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第十四話 強襲  ◎


 学園には表沙汰になっていない場所が幾つかある。圭介たちがいる地下四階のシェルターもその一つだ。

 中はホテルのワンフロワくらいの広さがあり、数々の調度品がシェルターということを忘れされる。間接照明の明かりが儚げに全員の顔を照らしだしている。

 ここに連れて来られてから数時間が経過していた。今、外で何が起こっているのか、その状況を把握することすら出来ない。



(いったいなんだってんだ……)



 警報が吹き鳴らされるや否や、たちまち屈強な男たちに囲まれてここに連れて来られてしまったのだ。



(確か警備班とか言っていたか。俺が拘束されるのはあの件のせいだというのはわかるけど、なぜアサギまで。非戦闘員というなら、今の咲良や他の超能力者も該当するはずなのに……)



 地べたに座る隣に、ベッドのまま連れて来られたアサギが眠っている。あの時声を出してから、また以前のように深い眠りに落ちてしまったのだ。

 ――敵が来る。

 アサギは確かにそう言っていた。ということは、今は敵襲を受けているということなのだろうか。このシェルターにいる人員のこわばった表情を見れば、今がどういう状況に置かれているか大体は察することは出来る。



「なあ、俺も外に出してくれ。奴らが来ているんだろう。俺も前線に出させてくれ」



 一際いかめしい、三十代後半に見られる男に向かって言う。短く刈り込んだ頭をしており、その瞳は鋭い。中肉中背で、筋肉質な体を無理やり戦闘服に詰め込んでいるのか、パンパンに膨れ上がっていた。彼はこの警備班の班長で、名は木崎きざき まことと名乗った。

 木崎は圭介の訴えを眉尻を上げて無言で拒否する。その眼光たるや、まるで鋭い剣を突きつけられているかのようだ。だが圭介も負けていない。包帯の隙間からツインアイが赤く光り、木崎の眼光を真向から受ける。引くわけには行かなかった。

 睨みが効かないと知ると、木崎は低い声で「ダメだ」と言った。



「学園長の命令でな、お前を拘束しろとのことだ。ここから出すわけにはいかねぇな」


「それでもだ。奴らが来ているのならなおさらだ」


「ダメだ」


「俺は……腕尽くでも、行くぞ」



 圭介はスッと構えを作る。咲良と同じように、足を肩幅ほどに開いて腰を落とし、右腕を胸の前へ左腕をやや前に突き出す。後退を知らない前進制圧の構えだ。

 圭介が構えを作ると、場の雰囲気が変わった。空気が重く沈殿していき、冷ややかなものになっていく。そしていつの間にか圭介の周りを囲むように、警備班の面々が移動していた。

 目の前の木崎は目を細めながら。



「お前、あまりバカなことを言うんじゃねぇ。その様子だと、外で何が起こってるかわかってるんだろう。今はのっぴきならねえ事態なんだ、なぜお前がここにいるのかちっとは考えな」



 腰にさした警棒に手をかけながら、断固とした口調で告げる。空気は尚も重くなっていき、本当に重さを感じさせるほどになってきた。

 ここでようやく異変に気がついた。



「木崎……さん。あんたまさか」


「悪く思うな。俺たちの仕事は学園を守ることだが、それを忠実に実行しているだけにすぎん。そしてお前は、迫り来る敵よりも危険と判断されたんだ。学園の事を思うなら、今は大人しくしててくれ」


「くそっ……あいつらが、七支聖奠が来てるんだぞっ! ジッとしていられるか……っ!」



 言葉は勇ましいが、全身に掛かる重さは動きを阻害するほどまでになってきている。これでは『無名の拳』の力を存分に発揮できない。構えを維持して威嚇するのがせいぜいといったところだ。



「矛を収めろ。身内で争ってたってしょうがねぇだろ。俺たちゃ子供のおもりをしに来たわけじゃねえ。聞き分けな」



 木崎の言う通りだ。逡巡の後に、「わかった。言う通りにする」と言ってようやく構えを解いた。すると、すぐに重い空気は消え去った。一瞬不用心だと思ったが、それは多分奇襲を受けたとしても先んじて動ける自信がある、ということなのだろう。

 諦めたわけではない。隙を見つけて上へ戻るつもりは変わらない。ただ、確かに彼らは敵ではない。だから戦ったって意味は無いと思ったのだ。

 再びベッドの隣へ腰を落とす。



(咲良たちは無事だろうか……)



 せめて、外の様子を少しでいいから知りたかった。









 曇天の昼下がり、学園から四キロ離れた西の空に空間の歪みとでも言えばいいのか、螺旋を描いた大穴が開かれていた。大穴はまるでブラックホールのように周囲の雲を吸い込み、絶えず稲妻が迸っている。不気味な光景だった。

 初めて観測されてから約一八時間、沈黙を続けている。



「あれ、なんなんすかね」



 戦闘服を身につけた八木が、木の上に登って空を見上げている。その木の根元には、八木と同年代と見られる男が立っていた。



「さてな。俺たちにとって良からぬものっていうのはわかるが」


「なんにせよ学園始まって以来の危機っすからね。ほんと頼んますよ、海老原さん」


「任せておけって。お前さんの足手まといにはならんぜ」



 そう言って海老原えびはら こうはグッと親指を突き上げた。

 彼らは厳戒態勢発令にともなって、学園西側にある森の中の守備を任されていた。上空の大穴に最も近く、激戦が予想されていたために、卓越した能力者の二人が選抜されたのだ。

 八木の無尽蔵の稲妻攻撃と、戦闘班班長である海老原の曲面遮断能力。学園が有する最強の矛と最硬の盾のコンビだった。

 この戦闘班というのは、集団戦闘を想定した訓練を施された班である。七支聖奠などの対テロ部隊として設立され、現在のような状況下で力を発揮する。ワンマンアーミーである片平教室とは別の思想で作られているのだ。

 森ゆすらも同じ方面を担当しており、ここから約五〇〇メートルほど離れた場所を守っている。彼女には戦闘班の副班長がついており、こちらも手練である。残りの班員は、スリーマンセルを基本とした陣形を敷いており、総勢六十名からなる大部隊だ。それ以外の者たちは学園の防備に回されている。

 ちなみに能力の使えない咲良は後方に回り、非戦闘員として負傷者の手当てや連絡員としての仕事を請け負っている。

 戦いの準備は万全だった。



「しかし、慣れないっすね。好感度知覚能力って言ったすか。六十人の情報を一挙に連結、統合させて処理するなんて。……無線のほうがいい気がするんすが」


「ダイレクト・リアルタイム・リンク、だぜ。全員が見聞きした情報を直に伝達することが出来る。言葉だけじゃなく、音や臭いに心情描写をフルカラーHD画質で送れるんだ。慣れればこっちのほうが便利だぜ。その上妨害されないし、距離や遮蔽物の有無も関係ない」


「HD画質とは……そりゃ大層なもんっすね」


「ああ。うちの班きっての秀才だからな。今やうちの要さ」



 ニヤリと口元を上げてみせる。

 そこでようやく、こちらの緊張を和らげようとしているのだと気付いた。八木は口調とは裏腹に顔の筋肉が固まっており、普段の調子でないことが知れた。大部隊をまとめる海老原には、八木の不調など簡単に見通せたのだろう。

 八木は木の上から飛び降りて柔らかい腐葉土に着地すると、



「気を使わせちゃったみたいっすね」

 

「なんのことだ? それより、そろそろのようだぞ」



 顎をしゃくって視線を促してきた。その先に目を向ける。

 大穴は徐々に縮小していっている。まるで潮の満引きのようで、大きな力を感じさせた。二人の第六感が危機を告げる。

 縮小する大穴は最後に小さな黒点へと変化し、そしてそれは、太陽のように猛烈な光を発しながら炸裂した。光は容赦なく地面に降り注ぎ、二人の目を眩ませる。



「くぉおおおッ!? 篠原ァ! 状況どうなってる!?」


<次元振動波観測! 空間転移です! 奴らは大規模転移を行ってきましたッ!>



 光が収まると、今度は大穴の変わりに巨大な飛空艇が空を覆っていた。その大きさは、もはや空母がそのまま空を飛んでいるかのようで、真下にいる者たちに影を落としこむ。その堂々たる威容は、圧倒的な威圧感を放ってそこに君臨していた。



「こ、こいつは……」


「やつら、戦争でも仕掛けるつもりっすか……」


<全班員に本部から通達。プランAを破棄、プランCを実行せよ。繰り返す。プランAを破棄、プランCを実行せよ――>



 プランC。学園防衛部隊と外周防衛部隊と協力した挟撃作戦のことだ。何らかの方法で学園を直接強襲された時の奥の手であったのだが、まさかここまでの戦力を投入してくるとは誰にも読めなかった。

 巨大飛空艇は一直線に学園を目指して飛んでゆく。おそらくこの質量の物体を、学園到達までに止めることは不可能だろう。八木と海老原は駈け出した。木々を、突き出た根を、ぬかるみを避けて、文字通り飛ぶように駆けてゆく。風がゴウゴウとうねり、景色が後ろへ流れていった。



「篠原、常に戦況を送り続けろ! 三十分でそちらに向かう!」


<了解。あッ!? 飛空艇に変化あり、何かが投下されていきます! これは……き、鬼人です! 鬼人の大部隊が投下されてますッ!!>


「勅使河原翁の読みも、ハズレっすね」


<ぶ、部隊は二キロ地点に展開していきます>


「奴ら俺たちを足止めするつもりか。へっ、おもしれぇ……相手になってやる」



 緊張でこわばる八木とは違い、海老原は戦闘意欲に燃え上がっている。ペロリと唇を湿らして、更にこう告げた。



「緊急事態規定に則り、全班員の限定解除を要請する。野郎ども、前哨戦だ。全滅させろ!」



 知覚能力を通して戦闘班の猛りがダイレクトに伝わってくる。誰一人として戦う意志を挫かれたものはいなかった。誰もが義に燃え、来る戦いに燃えていた。

 そしてそれは、八木の恐れを薄れさせた。仲間が居る心強さ、恐怖を前にして一歩も引かぬ闘志。見えない強い力が八木の心を震え立たせた。



「森さん」


 

 八木は同じく傷を負っている仲間に能力を繋げる。



<うん>


「見せてやりましょうよ。俺たちが何者なのか。撃滅班の本当の力を」


<そうだね。コケにされたままじゃあ、いられないしね>



 通信が終わると、八木は左腕のブレスレットから、あるコードを入力した。海老原が要請したものと同じ限定解除コードだ。これによって普段抑えている能力を、制限なく使うことが出来るようになる。あの病院ではそれが出来ずに後れを取ったが、今度はそうはいかない。



(雪辱戦ってやつっすね)



 八木の周囲の空気が帯電を始める。



<あと五〇〇で接敵。四五〇……四〇〇……三五〇……三〇〇……>



 知覚能力者の篠原が、鬼人たちとの距離をカウントしていく。それと同時に八木の帯電も大きく、強くなっていく。



「準備はいいか、八木」


「いつでもオッケーっすよ、海老原さん」

 


 何かがうごめく気配が前方から伝わってくる。荒い息遣い、獣の臭い。戦力差で言えば圧倒的に不利である。が、それがどうしたと言わんばかりに、二人の足は止まらなかった。



<ゼロ。接敵ッ!>



 二人が飛び出した先は、木々が少ない広場になっていた。足元は平坦で安定しており、足場に不自由はない。そこに幾人もの鬼人が屹立していた。この場には報告にあった数はいなかったが、それでも数十匹と多い。

 八木は有無をいわさず先制攻撃を仕掛けた。

 第一撃は、天地を文字通り貫く、極大の稲妻が敵の中心で炸裂した。稲妻は地面を穿ち土砂を巻き上げ、固まっていた鬼人たちを空中へ巻き上げていく。そして、空中に巻き上げられた敵を、ビームのような閃光が一人ひとり貫いていく。稲妻のエネルギーを一点に集中して放っているのだ。



「ひゅー! やることが派手だねぇ! 俺のは地味だが、効くぜ」



 海老原の曲面遮断能力。歪曲した空間を発生させて敵の攻撃を防ぎ、そしてそのまま相手に反射する絶対防御の能力。しかし、それだけではない。破壊不可能の遮断空間を幾つも発生させ、相手の動きを封じるということも可能なのだ。好戦的な性格の海老原とは裏腹に、防御は最大の攻撃を基本理念として彼は掲げている。

 海老原の理念は強靱な鬼人戦において、これ以上ないくらいに力を発揮した。生半可な攻撃が通用しない鬼人を手軽に無力化出来るのだ。誰も二人に近づくことは出来なかった。

 八木が敵を焼き、海老原が守る。入れ替わり立ち代り戦う姿は、舞のような美しさを持っていた。



「俺の能力はレンズの役割も出来るんだぜ。すなわち、一点集中攻撃。八木!」


「アイアイサー!」



 ダイレクト・リアルタイム・リンクで海老原が言いたいことは一瞬の内に理解できた。八木はより広く、そして密度を高めた稲妻を落としてゆく。稲妻のエネルギーは曲面空間の縁を滑って螺旋を描き、まるでドリルのように鬼人たちを貫いていった。

 鬼人の強固な肉体を容易く貫通する熱量は、その余波で地面を焦がし、木々を焼いた。



「とんでもねー火力だな。マズイことしちゃったかな」


「海老原さんどうにか出来ないっすか。ほら、火を遮断するとかで」


「そうだな。ほっとくと山火事になるかもだし」



 海老原は火のついている部分を能力で滑らせ、鎮火していった。

 その間八木は、まだ生き残った鬼人がいないかどうか辺りを警戒していく。倒した鬼人は、そのどれもが稲妻の熱や、あるいは一点集中攻撃で切断された死体となって転がっている。

 鬼人の死体を見ている内にあることに気付いた。同時にそれは、不可解な疑問となって膨らんでいく。



「もしかすると……」


「あん?」


「俺たちはなにか、見誤っているんじゃ……ないっすかね」

 


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