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第十七話 鋼鉄の運命 ①  ☆

2015/08/19 タイトルちょっと変更

 情報の海に身を委ねるというのはなかなか慣れるものじゃない。その上得られる情報というのは断片的で、目当てもの情報には当たっていない。だが、地上は思っている以上の苦戦を強いられているようだ。

 圭介は情報の海から顔を上げ、このシェルター内を守る者たちの顔を改めて見回した。誰もが無線機に耳を傾けて外の状況を知ろうと必死だ。ただ一人、常に泰然としているのが木崎だけだ。リーダーらしく腰をどっかとおろし、沈着冷静な面持ちで居る。それは頼もしくもあったし、ここから出ることが容易ではないという厄介な事実でもあった。だが部下たちはそうでもない。彼らはあまりの緊張のため、棚に並べられている各種アルコールに何度も目を向けている。それを我慢して喉を鳴らしていた。

 その様子を見た圭介は、彼らも辛いということを改めて認識できた。一緒に戦うことが出来ればどれだけ楽だろうか。あるいは逃げ出すことが。思い出も思い入れもある、唯一の居場所を侵されているのに、それを守るための戦いに参列できない辛さ。それは痛いほど理解できる。



(ホワイトは、来ているのか)



 さっきから外の状況を電子能力で探っていたのは、ホワイトがいるかどうかを知るためだ。だが「森が動いた」という情報を最後に通信が途絶えてしまっていた。



(ホワイト、そうホワイトだ。奴さえ討てば全てが終わる。爺ちゃんも椿さんも帰ってくる。この場所も守ることが出来る)



 根拠はない。だが、なぜか圭介はそう確信して疑わなかった。あの男が全ての中心点にいるのだと。

 圭介は脳髄だけが唯一の生身だ。ほかは全て偽物であり、感覚も擬似的に再現しているに過ぎない。しかし五感は奪われてしまったが、脳と同じく第六の感覚は残されている。その残された故か、その感覚は段々鋭敏になってきたと感じていた。だから今も根拠もなにもないのに、ただ確信だけが圭介にはあった。

 包帯だらけの己の握り拳を見る。



(正直言って、俺はあいつに勝てるかどうかわからない。ここに来てから戦いに参加したりして、超能力者というのを目の当たりにしてきたが、その中でもホワイトは特異過ぎる。俺は確かにあいつの身体をこの手で刺し貫いた。その時の記録も、感触も残っている。なのにあいつは生きていた。そして――)



 己の内に秘められた力を思い浮かべる。理解不能の力。制御できない力。恐るべき力。出来ることならそんなもの必要としたくなかった。戦いとは無縁でいたかった。



(逃げることは許されない。ホワイトがいる限り、俺は諦めることは出来ないんだ。ならば戦う力を望もう。恐怖を自分のものとして、地獄の力でも使ってみせよう。全ては俺のため。俺が俺であるために)



 拳を開いて、圭介はゆっくり立ち上がった。

 時を同じくして、誰も開けることのないシェルターの扉が開かれた。

 内部の警備班たちは弾かれたように臨戦態勢を取り、リーダーの木崎が先手を打って扉の先へと攻撃を下す。

 直接能力に晒されているわけでもないのに、空気の圧が増していくのを圭介は感知していた。木崎は右手に警棒を持って身体を守り、左手を伸ばして相手の喉を狙う。正確無比な一手であり、最も弱い喉を狙うことによって最小限の力でダメージを狙っている。避けなければ剣のような手刀が喉を突き刺し、避ければ能力によって拘束されてしまう。一手の内に次の手も含まれている手腕は明らかに手慣れている。木崎の判断力を見て、圭介はあの時意地を張らなくてよかったと密かに胸を撫で下ろした。

 相手が踏み出した足が地を踏む前に、木崎の手刀が喉を貫いた。が、それは虚しく空を切ってしまった。



「なに、これはっ?!」



 次の瞬間には身体が宙に放り投げられ、上下逆になってテーブルの上に落ちてしまった。



「っつ! この能力は……佐々木教師か!」


「迷いのない一撃、お見事。いやぁ、私でなければ組み伏せられていたやも知れませんな」



 扇子を手に弄びながら、鋭い眼光とは違って口元がにやけている、奇妙な笑みを貼り付けた男が現れた。その男には見覚えがあった。あのホワイトと出会った時、片平と共に自分を助けてくれた人物だった。確か佐々木といったか。思えば学校にいる間、多くの人を見てきたが彼の姿は一度も見たことはなかった。今のいままで忘れていたくらいだ。



「佐々木教師。ここは学園秘密の場所。あなたの権限ではここを知ることも、ここへ来ることも許されていないはず。何用でここに?」



 木崎以下一同は定められた規律に則り、突如ここへ現れた佐々木に対して警戒する色を隠そうともしない。木崎は能力を依然張り巡らせているのか、空気の圧はまだ続いていた。



「そうですな、一言で言うなら……盟約の時は来た。というところですかな」



 スッと佐々木の姿が消え失せる。それと同時に、警備員たちが宙を舞って壁や床に無防備のまま叩きつけられていった。最後に残った木崎も、抵抗する間もなく天井に頭をぶつけられて昏倒してしまった。

 その様子を見ていた圭介は構える。



「あんた……血迷ったか」


「私は至って冷静だよ。ただ、彼らには邪魔してほしくないから眠ってもらったまで。私の目的はあくまで君たちだ」


「聞く耳もつかよッ!」



 圭介は地を蹴り拳を顔面へと放った。かつての時よりも速く、かつ正確である。だが佐々木も準備が出来ていたのか、拳が当たる直前で消え失せて圭介の背後へ現れる。



「あの時は俺を跳ばしたのに、今は自分が跳んだな。俺も成長したということか」



 虚を突く事を目的とした彼の攻撃を避けることが出来たのは、なにも佐々木の能力だけが理由ではなかった。事前に咲良と出会っていなければ心の準備が出来ず、能力を発動する間もなく倒されていただろう。圭介はそれ程までに成長していたのだ。

 人知れず、佐々木の背筋に冷たいものが流れ落ちる。そのことは表に出さず、あくまでも余裕を見せつける。



「落ち着いてくれ。私は君の敵じゃない」


「今見たことが全てだ」



 再び佐々木に向かって突貫していく。だが圭介には秘策があった。

 佐々木はまたも間一髪のところで瞬間移動を行って距離をとった。彼は圭介から七歩離れたグラスの飾り棚の前に姿を現す。



「ッ!?」



 姿を現したばかりだというのに、既にそこには拳が放たれていたのだ。圭介は予め佐々木の行動を予測し、状況を計算して山を張っていたのだ。第一手は誘い手で、第二手が本命だ。第一手を外した瞬間に地を蹴って、予測地点へと裏拳を放つ。そして見事佐々木の裏をかく事が出来た。

 拳と佐々木の距離は毛ほどもない。既に自慢の和服に触れ、あとはその衝撃を筋骨に伝えるだけという状況にある。

 しかし、突如として拳がピタリと止められてしまった。誰かが圭介の手首を掴みとって、その動きを止めたのだ。それはあまりにも細く小さい女の手であった。

 手首を抑えられたが、そんなこと知るものかと力任せに突き出そうとするが、ビクともしない。押しても引いても一寸も動かない。既に佐々木は圭介から離れている。

 圭介は手をつかむその正体を確かめた。



「あ、アサギ……!」



 圭介の豪腕をすんでのところで止めたのは、板倉アサギの細腕だった。

 アサギは病院服の薄着のまま圭介の傍らに立って、腕を右手で掴んでいる。圭介を見上げる二つの瞳には、いつか見た星々の輝きが瞬いていた。



「どういう……な、なにが」


「ご、ごめんなさい……けいすけくん。でも、佐々木先生は敵、じゃないの」


「アサギ……」



 アサギはゆっくりと手を離し、掴んでいた右手を胸の前で抱き寄せるように握った。

 圭介は混乱していた。学園の教師が突如裏切り、今まで昏睡状態にあったクラスメートが突如起き上がって、裏切り者の身を庇ったというのだ。



「落ち着いてくれたかな。もう一度言うぞ。私は君の敵じゃない。わかってくれるか?」



 佐々木とアサギを交互に見る。誰を信じて、誰を攻撃すればいいのか。迷いに迷った結果、仲間であったアサギの背後へ一歩後退した。



「よろしい。あまり長居は出来ないから、詳しくは説明は出来ない。だが聞いてくれ」


「……」


「その沈黙は肯定と受け取るよ。……要点を言おう。恐らく君も予想しているだろうが、ホワイトが来ている」


「――!」


「奴は独自の科学力で作り上げた巨大な飛空艇を、『ポータル』と呼ばれる次元転移システムでこの学園上空へ転移させた。奴の目的は幾つかある。まずはこの学園との決戦だ。奴はこの学園を手始めに潰し、自分たちに抵抗できる組織を無くてしまおうと考えている。なぜそうまでして戦う必要があるのか……まあそれは本人に聞けばいいことだ。二つ目はあるものを取りに来た事だ」



 『あるもの』。圭介はすぐに気がついた。恐らく自分のことだろう、と。ホワイトと初めて会った時、奴は「無尽発電炉」と「量子演算器」を狙っていた。そしてそれは今現在圭介の身体に搭載されている。奴らが狙うとしたらそれだ。



「察しがいいな。だがまだ半分だ。奴らの目的は堂島圭介と板倉アサギの拉致にある。学園の攻撃などそれに比べれば些細な事だ」


「アサギもだって!?」


「彼女は世界に片手ほどしかいないと言われている能力者だ。因果を覗き、そして操る力『アカシックレコード・ユーザー』と呼ばれる人間だ」



 アサギは一つ身震いをした。薄着というのもあって、彼女の身体が華奢きゃしゃであることを余計に意識させる。圭介にはそんな大層な力を持っているようには見えない。だが、圭介の加速した拳骨を止めたのは間違いなくアサギだ。



「懐疑的になるのもわかる。あまり知られていない能力だからな。言ってしまえばなんでも出来る力。事象の因と果を覗き、自在に操る事ができる。それがどういうことかわかるかい? もっと分かりやすく言おう。運命を操る能力だ」


「運命……」


「そう、運命だ。それは神の領域に踏み込んでいる。運命に介入する……それがどんなに恐ろしい力か。ホワイトはその力を欲している。無論渡すわけにはいかない。ここまではわかったかな?」


「……話が飛躍しすぎてなにがなんだか」


「――君の家族は事故で亡くなられたそうだね。だが実はホワイトが引き起こしたものだった。これは偶然か必然か。君はひとり、命からがら学園に逃げ延びることが出来た。そして快く受け入れられた。これは偶然か必然か。君の身体には秘密の力があって、仇がその力を狙っている。これは偶然か必然か。今この場に居ること。これは偶然か必然か。……もし誰かが意図的に、『そうなるように仕組んでいたとしたら?』君はどう思う」



 圭介は弾かれたようにアサギを見た。彼女の背後に立っているために、その後姿しか見えない。毅然として立っているように見えるが、その肩はわずかに震えていた。



「……バカな」


「そうバカな、だ。そんなことあっていいはずがない。だが、出来るんだよ。彼女の力を持ってすれば。おっと勘違いしないで欲しい。彼女は君に関して何もしていない。いや、誰にもそのようなことはしていない。だからそんな目で彼女を睨むな」


「……盟約と言っていたな」



 圭介は話題を変えた。敵の狙いも、佐々木がここへ来なければならなかった理由もわかった。その中で、佐々木が発した「盟約」という言葉に疑問がわいたのである。



「ある人を守るならこの学園を救うという、彼女と私、そして片平との間の盟約だ。かつて彼女は未来視を行って、私と片平に告げたんだ。学園の崩壊とともに、世界も崩壊すると。その中でたった一人、七支聖奠と戦い続ける存在がいた。そいつは敵となった家族も友達もその手で倒し、世界が敵となったその時までも戦い続けていた。やがて、世界を包み込む太陽の光と共に、未来は終焉を迎える。アサギくんはそう予言した」



 佐々木は扇子を懐にしまいながら、アサギと圭介の方に近づいてきた。佐々木の目は証明の明かりに照らされて、不気味な輝きを放っている。希望、絶望。未来を知ってしまったがゆえの道化。それが彼だとでも言うのか。



「そいつはもはや何のために戦ったのか忘れ、やがて世界すべての敵となる。そしては最後に世界を焼きつくして、彼女の未来視から姿を消した。私は驚いたよ。一笑に付したかった。だがね、彼女は超能力者だ。それも並大抵ではない。大きなショックを私は感じたよ。だから片平と共に彼女と盟約を結んだ。特異点となる今日この時のためになんでもやるってね」



 佐々木は背中の包みをアサギに手渡すと、部屋の隅を指さして「着替えてきなさい」と促した。どうやら着替えを持ってきたらしい。

 アサギは黙ってそれを受け取ると、床にのびた警備員たちを避けて足早に着替えに向かった。



「世界を燃やし尽くす者。それは君だ。堂島圭介。未来の君だ。そして彼女が守りたいものも君だ」


「……バカな」


「信じる信じないは勝手だ。だがね、アサギくんはそうしないために私たちと盟約を結んだのだよ。君を『世界を燃やし尽くす者』にしないために」



 とんでもない話で、突拍子もないものだった。未来を見る。いいだろう、そういう力はあるだろう。世界を終わらせる? 冗談じゃない。ましてやそれが俺だって? 圭介は鼻から信じてなどいなかった。佐々木が真剣であればあるほど信じられなかったのだ。



「まあいいさ。とりあえずどういうことかは知ってもらえたからね。これから言うことに比べれば、まだまだ信じられる内容だから」


「まだなにかあるのか」


「あるさ。学園を救う方法だ。全ては君にかかっているのだからね」




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