第十六話 MOMENT ATTACKER 後編 ◎
咲良が突然現れた佐々木に驚いていると、バイオレットは唸り声を上げて立ち上がった。
「さ・さ・きィィィィ……!」
「しつこい人だよ、君は。咲良くん、彼女はね事あるごとに私を付け狙う質の悪いストーカーなんだ。いやはや、モテる男の義務なのだろうが困ったものだよ」
そう言ってハハハと笑う佐々木の姿を、人を殺せるぐらいの鋭い眼差しで睨みつけている。そのバイオレットの鬼気迫る様子に、咲良は肌が粟立つのを感じた。関わってはいけない人間だと、直感が告げる。
「任務も無視するほど私に執着していてね。まんまと孤立してもらえた、というところかな。とはいえ私一人じゃ手に余る。そこで咲良さんのお手を拝借したい」
「えっ!?」
「さあ、迷っている暇はないぞ。若さに嫉妬した女の恐ろしさっていうのは厄介だからね」
顔を真赤にしたバイオレットの両腕に、ドリルのように力が回転し始める。両腕を突き出すと弾丸のように射出され、ドリルは唸りを上げて二人に迫る。
ドリルは二人がいた空間を薙ぎ、背後の瓦礫に突き刺さった。瓦礫は無残にも粉砕され、ポッカリと二つの大穴が空いた。
「ハハハ。その程度で私を捉えられると本気で思ったのか? それとも昔日の情が行動を鈍らせましたかな?」
佐々木と咲良は最初の場所から大きく離れた場所に、一瞬の内に移動していたのだ。バイオレットは佐々木の言葉に更に青筋を立てる。
「さて咲良さん。私の能力は『瞬転』と言ってね、有り体に言えば瞬間移動を操る能力だ。これから私と君は協力してあの女を仕留める。準備はいいかな?」
「はい。でも、あいつに私の攻撃が全く通用しませんでした」
「大丈夫だ。私はあの女の能力は熟知している。君の仕事は私に合わせて、機を逃さないことだよ」
二人が相談しているのを無視してバイオレットは攻撃に移る。突如現れた巨大な竜巻は、二人を包み込んで圧殺するかのように縮小し始めた。球形に閉じる竜巻は周りにある瓦礫すら粉砕する威力を持っていた。だが、それも佐々木には通用しない。能力を行使すると竜巻の中から難なく脱出し、脱出の瞬間を狙っていた更なる追撃すらも読み切って避ける。
次に現れたのはバイオレットの目の前、懐ど真ん中だった。瞬間瞬間の連続のために咲良は戸惑っていたが、考える暇もなく、間髪入れずに拳を突き出した。地面を踏みしめる音と、バイオレットに突き刺さる拳の音が重なった。突きはバイオレットの下腹に命中したが、やや身体が傾いだだけで、どうにも通用していないようだった。更に瞬転し、今度は背後へ周る。
これから計三十発分の攻撃を間断なく行ったが、その尽くを防がれてしまった。背、胸、肩、足、頭部と様々な箇所に攻撃を加えたが、痛痒すら与えられていなかったようで、依然健在である。
「どうした佐々木。手を知り尽くしているのは何もお前だけじゃないのは知っているでしょう……?」
バイオレットは嘲笑いながら、周囲一〇〇メートルにのこぎりのような、回転する刃を幾つも出現させた。
「逃げ、隠れるのがお前の得意技なのに、わざわざ表に出てきたのには理由がある。そんなところでしょう? それに私の目の前にいて、まだその姿をくらましていない。なら答えは単純。ここ、この場所に何かがある。そんなところかしら。フフフ……」
口調は穏やかだが、こめかみにハッキリと青筋が浮いている。
宙に浮く回転のこぎりは、その速度を上げてウォーンと空気を唸らせる。瓦礫から出た細かい埃りがそれによって僅かに巻き上げられる。襲ってくる気配はなく、ただそこに停滞しているだけだ。
佐々木の額に一筋の汗が流れ落ちた。
「考えたものだなバイオレット。私を見ると正気を失うから、こういった頭をつかうことが出来るとは思ってなかったよ」
「私もね、お前を殺すにはどうすればいいかひたすら悩んだのよ。結局我慢するという結論が出たけれど」
「ふっ、そのままの君のほうが私は好きだったがね、バイオレット」
「この期に及んでまだ私を挑発するのかっ。……いいわ。どうせ私を突破することなんて出来ない。あなたが能力を使ったら、その時が最期よ」
「言ってくれるね……」
宙に浮くこの回転のこぎり。一見して適当に配置されているかと思われたが、実はそうではない。すべてはある一定の間隔で配置されており、例えどの位置に現れたとしても、すぐに呼応して攻撃できる位置にあるのだ。バイオレットの言う通り、能力を使えば逃げ場はなくなるだろう。
その上彼女の言う通り、佐々木にはここをどうしても突破しなければならない理由があった。その為バイオレットがとった作戦は堅実であり、時間が経てば経つほど学園側が不利になるという副次効果も付いて来る。故にどうにかして倒さなければならないのだ。
「先生……」
咲良が拳を握りしめながら佐々木に目で問う。何か算段はあるのか、と。
「一つ手はあるにはある……いやはや、ちょっとした賭けになるからあまりオススメしたくないが」
「やります」
「しかしだね」
「……あいつは非戦闘員の治療者、及川さんをただ威嚇のために殺しました」
その言葉には断固たる意志が込められており、到底曲げることは出来ないと佐々木は感じ取った。
腹を括らねばならないのは私の方か、と自嘲する。
「作戦は単純だ。跳び、ただ打つ。それだけだ。いくぞッ!」
佐々木の叫び声を最後に、二人はバイオレットの目の前から消え失せた。瞬転の能力を発動させたのだ。
「来いよ、佐々木ィィ……!」
同時に彼女の身体に這うようにして、力が流動し始める。これが彼女の絶対防御の秘密だった。
螺旋能力を応用して衝撃を受け流し、無限の螺旋へと落としこむのだ。螺旋に巻き込まれた力は徐々に減衰していき、最後にはその威力を無へと還す。
(攻撃と同時に行えないのが難点だが、この停滞する回転刃は使うことが出来る。さあ来い佐々木。お前のにやけ面を恐怖で引きつらせてやる!)
回転刃の一つが反応した。背後だ。
(手に取るようにわかるぞ佐々木! お前はもう、お終いだ!)
一つの回転刃に呼応して、近くに停滞しているものも動き出す。こうなっては、近づいても離れても、この陣形の中から逃げることも攻めることもできなくなるだろう。バイオレットは勝利を確信した。
確信が酔いに変わった時、肩にポンと何かが触れてきた。それは佐々木の手であり、理解した瞬間に怖気が走る。と同時に視界は振れ、自分以外の風景が溶け始めた。身体は急速な勢いで天へと登り、そして始まりと同じように急に収束した。
「ようこそ、お空のデートスポットへ」
ここは学園のはるか上空にあり、七支聖奠の飛空艇よりも高い場所だ。およそ一〇〇〇メートル。雲よりも高い天空に、佐々木とバイオレットは瞬転したのだ。
「さ、佐々木。貴様ッ!」
「やっぱりまだまだ詰めが甘いな、バイオレット。いや、恭子。お前の負けだよ」
「その名で呼ぶなッ!」
「名前を偽ったとしても、その本質までは隠せないし、変えられない」
「……だがどうするつもり? これだけでは私を倒すことは出来ないわ。残念なことにね」
「そうだな」
徐々に落下が始まる。佐々木はのんきにタバコに火を付けた。風が強すぎるため、付けるのに多少手こずっていたが。
ところでと、語りかける。
「重力というものは知っているな?」
「また皮肉?」
「いやいや。そういう訳じゃない。ただ、落下というのはどんな物体でも基本は一緒らしいね。ま、条件やら何やらをあれこれすれば、ってことらしいが」
「なにが言いたいわけ。あまりあなたの喋る顔というのは見たくないのだけれど」
「なあに、超能力というのは物理法則すら捻じ曲げるって、言いたいのさ」
その瞬間、大きな影がバイオレットに突っ込んだ。それは恐るべきスピードで、一直線に地面へと向かう。まるでロケットのような速さで。
影の名は咲良と言った。
バイオレットは咲良の足元で吠える。
「き、貴様はッ!?」
「果たしてこれも無力化出来るかしら?」
「こ、この……クソッタレがぁッ!!」
「逃げれるもんなら逃げてみなッ!」
地面へとぶつかるまであと僅かというところで、バイオレットは悲鳴を上げた。なぜなら、佐々木を追撃してきた回転刃の一つが、咲良との間に居るバイオレットに突き刺さったのだ。同じ能力故かバイオレットの防御能力を貫通し、刃は背の肉をこそぎ落とし、骨を半分削った所で消滅した。
そして、悲鳴を後に残して、二人は地面へと激突したのだった。
衝撃で学園は大きく揺れ、ヒビが入り、激突地点では多くの噴煙を巻き上げて、巨大なクレーターを作り出していた。その煙の中、一人の人間が立ち上がる。咲良だ。彼女はひとっ飛びでクレータから脱出して噴煙から逃れた。服をはたいて体についた埃を落としていく。その内に、佐々木が傍らに並び立った。
「酷い悲鳴だったけど、あれは咲良くんかい?」
「違います。あいつの悲鳴です」
「そうか。どうりで瑞々しさの欠片もない、小汚いものだと思ったよ。どれ、生きているかな?」
敵に対して佐々木の物言いは、今まで彼と話してきた中でも特にキツく、もはや悪口に近かった。バイオレットと佐々木の間に何があったか知らないが、咲良は知りたいとは思わなかった。きっと知らないほうが幸せなのだろうと、そう思った。
そうこうしているうちに、佐々木が明るい声を上げた。
「良かったー! 生きてるよー」
次いで、ゴキ、コキリと乾いた音が聞こえてきた。生理的にゾクリとするような、謎の音だ。
ぐったりとして、背中から血を流している女を担いで、佐々木がクレーターから上がってきた。
「あの、今の音は……」
「ん? 一応手足の関節をね。こう、ゴリッと」
見るとバイオレットの手足の関節が不自然に揺れていた。佐々木が歩くたびにぷらぷらと振り子のように揺れる。
「こいつは能力者だ。能力者はある特定の力を用いなければ完全に無力化は出来ない。こうして意識を失わせるか、もしくは殺すしか無い。わかるだろう? 君は酷いと思うかもしれないが、私たちにとってこいつの有用性は非常に大きい。生きて捉えることが出来たのは僥倖と言わざるを得ない。だからこうして気を取り戻した時に、反撃されないように痛みを与えておくんだ」
咲良の不快を表す視線を感じ取ったのか、厳しい顔つきでそう説明する。佐々木は説明した後、咲良に背中の服を破って、傷を見るように促した。佐々木の指示で消毒と血止めを行い、包帯を巻いていく。ついでに手足を厳重に縛り上げ、身動きの取れないようにしていった。関節を外しているのだから意味は無いのでは、と思ったが能力者が相手だ。何が起こるかわかったものじゃない。ということで黙っておいた。
ひと通りの処置が終わると、
「さて、現在学園における状況は非常にマズイことになっている。まず学園に侵入してきたものだが、無尽蔵と言えるくらいに鬼人どもが投入されている。防戦一方で救援を必要としている。次に外周の迎撃部隊だが、これらは足止めを食らっている。報告では『森が動いている』とある。恐らくバイオレットと同格である、コード・ソルジャーが関与していると思われる。そこでだ」
佐々木はバイオレットを担ぎ上げた。
「まずこいつを作戦司令部に届ける。そこで何人か私が跳ばし、救援に向かわせる。君はどうする?」
ここを守るか、佐々木に戦場へ跳ばして貰うか。佐々木はそう言っているのだ。咲良の答えは決まっている。
「私の役目はここを守ることです、先生」
「そうか。……ではここを任せる。ここは戦いの心臓部だ。後で救援をよこすから、それまで頑張って欲しい」
「わかってます」
「ではな」
佐々木は足早に地下への道へ進んでいった。
エレベーターはこの戦いで既に動きを停止している。瓦礫を避けながら階段で降りるしか無い。
作戦司令部は地下三階にある、大聖堂と呼ばれる場所に設置されていた。到着した佐々木は現状報告と、バイオレットの身柄の引き渡しを行った。その場にいた警備員にバイオレットは拘束され、その能力を封じられる。これで一つの肩の荷が下りたと、佐々木はホッとした。
次に上階にある治療隊が壊滅状況であることを報告し、能力によって二人を派遣することが出来た。
全ての処置を手早く終わらせると、佐々木は司令部を後にして、更に地下へと降りる。秘密の地下シェルター、その場所へと。
彼にはある密命があった。それは彼の意志であり、約束でもあった。
――堂島圭介と板倉アサギの『奪還』。
それが佐々木正隆に与えられた本当の使命であった。




