氷をひとかけ取り出して口に含んだ。これで本当に良くなるのか? などと考えたが、どうせ夕飯までにはまだ時間がある。それまでに元に戻したかった。

 そんな事をやっているうちに、兄が帰宅してきた。ヨレヨレでドロドロの白衣を他の洗濯物と一緒に出そうとして、今は母からお叱りを受けている。

 続いて目に大きいクマと盛大な無精髭を生やした父と、同じくクマが出来た祖父が帰ってきた。兄同様、汚れた衣類を洗濯機にぶちこもうとして一緒に怒られている。


(親子ってのは同じ行動をするもんなんだなぁ……俺は違うけど)


 コントを見ているかのような気持ちで、三人が怒られているのを聞いている。圭介は小さく微笑んだ。

 流石に仕事明けということや、夕食前ということでお叱りはそこそこの時間で終わることとなった。

 先に帰ってきた兄から順番に風呂へ入って来いとのお達しが下り、残りの男たちはリビングに集まっている。


「今度はなにやってんのさ」


 圭介が父と祖父に向かって質問する。すると、二人同時に口の端を持ち上げた笑いを作って一斉にしゃべりだす。


「ついに量子演算器が完成しそうなんだ」

「無限エネルギー発生装置を制御するために必要で――」

「これがあれば理論段階だったナノマシンも実用に――」

「夢のアンドロイドがついに完成――」

「一緒に喋ったってわけわかんねえよ」


 二人は顔を見合わせ、結局祖父が説明することになった。


「無限エネルギー発生装置、量子力学的演算器これらがもうすぐ完成しそうなんじゃよ」

「何回もそれ聞いたぞ」

「いやいや本当なんだって。後もう少しで完成しそうなんだよ。それが出来ればナノマシンも実用段階まで引き上げられる」


 父が圭介の言葉に割って入る。鼻息荒く語る姿は子供のようで、情熱に満ち溢れていた。ただ、興奮し過ぎか瞳孔が開いている。


「そ、そうなの? 俺にはよく分かんないわ」

「ふ、ふふふふ……今にお前にも分かるじゃろう。ワシたちの真の偉業をな」

「フフフフ……その通りだ親父。今のうちにサインを貰っていなかったことを後悔するなよ?」

「気持ち悪い笑いをするなよな。ほら、兄さん上がったみたいだから、どっちか行ってきたら」

「……じゃあワシからで」


 驚いて貰えなかったのが寂しいのか、とぼとぼと祖父は風呂場へと向かっていった。

 それから程なくして食事の用意が整い、父の風呂あがりを待って、ようやく食事にありつくことが出来た。

 時刻は午後七時半を大分過ぎていたところだった。

 食事が終わると、各々それぞれの事をし始める。母は食器の片付け、父と祖父は成功を祝っての前祝い。兄は疲れたと言って早々に部屋に戻っていった。圭介はただそのままテレビを眺めていた。何かをする気にも、何かをしたい気も起きず、なにか喉に引っかかったような気持ちでいた。なぜそんな気持ちになるのかわからないのが気持ち悪く、ただひたすらダラけている。

 酔った父がそんな様子で居る圭介を放っておくこともなく、酔っぱらいの勢いに任せて息子に絡み始めた。


「ぉーん、なにそんな呆けた顔してんの~。俺譲りのイケメンが台無しじゃんよぉ」

「……そうでもないよ」

「なーんだよ、酔っぱらいに連れないこと言うなよ。言えよぉ、何悩んでんだよぉ」

「なんでもないって。ただダラけてるだけだから。くっさいから寄ってくるなよ……」

「はぁぁぁぁあぁ~~」

「臭い寄るなクソ!」


 酒臭い息を鼻の間近で吹かれ即座にそこから退避する。


「親父ぃ、圭介が元気ないんだけどぉ、どぉすらいいと思う~」

「なに! 元気がない!? そりゃてーへんじゃ。よっしゃ、アレを見せるか」

「アレ? アレ……ああ! アレな! 確かにアレを見たら元気になること間違いなしだぁ!」

「アレってなんだ?」

「ぬふ。まあついてくりゃわかるよ――母さん! ちょっとラボの方行ってくるから!」


 台所から顔だけを覗かせて、


「酔ってんだから気をつけなよ?」

「わーかってるよ」

「ちょ、まだ行くって決めて――ひ、引っ張るな!」


 圭介は酔っぱらい二人に抱えられ、引きずられてリビングを連れ去られていった。

 堂島家には祖父が成した財によって研究所が建てられている。そこへ行くにはこの家から続く地下廊下を通って行かなければならない。外からは直接行けないのだ。以前なぜ勝手口を付けなかったのかと聞いたら、「ロマンがあるじゃろ? ……すまん、実は勢いで」とのことだった。

 電灯の明かりも頼りなく、地下のためか薄ら寒い。廊下の反響が気に入ったのか、二人は肩を並べて歌を歌っている。お風呂気分なのかすっかり出来上がっているようだった。

 圭介は廊下を一歩進む度に頭のなかがぼうっとなり、体は倦怠感を訴えてくる。まるで鉛でも体に付けれているようで、一歩一歩がひどく苦痛に感じた。心の底から今すぐ横になりたいという強い衝動が沸き上がってくる。

 しかし、手はガッチリと二人に握られているため逃げられることも出来ない。ジリジリと牛歩のごとく研究所へ向かっていく。


――見てはいけない。


 扉を開けて、父がライトを付ける。

 光に照らしだされたのは二メートル強はあるかという巨躯だった。人の形をしており、剥き出しの鋼の筋肉やフレームが生々しい。その隣には巨大なパイプが繋がれた丸いガラスケースが置かれていた。中で時折発光を繰り返している。


「みぃろよ圭介! これが俺と親父が命と魂と血と根性と努力とぉ……まあ、なんかそういうのの集大成だ」

「これはワシが長年求めていた『人の動きに限りなく近い』を追求した逸品じゃ。そしてそれだけじゃない。無尽発電炉『ジンライ』を搭載し、これを運用管理する専用の容器でもある。まだまだあるぞぉ! ジンライは無限にエネルギーを発生させる。エネルギーは基本フレームに使われている、集積構造体『ヒヒイロカネ』に作用し、ナノマシンを活性化させるのじゃ!」

「ナノマシンは増殖を繰り返し、その能力を体外にまで発生させる。そして何が出来ると思う? ふふふ……それはな、基幹機能ヤシロがナノマシンに働きかけ、量子演算器をつくり上げるのだ!」


 二人の声は研究所内で大きく木霊する。喋っているうちに熱が入ったのかうっすらと汗をかき、息を荒らげている。


「つくり上げるのだ! って言っても、俺には荒唐無稽にしか聞こえないんだけど。実際やってるとこを見せてくれるの?」

「……いや、それは」

「じゃからまだ未完成なんじゃよ。どうしても全ての要素が上手く噛み合わないんじゃ……」


 騒いだことで酔が覚めたのか、急に落ち着きを取り戻す二人。

 圭介はもう一度部屋の中央に鎮座する巨大な人型に目を向ける。

 不思議だ。これを見ていると心がざわついて仕方がない。心の内から何かが飛び出して、叫んでしまいたい衝動が沸き起こる。どうしようもないなにかが……


「近いうちに椿くんも呼んで改めて実験を進めるさ。ここまで来たんだ、俺は諦めたくない」

「兄の淳也にも手伝わせようかの。あやつもなかなか、最近一端の口を利くようになったからの」

「圭介、なにボーっとしてるんだ。もう戻るぞー」

「あ、ああ、分かった」


 人の姿をした怪物。圭介にはこの機械がそう映った。




書式を少しだけ変えてみました

読みづらかったら前のものに戻します

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