第十八話 鋼鉄の運命 ② ☆
学園上空に停滞している巨大飛空艇『タケミカヅチ』。その異様は学園をすっぽりと覆い隠すほど大きく、また音もなく空に浮かんでいる。いや、浮かんでも飛んでもない。それはまさしくその場に「停滞」しているのだった。
「アル、戦況はどうなっている」
全身を白いスーツで覆っている男ホワイトは、そのタケミカヅチの鋼の胎内で、ある『モノ』を待っていた。
モニター越しに双子の片割れのアルが答える。
【こっちが優勢。学園はもう終わりだね。ソルジャーとオールドマンは現在森で交戦中。学園の侵食はそれが終わらないと始まらないみたい。バイオレットは捉えられてから通信不能。もう死んでるか、あるいは通信機を破壊されたか……】
【でもね、コストダウンした鬼人たちの戦果も目覚ましいよ。オリジナルと比べても十分起用できる耐久力と柔軟性を保ててる】
アルの言葉を遮って、双子のソルが口を挟む。画面いっぱいに同じキツネ顔が表示されてややくどい。
「それはいい。堂島圭介はどこだ」
椅子に深々と身を預け、膝の前で指を組む。これだけ攻勢をかけているのにまだ発見の報告が上がっていなかった。戦力差で言えば、鬼人の分こちらが上だ。なのにまだ見つからない。ホワイトは気が焦っていた。
【はっ、それが、まだ……。優勢だけど、なにぶん反抗が著しく……】
睨みつけられたアルがしどろもどろで答える。
ホワイトはイライラが抑えられず指いじりが止まらない。その隠そうともしない苛立ちを見て、アルとソルの双子は内心縮み上がった。
「鬼人を限界まで投入しろ。どうせこれからは量産できる。まずはあの二人だ。最悪圭介は破棄してもいいが、例の能力者は確実に捕まえろ」
【板倉アサギ。わかってるよ、ホワイト。あれは僕達の今後にどうしても必要な人間だものね】
そこで通信が終わった。
常に予想とは違う結果が出ることに未だに慣れることはない。現状の戦力なら今から二時間前には、こんなチンケな学校など制圧できているはずだった。それは敵の戦力を侮ったからではないが、やはり作為的なものを感じざるを得なかった。
(片平か……あるいは例の能力を持つアサギか。どちらにせよこちらに干渉している者がいる事は確かだ)
ホワイトは立ち上がった。そして彼の背後の空間へと視線を投げかける。
そこには後ろ手に縛られて、項垂れている女性の姿が目に映った。相葉椿である。
「やはりあいつを使うしかないのか」
なんともなしにひとりごちる。意識があるのかないのか、椿は全く反応を示さなかった。
数カ月前までその髪は艷やかであり、自慢の髪だったのだろうが、いまはその影すらない。精気の抜け落ちたザンバラ髪のようだ。そして俯いた顔に髪が掛かり、青白い顔を覆い隠している。
「バカな女だよ君は。大人しく協力していれば、こんなことにならなかったのに」
デスクのコンソールを操作していく。回線はドックへとつながった。
白衣を着込んだニキビ面の男がニコニコして通信画面へと出る。
【ホワイト様いかが致しましたか? もしかして彼が必要に?】
「そうだ。PK1を投入する。調整は終わったか?」
【勿論でございますです! 今以上に本物への欲求と、アサギとかいう小娘への執着。どちらもご指示通り調整しております。アーカーシャの擬似録も極限定的であれば使用可能です。オリジンとの戦いで有利に働くこと間違いございません!】
「ならば任務を伝える。やつのしたい通りにさせろ。ただしアサギは傷つけず、生かして捉えてくること」
【堂島圭介の方はよろしいので?】
「どのみち奴は、今となっては予備でしかない。構わん」
【クヒヒッ! で、では、仰せのとおりに……】
再び通信が途切れ、モニターも元の暗さに戻っていった。
パーフェクト・キラー・ワン。またの名を、プロトタイプ・クローン・ワン。堂島圭介の脳細胞の一片から創りだされたクローンにして、小型重戦歩兵装甲のリアクター。
七支聖奠の歩兵戦力として、鬼人とは別のコンセプトで創られた人造人間計画。DNA適合で皮膚と同じような柔軟性と、戦車の大砲にすら耐えうる強度を獲得した特殊アーマー。それを使うための人間を創るためのプロジェクト。
「だが、まさか博士の遺産を使うことになるとはな。堂島翁の歪んだ愛の残滓か……ふ、ふふふ」
◇◆
学園を一望できる山腹。そこに三人は現れていた。激戦区である学園に直接跳ぶという危険は避けたかったからだという。
地上の惨状は圭介が思っていたよりも悪いものだった。立ち上る噴煙、見る影もないほど破壊された校舎。這いずる人造人間たち。天にそびえる鋼鉄の方舟。
戦いはまだ続いていた。いつ終わるとも知れず、それでも戦いは終わっていなかった。
「呆然としている暇はない。我々にはやるべきことがある。君も納得したはずだが」
佐々木とアサギに連れられて地上へと帰還したはいいものの、あまりの状況に圭介は茫然自失となってしまった。そんな圭介に、言外にこの状況を無視しろと急かす佐々木。対して隣にいるアサギは、毅然としてはいるが目に涙を浮かべている。
荒涼とした風が慟哭と鉄さびた臭いを運んでくる。
「――なら、速く始めよう」
「もう一度説明するぞ。君はアサギくんの補助を得て宗次郎博士のプロテクトを破る。プログラムを支配下に置いた後、あのクソッタレな空飛ぶ棺桶に侵入する。中にはホワイトが待っていて、君はこれをぶっ倒す。いいかな?」
「シンプルで分かりやすいよ。特にぶっ飛ばすのところとか」
「だが注意して欲しいのは、例の病院で君の機能を一時的にダウンさせた者の存在だ。まだ確認されていないから、表に出てきた以上奴が投入されるのは時間の問題だろう。だが心配することはない。その為のアサギくんだ。彼女は君の能力の制御補助と同時に、外部からのアクセスを防御する。できるね、アサギくん」
佐々木はアサギの方に目を向ける。アサギはまだ周囲を見ていたが、声をかけられると振り向いて頷いた。
「資料は全部目を通しました。赤羽根研究員のものもです。そこで私は何度か圭介くんの身体に潜って調べました――私の能力で調べたんです――。すると驚くべきことがわかったんです。……その、堂島博士は圭介くんの身体そのものを発電炉として作っていたんです。だから、あの時、圭介くんの体表面の温度が異常に上昇したんです」
やはり淀みなく喋るアサギに圭介は不思議に思った。こちらのアサギが本当のアサギで、今までのアサギの態度は演技だったのだろうかとも考えてしまう。自分の身体の秘密以上に、彼女に起きた変化のほうが気になっていた。
だがそれでも、つきつけられた事実は重い。あの日から感じていた疑問が、波濤のように押し寄せてくる。
「肝心の量子演算器というと、その核となる部分だけ存在しています。それは擬似脳の奥、巧妙にブラックボックス化されたところにありました」
「奇妙な話だ」と佐々木。
「とても奇妙です。核だけでは膨大な情報処理を必要とする無尽発電炉は制御できません。そこでまた病院のことが頭をよぎりました。圭介くんはあの時、擬似的に武器を創りだしていました。それは演算器も同じことで、核を中心として足りない部分を自ら作り出していたのです。――それが、圭介くんに隠された秘密の全てです。なぜこの様な形態を取ったのか。なぜ圭介くんに搭載したのかは分かりませんが……」
そう、何故なのか。堂島宗次郎は天才であったが、圭介が知る限り変人であっても悪人ではなかった。だが、自分の身体に施されたものは、そういった宗次郎の一面とは全く様相が違っていた。
七支聖奠から隠そうとしていたとしても、孫である圭介の身体に埋め込む必要があったのだろうか。別の、なにか後ろ暗いことがあるのだろうか。
考えないようにしていても、事実がそれを押しつぶす。見ないようにしていても、現実がそれを許さない。きっと、前に進むためにはそれらと直面しなくてはならないのだ。
「ショックを受けるのは後にしてくれたまえ。今は『そういうものだ』と納得するのが先決だ。超能力というのはそういうものだからね」
アサギが圭介の目の前に立つ。身長差のせいでアサギの頭は腹部までしか届かない。彼女は顔をぐいっと上げて圭介の目を見つめた。彼女の瞳に写ったのは、醜く包帯を巻き付けた機械だった。人を模した機械の怪物。だが不思議と目をそらすことは出来なかった。嫌な気分ではない。むしろ心が休まる気さえしてくる。
アサギは圭介をじっと見つめる。見つめ続けている。アサギの瞳には数え切れない星々が広がっており、とても儚く美しかった。まるで本当の宇宙のように広大で、吸い込まれるような……。
圭介は目眩を感じて思わずふらついてしまった。だがそれも一瞬のことで収まった。気がついたらアサギは既に離れており、また周囲の光景に目を向けている。
「……いつかこれが、現実になる」
そう呟いた彼女の顔はどこまでも無表情で、人間性というものを感じさせなかった。
焦れてきたのか佐々木がパンパンと手を鳴らす。
「ボーイミーツガールは終わったか? 私たちは一刻を争う事態に居るんだ。ちょっとは気にしてくれ」
「大丈夫です先生。もうプロテクトの解除は終わりました。私の意識の一部は既に圭介くんの中にあります。あとは彼の意志次第です」
どうやらさっき既にプロテクトの突破を行っていたらしい。全く気づかず、そしてなんの問題もなく終わったことに、圭介はやや呆気にとられた。
(ふらついたのはその為か……)
「ということらしい。圭介くん、私が教師として最初で最後にレクチャーをしてあげよう」
でっぷりとした腹をはち切れんばかりに膨らませ、自分の髭を指でなでつける。どこか楽しそうだが、きっとこれが教師としての顔なのだろう。
「――お願いします」
「よろしい。おホン。超能力というは意志の強さだ。精神が物質に勝る事こそが超能力の根源的思想なのだよ。つまりこういうことだ。『己に出来ないことはない』。自信過剰に聞こえるか? 傲慢に聞こえるか? 違う。全ては事実だ。己の心を完璧に信じることが出来れば、超能力は際限なく進化していく。そういうものだ」
「つまり?」
「君が飛べると思うのなら飛べる。勝ちたいと思えば勝てる。認識することだ。それが当たり前であるかのように。出来て当然と思うように」
「出来て、当然……」
「超能力の発露は精神の解放だよ。……さあ、丁度いいところに練習相手が来たぞ。あいつは君への執着がとてつもなく高い。彼の目的は君を倒して君に成り代わることだ。言ってる意味はわかるね」
巨大飛空艇から、青い閃光となって何かがこちらに真っ直ぐ向かってきている。
圭介はゾクリとしたものを感じ取った。まるで黒く燃える炎が身を包むような恐ろしい感覚。それは憎しみと呼ばれ、どうしようもないほどに人間へと力を与えるものだった。それが今、圭介の目の前に荒々しく降り立った。白銀の装甲を身に纏って。
「堂島……圭介……!」
彼の名はPK1。クローン・圭介の第一号。
存在意義は――オリジナルの破壊。




