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第十九話 鋼鉄の運命 ③  ◎



「この前のやつか!」



 病院で出会った圭介の顔を持つ人間。美しい緩やかな曲線を描く白銀の鎧。PK1は砂煙を巻き上げて立ち上がった。



「また……会ったな。堂島、圭介」



 そういって不気味な雰囲気を漂わせて、マスク越しにこちらを睨みつけている。圭介はやや視線を下げて、その右腕へと視線を外した。そこには不格好なほどに大きく、もはや凶器と言っていいほどに攻撃的なデザインの義手が付けられていた。指の先端は一本一本剣のように尖り、それはまるで獣の牙を彷彿とさせた。



「俺は出来れば会いたくなかったよ。お前はいったい誰だ。なぜ俺の顔を持っている」


「ふ、ふふふ……知りたかったら、力づくで勝ち取ってみろ。この頭部には俺のバイタルデータをチェックする機能がある。お前なら解析できるだろうよ」



 鎧の男はジリジリと圭介との距離を詰めていく。それを受けて圭介も構えを取るが、得体のしれないプレッシャーに押され、攻撃に移ることが出来ない。



(くっそぉ……なんなんだこいつ。こっちは急いでいるんだ。しかもわけの分からん力も制御しなきゃならないし、手一杯なんだよ!)



 距離は七歩というところまで近づいてきている。前回の事を考えれば、互いに既に射程距離に入っている。



(使い方の分からん力より、今は拳法で凌ぐしかない!)



 PK1は後三歩まで近付いてきている。危険な距離だ、すぐに先手を撃たなければ。

 圭介はゆらりと右斜め前に踏み込んだ。相手はまだ脱力している。強烈なプレッシャーは放たれているが、この距離で先を取ったのだ、準備をしていなければこの奇襲は確実に成功する。

 意識と意識の隙間に踏み込んだ攻撃は、相手に自分が消えたものだと誤認させる。その隙をついて、圭介は容赦の無い肘打ちを左わき腹へと打ち出した。脇腹を打ち上げ、鎧の上から心臓を狙う。一点に集中された威力は分散することなく、鎧の内側へと浸透していった。

 衝撃でふっ飛ばされたPK1だが、空中でトンボを切って何事もなかったかのように着地する。



「忘れたのか? 俺はお前なんだぜ。思考を読んで備えるのは簡単なのさ」



 同一人物ではないが、根源的な部分は同じである。その為にその思考は近く、それがPK1に防御を促した要因だった。自身の装甲の強度と、相手に合わせたタイミングで僅かに打点をずらし、衝撃を軽減したのだ。

 PK1は大きく歩を踏み出して、一息に圭介へと飛び込んだ。右腕の義手を腰だめに構え、地面をこするように振り上げる。爪は真っ赤な軌跡を描いて圭介へと迫る。



(爪が燃えているのかっ!?)



 入れ替わるように避ける圭介は、その爪が真っ赤に焼け付いているのを確認した。あまりの熱量に空気は揺らめき、熱波が押し寄せてくる。

 避けた圭介を追撃して、右へ左へ縦横無尽に義手を繰り出していく。その度に圭介は後退を余儀なくされ、反撃の糸口すら見えてこない。圭介の横にあった木が避けた拍子に巻き添えを食らい、まるでバターのようになんの突っかかりもなく切断されてしまった。そして切られたところから一瞬の内に火が燃え盛る。圭介の装甲でも食らえばひとたまりもないだろう。

 ただ振り回しているだけのように見えたが、尽く圭介の動きに合わさって突き出されている。攻撃の威力だけではなく、完全に機を制されているのだ。

 爪の威力に目を奪われている内に、PK1は次の手を構えていた。左手には、腰のホルスターから引き抜かれた銃が握られており、圭介が爪の大上段からの攻撃を避けた瞬間を狙って、その引き金は引かれた。

 ――ガンッ!

 という鈍い音が足元から響く。弾丸は次の軸足となる左の足首へと着弾する。



「なっ――!」



 一瞬の隙。それさえあれば十分だったのだろう。事実、既に横に薙ぎ払うような一閃が、圭介に迫りつつあった。圭介の身体を十分にこそぎ落とす事ができる位置だ。今からでは防ぐことも避けることも出来ない。体勢は崩されてしまった。

 恐怖。鋼の肉体と化してから感じたことのない程の恐怖。それが圭介を支配していた。同時に、ある記憶が呼び覚まされていた。

 それは圭介が『死んだ』あの日あの時の事だった。


 ――突然の混乱。

 ――家族の死。

 ――助からない。

 ――誰かが来る。

 ――そいつが、殺した。


 たった今自分を滅ぼしかねない脅威を前に、かつて死んだ時の恐怖と絶望がフラッシュバックしたのだ。


 ――人間はあらゆる経験を積んで、それを糧に生きている。ある状況において、ある経験が役立つことなどよくある話の一つだ。ならば、死の経験というのはどうだろうか。死んで、生き返る。そのような人間が積んだ経験というのは、いかなる時に役に立つのだろうか。

 それは恐らく、とてつもなく、どうしようもなく「生きたい」という時に、発揮されるのではないだろうか。死なない為に、生きる為に。

 堂島圭介が取った行動もきっと「生きたい」と思ったから。死を経験したがために、それから逃れる方法を取ったに違いない。


 次の瞬間、燃え盛る紅蓮の鉄爪は圭介の腹部に深々と突き立っていた。だがそれは、十分に攻撃が届く範囲にいる、ということでもあった。

 肉を切らせて骨を断つ。敵の攻撃に一歩遅れて圭介の両拳が交差する。その手は白い輝きを発しながら、ハサミのように鎧の男の義手を捉え、そして打ち砕いた。

 


「な、に……」



 圭介の拳の光は、徐々に全身へと巡る。



「圭介、きさま何をした……!」



 危機を敏感に察知した男は、瞬時に防御シールドを身体に纏うと、青白く光る衣が展開された。



「さあな。俺にも、わからん。だが、その腕に随分な自身があったんだな。慌てて守りに入る、その様子を見るに」



 病院で発現した力とは別に、超高温で赤熱しているわけでもなく、ただ白い光が圭介から放たれている。



「死にたくない。俺はただそう思っただけさ。だけど、それが良かったみたいだ。お陰で力を得ることが出来た!」



 圭介の意志が全身を駆け巡る。それに反応して無尽発電炉ジンライが稼働し、量子演算器ヤシロが開かれる。ヤシロは全状況を見据えた計算を始め、未来予測を開始する。制御下にある武装統括システムフツノミタマは、莫大な電力で局地的な次空間干渉を開始。圭介の思念波を感じ取り、虚空へと武装を顕現させる。

 ジンライはフレームへも干渉する。増殖装甲ナノマシンヒヒイロカネは電磁修復を行い、先ほどの傷を即時修復していった。

 武装は光球となって圭介の周囲を漂っている。攻撃自動衛星ミカボシ。圭介の意思通りに動き、その形態を変化させる。



「俺の顔をしたお前。今はお前にかまっている暇なんてない。さっさと決着をつけるぞ!」


「調子に乗るなよ……! お前に俺は、俺を殺せるはずがない! 俺はお前だ、お前自身だ!」



 圭介の手が男の頭部を鷲掴みにする。光とともに思い切り力を入れると、青い衣のシールドごとヘルメットを粉砕した。中から現れたのは、醜く歪んだ表情でこちらを睨む、かつての圭介の顔があった。



「違うね。俺はお前じゃないし、お前も俺じゃない」



 ミカボシが震える。指向性超音撃波。それは直接脳へと振動を伝え、三半規管をかき乱す。男はシールドを失ったがために防ぐものはなく、ただその場でのたうち回るだけであった。

 意識を失ったのを確認すると、ミカボシは攻撃をやめ、圭介の周囲を漂い始める。



「殺さなかったのか。生かしておくと、また君を襲うぞ。それにアサギくんも危険に晒される」


「……こいつは、俺の、本当の顔を持っていました。……出来ませんよ」


「自分殺しか。確かにそいつはいい気分じゃあないな」


「それに、殺すのはただ一人と決めていますから」


「ホワイト、か。ならば計画の第二段階だ。そこに奴も、君の家族もいるはずだ」



 圭介、佐々木、アサギは改めて巨大な空に留まる物体を見上げる。今なお異様を与える恐るべき物体を。



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